写真部の写真
episode 1
頭上には桜が舞い落ち、下駄箱へと続く一本道はまるで綺麗な絨毯のようだ。桜で彩られた校内は新入生を歓迎している。
今日は三度目の入学式だ。この北鎌倉高校に入学して二年が経過した。気づけば俺はもう三年生になっていた。これからの行事には全て「最後の」の文字がつけ加わることになる。少し寂しい。
通いなれた通学路を歩いていると交差点でちょうど一人の人間と出くわした。
「おうーっす、空ー!。」
「おう、鈴木。」
こいつは親友で同じ写真部に所属している鈴木海。中学校の時から同じ学校、しかもクラスまで。いわゆる腐れ縁ってやつだ。
「今日から三年だな!」
「そうだな。早いもんだ。」
「今年こそ新入生写真部に入ってくれるといいな!」
そう、写真部は現在五人で活動している。この数字はなかなかシビアなもので、学校の規則で、部員の人数が四人以下になると、廃部が決まってしまう。写真部は危ない橋を渡っているのだ。今年一人も部員が入らなければ、俺たちの卒業と共に廃部になってしまう。
「また今年も同じメンツなんてごめんだよな部長さん!」
「本当にごめんだよ。そろそろ飽き飽きしているんだ。」
一昨年、俺は部長になった。一年生の頃、先輩は三年生の人たちしかいなかった。必然的に一年生の中から部長を選定しなくてはいけない。
五人の中で、積極的に部長をやりたがる者はいなかった。渋々、くじ引きで決めることになった。こう言う不吉な予感が脳内をよぎる時、その予感が的中してしまう俺は赤い印のついた割り箸を見事に引き当ててしまったのだ。
一階、二階と灰色のコンクリートの階段を登り、鈴木と他愛もない会話をしているうちに、三階にある三年A組に着いてしまった。
何も変哲のない普通の教室だ。ロッカーがあり、黒板があり、ベランダがあり、机が三十個ほど並ぶ。それが六クラス分整然と並んでいる。県立の高校なので人数も大からず少なからず。五百人を超える程度の人数規模だ。
席について一息つくと、とんとんと肩を叩かれる。
「今日から同じクラスの鈴木海だ!よろしくな!」
「冗談はよせよ、鈴木。」
この四月の新学期の時期は席順が番号順なのだ。もはや定番だな。鈴木とは毎年同じクラスになるのでいつもこうなる。今年はこの絡みできたか。昨年はなんだったけか。もうくだらなすぎて思い出すこともできない。
「さてさて、高校最後を共に過ごすメンバー。可愛い子はいるかな?」
一緒になって教室全体を見渡して見る。見たことある人、二年間も同じ高校に通っているのに一度も見たことない人。十人十色の顔ぶれを眺めていると、ある少女と目があった。
「空くん。一緒のクラスなんだね。」
「お、佐々木も同じクラスか。一年間よろしくな。」
俺の目の前に座る美少女。佐々木咲。肩甲骨のあたりまで伸びる、美しい無駄のない黒い髪。整った顔立ち。派手さは決してないが、純粋な可愛さがあると感じてしまう。校内の男子からも人気が高い。
「みんなおはよう!」
「げ、この声は...」
鈴木が訝しげな顔をした。
「あ、鈴木じゃん!よろしくね鈴木くん?」
「よろしくお願いします。」
鈴木は彼女には頭が上がらない。金井かなの前では。
「佐藤くんもよろしくね!」
「おう、よろしくな。」
俺と鈴木に軽く挨拶を済ますと、くるっと反転し、佐々木の方へ向かっていった。茶髪のショートカットがふわっと浮かぶ。
これで写真部の四人が同じクラスとなった。ということは、あいつも。
ガラガラ。教室の扉を開く音が鳴り響いた。
「君たちの高校最後の一年間を受け持つことになった橘玲子だ。」
チャイムと同時に先生が入る。軽い自己紹介を済ませた。
「新学期早々欠席者はいないな。」
先生は欠席者がいないと告げた。と言うことは、
「夏恋ちゃんだけ別のクラスだな!」
そういうことだ。鈴木が続ける。
「あいつ今頃、悲しんでるぞー。にひひ。」
先生が話している中、ヒソヒソ話をしていたのは俺たちだけで、すぐに先生の目に入ってしまう。
「そこ、私語を慎め。」
早速先生に注意されれしまった。なんてことだ。
「すんまセーン。」
「すいません。」
早速、先生から軽い叱責を受けた。なんで新学期早々怒られなきゃいけないんだ。早速平穏が乱れた。別に私生活において、平和主義ではないが、喧騒に囲まれる日々よりは穏やかな方がいい。
「それじゃあ、自己紹介をしてもらおうか。顔見知りも多いと思うが一応な。知らない人とかいるかもしれないしな。」
そう言うと憂鬱な自己紹介が始まる。
「佐藤です。一年間よろしくお願いします。」
