博覧会の写真
夏も終わり季節はもう秋。ただ気温は未だ下がる気配を見せず秋なのは暦の上だけだ。
芸術の秋、スポーツの秋、食欲の秋。様々な秋に対する形容があるが俺らの部活がそれを例えるのならば写真の秋だろう。
写真部は九月に写真博覧会を迎えることになっている。名前の通り各高校生が約一年間探し求めた最高傑作を持ち込むのだ。
三年生は時期的にもちょうど良いのでこの博覧会をもって部活を引退することになっている。そのため今年はいつにも増して気合が入っていた。
「先輩方はもう出展用の写真決まっているんですか?」
二個下の後輩神居が俺らに尋ねた。夏休みもとっくに終わりいつもの学生生活に戻っていた俺たち。放課後の部室でいつものように雑談を交わしていた。
「私はもうできてるよ!」
と金井が答えた。
「私まだ撮れてなくて。良かったら先輩方のを参考にしたいです!」
「何枚でも見せてあげるよー!」
そう言って金井はカバンの中から写真を取り出し机の上に置いた。それに続いて鈴木、佐々木、そして夏恋も後に続いた。そして各々写真を見せ合った。鈴木は親の実家にある田園風景の写真だった。緑に彩られたその写真は田んぼと林、高くそびえ立つ入道雲というシンプルな構図だったが日本の夏をかたどった素晴らしい作品だった。金井は先月の夏祭りの写真。綺麗に彩られた花火の写真。これも夏を彷彿させる見事な写真だ。
そして佐々木の写真は由比ヶ浜から撮った伊豆半島と江ノ島が映った夕暮れ時のものだった。
「佐々木これって」
「いい写真でしょ。佐藤くん、この風景好きって言ってたでしょ」
「確かにそうだが」
「それ聞いて一人で写真取りに行って見たの。そしたら奇跡的に撮れたんだよ」
「それは凄いな」
本当に息を呑むような写真だった。伊豆半島の真上から夕日が照らしつけている。その光を受けて江ノ島は影を作り、海面には一筋の赤い光が反射している。俺はその場所からの写真を撮りたかった。しかしできなかった。その風景に思い入れがある。あの時見たあの景色は写真に写すことはできないと思った。無論しばしば挑戦はしてみたが満足する完成度までには至らなかった。
しかし彼女が撮ったものはその場所から撮ったものの中では一番美しかった。
「早く夏恋も見せちゃいなよー」
「いや。これだけは絶対にいや」
「なんだー釣れないなー」
金井がいつものように夏恋をおちょくっていた。いつもは折れがちな夏恋だが頑固たる拒否意識があった。流石の金井も渋ったようだ。よほど彼女にとって重要なものなのか。はたまた人に見せられないくらい恥ずかしいものなのか。
「そういえば空は撮れてるのか?」
鈴木に痛いところを突かれる。俺はまだ撮れていない。いや選べていないが正解。部長としては羞恥心が拭えない。
「俺はまだだ。どれにするか迷っててな」
「どうするのさ?」
「さあなまだ時間はあるからもう少し考えてみるよ」
同時に部活動中の生徒に帰りの時間を知らせるチャイムが北鎌倉高校に響き渡った。
「じゃあ今日の活動は終わりだな」
『お疲れ様でーす!』
みんなが帰路につく。こうやって写真部がいつもの部室に集まって談笑することができるのも後少し。来月にはその当たり前だった日常も終わる。三月には高校すら通えなくなるのだ。
「あ、忘れ物」
俺は忘れ物を取りに一人部室に戻る。古びた机にポツンと置かれた携帯を手に取る。通知を確認してみるが何も来ていない。少し寂寥の思いを抱かざるを得なかった。
翌日俺は学校の相談室の一角で二者面談を受けていた。相手は橘先生とだ。進学先のこと。その先の将来のことを話す。
「どうだ佐藤。進学先は決まったか」
俺は将来のことは決まっていない。進学先のことさえも有耶無耶だ。とりあえず偏差値に見合った私立の文系に行くことは決まっている。それだけだ。何でこの先食って行くのか。そんなずっと未来のこと俺には分からなかった。
「いや、まだです」
「将来の夢もか」
