第25話 黒坂家3

体をタオルで拭き用意されていた新品の肌着を着る

到底寝間着には見えない黒いスーツのようなものが畳んで置いてあった

「これは……?」

広げてみると、襟の小さな白いシャツと…蝶ネクタイ?それに黒のズボンと袖の無いベスト

最後に後ろが長くなっているジャケット

まさかの燕尾服⁉

なんで風呂から出たら燕尾服が用意されてんだ?

他に何か着る物が用意されてないか探すが、見つからない

「これを着ろってことなのか……?」

今日来ていた普段着は既に無く、洗濯に出された後のようだ

しかたなく、人生初の燕尾服を着ることに

えーっと、まずはシャツだろ。次はズボンか?それで、ベストと蝶ネクタイをして、ジャケットを羽織るっと

これでいいのか?初めて着たし、滅多に見ないものだから正しく着れているのかわからない……

何故かサイズは丁度良く、キツイ事もなくすんなりと着れた


脱衣所から出てリビングへ戻る

「なんで、燕尾服なんか着てるんですか?」

愛衣が目を瞬いて質問してくる

「これしか、無かったんだ」

寧ろ俺が聞きたい!なんで着替えが燕尾服なんだよって!

「ふふふ。私の予想通り!似合ってるわ」

「母上?」

「何かしら?」

「まさか母上が用意したんですか?」

「ふふ。そうよ。浩二さんって燕尾服が似合うと思ったの!愛衣もそう思うでしょ?」

「そう、ですね。確かに似合ってますね。カッコイイです」

「お、おう。ありがとう…ってそうじゃなくて!コレ寝間着じゃないですよね⁉」

「そうね。でも、似合ってるからいいじゃない?」

「いやいや!せめて普段着とかに着替えさせてください!」

「あら、もう着替えたいの?」

「この服着てたら落ち着きませんよ、ほんと」

「勿体ないわね」

「何でもいいので、着替えさせてください。 母娘だろ、愛衣も何か言ってくれないか?」

「えっ⁉えっとその、とても似合ってますので、そのままで良いと思います!」

「まさかのそっち側⁉」

「あら、当たり前じゃない?私たち母娘ですもの。趣味も似てますのよ」

「そんな……」

「どうしても着替えたいというなら、写真を撮らせて」

「写真、ですか?分かりました。撮ったら着替えの用意お願いしますよ!」

「ええ、ちゃんと用意してあるから安心してください」

何処からかカメラを取り出してコチラに向ける

「愛衣は浩二さんの隣に立って」

「え⁉母上⁉」

「いいから早くなさい!」

「はい!」

愛衣が俺の隣に立つ、身長差的に愛衣の頭は俺の肩のあたりだ

愛衣の方を見ると、愛衣も俺を見上げていて近距離で目が合った

愛衣の顔が一瞬で赤くなったように見えた、俺自身も顔が熱い

「撮るわよ~」

俺は、こっそり深呼吸してカメラに意識を向ける

「愛衣、前見なさい。お顔が映らないわ」

ちらりと視線を動かして愛衣を見ると俯いて固まっていた

「どうした?」

「何でもない、です……」

「愛衣、顔上げないと愛衣の秘密バラしちゃうわよ?」

「秘密?」

「実はね、愛衣ったら。あ」

「母上!止めてください!」

がばっと顔を上げた愛衣は涙目で、頬が上気していた

色っぽさと可愛さの中間のような、なんというか恋する乙女?のような表情をしていた

「あらあら、いいわ!その表情素敵よ」

俺は視線をカメラに固定して動けなくなった

愛衣の表情に魅せられて胸がドキドキしていた、それを隠そうを必死に平静な振りをするが多分上手く隠せてはいないだろう


パシャパシャとシャッターを切り撮影する紫さんはとても楽しそうだった


撮影が終わり、渡された着替えはごく普通のパジャマだった

脱衣所で着替えてリビング戻ると疲れた様子の愛衣がテーブルに突っ伏していた

「大丈夫か?愛衣」

「だいじょぶです」