クラス内が拍手で包まれる。適当な挨拶になってしまった。別に問題はないだろう。知り合いはいるし、一年も過ごしてれば覚えてくれるに違いない。
episode 2
退屈な全校集会が終わり、学校は午前中で早帰りとなった。活動の有無は各々に任されている。写真部なら今日くらい休みでもいいんじゃないか。と思うかもしれない。しかし、明日から正式に始まる新入生の部活動勧誘について議論しなくてはいけないのだ。
「なんで私だけ、C組なのよ!」
星見夏恋。純日本人なのに謎の金髪ツインテール。鈴木とは中学校以来の仲だが、星見とはもっと古い幼稚園の頃からの幼馴染だ。クラスは違えど学校は一緒だった。因みに、お金持ちのお嬢様。誰もが聞いたことのある会社の社長さんが父だ。家は何度か見たことあるがいつ見ても一般家庭を超えている。
「なになに、夏恋ちゃん寂しいの?」
鈴木が悪戯な言葉を投げかける。星見は顔を赤くしながら。
「べ、別にさみしくなんかないし!」
「またーそんなこと言ってー。本当は寂しかったんでしょ?」
さらに追い討ちをかけるように金井が問いかける。
「だから違うって言ってるじゃない!」
「まあまあ、早くどうやって新入生を勧誘するか考えようよー」
佐々木の一声で写真部全員が同じ方向を向く。
「よし、じゃあとっとと決めるか。」
『おーう!』
司会者は部長の俺で話を進めて行く。
「じゃあ、何か意見のある奴どんどん言ってて。」
すると、鈴木が手を挙げ発言する。
「女子がメイド服着て、勧誘しようぜー!」
「そんなのあんたの趣味じゃない。絶対いや。」
真っ先に星見が釘を刺す。メイド服って俺も着るのか。
「安心しろ空!男子は写真撮影だ!勿論メイド姿をな!」
おい、鈴木のやつ俺の心の声聞こえてんのか。少し怖いぞ。撮影は是非ともして見たい。なにせ写真部の部長だからな。
「夏恋の言う通り私も反対ー。」
「メイド服なんて恥ずかしいよー。」
金井と佐々木もすかさず反対する。そりゃそうなるだろ。学校でメイド服なんて絶対恥ずかしいに違いない。女子はともかく、写真撮ってる俺たちまで恥ずかしくなる。
「じゃどうするんだよー。去年みたいに部室に篭ってるだけだとまた部員集まらねーよ。」
鈴木の言う通りだ。サッカー部や野球部、吹奏楽部などのメジャーな部活は何もしなくても入部が殺到するだろう。残念ながら写真部はメジャーな部活とは言い難い。こちらから動いて宣伝活動を行わなければ、写真部に未来はない。
「えっと、チラシ配りはどうかな?」
そう提案したのは佐々木だった。部活勧誘の定石。チラシ配り。かなり無難なアイデアではあるがやらないよりはましと言ったところか。
「チラシ配りに反対の者はいるか?」
「......」
どうやら反対する人はいないようだ。
「じゃあ、明日からチラシ作りを進めていく形で。会議は終了な。」
「んー、やっと堅苦しいの終わったー。みんな今日は何する?」
金井が安堵の声を漏らした。あの性格だから仕方ないだろう。
「今日はババ抜きでもやるか!」
鈴木が答えた。写真部は部活時間の半分以上を自由に遊んでいる。割と楽しいからそれでいいんだけど。
「今日こそ負けないわよー。特に鈴木には。」
「負けて泣いても知らないからな!」
星見と鈴木で張り合っている。この二人は何故かライバル意識が強い。
「そんな事言って私に勝ったことあるのかなあ?鈴木?」
「いや流石に勝ったことくらいはあるよ!まぐれで。」
せっかく部室を保有しているのに遊んでいてもいいのかと考えてしまうことがある。顧問の先生はおじさん先生で、年に一度の写真博覧会(高校生の部)の前日くらいにしか顔を出さない。放任主義なのかただやる気がないだけなのか。それは分からない。橘先生のような厳しい先生だったら、雰囲気はだいぶ変わっていただろう。
「今日も楽しいね。鈴木くん。」
佐々木は三人のやり取りを見ながら言う。
「そうだな。いつも通りだ。」
「こんな楽しい毎日がいつまでも続くといいのにね。」
「ああ。」
俺は頷くことしかできなかった。安易に答えてはいけない、そう感じた。過ぎ行く時間。いつまでたっても変わらない物、そんな物は存在しない。この世は諸行無常。常に変化し続ける。無情にも、俺たちの細やかな楽しい時間でさえいつかは消える。そして思い出として各々の脳内に焼きつく。
当たり前のことを考えている。夕焼けが差し込む部室。気づいたらもう夕方だ。俺たち二人は茜色に染まる三人の元へ歩いて行った。
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