修学旅行の写真 Day1

 六月。気温も上がり、ジメジメとした気候に憂鬱な気分を覚える。しかも梅雨の時期ということで雨も降り、そこに畳み掛けるように祝日が一日もない。

 そんな一見何もいいことがないように感じる六月だが、全てが悪いこととは限らない。

「先輩。私一人で留守番なんて悲しいです。」

「結衣ちゃん!お土産買って来るから我慢しろよ!」

 鈴木と神居がケラケラと会話をしている。そう。俺ら三年生は修学旅行に行くのだ。受験生である三年生の時期に修学旅行に行くのは疑問だ。割と退屈な二年生の時に行けばいいと感じる。でも、三年の早い時期に行くのでわざわざ反論はしないが。

「先輩。八つ橋お願いしますね。」

 俺に神居がねだって来る。

「何で俺なんだ。」

「先輩に買って来てもらいたいからに決まってるじゃないですか〜」

「安心しろ。言わなくてもみんな買って来てくれるから。」

「そうよ。佐藤だけからお土産貰おうなんて図々しいわ。」

 何だ星見もいいとこあるじゃないか。あいつのことだから買ってこないのかと思ったぞ。

「あれー。夏恋、佐藤からのお土産欲しかったのー?」

 悪気を含んだ顔をしながら金井が星見を弄る。

「そんなわけないでしょ!」

「何はともあれ楽しみだね。修学旅行。」

 写真部三年生一同佐々木の一言に頷く。行く先は京都だ。行くのは初めてなので楽しみだ。心がうきうきする。中学の時は奈良だった。二泊三日の旅だったのだが、初日以外は雨だった。行動は制限され、あまり楽しかったイメージがない。今回の修学旅行こそ晴れてくれるように。こればっかりは天に祈るしかない。

 



 いよいよ修学旅行当日の朝が来た。今日はいつもより早起きだ。重たい体を無理やり起こす。カーテンを開ける。うん、大丈夫だ。雨は降っていない。天気予報では今週は晴れるとのことなので心配いらない。

 やばい。少し寝坊気味だ。時間が押している。急いで制服に着替えて身支度を整える。荷物を持って急いで玄関を出る。さて、京都ではどんな写真を撮れるかな。そんな期待と未知の土地へ行くという不安を胸に学校までの道を走った。

 新幹線の中では星見を覗いた写真部でゲームをしたり、窓から見える景色に一喜一憂した。名古屋を過ぎたあたりからはどんな写真を撮るかで賑わった。もしかしたら京都で博覧会にでせるような写真を撮るチャンスがあるかもしれない。また、撮った写真を新聞部や生徒会に提供する場合もある。

 1日目は学級ごとに話し合いで決めた名所を巡ることになっている。俺らのクラスは鹿苑寺と慈照寺を廻った。通称金閣と銀閣だ。

 俺は銀閣の方が好きだ。金閣にはないあの静謐さ。整備された和の美が詰まった日本庭園。茶でも飲みながら一日中思想にふけってみたいものだ。

 1日目は二ヶ所廻っただけで早々に終わってしまった。移動時間があるから仕方がない。三日目も同様だ。故に満喫できるのは二日目しかない。

 旅館に着いた。和室だ。すでに布団は置いてある。飛び込みたい気持ちを我慢して、すぐ食事なので体操服に着替える。

 食事を終え、風呂も入り、すぐに消灯の時間になった。移動距離も長く、慣れない土地での生活のせいか皆すぐに眠りについてしまう。しかし、俺は寝つきが悪かった。

「空。起きてるか?」

「何だ鈴木か。ちょうど眠れなかったところだ。」

 鈴木も同様に寝付けなかったのか。それとも、言いたいことでもあるのか。真意は分からない。

「空はさ。好きな人とかいるわけ?」

「好きな人か。」

 そんなこと考えてもいなかったな。昔、一度だけ恋をしたことがある。その子と海を眺めていたのを覚えているが、名前が思い出せない。おそらくその程度の適当な恋だったのだろう。そもそもそれは恋なのか。それすらも疑問だ。

「今はいないかな。」

「何だつまんねーな!一人や二人いるもんだと思ったけどな。」

「お前はどうなんだよ。鈴木。」

「俺は一人いるよ。」

「意外だな。一人だけなんて。」

「おいおい、俺はどんなイメージなんだよ。」

 鈴木なら可愛い女子全員好きとか言い出すと思ったけどな。あいつも純粋に恋をしているらしい。

「で、相手は誰なんだ?」

「それを教えたらフェアじゃないだろ。もし、空に好きな人ができたら、その時は教えてやるよ。」

 俺は好きな人ができるのか。可愛いと思う子ならいる。現に、写真部の皆は可愛いと思う。でも、そこから好きになって付き合うというイメージが湧かない。

「なあ、鈴木。」

「何だい?」

「恋って何だろうな。」

「さあな。俺にはわかんねーよ。」

「鈴木には彼女いないもんな。」

「うるせー!お前もだろ!」

 恋って、人を好きになるって何なのか。それは人間に課せられた難題の一つなのかもしれない。付き合ったこともない俺はその公式すら知らない。そんな問題を解こうなんて野暮だ。俺は考えるのを辞めて明日に備えて寝ることにした。

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