「うふふ。私もお風呂行ってこようかしら」

お風呂に向かう紫さんを見送ってリビングに残ったのは俺と愛衣の二人

「その、ごめんな。信じなくて」

「え?」

「魔力栞の声が聞こえるってやつ」

「信じて、くれるんですか?」

「ああ、紫さんが真実だって言ってたんだ」

「母上が……」

「あの眼は絶対に嘘をついてない。そう思ったんだ」

「そう、ですか」

「娘のことを100パーセント信じてる、そんな眼だった」

「母上……」

「羨ましいよ。いいお母さんだな」

「はい……はいっ!」

涙ぐむ愛衣は俯き、肩を震わせる

暫く無言の時間が流れる

「……あの、浩二さん」

「どうした、愛衣?」

「私の夢、聞いてくれますか」

「夢?将来の夢か?」

「はい……私の叶えたい目標です」

「教えてくれるのか?」

「聞いてほしいんです。私の夢は……世界一の魔女になる事です」

「世界一の魔女?」

愛衣は真剣な表情でコクリと頷く

「はい。それには、大会で優勝しなければなりません」

「大会?」

「『magicians』の大会です」

「マジシャンズ?」

「はい。魔法図書と魔力栞を使った競技です」

「ああ、あれか。たまにTVで中継やってる」

「今はまだマイナーな競技ですが、2年…いえ1年ほどでメジャーな競技になります」

「そうなのか?」

「はい。理由を言う事はできませんが、確実です。だから浩二さんには出来るだけ急いで魔力栞を作ってほしいんです。夢のために」

「夢のため、か」

「はい。私の夢を叶えるためにお願いします」

深々と首を垂れる愛衣

「そっか、わかった。愛衣の夢に協力しよう。でも条件がある」

「条件、ですか?」

「ああ。俺の夢に協力してくれ」

「浩二さんの夢?」

「ああ、俺の夢だ」

「どんな夢なんですか?私に、手伝える事ですか?」

「ああ、愛衣にしか頼めない。聞いてくれるか?」

「教えてください、浩二さんの夢を」

「俺の夢は、世界一の魔力栞を製作する事だ」

「世界一の魔力栞を?」

「そうだ」

「浩二さんならきっと作れます!でも私は魔力栞作れませんから、お手伝いは……」

「いや、愛衣にしか出来ない。いや頼めないんだ」

そう、これは愛衣にしか頼めない

「私にしか……?」

「道具ってのはさ、使われないと意味が無いんだ」

「それはどういう?」

「俺は栞屋だ。今は魔力栞屋だけど、本質は何も変わってないんだ。大きな括りで言えば道具屋なんだ」

「道具屋、ですか?」

「道具にとっての絶対の死、って何だと思う?」

「壊れること、ですか?」

「いや、道具は壊れたら直せばいいだけだよ」

「もし直らなかったら?どうするんですか?」

「それは仕方ない事だよ。でも、使っていた道具の記憶は残る。でも使われなければ記憶にすら残らないかもしれない。それは存在しないのと同じさ」

「記憶……」

「誰か一人でもいい、覚えていてほしいんだ」

「……」

「でも世界一の魔力栞を作れたとして、それはどうやって証明すればいいと思う?」

「証明の仕方……それは、使われて」

「そう、使用されなければならない。でも、それだけじゃ足りないんだ」

「足りない……?」

「ああ。使い手が世界一でなければいけない」

「世界一の使い手……」

「なるんだろ、世界一の魔女に」

「はい!」

「だから、俺の作った魔力栞で一番になってくれ」

「……はい!」

「改めて、よろしくな。愛衣」

「はい!よろしくお願いします。浩二さん!」


俺達は二人の、互いの夢が重なり決意を新たにした

そして、長かった一日が終わる

明日から、気持ちを新たに製作に入ることになる


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