BEST end
あれから3年の年月が流れた。
2018年4月。昨今は暖冬とも言われているみたいで、桜の花が3月には咲き乱れ、4月にはもう散り始めているといった具合だった。
今日は彼女たちが高校生となる日だった。
「ほら。研磨。しっかりしなさい」
「口癖のように言うのは止めろよな。琴音」
私たちは桜並木を二人肩を並べて歩いていた。
「その言葉を吐くのは、ネクタイに気を使えるようになってからにしてほしいわ」
私は研磨のネクタイに手を伸ばし、ネクタイを整える。
研磨は気恥ずかしいのか目を逸らして言った。
「恥ずかしいだろ。こんな往来で」
学校へと向かう道はもうすでに生徒たちが歩いていたりする。
「別にいいじゃない。姉弟なんだし」
「兄妹だ!それと、お前と俺は血がつながっていないだろ」
「あら。血のつながらない姉と妹がいるなんて、誰もがうらやむシチュエーションじゃないかしら」
すると、研磨は正直に唸り声を上げて悩み始めた。
私は研磨の筋肉質な腹に拳をねじ込ませる。
いくらバカみたいに鍛えていても、お腹は弱いらしい。
「ぐっ。俺のパーフェクトボディが……」
大袈裟に研磨はその場にうずくまった。
うずくまった研磨の傍を目立った外見の生徒が通り抜けていく。
金色の髪をツインテールにした、青い瞳の生徒だ。背はそれほど高くはない。
「誰が芳乃さくらだ!」
「コロネ!先生に向かってなんて口聞いてるの!」
傍の少し茶色がかった髪を持つ少女が金髪の女の子の頭を無理矢理腕で押し込めて頭を下げさせた。
「ホント、コロネは傍若無人のこと」
「花子。アンタが言うのかしら」
「だから、私は花子じゃなくて――」
不自然なほどに春の温かい風が吹き、おかっぱの女の子の顔に新聞紙が直撃する。
その新聞紙は学内新聞だった。
ちょうど、この前全国コンクールでW入選したうちの生徒の作品が映っている。
それは一人の少女の絵だった。顔は不鮮明であるけれど、どちらの絵も、その少女の優しさと脆さがよく「再現」されていた。
「ねえ、あなたたちは――」
新聞紙を拭い去ったおかっぱの子がしゃべる。
「今日から新入生のこと。もしかして担任のこと?」
「…そうね。どうかしら。クラス分けと入学式をもってのお楽しみかな?」
私は笑顔で答える。
でも、私は3年前から本当の笑顔を失ってしまった。
「分かったのこと。ほら、みんなも行くのこと」
「なんで花子が仕切るんだ!」
「ほら。学校が天才を待っているわよ」
「それもそうだな!」
花子と呼ばれていた生徒は去り際に私にウインクをしていた。
「なあ、琴音」
「なによ。研磨」
遠くを見ている目をしている研磨を見て、私は不安に襲われる。彼は時々、そんな目をしていた。
「時々な、なにか物足りない、みたいな気持ちにならないか?俺たちは大切なものを失ってしまったような――」
「きっと、気のせいよ」
そう。気のせいなのだ。
気のせいということになってしまった。
私が目を覚ました時。それは2005年だった。
その世界はワームもサギノミヤもなく、魔法少女や魔法、妖精さえも存在しない世界だった。
何が起こったのか分からなかったけれど、研磨はなにも覚えていないみたいで、世界を救った少女のことを覚えているのは何故だが鷺宮琴音たった一人のようだった。
そして、私は悲しみに暮れ果てる。
この世界には――フキちゃんが、蕗谷メブキという少女は存在しなかった。
「もしかしたら、みんな心の奥底では分かっているのかもしれないわね。世界はたった一人の、気弱な、でも、世界で一番優しかった女の子に救われたことを」
「あぁっ!?このクソアマ!よくもおにいちゃんと先に家に出たわね!」
「ふぅん……偉大なるお姉さまに向かってクソアマだなんて。折檻ね」
