24th contact きせきゆめのくちくかん

 そして、彼女は――魔法少女フキは、一度死して、奇跡を起こし、再び魔女ザウエルの前に立ちはだかったのでした。


「どういうことだ――」


 ザウエルは驚いたように目を開けました。その瞳には恐怖の色が滲んでいます。


「まさか、お前は、もう――」


「そうみたいです」


 七色の光によって体が修復されていく少女の目には、ザウエルとは真逆の、決意に満ちた光が灯っていました。もう、何にも負けないという絶望さえ跳ねのける強さが瞳には滲んでいました。


「私はもう、人間ではなくなったようです」


「はざーどれべる7を超えたというのか。いや、それにしてもそれは――」


「さあ、一緒にこの結界を出よう?ザウエル。あなたはもう苦しまなくてもいい」


 フキの言葉がザウエルの心を逆撫でました。


 魔女とは、心の一部だけを食い殺された存在。そして、彼女はさらに、徹底的に、たった一つの心だけを残されていたのです。


 それは世界を憎む心。


 世界の全てに対する復讐心なのです。


 だから、ザウエルはフキの言葉に耳を貸しませんでいた。他の魔女とは違い、彼女に新たな感情が生まれることはありません。


「例えこの身が砕け散ろうとも――我がお前にほだされることなどありはしない!」


 ザウエルは感情に任せてフキへと魔砲を放ちます。


 その魔砲は、フキの足元で炸裂し、砂埃を巻きあげました。


「私は――あなたも助けて見せるから!」


 そんな強い言葉とともに、魔法少女フキは新たな姿を顕します。


「魔法少女フキ。タイプ・ミラクル。はじまります」


 ピンク色の衣装をベースに、青、黄色、紫、水色が添えられた衣装に変化していました。


「姿が変わったからって、中身まで変わる訳ではない!」


 ザウエルは地面から岩の槍をフキに突き刺します。地面が槍のように変化し、フキの胴めがけて何本も伸びていきました。しかし――


「ミワちゃん。お願い!」


 フキがバトンを振るうと、黒い光が岩の槍に降り注ぎます。そして、フキの腹に突き刺さり――はせず、ふにゃりとゴムのように形を変えてしまいました。


「変質系――か!」


 ザウエルは攻撃が失敗したと見るや、光の矢をフキに向けて放ちます。


「ソラさん!よろしくお願いします!」


 フキはバトンを下から上へ振り上げます。すると、フキとザウエルとの間にダビデ像ができあがりました。ダビデ像は光の矢を簡単に弾いてしまいます。


「アオちゃん!頑張って!」


 フキはバトンを振ります。青い光はダビデ像へと降りかかり、ダビデ像はガゴガゴと壮大な音を立てながら動き始めました。


「何故ダビデ像なんだ――というか、そんなところを見せるなぁ!」


 ザウエルは手で自分の視界を遮ります。ザウエルの目の前には風に揺られる一本の果実がぶら下がっていました。


「セクハラか!」


「ちなみにダビデはロリコンなんですよ」


「知っているけど――なんか嫌だ!」


 ダビデ像はザウエルに向けて石膏の拳を叩きつけます。


 ザウエルは必死でその拳を躱しました。ダビデの拳は地面に突き刺さり、砂埃を巻き上げます。


「ええい!ふざけおって――」


 ザウエルが砂埃から飛び出すと、その目にはバトンの先でザウエルの姿を捉えているフキの姿が映りました。


「コロネちゃん!行こう!」


 フキのバトンの周りには大きな魔力反応が現れました。


「マズい――!」


 ザウエルが回避行動をとるよりも早く、黄色の魔砲がザウエルの体を包み込みました。




「ぐぅ、はぁ」


 ザウエルの体からは湯気のように煙が上がっていました。


「おのれ、おのれ、おのれ!」


 ザウエルの体は震えていました。寒さに凍えるように体中が痙攣をおこしています。


 ザウエルには分かっていたのでした。自分ではもう目の前の魔法少女に勝てはしないことが。


 かつて、魔女ピースメイカーに対し悟った敗北以上の恐怖と屈辱がザウエルを襲っていました。


「少し、頭冷やそうか」


 手足を地についているザウエルにフキはそんな言葉を投げかけます。そして、バトンの先はザウエルに向けていました。ザウエルの目は大きく広げられます。


 そこには信じられない光景が広がっていました。


