true END

「普通の人間には興味がない!ワタシが興味のあるのは魔法少女だけだ!」


「ええっと……コロネリアさん?今、授業中なんですけど?」


 私はにこやかに指摘する。


「ワタシは魔法少女倶楽部を作る!」


「待ちなさい!」


 私は走っていくコロネリアを追おうとするものの、彼女は金色の風となり、教室から去っていった。




 休み時間。コロネリアは教室に帰ってきた。私は説教をしなければならないと思って、声をかけようとしたものの――


「何ですか……それは」


 コロネリアの背後の物体を見て思わずこう呟いていたのだった。


「うん?入部希望者だが?」


「私の目には連行されてきたようにしか見えないのだけれど」


 4人の少女が縄で縛られ、教室の床に座っている。


「月影さんに赤井さん、波野さんと光さんですね」


 それもよりによって上級生の魔法少女グループだった。


「あなた、もしかして、記憶が……?」


 私は目を丸くしてコロネリアを見る。


「うん?なんのことなのだ?この天才たるコロネちゃんの目に狂いはない!」


「いやいやいや」


 確かにコロネリアは世界で一番頭がいい学生だった。学生というくくりなので、大学生も含まれる。つまりは正真正銘の天才なのだけれど、どうも問題行動が多いらしい。


「みんなで守ろうGOTT!」


「唐突に一般人が分からないオタネタを口走らないでくれるかしら」


「ということで、琴音。お前は今日から部の副顧問だ」


「はい?部として認められると思っているのかしら?それと、何故いきなり副になっているの?」


「それは、俺が真の顧問だからだ!」


 研磨の顔面が現れた瞬間、私は殴ってしまっていた。


 しかし、鍛えている研磨はそのくらいではびくともしない。


「あなたは何を考えているの?」


「みんなでピクニックをするのだ!ただ、それだけだぞ!?」


「そんなの部として認められるわけ――」


 私が否定しようとした時にはすでにコロネリアはフキちゃんのもとに向かっていた。


「な?フキ。魔法少女倶楽部に入ってワタシと契約するんだ!」


「え?なんですか!?」


 数日観察して、フキちゃんには魔法少女だった時の記憶がないことが判明した。どうも、この世界であの世界の記憶を持っているのは私だけのようだった。


 理由は分からない。


 でも、きっと、最後まで残っていたからなんじゃないかと思う。


 そうとしか答えは出なかった。


「ほら。ミワと星空も!ゆずと花子は当然来るよな!」


「なんでミワまで」


「お姉ちゃん!?なんで縄で巻かれているの!?」


「つーか、俺らも入るわけねえだろ」


「入るわ☆この月影夜空たんが許可するわ☆」


「何を勝手に――」


「いいのですわ!青草のマットの上で禁断の百合の花が咲いて――」


「司ちゃんは黙っておこうねー」


「うぐっ。むふっ。でも、激しいのは嫌いでは――ゲホッ」


「な?部員も十分で、顧問もいる。部活動としては十分じゃないか?」


 私は大きくため息を吐く。


「いいわ。その部活、認めても」


 だって、私が望むのはフキちゃんの幸せなのだもの。


 私はフキちゃんにおともだちができて、楽しい毎日を送ってくれればそれだけでいいのだから。




「というわけで、ピクニックだぞ!」


「どうして私までついていくのかしら」


「すいません。先生。ちょっとわたしだけでは不安だったもので」


 ゆずは申し訳なさそうに言った。


「苦労するわね。互いに」


「そうですね」


 結局のところ、なぜピクニックなのかとかどこに、とかよく分かっていないのだけれど、そもそもに部活動自体がよく分からないものだ。


 でも、何故か部活動は認可されてしまった。


 一説によると理事長なる人物の鶴の一声で認められたのだとか。


「上の人の考えることは分からないわ」


「おお!?フキ!駄菓子屋さん発見だぞ!」


「え?駄菓子屋さん?」


 コロネリアはフキちゃんの手を引っ張って、駄菓子屋さんに向かっていった。


 私は自分の掌を見つめる。少し乾燥している、大人の手。フキちゃんの手は大人になりつつある手で、私とフキちゃんはあの頃のように同じ手を握りあうことすらできない。


「うん?みんなでどうしたんだ?」


 うお、ごっつイケメン――と思ったら、もしかして――


「女の子?」


