クリスマスの写真

 鎌倉駅東口には大きなクリスマスツリーが立っている。綺麗に装飾されたウラジロモミは街を浮ついた雰囲気に仕立て上げている。だが浮ついているのは駅前だけで周りを見渡せばいつも通りだった。ぽつぽつとイルミネーションを施しているお店や一軒家もあるが一握りだ。

 温度差が激しいのは俺も一緒だった。やはりクリスマスだ。いちゃついたカップルは普段と比べれば多い。彼ら彼女らとすれ違うのは気まずかった。

 予約していたチキンを買いにケンタッキーへと入る。カーネルさんは赤いボタンのついた服、長めの帽子を被っている。それは立派な白いひげのサンタクロースだった。

「予約していた佐藤です」

「あ、佐藤様ですね。2160円ですね」

 そっと求められた金額を黒い長ザイフから取り出し渡す。商品を受け取るとレシートをしまった。母から返して貰わないといけないのでいつもより丁重に扱う。

 お店を出ると電車を降りる人が押し寄せてくる。会社帰りのサラリーマン、部活帰りのジャージ姿の学生、世間話に浸っている叔母さま方。人混みを掻き分けて帰路を目指す。

「あ、すいません」

「こちらこそ」

 人混みに慣れていないせいか不甲斐にも人とぶつかってしまった。チキンは少し揺れたが無事だった。ぶつかった人は忙しなく過ぎって行った。金髪のツインテールが左右に揺れる。丁寧に梱包された袋を大事そうに抱えていた。

 華奢な後ろ姿。美しい頸。俺はとっさに追いかけていた。

「夏恋!」

「空!なんで」

「さっきぶつかっただろ」

「あれ空だったのね」

「俺も気づかなかったよ」

 俺と夏恋だけが立ち止まっている。周りはそれぞれの帰る場所へ動いている。まるで夕暮れ時のカラスのように。時が止まったような錯覚に陥る。

「何してたんだ」

「藤沢でちょっと買い物をね」

「そっか自分へのクリスマスプレゼントか」

「余計なお世話よ!」

 少し茶化してみたがやはり反応がかわいい。腕を組んで膨れている。つい弄りたくなってしまう。

「空は何してたのよ」

「俺は勉強した後予約してたチキンを取りに行っていただけだ」

「寂しいクリスマスね。あたしが相手してあげようか」

「悪いがチキンがあるから無理だ」

「何よそれ!せっかく誘ってあげたのに」

「分かった。家近いからチキン置いてからな」

「やったー!」

 家が近くてよかった。急ぎ足で戻ってチキンを母に渡す。そしてしっかりとお金を返してもらうことも忘れない。玄関を開けると彼女の待つ駅前へ駆けていく。

 俺の家は西口方面にあるので彼女にはそこで待っていてもらっている。広場の時計台の真下だ。さすが受験生とでも言うべきか。英単語張を忘れまいと舐め回すように見ていた。

「どこいくんだ?」

「普通彼氏が考えてエスコートしていくものよ」

「俺は彼氏じゃないからな」

「とりあえずお腹減らない?」

 俺らは西口近くのパスタ屋さんに来た。シックな店内。茶色と白のみの内装はおしゃれな雰囲気を醸し出していた。

 案内された席は窓際。店からは歩行者も見える。端の席なのであまり気を使わずにすみそうだ。

「何ししようかな」

「これ美味しそうじゃない!」

 夏恋は三種のチーズカルボナーラを指していた。生パスタに三種類のチーズを掛け合わせたソースが絡み合う。それぞれのチーズは違う色をしている。すぐに三種類使われていることが分かった。

 メニューには様々なパスタの写真が並べられている。計算された配列。分かっていてもよだれが出て来そうだ。

 結局俺は和風きのこスパゲッティ。夏恋は最初のカルボナーラ。

 水を飲んでいると二十分弱で料理は届いた。実物は写真よりもはるかに食欲をそそらせた。具は雪。パスタは山肌。まるで冬場の山嶺のようだ。

「うん。美味しい!」

「美味しいな」

 和風のソースときのこの食感。そしてもちもちとした生パスタ。贅沢な味だ。

「カルボナーラも美味しそうだな」

「食べて見る?」

 俺は頷きそうになったが躊躇った。間接キス。異性交遊が少ない俺にとっては大きな壁だ。大人なら平気で食べてしまうだろう。

「別に気にしなくていいのに。すごい食べたそうな顔だったわよ」

 全て見透かされていたようだ。それはそれで恥ずかしい。

「店員さん取り皿一つ」

 俺は逃げ道を見つけることができた。

「もう空は気にしすぎよ」

「そりゃ気になるだろ。思春期の男の子だぞ」

「間接キスくらいで。バカね」

 不満そうな顔を夏恋は一瞬見せた気がするが気のせいだ。見なかったことにしよう。




 食事を終えた俺たちは鎌倉駅周辺を散歩した。洋服屋さんを見て夏恋に似合う服を、雑貨屋さんでお洒落な置物を探した。スターバックスで流行りのドリンクを飲んだ。時刻はすでに十一時を回っている。

 街のクリスマス色は薄かった。隣にいる子は交際している彼女ではない。それでも聖なる夜を愛しい人と過ごす喜びは実感できたような気がした。俺はそれだけで幸せだった。もしかしたらこの幸福感を味わうことこそが大切な人を想うと言うことなのだろうか。

「送ってくれてありがとう」

「夜道を女の子一人で歩かせるのは心配だからな」

「優しいね」

 彼女は軽く微笑むと

「ねえ空」

「なんだ」

「一緒に初詣行かない?一月一日にさ。一緒に合格祈願しようよ」

 初詣。数日遅れてお参りには行ったことあるがわざわざ元旦に行った事はない。ただ合格祈願というなら悪くはないと思ってしまった。

「いいぞ」

「やった!じゃあ大晦日に待ちあいましょ」

「なるべく空いてるお寺にしような」

「それじゃあご利益なさそうじゃない」

「関係ないだろ」

 新年早々人が集まる場所は勘弁してほしい。それがせめてもの願いだ。

「じゃあまたLINEするわね!」

「おうまたな」

 そう言って俺たちは別れた。街はすっかり静けさに満ちている。閉店したお店は多くなりそのせいか暗い。ツリーも当然電灯は消えている。ほんの数時間前とは真逆の世界だ。寝静まる寸前の鎌倉。江ノ島電鉄はとっくに終電をすぎている。JRはギリギリ運転しているかどうか。そして数少ない目視できる星たちは俺を見下ろしているようだ。

 一人で駅前に戻り近辺にあるベンチに座った。考え事をしていた。今日夏恋と過ごした数時間はかけがえのないものだった。全てのシーンを思い出せるくらいに。洋服屋にいるときは彼女がどんな服を着るんだろう、何を食べれば喜ぶんだろう、そんな事ばかり考えていた。

 このモヤモヤした心の中の魔獣を沈み込めて南京錠の掛かった部屋に閉じ込めてやりたい。

 LINEを開いてとある人物に連絡をいれていた。

 

 

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