第23話 黒坂家

それじゃ、着替えてきますね

そう言って黒坂は部屋を出て行った

適当な椅子に座り時計を眺める

一人で広いリビングにいるのは落ち着かないな……

5分経過

男じゃないんだ、そんなに早く戻ってくるわけないか

10分経過……

まぁ、まだかかるよな

15分経過……

もうそろそろかな

30分経過……

黒坂は一向に戻って来ない

まぁ、女子の着替えや支度は時間がかかるらしいから気長に待つしかないか


一人でいるとつい考えてしまう、魔力栞ダブルの事を

あの完成度では駄目なのかぁ

自分の中では売り物になりそうなレベルの物だったけどな……

駄目、なんだよな

何が駄目だったんだ?わかんねぇな……

なんだろうな、何が違うんだ?

シングルの時と、ダブルの時で何が違う?

材料?いや、色が違うだけで同じ紙だった

色そのものが原因か?

なら、先生が色を指定するはずだ

後は、デザインの問題か

結構イケてると思ったんだけどな

「はぁーー」

「どうかしましたか?」

「うおっ、黒坂か」

考え込んでいて黒坂に全く気づかなかった

「何か悩み事ですか?」

「ああ、ちょっと、なっ!?」

黒坂は何故か黒いドレス姿で立っていた

「魔力栞の事ですか?」

「そうだな……それと、その恰好は?」

「変ですか?」

「いや、似合ってるけど」

「っ!良かったです!」

クルっとその場で回り微笑む黒坂

「(そのドレス)可愛いな」

「ひぇっ⁉ななな、何言ってるんですか⁉」

なんか黒坂がワタワタして俯いてしまった

丁度その時黒坂の母親が部屋に入ってきた

「あらあら、どうしたの愛衣?お顔真っ赤よ?」

「何でもありません!母上!」

「そう?」

「はい!」

「ふふ。ご飯もうすぐできるから、もう少し待っててくださいね」

「あ、はい。ありがとうございます」

それだけ言って母親はリビングを出ていった

「もう、母上ったら……」

「そうだ、一つ聞いてもいいか?」

「なんです?あの、あんまりプライベートな事は……」

「いや、魔力栞の事でさ」

「魔力栞の?」

「ああ。シングルの時は上手く作れたのに、何でダブルはダメだったんだろうなって」

「えっと、ダブルは作るの難しいって聞きますから」

「いや、完成度に関しては自信があったんだ!でも、ダメだった!失敗作だった!シングルより創り込んだし、デザインだって綺麗にまとまってたのに……」

「えっと、私は栞作りに関しては素人です。でも!あの魔力栞ダブルが失敗だなんて思えません!」

「え?」

「あの魔力栞ダブルは、なんと言うか、その……」

「なんだ?遠慮なく言ってくれ」

詰め寄るように質問する

「えっと、楽しさとかを感じなかったんです」

「感じなかった?」

「はい。魔法使いは|魔力栞《マナマーカー》の製作者の残滓おもいを少しだけ感じる事があります」

「おもい?」

「はい。例えば、大量の魔力を貯めたいや魔法の威力を上げたいとか、使用者に勝って欲しいなどです」

「そんなの」

分かるわけない、そんなこと有り得ない

「分かるんです。殆どの人は信じてくれないですけど、私は使う道具の想いこえを聞く事ができるんです。その想いを汲み取る事で最大限に性能を発揮させるんです」

「じゃあ、俺の作ったダブルからは何が?」

「それが……その……焦りと傲慢さが」

「焦りと傲慢さ、か」

「でも、シングルの時は!あの時はって!新しい事に挑戦するのはするって!感じたんです!」

確かにあの時、シングルを始めて作ったあの時、そんな事を思っていたかもしれない……

「塩谷さん、ダブルを作った時どんな事思ってました?」

「それは、その……楽勝だろとか、さっさと作らないとって」

「そう、ですか。もしかして私の魔力栞作るの嫌になっちゃいました?」

黒坂は不安そうに聞く

「いや、そんな事はない!そうじゃないんだ。ただ、その、ごめん」

断言できる

俺は魔力栞の製作を嫌になってない

「本当に聞こえるなら、申し訳ないなって」

そう、本当に聞こえるなら俺の醜い想いを感じさせてしまった事になる

「信じてもらえません、よね。変な事言ってごめんなさい」

重苦しい空気が沈黙を生む


「ご飯できたわよ~。あら?どうしたの?」

ご飯をカートに乗せて入室した黒坂の母親は俺達の気まずい空気を感じ取っていた

「いえ、何でもないです。俺手伝いますよ」

「いいのよ。お客様なんだから座ってて」