 近くの中学校のセーラー服を着ていた。


 セーラー服は本来水兵さんのものなので、男の人の着物である。それに、駄菓子屋のカウンターに座っていたので下半身が見えずに男の子だと錯覚してしまった。


「いつから錯覚していた?」


「白けた駄菓子屋だな。アオ。目玉カードくらいないのか?」


「うちはカードショップじゃない!」


「ウィクロスくらい置いておけよ!」


 いや、置いてある方が珍しいわよ。


「ま、まさか、そのお姿はお姉さまではありませぬか!!お姉さま!ボクに会いに来てくれたんですね!?」


「お姉さま!?」


 私は目を丸くする。


「くっ。アオ。わたしはいないから。そう、わたしは宇宙人。地球人の動向を調査するために地球に降りてきたのよ!」


「ごめん遊ばせ?わたくしが外で歌を披露していると言いますのに、あなた方はどうして無視していらっしゃるのですの?」


「なんだ?このロリババアは」


「誰がロリババアですって!?」


「まあ、まあ。落ち着きなよ。マルフォイ」


「だから!マルフォイではありませんの!」


 背の低い、ロリータ衣装の女の子と、少し男勝りな女の子が駄菓子屋に入ってくる。


「いやあ、わたしたちは売り出し中のアイドルでね。わたしはそのマネージャーをしているんだ」


 それぞれに名刺を配る。


「ちなみに歌は歌わせない。なぜなら、すごく音痴だから」


「あなたはいつも失礼なことをおっしゃいますわね!?いいですわ!わたくしの美声を皆様に披露いたしますわ。有料で!」


「金取るんかい!」


 名刺によると『トラちゃん』さんはマルフォイさんに突っ込みをかます。


「明らかに意識を飛ばしに来てましたよ!?」


「まあ、暴力沙汰はよくあることだ。世界の平和のためだしな」


 トラちゃんさんは邪魔をした、と言って、マルフォイを抱えて去っていった。


「というわけで、ウィクロスのパック、1カートン開封だな!」


「買うものとネタがないならさっさと帰れ!」




「ふぅ。そよぎ丘全般の小学校に通っていた子なら一度は来たことがある、そよぎ丘の名の由来となった場所に来たわね」


「一々説明しなくていいぞ!」


「なんだかウザいわね。あなた」


「教師がウザいとか、キャラが立っていていいんじゃないか?」


「そういうことじゃない!」


 どうもこのコロネリアという生徒に調子を狂わされてしまう。


 こんな悪魔と暮らしていけるなんて、よっぽど精神が強い人のように思えてくる。


「まあ、ここでお弁当を広げるというのでいいだろう」


「お弁当持ってきたよ~」


「恵子ちゃん!?」


「ママ!?」


 なんだか若々しくておっとりした少女が私たちの前に現れる。


「って、ママ!?」


 私は声を発した主を凝視する。ポニーテールが特徴の素行不良児、光花火ファイアーアーツだった。


 確かに、花火ファイアーアーツがママと呼んだのにも驚いたのだけれど、もっと驚くべきことは、目の前の彼女が母親であるということだった。


 同年代くらいだと私は勝手に想像していたのだ。


「えっへん!恵子ちゃん特製のお弁当をどうぞ召し上がれ!」


「恵子ちゃんが作ったの……嘘でしょ……」


 夜空は顔を引き攣らせていた。


「ほら。ツキちゃんの大好きな卵焼きだよ?」


「うん。ごめんなさい。今日は耐えられそうにないから」


「それはどういうこと~!?」


 すると、恵子ちゃんの頭をチョップする者がいた。


 背が伸び始めたけれども、まだ顔は幼くてどこかアンバランスさを感じさせる少年だった。


「ほら、かあちん。それはかあちんが作ったんじゃないだろ?」


「もう。はっちゃんったら。恵子ちゃんって呼んでって言ってるでしょ」


「誰が呼ぶか!」


 少年は恵子ちゃんにもう一度チョップをする。


「みなさんも大丈夫ですから。これは僕が作ったので」


「なるほど!ハチミツが作ったのなら問題はないな!」


 コロネリアはおもむろに弁当に手を伸ばす。


「こら。行儀が悪い」


「ちっ。ちょっとくらいいいじゃないか!お前とワタシの仲だろう!」


「そんなに仲良くなった覚えはありませんけど」


 ハチミツと呼ばれた少年はふと気がついたように一人の少女を見つめる。


 見つめられていた少女はハチミツの視線に気がついたようだった。


「どうかされましたか?なにかついていますか?」


