文化祭の写真 a.m.
この季節にもなると夏の暑さも陰りを見せ過ごしやすい日々が続くようになる。また各地では紅葉も見頃を迎え文芸を堪能するには打って付けの季節だ。
今日は十月の一日。写真博覧会の結果が各学校宛てに送られて来る。この博覧会で金賞を受賞したものは全国大会へと足を進めることができる。
「残念だが今回金賞を受賞したものは居なかった。最高は佐々木の写真で銀賞だそうだ」
職員室にて顧問の先生からあまり関心のなさそうな口調でそう告げられた。
「そうですか。ありがとうございました。あとで部員にも伝えておきます」
「よろしく頼むよ」
三年生はこれで引退なのだからもっと労いの言葉とかはないのかと思いつつ職員室の扉を閉めた。写真部のみんなが結果を待っている。早く行かなくてはならない。結果を噛みしめる余裕もなく早歩きで部室へと向かった。
「どうだったのさ空ー」
部室の扉を開ける。真っ先に食いついたのは佐藤だった。女子部員は深妙な面立ちでいつもの元気がない。
「最高結果は佐々木の銀賞。あと鈴木と金井は入選は果たしたようだ。俺と夏恋と神居は落選」
全員の顔から緊張感の色は消える。
「じゃあみんなこれで引退だね」
佐々木の言う通りだ。
「まあでも良いんじゃない。写真部らしくてさ」
金井がそう呟く。確かに写真部らしい。俺が在籍したおよそ二年半入賞した先輩は見たことない。
「ちょっと私はまだ引退じゃないですよー」
「そうだったな!結衣ちゃんはまだだったね!」
取り残される後輩もかわいそうだ。他に同学年に部員がいればいいのだが。
「でもこれで受験に専念できるわね」
「そんなこと言ってー。夏恋も素直じゃないねー相変わらず」
「うるさいわね。かなはもう進路決まってるから呑気で居られるんでしょうけど、あたしたちはまだ終わってないの」
「はいはい。悪かったわよー」
「まだ俺たちの高校生活が終わったわけじゃないじゃん!文化祭が残ってるでしょ!」
そう卒業式を除いた学校行事がまだ俺たちには残されている。文化祭。そろそろ準備も始まる頃だ。学校全体がどこか浮ついた雰囲気でいる。受験生である三年生は自クラスの出展はない。ただ下学年がどんな催し物をしているかを見て回るだけだ。
「結衣ちゃんのクラスは何を出すの?」
佐々木が問いかける。俺も疑問に思っていた。
「それは文化祭当日の楽しみですよセンパイ」
受験勉強と苦闘する中で行われる束の間の文化祭。まるで砂漠のオアシスのように近づくだけで活気が溢れそうだ。
誰と回ろうかそんなことで頭がいっぱいだった。
「佐藤先輩、今日で部室くるの最後ですよね?」
神居が悲しそうな目でこちらを見つめる。
「まあ前みたいに頻繁にくることはないだろうな。もしかしたら受験勉強とかで部室を使うかも知れないが」
「そしたら部室使うときは私に連絡してください!私もあまり一人では部室に来ないと思うので」
「ああそうするよ」
俺は一人感傷に浸る。もう毎日部室には来ないのか。そう考えると悲しいものだ。まるで葉が全て落ち裸になってしまった大木のように大きなものを失ってしまった。そんな気がした。
しかしまだ木の下には、手の届くところに大事なものはそこにある。それを噛み締めて行こう。俺はそう誓った。
文化祭を一週間に控えた今日。土曜日。俺は気分を変えるために近くの図書館で勉強をすることにした。夏場はエアコンが効いていることもあり机が埋まっているのだがどうも秋はあまり人気がない。受験生にとっては追い込みの時期なので塾や予備校で缶詰状態になるのだろうか。そんなもの通っていない俺には全くわからないが。
そんな人気のない図書館が好きだった。ただ誰が取るわけでもない鎮座するだけの本、司書員さんの暇そうで眠たそうな顔、全てが静寂で集中するには都合がいい。
俺は窓際の席に座った。図書館の隣には小さな公園がある。木々はすっかり秋の色に染まっている。適切な気温は子供達をより元気にさせる。はしゃぎ声も一際大きく聞こえた。
そんな静かなひと時を一瞬で破壊されようとは誰が想像したことだろう。
「あれ空じゃない」
その破壊神の名は夏恋だった。
「おう夏恋。勉強してたのか」
「まあ一応受験生だしね」
「そっか成績良いもんな。志望校は余裕でいけそうなのか?」
「うん今の所はね。もしでもずっとA判定だったから。本番で風邪とかのアクシデントがなければ余裕よ」
「いいな。その余裕が羨ましい」
「空はまずい状況なの?」
「そんなことはない。なにせ志望校が明確じゃないからな」
「ちょっと大丈夫なの」
「東京の私立大学には行きたいと考えてるけど」
「あら。あたしも東京の大学を志望してるの」
俺は冗談混じりで言って見た。
