新入部員の写真
episode 0
俺は可笑しな夢の中にいた。
「センパイ、センパイ。」
センパイと連呼されている。声は同い年くらいだろうか。高音な声である。しかし、耳に刺さることなく聴き心地がいい。容姿までは分からない。
「どうして、先に行っちゃうんですか?」
彼女は何を言っているのだろう。俺はどこにも行っていない。まるで月が隠れた夜空のように黒い空間の中で、ただ立ち尽くしているだけだ。
「ねえ、センパイ。行かないでよ...」
確かに俺は微動だにしていない。彼女の方から隔離されている。夢中の感覚だが、先ほどまでは手に届く所にいたのに。今やちっぽけな存在だ。
「待ってろすぐ行くから。」
そう口にする。しかし体は動かない。見えざるものに肩を引かれている。いや、金縛りの方が適切かもしれない。
「センパイ、せんぱ...」
そして、彼女は暗闇へと消えて行った。俺は何もしてやれなかった。
episode 1
奇異な夢から目覚めた。清々しい朝だ。天気もよく、春の香りが心地よい。
今朝の夢。なんだったのだろうか。覚えてることがある。夢に出てきたのが少女だったこと。そして特定の言葉を連呼していたこと。この二点。
「まあ、覚えてないことを考えたって無駄か。」
そう自分に言い聞かせ学校の身支度を整える。
「何?変な夢を見たって?」
朝の登校中。普段通り鈴木と歩いている。
「ああそうなんだ。はっきりとは覚えてないが。」
「お前にしては珍しいな。かれこれ長い付き合いだけど、初めてだな!」
確かに覚えている二点を説明した。
「もしかして、空の運命の人だったりして?!」
「相談した俺が馬鹿だったよ。」
「そんなー。釣れないな空ー。」
でも仕方ないか。情報は少ない。なにせ相手は鈴木だからな。
「でも、本当に何かの予兆だったりしてな。」
「良い兆しだといいんだけど。」
学校まではあと少し。今日は新入部員の確保に集中しなきゃな。
退屈な授業があっという間に経過し、放課後になった。そして今、写真部の部室にいる。
「お前らチラシは作ってきたか?」
「あ、やっべ忘れた!」
と鈴木。
「あははー。持ってきたはずなんだけどなー。」
と金井。
「あれ、ちゃんとやってきたのに。忘れちゃったじゃないのよ。」
と星見。
「はあ。想定してたけど。期待を裏切らないな。」
本当、三者三様だ。そんな中、
「自信ないけど、作ってきたよ。」
さすが佐々木。俺は信じてたよ。自信ないとか言ってるけど、彼女の作るチラシだ。駄作のはずがない。
「じゃあ、早速見せて。」
他の三人も興味有り気にこちらの元へ寄ってくる。そして、例のチラシを拝見する。
「........」
うん。知ってた。佐々木のチラシには何かが足りない。無論、良くは出来ている。出来ているんだけど、何かが足りない。
「んー何か足りないのよねえ。」
そう、星見が口をこぼす。
「なんだろうね?」
金井も続けて疑問を投げかける。
「何かおかしいかな?」
佐々木が悲しそうな瞳でそう呟くと。
「い、いやいや全然そんなことないよ!」
「う、うん!むしろ一日でよく出来たって感じ!」
金井と星見が揃って弁解する。いや、星見さん。あなたその発言、捉えようによってはやってきてない人の発言になりかねないからね。
部員たちが項垂れてる中、
「ちょっと貸してみ。」
鈴木が名乗りを上げた。
「多分な、構造自体は良いんだけどイラストが物足りないな。あとちょっと本文を柔らかくしてっと。」
数分後、鈴木が完成させたチラシは見事に見栄えの良いものになった。これなら廊下に張り出しても恥ずかしくない。むしろ、部員が集まってきそうなレベルだ。
「やるじゃん、鈴木。的確だったな。」
「まあな!たまにはカッコいいとこ見せたいだろ?」
「カッコいいじゃん鈴木!見直したよ!」
金井が鈴木を褒める。鈴木は照れる仕草を一切見せずに、
「かなちゃんに認められるのも悪くねーな!」
二人は楽しそうに笑っている。楽しそうで何よりだ。
「よし、じゃあ今日中にこのチラシを印刷して、明日から配りだそう。」
『おっー!』
「じゃあ俺は印刷してくるから。」
「私も手伝おうか?」
俺が部室を出ようとすると、佐々木が呼び止めた。
「いいよこれくらい。一人で十分だ。」
「そっか。分かった。」
そう言って俺はプリンターのある職員室へ向かった。扉を閉める際に、一瞥する。佐々木は少し沈んでいるように見えた。
episode 2
「はあー。新入生来ないなー。」
そう言って鈴木は部室の机に突っ伏している。
俺たち写真部は印刷したチラシを配り終えた。約百八十毎。
「まあこれで来なかったら諦めるしかないわね。」
「分かんないじゃん!待つしかないよ今は!」
「はあ。来なかったら来年廃部だよね。写真部。」
女子たちの会話。俺たちには関係ないかもしれないけど、やっぱり所属部が無くなるのは寂しい。
入部するのはいつでもできる。しかし、一週間程度でメンバーを確立して本格的に活動を始める部活が多い。そのため、長い間勧誘活動をしていると「人気ないんだなあの部活。」と周囲から思われてしまうため、避けたい。
「まあ気長に待とうぜ!」
こういう時、楽観的な鈴木は心の拠り所になる。焦りに滲んだ心を浄化してくれるようだ。