 フキちゃんは不安そうに言った。


「いいや。なんでもない」


 ハチミツは目を逸らす。


「やっぱり、アンタはあいつとは別人なんだと思ってさ」


「え?」


「いや。こっちの話だから」


 う~ん。何となくいい雰囲気に感じるのは気のせいかしら。


 別にそういう気持ちはないはずなのだけれど、どうもフキちゃんが男の人と仲良くしているのが気に入らないというか……でも、フキちゃんが研磨以外の男と付き合えば私は気苦労せずに済むわけだけれど、なんというか、それもまたなんだか嫌というか……


「ほら。駄目姉も、フキも、写真を撮るわよ」


「ミワ?お姉さまに向かってそれはないと思うけれど?」


「ミワはあなたを姉と認めたことはないわ。あれよね。夫婦の営みに介入してくる邪魔なペットみたいな」


「うふふふふふ。今すぐにでも楽にしてあげましょうか?」


「オイ。お前ら。本気で喧嘩してんじゃねえよ」


 花火ファイアーアーツに介入されたので、姉妹喧嘩は一時中断。


「はい。撮りますよ。いいですか?」


 ハチミツがインスタントカメラで私たちをレンズの中に閉じ込める。


「では、決め台詞をどうぞ!」


 私たちは元気よく声を合わせる。




「リリカルマジカル頑張りますっ!」






『あなたは本当にこれで良かったんですか?』


 新たに始まった世界を覗き見ていた私にロストは言いました。


「うん。良かったんだよ」


 私は無理矢理に笑顔を作って言いました。


 そうでなければ、涙がこぼれてしまいそうでしたから。


 ロストは狂ったように笑い出します。


『あなたは自分の存在しない世界を作った。ともだちを騙してまで。偽りの像を見せて』


 ここは、終わってしまった世界。そして、全てが始まる場所。


 私はこの場所で願い通りにみんなが平和で暮らせる世界を作り上げました。


 でも、私は新しい世界に行こうとはしませんでした。


『どうしてあなたはここに残っているんですか?本当はあなたも世界が嫌いだったのでしょう?』


 私は静かに首を振ります。


「私はあなたを置いてはいけなかったから。あなたはきっとここに一人でいると思ったから」


 私は赤黒い像を見つめます。目も鼻も口もない、シルエット。でも、ロストにはなにもないわけではないことを私は知っています。


 ロストにもまた心があることを。


 だからこそ、私はこのまま世界が終わり、始まっていく場所にとどまることにしたのです。


 ロストを苦しみから少しでも解き放つために。決して一人にしないために。


『狂っている』


 笑うのをピタリと止めてロストは言いました。


『あなたは狂っています。自己犠牲もそこまで行くと病気ですよ』


 ロストは私の顔を手で掴みました。


 アイアンクロ―でしょうか。


「って、痛いです!」


 私はロストの腕を叩いて抗議しますが、ロストは何一つ言葉を発しませんでした。


 ロストは私を徐々に新しい世界のある方へと連れて行きます。


「あなたは一体――」


『今すぐにでも痛くなくしてあげますよ。あなたの存在ごと新しい世界の中に溶け込ませて、分解します』


「そんな――」


 ロストは私を殺す気なのでした。


 存在情報が消えてしまえば、私は存在していることができなくなります。


 ざざっ。ザザッ。


 背中が世界と接触します。体の中の情報が漏れ出ているのを感じました。


 ロストは躊躇なく私を世界の中に溶け込ませようとしています。


「やめてください!あなたは、一体――」


 どうして、そんなにつらそうなのでしょうか。


 ロストもただでは済まないらしく、徐々に体に亀裂が走っていました。


 私の存在が消えかかる瞬間、ロストの赤黒いシルエットは卵の殻のように割れて崩れ去ります。


 シルエットの中から現れたのは、桃色の髪に、気弱そうな瞳をした、少女でした。


 とても悲しそうなのに、無理して笑っています。


『あっちの世界でみんなによろしくお願いします。フキ


 私の声は届きませんでした。


 もう世界と混ざり合って消えてしまいそうだからです。




『リリカルマジカル頑張ります!』




 そして私は消えてなくなりました。






“KARENONEGAI”  fine.

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