第22話 帰り
俺は不安と失意の入り混じった鬱屈とした感情に心が落ち着かないでいた
期待を裏切ってしまった
相手が勝手に期待してただけだ
簡単にできるって思ってた
驕り高ぶっていた
栞作りには自信があった
魔力栞は初心者なのに
ダメだ、ダメだダメだダメだダメだ!
こんなんじゃダメだ‼‼
「すいません。今日のところは帰ります。帰って次の製作に入らないと……」
「おお、そうか。気をつけてな。これが私の連絡先だ。何か疑問に思う事があれば気軽に連絡してくれ。先生がいつでも授業をしてあげよう」
「ありがとう、ございます」
「それじゃ、失礼します」
俺は視線を落とし出口へ向かう
研究所を出ると日は傾き、赤々とした夕焼け空になっていた
「お帰りなさいませ、お嬢様、塩谷様」
「あ、どうも」
「塩谷様、どうかなさいましたか?」
「いえ、大丈夫です。何でもないです」
「……左様でございますか。実は塩谷様にお伝えしなければならない事がありまして」
「私じゃなくて塩谷さんに?」
「はい。お二人を待っている間に奥様からご連絡が入りまして、今夜塩谷様をお連れするようにと」
「え?それって塩谷さんを家に呼ぶって事ですか!?」
「その通りでございます」
「塩谷さんにだって都合とかあるじゃないですか!」
「奥様からのご指示ですので」
「そんな勝手な!」
「塩谷様、事後承諾になってしまい恐縮ではございますが」
「俺が行かない、と言ったら?」
「多少手荒くはなりますが、力尽くで来ていただきます」
「そんなの、ダメですよ!」
ピリピリした緊張感がこの場を支配する
「ふふふ」
突如背後から女性の笑い声が聞こえた
「っ⁉」
バッと振り返るといつのまにか菫色のドレスを着た綺麗な女性が立っていた
「ごめんなさいね。驚かせてしまったかしら?」
「は、
「あらあら、愛衣ったら普段みたいに母上って呼ばないのですか?」
「そんな事今は関係無いです!」
「たまには良いわね。母さん、って呼ばれるの。ふふ。新鮮味があるわ」
「いいから、何でここに居るのか教えてください!」
「奥様、お待たせして申し訳ございません」
「いいのよ。ちょっと待ちきれなくて、来てしまったの」
なんだこの状況⁉
いつの間にか黒坂の母親が気配も無く背後に立ってて、俺以外はその事に疑問を持ってない?どうやって背後に現れたんだ?いつから居たんだ?
さすがにドレス姿の人物がいれば目につくだろ?物陰に隠れてたのか?
いやドレス姿の人が隠れられる場所なんて見回したかぎり無い
じゃあ、どうやって……?
「ごめんなさいね。母娘で話し込んでしまって。あなたが塩谷さんで、合ってるかしら?」
「は、はい。そうです」
「よかったわ。誠実そうで」
「えっと、ありがとうございます?」
「塩谷さん、今夜時間あるかしら?」
「とくに予定はありませんが、ご用件は?」
「一緒に夕食でもどうかしら?私と愛衣と三人で」
「なぜ私を?」
「娘があなたの事よく話すから、合ってみたくなったのよ」
「母さま⁉」
「ふふ。あなたの栞が凄く気に入っていてね。私に自慢してくるのよ」
「そうですか。それは何というか、すごく嬉しい、ですね」
黒坂の方を見るとフードで顔を隠してプルプル震えていた
そんなに気に入ってくれてたのか、ありがてぇな
もしかして、俺の栞が元々好きだから期待してくれんのかな
これは驕りだろうか、自惚れだろうか
でも、俺はこれを誇っていい気がする
「あの、えっと。夕食ご一緒させてください」
「ふふ。それじゃ、家に帰りますわよ」
「では、ご乗車ください」
運転手の人が後部座席のドアを開ける
黒坂のお母さんが最初に乗り運転席の後ろに座る
次に黒坂さんが乗ろうとすると
「愛衣、今日はあなた助手席に座りなさい」
「え……」
「はい、母上」
黒坂が助手席に座り残る俺は後部座席の助手席の後ろの席に座る事になる
「さぁ、塩谷さん。こちらに乗ってください」
こっちおいでと手を振る黒坂の母親
「はい。失礼、します」
知り合いの親と隣同士で座るなんて緊張するな……
「ふふ。緊張してるのかしら?」
「えっと、すみません」
「いいのよ。そうだわ!愛衣があなたの事好きみたいのだけれど、あなたはどうなのかしら?」
「母上っ⁉⁉」
「えっ?」
どういう事?黒坂だ俺の事好き?
「愛衣の事好きかしら?」
「母上⁉止めてください‼‼」
「あの、えっと」
「塩谷さん!気にしないでください!嘘です!母上なりのジョークですから!」
「ジョ、ジョークか!あははは」
そうだよな!あー焦ったぁーー‼
「そうですよ!もう!」
「それはそれとして、塩谷さん、愛衣の事どう思っているのかしら?母として少し心配で……」
またその質問か……なんで俺が黒坂をどう思ってるか皆聞いてくるんだろうな
「依頼人と製作者ですよ」
「あら、本当に?」
「そうですね」
「ふふふ。愛衣、大変ね」
「な!何の事でしょうか?は・は・う・え?」
「ふふふ」
なんだなんだ!?
なんか一気に空気が悪くなってきた?
「奥様、間もなくお屋敷に到着いたします」
「あら、あっという間だったわね」
黒坂の家は、まさに屋敷だった
言うなれば物語に出てくるような洋館のような感じだ
鉄の門扉が車が近付くと自動で開く、そのまま中へ入り玄関の前で停車した
直ぐに運転手の人が黒坂の母親側のドアが開けられる
「ありがとう。今日はもう出ないので、休んでいいわ」
「畏まりました」
俺達は自分でドアを開けさっさと降りる
多分待ってれば開けてくれるだろうけど、そこまでしてもらうのは俺としては気が引ける
黒坂が玄関を開けると俺の視界には広い空間と階段、天井からはシャンデリアが吊るされていた
「すげー…」
本物のシャンデリアなんて初めて見たな
一歩踏み入れるとふかふかの赤い絨毯が足を軽く押し返す
す、凄いふかふかだ!
開いた口が塞がらない!
「?何してるんですか、塩屋さん?」
棒立ちで固まる俺に怪訝そうに黒坂が尋ねる
「いや、その、凄いなって……」
「そうですか?」
「愛衣、塩谷さんをリビングに案内してくれるかしら。私はご飯の用意してくるわ」
「はい、母上」
「それと、着替えてきなさい。その恰好でご飯はダメですよ」
「はい。 塩谷さんこっちです」
黒坂に案内されてリビングへ移動する
大きなテーブルと燭台、壁には暖炉と絵に描いたような洋館の部屋だった
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