 フキの背後には4人の少女たちが立っています。そして、フキの両肩にそれぞれの少女が片手ずつ載せていました。


「黒き心は思いを捉え――」


 フキの口から呪文が紡がれていきます。


「空は形を作り出し――」


「や、やめてくれえ!」


 ザウエルの叫びは虚しく響きます。


「青き風は流れを生み出し――」


 ザウエルは迫り来る恐怖に耐えられず、幾つもの魔法を使い、防御に身を固めます。


「黄色い光は笑顔を照らす」


「あはは。来てみろ!これほど時間があれば防御は万全だ!」


「そして――桃色の奇跡は」


 フキはゆっくりと目を開きます。


 微妙に豚を見るような目になっているのは気のせいでしょうか。


「夢への道を切り開く!」


 少女たちの想いを載せた魔砲がバトンの先で風船のように膨らんでいきます。風船との違いは、膨張する限度がないことでした。


「ミラクルドリームデストロイヤー!ばちこーん!」


「奇跡の夢を破壊してるじゃないか!」


 世界を破壊する光がザウエルの体を包み込みました。


 ザウエルの苦しみのこもった叫び声とともに、ザウエルの体は消し飛び、結界は崩れ去りました。


「またね。みんな」


 フキは少女たちに手を振ります。少し笑って、寂しそうな顔になって。


 少女たちはすっと姿を消してしまいました。




 これにて一件落着。


 この物語は終わりを迎えます。


 え?私が誰か、だって?


 さぁて、一体誰でしょう?




「おのれ!魔法少女!」


 魔女ザウエルは憎しみのこもった声でそう叫びました。


 ザウエルの逃げ延びた空間には大きな物体がありました。ビルの高ささえも超えてしまうほどの巨大な赤黒い物体です。それは生きているかのようにドクンドクンと脈打ってしました。


「ロストよ!早く目を覚ませ!早く世界をぶち壊してしまえ!」


 赤黒い物体はザウエルの言葉に答えるかのように一度大きく脈打ちました。


 そして、ザウエルに近い場所が微かにひび割れます。


「とうとう!目覚めの時が来た!世界を終らせるものが!喪失ロストが!」


 ザウエルは歓喜に打ち震え、狂気に満ちた笑い声をあげます。


「え?」


 ザウエルは宙に浮いたような感覚がして首を傾げます。


 その違和感の原因を悟ることなくザウエルは赤黒いエボルワームの蛹のなかに引き込まれて行きました。


 そして――


 静かな結界の中に、ぐちゃぐちゃとみずみずしい音が響きわたしました。ときどきボキボキという音や、ズルズルという音、くちゃくちゃという音も響きました。


 それもしばらくすると止みました。


 そして――


 満を持して、さなぎの中から一つの生命が誕生しました。


 今までどの世界軸でも現れることのなかった、破壊の化身。


 全てを壊すために生まれた、ただ、それだけの存在。


 人々の恨みや悲しみ、苦しみを一心に復讐を果たすもの。


 それが蛹の中から姿を顕します。


 赤黒い、人間そっくりの足が地面に到達します。蛹から出た粘膜のようなドロドロしたものが蜘蛛の糸のように糸を引いています。


 のっそりと体が出て来ました。


 その体は足と同じく粘膜に覆われています。透明な粘膜に覆われた体の皮膚は赤黒く、顔は凹凸さえない、仮面のような顔でした。


 世界の破壊者、喪失ロストは覚束ない足取りで前へと進んでいきました。


『さあ。世界を壊すとしましょうか。この喪失ロストが』


 喪失ロストに口はありません。けれど、人間でいう口に当たる部分には真っ赤な液体と、白い毛が付着していました。喪失ロストはそのことに気がつき、腕で口元を拭います。


 その際、喪失ロストの体に付着していたのでしょうか。


 喪失ロストの体からポトリと白い球体が落ちました。


 その球体は全体的に白いですが、一か所だけビリヤードの玉のように丸い模様がついています。その模様は琥珀色でした。その琥珀色は静かに喪失ロストを見つめています。


『私が導きましょう。物語を喪失ロストへ』


 その声は誰にも聞こえません。だから、喪失ロストは一人で嬉しそうに笑っていました。




 誰が話していると思った?


 残念!喪失ロストでした!




 そして、物語は喪失ロストを迎える――

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