私は研磨のベルトをスラックスから抜き取り、パチパチと弾いて音を鳴らす。
「いや、俺のベルト。変身できないだろ」
目ざわりなので、研磨からベルトの餌食にする。
「今日こそ決着をつけてやるわ!この鷺宮美羽子の名に懸けて!」
「そっちがその気なら――」
「やめとけ」
美羽子の襟首を掴んで止める少女がいた。短い髪で目つきがちょっとだけ悪い女の子だった。
「なに?星空。従弟の分際でミワに指図する気?」
「遠い親類だし、私は女だ!」
星空と美羽子は一触即発の雰囲気だった。
「おやまあ、朝からお熱うございますのですわね!どっちが攻め――」
突如現れた黒髪の女の子をポニーテールの女の子が殴り飛ばす。
「朝っぱらからえっちぃことを言ってるんじゃねぇ!」
「
「下の名前で呼んだ奴、出てこい。血の雨を降らせてやる!」
「に、逃げるぞ!」
「お、覚えてなさい!」
「逃がすか!この!」
「まさかの鬼畜プレイ――ぐほっ」
「なんだか今日も平和だな」
「いや、時々あなたのその精神が疑わしくなるときがあるのだけれど」
私たちは今年からクラスを受け持つことになった。
一年生の教室ということで、教師三年目からすれば大分ハードルが高いのだけれど、私は副担任だから大丈夫。でも、担任が研磨なのだから、とっても心配だった。
「あー、入学式は楽しかっただろうか?男子の諸君。今のうちからめぼしい女子には唾を吐けておけよ」
手近にチョークがあったので投げ飛ばす。
研磨は教壇に立ち、私は教室の一番裏で微笑ましく会話を聞いていた。距離があろうとも十分チョークは届く。
「どうして刃渡り15センチの刃物が唐突に俺の顔を狙って飛んで来たのか不思議に思うかもしれない。だが、世界は不思議に満ちているんだ。この教室では日常茶飯事だから、気にしないでくれ」
研磨は黒板に突き刺さったナイフを外す。
どうも、チョークの横に軍用ナイフが置かれていたみたい。
偶然、偶然。
「面白いクラスだな!」
「いや、面白がらないでよ!どう見たって物騒じゃない!」
「ふぅ。玉露が普通に飲める世の中とはいいもののこと」
「なんで熱々のお茶を教室で飲んでるのよ!それも、急須付きで!」
「そんなことよりも、おにいちゃんはミワだけを見ていればいいの!」
「騒がしい!少しは静かにしろ!」
なかなか大変なクラスになりそうだった。
「仲良きことはいいことだな。さて。折角だから、出欠を兼ねて自己紹介をお願いしよう。女子はスリーサイズまで――」
手近にチョークがあったので、研磨に向ける。
研磨はピタリと会話を止める。
私は自分の掌に握られているものを見た。
全長14センチもある、重厚な45口径拳銃――
「あら。ピースメーカーだわ」
思わず試し打ちをしたくなったのだけれど、ちょっと我慢する。
「さて……気を取り直して、自己紹介と行こうか」
そう研磨が言い放った瞬間、唐突に教室の扉が開かれる。
ちょうど教壇の方の扉だった。
「すいません!遅れてしまいました!」
その生徒は慌てた様子で教室に転がり込み、教壇の上に転がり込む。
「初日から遅刻とはいい度胸だ。では、自己紹介のトップバッターに命ずる」
研磨の顔は笑顔だった。こんな笑顔を私は久しぶりに見た。
少女はうつむきがちだった顔を上げる。
「蕗谷メブキ、15才です」
輝く瞳に桃色の髪。
そう。それは、まごうことなき彼女の姿だった。
私は研磨を見る。
なんだかとてもうれしそうだ。
腹が立つ。
「リリカルマジカルがんばりますっ!」
おやぁ。これは恋のライバル登場かぁ。
The girl wanted a world without their own. fine.
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