夏休みの写真

 七月にもなると写真博覧会への準備が本格化する。三年生はそこに受験勉強との戦いも始まるので遊んでる暇もなくなる。

 写真部のメンバーはそれぞれ試行錯誤して写真を完成させる。博覧会には一人たった一枚しか出せないので非常に悩む。一番どの写真を使うかに脳を使う。

 俺は鎌倉をよく歩き回り納得のいく写真を目指して探しているが一向に見つからない。結局ここ由比ヶ浜公園に来てしまう。

 時刻は夕方。ちょうど夕暮れどきだ。子どもの時に同じ場所で夕焼けを見た。しかし、それを写真に残そうとするとあまりよく映らないのだ。F値やISO感度を変えて見たりと様々な設定を試みるがダメだ。

 由比ヶ浜のベンチに座って悶絶していると、首筋に一瞬の冷気が駆け巡った。

「ふふ。びっくりした?」

 佐々木が冷たいペットボトルを持って、いたずらに成功したのが嬉しかったのか愉快に笑っていた。

「びっくりさせんなよ。」

「ごめんね。佐藤くんの後ろ姿が見えたから。」

「まあ佐々木だからいいけどさ。」

 赤の他人だったら喧嘩してたぞ。

「それで何か用事でもあったのか?」

「特にはないんだけど。佐藤くん、元気なさそうだったから。」

 佐々木は俺に気を使ってくれていたのか。第三者から見ると俺がベンチに座る姿はよほど悪霊を放っていたのか。

「いや、ちょっといい写真が撮れなくてな。」

「九月には最後の博覧会だもんね。」

「佐々木は見つかったのか?」

「私は最後の写真はここで撮るって決めてたから。」

 まっすぐ俺を見つめながら放たれた言葉には確かな信念が伝わった。そういえば佐々木もこの地に思い出があるんだったか。

「佐藤くんも早く見つかるといいね。」

「そうだな。早く決めないとな。」

 俺は別に博覧会で金賞を取ろうとか全国大会へいくとかそんな野心はない。ただ、納得のいく写真を撮って最後の舞台を締め括りたいのだ。結果は二の次。妥協と言われても仕方がないが番人受けする写真を出展して後悔するより、本当に撮りたい写真を撮って満足した方がいいのだ。

「じゃあ、そろそろ帰らなくちゃ行けないからまたね。」

 そう言って彼女はベンチから離れ、帰路へ向かった。博覧会への意気込みは各々異なるだろう。満足した写真を撮りたいもの、最後だと言って金賞を目指すもの、適当にこなして部活を引退するもの。そんな当たり前のことを思いつつ、小さくなっていく彼女の姿を見守っていた。




 夏の風物詩の一つと言えば夏祭りだ。あまり人混みは好まない達だが今年は受験生という事もあって気晴らしがてら地元の小さな祭りに赴くことにした。

 その祭りは鶴岡八幡宮から由比ヶ浜をつなぐ県道21号線で行われる。家から徒歩十分ほどで行ける。

 時刻は午後6時を過ぎた頃。適当にまっすぐ続く道を歩いていた。活気に溢れた屋台が軒を連ねている。唐揚げやお好み焼きの匂いが俺の胃をくすぐる。最近ではおかしな名前の屋台も増えてきているようで変な色をした綿あめやチカチカと目を閉じたくなるようなりんご飴など。食欲をそそる独特な匂いとbgmが俺を祭りの雰囲気へいざなった。 

 何人かの知り合いにも出会った。みんな同じ考えのようで受験生は日頃の鬱憤を晴らしに来ている。金井が写真部で行こうと誘っていたが俺以外先約があったので実現しなかった。みんなと行く夏祭りはもっと楽しかったのだろうか。

 そんなことを考えながらふと横を見ると興味をそそる看板を一つ見つけた。青い色をしていて文字は赤色で書いてある。ハチマキをした威勢の良いおっちゃんに話しかけていた。

「とりあえず一つ。」

「へい、150円ね!」

 おっちゃんはポイを一つ渡した。最近テレビで金魚すくいのコツを観たので実践してみたかったのだ。記憶を巻き戻す。確かポイの向きは平面になっている方を上にする。逆側の凹になっている方だと水の重みを受けやすくなるからだ。

 順序を確認しながら慎重に金魚を狙う。こうして金魚を掬うのは何年ぶりだろうか。もう時期を忘れてしまうほどやっていない。

「あ。」 

 ポイが破れてしまった。意外と悔しいものだ。こんなものに熱中できるなんてまだ子供だ。

「すいませんもう一個。」

「はいよ!毎度どうもね!」

 おっちゃんから受け取ると一度集中力が切れたのか。すぐ隣から聞き覚えのある声が聞こえた。

「あれ、もしかして佐藤くん?」

「お、佐々木か。」

 隣には佐々木がいた。彼女はクラスメイトの仲のいい人たち三人と来ていた。初めて見る同じ部活の女の子の浴衣姿は心を躍らせた。綺麗に結われた黒い髪、アサガオの柄をした白が基調のそれは普段より格段に美しかった。