「母上、私ちょっと体調が優れないので部屋で休みますね」

「愛衣?」

黒坂は多分自室に行ったのだろう

「あの、俺」

「ふふ、愛衣と何かあったのでしょう?」

「えっと、私の作る魔力栞の事で」

「あらあら、困ったわね」

「えっと、その、すみません」

「愛衣はなんて?」

「魔力栞の声を聞ける、と」

「そうね。愛衣は魔法使いとしての才能あるから、はっきりと聞こえちゃうのよね」

「え?」

「聞こえるわよ、本当に」

黒坂の母親は真剣な眼差しでそう言った

「……っ」

本当に聞こえるのか……

「ふふ、その様子だと信じてなかったみたいね」

「まぁ、はい。そうですね。」

軽い調子で聞かれ軽い調子で応える

「愛衣はね、過去に魔法の発動で失敗した事があるの」

「失敗ですか?」

「そうなのよ。愛衣ったら魔力栞の声を聞いてわざと逆の使い方をしたの」

「逆の使い方?」

「その魔力栞を作った人は使用者が傷付くのが嫌で、防御の魔法に使われるのを望みながら製作したの。でも愛衣はあえて攻撃の魔法に使ったの」

「それで失敗した?」

「ええ。本来の性能の1/10程度しか性能が発揮されなかったの」

「1/10ですか」

「ええ、そうなの。それでも無理矢理高威力の魔法を使おうとしたから魔力栞は壊れてしまったわ」

「壊れるんですか?」

「ええ。バラバラに砕けてしまったわ」

「そんな」

「愛衣はそれ以来魔力栞マナマーカーの声に反しないと心に決めたようなの」

「じゃあ、負の感情だった場合はどうするんですか?」

「うーん、そうね。使わないか、出来るだけ力を抑えて使うでしょうね」

「そうか。それで」

俺の作ったダブルが壊れてしまわないように出来るだけ力を抑えてたから……だから性能が発揮できなかったのか

俺の出来損ないの魔力栞を気遣ってくれたせいだったのか


くそっ、俺のせいじゃねえか!


次に作る時は絶対に負の感情なんて入れない

黒坂が気持ちよく使える、そんな魔力栞を作ってみせる!

「あら、良い眼してるじゃない。研究所から出てきた時とは別人みたい」

「どうして俺の魔力栞がダメだったのかはっきり分かったんで」

「ふふ。それは良かったわ。うん、あなたになら愛衣を任せられるかもしれないわね」

「任せるって?」

「何でもないわ。ささ、ご飯食べましょ」

「はい!いただきます!」


黒坂の母親の作った料理はすごく美味しかった

夢中で食べて、あっという間に完食する

「ごちそうさまでした!」

「あら、足りなかったかしら?」

「いえ、すごく美味しかったので…ついがっついてしまって」

「あらあら!嬉しいわ!それなら塩谷さん、家の子になる気はない?」

「えっと?黒坂…愛衣さんの兄になるって事ですか?」

「え?ふふふ!塩谷さん面白いわ!それも良いわね!でも、そうじゃないわ。愛衣と結婚しないかしら?」

「結婚、ですか?」

「そう、結婚よ」

「いえ、それはちょっと」

「あら、心に決めた女性ひとがいらっしゃるの?」

「いえいえ!いませんよ!そうじゃなくて、今は魔力栞の製作に打ち込みたいので」

「あら、そう?それは仕方ないわね。それはそうと塩谷さん、下のお名前で呼んでもよろしいかしら?」

「え?良いですけど」

「良かったわ。これからは浩二さんって呼ばせてもらいますね」

「はい」

「私の事はゆかりって呼んでくれるかしら?」

「えっ?……紫さん」

「はい。ふふ、後で愛衣に自慢しちゃおうかしら」

紫さんも食事を終えて、話しているとそろそろ21時になる

「そろそろ、帰りますね」

「あら、泊まっていかないの?」

「ええ、早く製作に入りたいので」

「そう?ならタクシーを呼ぶわ」

「いえいえ、歩いて帰りますよ!」

「ここからライメイ市まで遠いわよ?」

「え?そうなんですか?」

「ええ。最寄り駅まで行くのに1時間、そこから電車で1時間半くらいかしら……」

「遠い、ですね」

「だから、泊まっていって?明日なら佐藤さんに送ってもらえるから」

「佐藤さん?って運転手の方ですか?」

「そうよ。今日はもう帰しちゃったから。明日の朝、来てもらうから。今日は泊まっていって」

「わかり、ました。一晩お世話になります」

「ええ。自分の家だと思って寛いでいいからね」

「ありがとうございます」


そして、俺は黒坂家へ宿泊する事になった

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