「はい」
将来の夢は幼い頃は抱いていた。憧れたバンドマンの一員とか科学者とか。幼稚園の頃は戦隊シリーズをみていたのでスーパーマンなんて時もあった。そんなのは現実味を帯びていない空想だ。大人になるにつれて自身の限界を知り打ちひしがれるのは茶飯事だった。夢を叶えて脚光を浴びるものもいるが俺にとっては夢物語だ。
「今熱中しているものは」
「強いていえば写真を撮るくらいでしょうか。でも熱中とまでは行きませんよ。博覧会が時期にやってくるので」
「そっか。困ったものだな」
先生もアドバイスに困り視線を下に落とす。無理もないだろう。自力で決められる者はそれに突き進むだけだが俺のような生徒は先生が道を示してあげる必要がある。
先生が何かを確信したように頷くと俺に諭すように言った。
「なら今を今できることを精一杯やってみろ。なにやりたいことはその内見つかるさ。ただ今を疎かにしてはいけないんだ。失った時間は取り戻せないからな」
「ありがとうございます。とりあえず勉強しておきます」
先生は先生だ。生徒よりも長い時間を生きている。為になる言葉をかける気になれば容易いのだろう。分かりきっていても悩みの多い思春期の一人の男からみたらかっこよく映ってしまう。
「なんで先生になったんですか?」
「私は物理学を研究したくて大学に入ってな。研究者を目指していたのさ」
先生は細身の人差し指を頭上に持って行くと
「途中でここが足りないことを知らされたのだ。それまでは平凡でもやってこれたがやはり上には上がいてな。それを知ってから努力を辞めてしまったんだ」
「そんなことがあったんですね」
「大学院を卒業してあとは成り行きで高校の先生になったわけだ。諦めないで努力して後悔して欲しくないと思ってね」
俺はかける言葉を探した。ただ難しい。同情も非情もこんな中坊の言葉ではまるで届かない。
「どうだかっこ悪いだろう」
「いやそんなことないですよ」
俺もやりたいことも見つからずに人生を悔やむ時が来るのだろうか。
「先生もう一つ聞いていいですか」
「なんだ」
「迷った時、どうすれば良いでしょうか」
「直感で選ぶべきだろうな。損得を考え尽くして残った選択肢。それはどっちに進んでも結果は分からない」
「ありがとうございました」
相談室を後にする。俺はポケットに入った錆びかけの十円玉を思い出す。そして裏が出たら、あの写真を選ぼうと決意した。すっかり薄暗くなった廊下に十円玉が宙を舞う。何度も回転しどちらが出るかはもう天にしか分からない。軽くチャリンと金属音が響く。音のする方へ近づく。恐る恐る覗くとそこには平等を表現した寺院が描かれていた。
そして九月の十三日。写真博覧会へ出展する写真の応募締め切りの日がやってきた。博覧会への提出は生徒たちで郵便局へ出向くことになっている。
神居は何とか写真を提出することができた。円覚寺で撮ったなかなかに渋いものだった。
「空はちゃんと選べたの?」
「ああもちろんな」
「あたしにも見せて」
夏恋に茶封筒に入った写真は見せられないので一眼レフカメラを取り出し液晶画面を表に差し出した。
「え、うそ」
夏恋が驚嘆の声をあげる。
「空もこの写真を選ぶなんてね。ちょっとは期待してたんだけど、まさかね」
「俺もびっくりだ」
一本の散歩道。その隣には小さな小川が流れ、それを見守るように囲む生い茂った樹木。あの時と同じ。また二人は一つの写真を選んでしまった。
「これ審査員はどう判定するんだろうな」
「さあ?あたしが聞きたいくらいだわ」
無事郵便局職員に茶封筒を提出し終えたこれで写真部の活動は終わった。あとは審査結果を待つのみだ。それが終わったら引退。大切な居場所を失う悲しさと博覧会の結果への期待が入り混じった俺らはその蟠りを忘れようと無意識に語りあったのだ。
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