GWの写真

 そろそろ春の穏やかな空気も陰りを見せ、着々と夏の準備を始めるこの季節。やはりGWが一番のイベントではなかろうか。

 新しいクラス、新しい学校の人もいるかもしれない。そんな新しい環境で緊張する日々が続いた者への細やかなご褒美だ。祝日を作ってくれた国家のお偉いさんには感謝したいところだ。

「さてと何をするかな。」

 俺は暇だった。体育会系の部活や文化部でも本腰を入れて活動している部活はGWも学校へ赴かなくてはいけない。いわゆる強豪校と言われるチームだとレベルの高いチームを求めて遠征に出かけるところもあるだろう。しかし、我ら写真部は部活がない。理由は明白で、ただ単にやることがない。その一点だった。

 リビングに寝っ転がり、天井を眺めながら何をしようかと思考に耽る。鈴木も名古屋にある母親の実家に行くとLINEが来たし、女子のメンバーを誘うのも電車で逆立ちするくらいの勇気が必要だ。そんな真似俺には絶対に出来ない。

「やばい何もすることがない。」

 無趣味っていうのはこういう時、困る。趣味があれば迷うことなくそれをする。ゲームもしない。本も途中で億劫になってしまう。パソコンも保有していない。何かに没頭できるのも一つの才能だ。そんな才能が俺には羨ましい。ずっと続けてきたスポーツなんてものはない。中学の時はテニスをやっていたが中学三年の最後の夏の大会以来プレーしていない。

 忙しい毎日で忘れてしまいがちだが本当はこんな暇な時間こそ大切な時間かもしれない。世間のしがらみから逃れ、ただひたすら黄昏る。こんなのもありじゃないか。



 結局、俺は九月に開かれる写真博覧会に向けての写真を撮りに行くことにした。まだ四ヶ月も先だろうと思われがちだが、博覧会に出す写真は八月の頭に提出。その前にまず納得のいく写真を撮らなくてはならない。そして、それらの中から厳選したものを編集。割と面倒な作業なのだ。

 色々と考えて見た結果、とりあえず近くの由比ヶ浜に来ていた。今日は波が穏やかだ。五月ではあるが日焼けした焦げ茶色のサーファーたちはすでに波に乗っている。砂浜も相変わらずゴミがあちらこちらにある。お菓子の袋、謎の長靴、空き瓶までもが捨ててある。裸足で歩くのは少々危険だ。

 そんな由比ヶ浜が俺は好きだ。まだ小さかった頃、親に連れられてここへ来た。夕方の四時過ぎ。ちょうど夕焼けが見える時間。あの感動は今でも覚えている。この浜辺からは伊豆半島を見ることができる。伊豆半島に向かって夕日は沈んでいく。夕焼けによって海面にできた紅の道は俺を別の世界へ誘っているようだった。

 ぼーっと伊豆半島を眺めていると、階段を降りる音がした。何やら足取りが軽そうな音だ。感覚的にそちらの方へ視線が行ってしまう。

「あれ、鈴木くんだ!珍しいねこんなところで会うなんて。」

 足跡の正体は佐々木だった。佐々木の私服姿を見るのは初めてだ。普段、制服姿しか拝見していないと私服がより輝いて見える。白のTシャツに長ズボンのジーパンとシンプルな格好だった。

「おう。こんなところで何しに来たんだ?」

「写真博覧会に向けての下見ってところかな。もしかして鈴木くんも?」

「奇遇だな。俺もそうだ」

 佐々木は何が嬉しいのか、満遍の笑みでこちらをみつめた。軽く髪をかきあげて、

「こうして学校の外で鈴木くんと二人っきりになるの初めてだよね。」

「まあそんな機会滅多にないからな。」

 俺は素朴な疑問をぶつけた。

「どうして、ここに来たんだ。写真を撮るスポットなら他にもあるだろ。」

「んーと。なんとなく来ちゃったの。昔ねここに来たことがあるような気がして。懐かしさに惹かれたのかな。」

「そうか。実は俺も大した話じゃないんだが思い出があってな。」

 俺は由比ヶ浜で見た絶景について佐々木に話た。彼女は食い入るように耳を傾けてくれた。うんうんと頷きながら彼女は

「私もね。同じ感覚があるの。ここに来ると夕焼けが脳裏に浮かんで来るの。」

 俺は、ふと伊豆半島を眺めて見た。夕焼け時ではないが相変わらず綺麗だ。何でだろう。佐々木が隣にいるだけで、先ほどより今いる場所は心地よかった。



 

 佐々木と別れた後近くのコンビニへ来ていた。コンビニの前には一台の自転車が停めてあった。その自転車の泥除けに北鎌倉高校の自転車通学許可の証となるステッカーが貼ってあった。そのステッカーは学年ごとに色が違う。色は青色。一年生のものだ。

 自動ドアを通過すると店員のやる気のないいらっしゃいませが聞こえた。喉が乾いたので飲み物コーナーに向かう。すると女の子が一人飲み物を選んでいた。同じ写真部に所属する一年生の神居だ。

「あれ、佐藤先輩じゃないですかー。」

「おう、神居か。」

 今日はいろんな人と出会うな。こんなに出会うのはなかなかないことだ。よりにもよって写真部のメンツ。まあ、あまり仲良くない人に会って気まずい雰囲気になるよりはマシだ。

「なんか奢ってもらっちゃってありがとうございます。」

「なにジュース一本くらい。気にするなよ。」

 いちごオレを神居に奢った。俺は緑茶を買った。美味しそうにいちごオレを飲む彼女を見ると、奢って良かったと感じる。

 風が強く吹いた。ここ鎌倉は海沿いのため時折風が吹くのだ。

「先輩は今ハマってることあるんですか?」

 ポニーテールが潮風に乗って激しく揺れる。答えずらい質問だ。嘘つく意味もない。正直に俺は答えた。

「ないぞ。」

「え、ないんですか!?てっきり写真が趣味なんだと思ってましたよ!」

 そう思われても不思議ではない。写真を撮る行為は嫌いではない。しかし、趣味にするには幾分退屈だ。

「残念だったな。俺は無趣味だ。」

 神居は残念そうな顔をした。そして目の前の雄大な水平線を見つめながら、

「私も無趣味だったんですよ。打ち込めるもの見つからなくて。ずっと探していたんです。そしたら先輩が目の前に現れて写真部に勧誘してくれました。それ以来写真を撮るのが趣味になったんですよ。」

 神居はニッコリと満遍の笑みを咲かせて、

「だから先輩のおかげなんですよ!」

「俺はただ勧誘しただけだ。」

「それでも私からしたら先輩のお陰に変わりはないんです。」

「そうか。それは良かった。」

「はい!だからありがとです先輩!」

 そして用事があるからといって彼女は行ってしまった。何気ない行動が自分が気づかぬうちに誰かを助けることもある。自覚がなくても感謝されるのは嬉しいものだ。

「今日の休日は何かと疲れたな。」

 海辺に戻り近くのベンチで寝っ転がる。空と海を交互に見渡す。どちらも眩しいほどに青かった。そんな空と海でさえ日々形を変えている。そんな当たり前のことを思っていたらいつの間にか目の前が暗くなっていた。




ゴールデンウィークの最終日は宿題に全てを捧げることになった。やっていなかった俺が悪いのだが。そこに明日から学校が始まるという圧力が加わる。学校のある日常が再び訪れる。ああゴールフェンウィークが愛おしい。それでも一ヶ月ほどがんばれば来月には修学旅行が待っている。今から楽しみで仕方なかった。

 

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