それでも本当に部員が入るのかという疑念は完全に消えるわけではない。しかし、後にその雑念は杞憂だったと知る。
「待ってろすぐ行くから。」
私は、夢を見た。男の人が出てくる夢。そんな夢は初めて見た。男子が出てくる夢なんて。
顔ははっきりと覚えている。でも、内容は全く覚えてなくて、彼の放った一言しか覚えていない。
根拠はないけど、彼とはどこかで出会う気がする。きっと、私にとって大事な存在になる人。もしかして、将来好きになる人かな。たかが夢。そう言われたら何とも言えないけど、夢だからこそ妄想が膨らむもの。
休み時間、昼休み、学校を散策してみる。でも、彼の姿は見当たらない。
「そんな奇跡みたいなことないよね。」
ため息と同時に無造作にでる言葉。頭では理解していた。夢の中の人に出会えるはずはない。でも、気持ちは、理解を拒んだ。僅かな希に賭けてみたかったのだ。恋なんかしたことなかったから。
そんな放課後時、一度の強風が吹いた。目を瞑る。私は必死にスカートを手で覆う。目を開ける。その先には、
「よかったらどうぞ。」
「ありがとうございます。」
「よかったら見学だけでもいいから、遊びに来てね。」
私は頷くと、唖然とした。その時、私は奇跡の存在を知った。
「まさか、本当にいるとはね。」
感激のあまり、今にも叫び出しそうだ。空をのぞいてみる。涙がこぼれてしまいそう。空が青い。
「こんなに空って青いんだ。」
私は空の青さも知った。大切なことを同時に学んだ。今日は良い日だな。
「今度、行ってみようかな。」
部室を開けるその一歩は私にとって難しいものではなかった。
今日は金曜日。本腰を入れて新入生勧誘を行うのは最後だろう。別に写真部だけ行ってもいいのだが、やはり周囲の目が気になる。下手に動いて悪評を生み出し、廃部への引き金を引くのはごめんだからな。
「今日来なかったら本格的にやべーな。」
鈴木が危惧する。
「だ、大丈夫よ。あんだけチラシ配ったんだもんきっと一人くらい来てくれるはずだわ。」
星見が慌ててそういうが、実際のところは分からない。
「夏恋ー、慌ててるんじゃないの?」
金井が弄る。
「別に慌ててなんかないわよ。写真部が廃部になろうと卒業するあたしたちには関係ないわ。」
もし、写真部が無くなってしまったら、俺たちが歩んで来た軌跡はどうなるのか。
部活に限った事じゃない。高校を卒業したら。大学を卒業したら。就職して、定年退職したら。そして、この世を後にしたら。
そんな思索に更けている時だった。
「失礼しまーす。」
乾ききった砂漠に投じられる水滴。そんな一声だった。
「チラシを見てきたんですけど。」
『おー!ようこそ写真部へ!』
写真部全員が歓喜と歓迎の声をあげた。念願の新入部員。
「いやーとうとう来てくれたね写真部に新入生が!」
鈴木が喜んでいる。他の部員たちも似たようなリアクション。星見も何だかんだ言って嬉しいんじゃねえか。
あまり新入生をほっとくのも可愛そうなので、こちらから話かけよう。
「じゃあ自己紹介してもらえるかな。」
可愛げな表情で頷くと、ポニーテールが動いた。
「神居結衣です!今年からこの北鎌倉高校に入学した一年生です!」
そう元気な声で簡単な挨拶をした。
「結衣ちゃんな!よろしくな!何で写真部を選んでくれたんだ?」
鈴木が疑問を投げかける。素朴な質問だな。俺も少し気になる。
「秘密です!」
そう言うとにっこりと笑顔を作った。その屈託のない笑顔には、何かがある。そう感じずにはいられなかった。
「私、一眼レフとか扱ったことないいんですけど、難しいんですか?」
「一人一台はカメラを持っておいたほうが良いけど、無理してまで高い物を買う必要はないよ。」
俺はそう答えた。一眼レフを持って入れば、撮れる写真の幅も広がる。写真博覧会で金賞を目指し、全国大会を目指すのなら必須だろう。しかし、目にした風景を写真に残したい、純粋に写真を楽しみたい。それならデジタルカメラでも十分だろう。今のデジタルカメラは性能がいいからな。
「まあまあ、そんなところに立ってないでこっち座りなよー結衣ちゃん!」
金井が神居を誘い、女子グループに招き入れる。よかった。これで写真部に馴染むことができるだろう。せっかく入ってくれたのだから、楽しんでほしいと言うのは本音だ。
女子たち四人が談笑しているのが目に映る。
「楽しそうな部活になりそうだな。」
鈴木も同じ対象を見つめている。
「そうだな。これは楽しそうだ。」
「恋愛なんかしちゃったりしてな!」
「まさか、二年間一緒に活動して来たけどそんなことなかっただろ。」
「わかんねーって。恋に落ちるには一瞬で十分だ。」
「そんなもんかな。」
もし、写真部内で恋をして、付き合ったりして。もし、そうなったら写真部はどうなるのか。シリアスな雰囲気になるのか。普段通りでいられるのか。恋を経験したことのない俺には未知数だった。
もう一度彼女らを見つめてみる。さっきとは違って彼女らは、輝いて見えた。それは、部室に差し込む夕日の”いたずら”なのかもしれないな。
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