「佐藤くんは一人できたの?」

「まあな。勉強ばかりしていてもつまらないからな。」

「そうなんだ。私たちもさっきまで図書館で勉強してたの。そしたら今日祭りがあることすっかり忘れちゃってね。慌てて浴衣に着替えてきたの。」

 夏祭りを忘れていたのか。まあこの祭りは八月に行われるが曜日は不定期なのでそんな人も多いのだろう。俺は親から聞いてたので幸いだった。

「でもこうして出会えるなんてキセキだよね。すれ違うことはあるんだろうけど、まさか隣で金魚を掬っているなんてね。」

「本当だな。偶然にもほどがある。」

「じゃあ私たちはそろそろ行くね。どう佐藤くんも一緒に来る?」

「遠慮しておくよ。」

「だよね。それじゃあね。」

「じゃあな。」

 ここで付いて行ったらハーレム気分を満喫できたのだろうがそれはそれで気が滅入ってしまいそうだ。

 俺は夏が好きだ。長期休暇も一つだが、なんとなく浮ついた空気、それを高目で望む入道雲、夏祭りの活気、全てが奇跡の前兆のような気がしてワクワクする。終わって欲しくない。そう切実に願ってしまう。

 すでに一時間ほど回ったのだろうか。流石に足が疲れて来てしまった。周りの連中はよく体力があるものだ。感心してしまう。

 そろそろ名物である花火が上がる頃だろう。結構大規模なもので花火特集の雑誌に掲載されるほど。俺はそれが目的だった。花火を一眼レフで撮りたかった。できれば高い場所で撮りたかったので鶴岡八幡宮へ来ていた。

 人混みを掻き分けながらそこへ向かった。なるべく一発でも見逃したくなかったので急いだ。

 重い足取りで何段もある階段を登った。思ったよりも人は少ない。みんな由比ヶ浜公園の方へ流れたのだろうか。まあ人が以内に越したことはない。

 そして一番上の階段まで来たところで腰を下ろした。下半身に溜まった乳酸が一気に流れて行くのがわかる。運動不足なのだろう。勉強と夏の暑さを理由に運動を怠っていた自身に対する刑罰だ。

 遠くにある祭りの屋台通りのスピーカーから花火打ち上げのカウントダウンが聞こえて来た。3!、2!、心が加速する。2から1への一秒間が遅く感じる。1!そう聞こえた刹那、隣に腰を下ろした一人の女の子。0!花火の打ち上げと同時に隣を振り返る。

「え。」

 そこには花火の彩色を全身に纏った夏恋がいた。

「あれ、バレちゃったね。」

「そりゃバレるだろ。いつから居たんだ?」

「十分前くらいかな。花火だけ観たかったからここで待機して居たのよ。」

「びっくりした。夏恋に会えるなんてな。」

「そうねあたしも。修学旅行の時もこんな感じだったよね。」

「そういえばそうだな。」

 偶然は積み重なると必然になるのか。はたまた偶然は必然なのか。

「夏恋も写真を撮りにきたのか?」

「そうよ。なんとなく来ちゃったわ。」

 考えていることも一緒とは不意にも笑みが溢れてしまった。

「何笑っているのよ空。そんなにあたしに会えたのが嬉しかったの?」

「そういうことじゃないけどな。なんか面白くてな。」

「何よ言いなさいよ!」

「恥ずかしいから言わない。」

「もう、気になって写真撮れないじゃない!」

 まあまあと夏恋を宥める。そんなこと言えるわけない。考えただけでも赤面してしまいそうだ。夜空を彩る花火を眺めながら俺は思った。

「こんなの必然に決まってる。」

「え、今なんて?」

 俺は声に出してしまっていたようだ。

「うんうん何でもないわ。」

 夏恋はなぜか赤面しながら呟いた。まあ聞こえてないなら良かった。

「そろそろ写真でも撮りますか。」

「そうね。」

 そう言って二人で写真をめい一杯撮った。花火が打ち終わるまで。




 そして夏は終わる。もうあと数日で学校が終わると同時に夏も終わる。この時期は喪失感に苛まれる。涼しくなるとあの夏の日の暑さが羨ましくなる。

 秋は写真博覧会、文化祭。それが終わると卒業までまっしぐらだ。そして来年にはまた夏がやってくる。時の流れは早い。あっという間に大人になって行くものなのだろうか。考えると怖いね。


 

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