「そしたら一緒に通えるかもな」
彼女は顔を赤面させ下を向いてしまった。
「な、何言ってるのよ。そ、そしたら嬉しいけどさ」
夏恋は目前のノートに視線を戻した。その行動は照れ隠しだとすぐに分かった。彼女は一呼吸置いて意を決して俺に問いかけた。
「あ、あのさ。文化祭もう誰かと約束してる?」
「いやまだだが」
彼女はうつむいた視線を俺の顔へと移し強く懇願した。
「だったらさあたしと一緒に文化祭回らない?」
初めてだ。文化祭を誘われたのは。しかも女の子に。その誘いを受けるかどうか考えるのなんて野暮だ。
「もちろんいいぞ」
彼女の顔はアサガオが明るい朝日を迎え花を見せるように笑顔になった。この満開な花を見て断れる男がどこにいようか。
文化祭当日。俺は北鎌倉高校前駅の改札で一人の女の子を待っていた。この駅は普段は学生しか利用しない。しかし高校の文化祭とあってそこそこの利用者数だった。
彼女を見つけることができるか不安だったが幸いにも向こうが見つけてくれた。
「空ー。お待たせー」
「おう。よかったよ。今日駅混んでるから見つからないかと思った」
「な訳ないでしょう。こんな小さい駅で見つからないわけないじゃない」
「そ、それもそうか」
言われてみればそうかもしれない。反省した。
「それじゃ早速行きましょ!」
今日は土曜日、休日だ。三年生は一応休日扱いで且つ校内を見て回るだけなので私服の参加が認められている。
夏恋はいつものツインテール。白いシャツの上にジージャンを羽織っている。ズボンはタイトなスキニーパンツ。
「その私服似合ってるな」
「あ、ありがとう」
人の服を賞賛している場合か。俺は急に不安に陥った。自分の服装は大丈夫か。普通のチェック柄のシャツにジーパンで来てしまったが。
「空ももうちょっとおしゃれしたら?」
あ、やっぱりダメだったか。
「善処します」
「そんなんじゃモテないわよ」
「それは困るな」
夏恋は小声で
(あたしは逆に困るけどね)
「お、なんか言ったか」
「なんでもないわよ!」
よかった。裏口叩かれてるのではと心配した。
校門を潜ると学校はいつもと雰囲気がガラリと変わっていた。見慣れない光景に少々驚いた。お化け屋敷、お好み焼き屋、パンケーキ屋など学生たちが知恵を絞って作り上げたお店が並んでいた。青春だ。クラスみんなで出店させたそれは街で軒を連ねるお店に比べると完成度は低いが十分に努力は伝わった。そんなものこの文化祭独特の雰囲気が補ってくれる。
「空、どこから行く?」
「そうだな。せっかくだから神居のところ行くか」
「結衣は確か一年三組だったかしらね」
一年生は一階だそう遠くない。いい匂いのする廊下。誘惑を断ち切りながら向かう。目的の場所へ到達するとそこにはsecret cafeとだけ書いてあった。秘密のカフェ。一体どんなところだろう。好奇心で満ち溢れる。夏恋も同じことを考えていたらしく
「い、行きましょうか」
どことなく不安感が拭えていない様子だった。
スライド式の扉を開けると
「いらっしゃいませご主人様☆」
「...........」
俺たちは理解するのに数秒を要した。
「これって」
「メイドカフェだな」
初めて入ったメイドカフェが文化祭とは。幸か不幸か。ここは現役女子高生のメイド姿を見れたことに感謝しよう。
ロクでもないことを考えていると後ろでこそこそと話し声が聞こえる。
「あれって写真部の部長さんじゃない」
「行って来なって結衣」
「部長さんにご奉仕してあげて来なよ」
「恥ずかしいよー」
みたいな会話を繰り広げているのだろうか。すると裏口から見慣れない格好をした部活の後輩がこちらに向かってくる。
「ご、ご主人様っ何にい、いたしますかニャン」
語尾がおかしくなってる。すると夏恋が突っ込む。
「猫カフェじゃないでしょここ」
「そ、そうですよね。すいません」
「無理しなくていいぞ。俺らには」
「でも仕事なので」
「そっか。なら続けてくれ」
メイドバージョンの神居は変わらずに注文を受けてくれた。二人はまだ昼前なのでコーヒーを頼んだ。
そして1分も経たないうちにコーヒーはきた。
「お待たせしましたご主人様。コーヒーです」
「ありがとう。その服似合ってるぞ」
「え、本当ですか!?」
何やら機嫌が良さそうだ。
「確かに可愛いわね」
少し不機嫌になりながらも夏恋は肯定した。
「ありがとうございます!勇気出した甲斐がありました!」
ニコニコしながら神居は裏へと戻って行った。
普段と違う模様。安寧を求める俺だが不意にもたまにはいいかもと感じてしまった。
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