カウント 1

 終わりロストは空へと昇って行きます。


 空に浮かんでいるもの。それは月の影に照らされている、小さな点。


「サギノミヤが狙い……!」


 空は赤い霧でかすんでいました。


 その色は人々の血の色。世界中の生き物が死に絶えてしまったこの地球は真っ赤に染まっていることでしょう。


終わりロストを止めないと――」


「待って。フキちゃん」


 コトちゃんは私を呼び止めます。


「どこ?フキちゃん。どこにいるの?」


 私はコトちゃんのもとに向かって手を握ります。


「ああ。フキちゃんの温もり。もう、本当にこの世界には私とフキちゃんしか残っていないのね」


 鮮血の霞の中からは黒い影が所々見えます。けれど、どの影も立ち上がってはいません。ずたぶくろのように地面に横たわっていました。


「そうですね。コトちゃん」


 私はコトちゃんの姿を見ます。体中の肉は所々抉られていました。血が噴き出していて、思わず目を背けたくなります。そして、コトちゃんの目は――もう見えてはいませんでした。


「ごめんね、コトちゃん。私は行かないと」


 魔法をかけて、コトちゃんの傷口を塞ぎます。けれども、私の力では傷を完全に癒すことはできません。それに、傷を塞いでもコトちゃんがどれだけもつか――


「待って!フキちゃん!私を――もう一人にしないで!」


 体を離した私をコトちゃんは手を伸ばして追いかけます。しかし、コトちゃんの手は私の体を掴むことはありませんでした。


「私は罪作りな女ですね」


「待って!もう、これ以上戦わなくたっていいじゃない!最後まで、私の傍にいて!もう、自分をこれ以上傷付けないで!」


 私はコトちゃんを見捨てることになります。


 自分の願いを叶えるために、コトちゃんの夢を犠牲にします。


「ごめんなさい……コトちゃん」


 私は赤い空を見つめます。涙がこぼれないように。


「私は夢を叶えるから」


 箒を手に取ってまたぎます。


 きっと、この恰好も最後です。


「だから、さようなら。コトちゃん」


 またね、ってお別れできればどれほど嬉しかったでしょう。


 でも、私はもうコトちゃんに会うことはないのでしょう。


 だから、さようなら。


「待って!フキちゃん!待って!」


 私は箒で赤い空へと昇って行きます。


 コトちゃんの叫び声をしっかりと胸に刻みます。


 私は悪い女です。その罪を忘れないように、踏みにじった幸せを、思い出せるように。




『大気圏を抜けた描写を省くとは――なかなかやりますね』


 私と終わりロストは暗い空間へと投げ出されていました。空気も薄くて、重力もほとんどありません。そこは宇宙と大気との境目。宇宙ステーションなどがあるあたりだと推測します。


「そうですね。一番の見せ場なのですが、所詮はネット小説ということで」


 私はバトンを構えます。


『運よく生き延びたようですが、どうせ死ぬんですよ。いえ――あなたはすでに肉体を失っているんですね。なら、サギノミヤの消滅とともに戻るべき場所に戻りますよ』


「それはどこでしょう」


『夢幻領域。世界と世界の間の、世界が生み出される場所。ワームはそこを通ってあの醜い姿となりました』


「あなたはどうなの?」


『私は――どうなのでしょう。私が生まれたのはもしかしたら、こちらの世界なのかもしれませんね。どちらにせよ、あっちの世界は滅びましたし。この世界の滅びを求める心が私を生み出した、ということでしょう』


「あなたは、だから、したくもないことをしないといけないの?」


『誤解しないでください。私は確かにサギノミヤと同類です。人々の願いによって生み出される魔物。でも、これは私の望んだ結末なのです。全てを終らせる終わりロストとして――』


「嘘が下手ですね」


 私は突如として横合いから襲ってきた力に吹き飛ばされます。そして、あるはずのない地面に叩きつけられました。


「月……ですか」


 私は立ち上がろうとします。けれど、体が重いです。まるで地球の何倍もの重力を受けているような――


『命までは奪いません。あなたには全てが終わる瞬間を見ていてもらいますので』


「う……うぎゃっ」


 自分の喉から出てきた声であるとは思えませんでした。


 それは喉からではなく、体の中からおびき出されています。


 生温かいものが口から出ますが、それを拭うことすらできません。


『そこで自分の無力さを――』


 終わりロストの言葉がだんだんと靄がかかったように聞こえなくなりました。いいえ。それは聞こえなくなったのではなく、耳に入ってくるのに何を言っているのか分からないという不思議な感覚。


 目も見えなくなっていきました。


 私はここまで来て終わるんでしょうか?


 何もできず、最弱のまま終わるのでしょうか?


 嫌です。絶対にあきらめたくない。


 でも、体が動かなくって。


 こんなところで終わるなんて。




「あなたはそこにいますか」

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