19th contact はかなきはなよ

 わたしがリナリアと過ごした日々はそれほど長いものではなかった。




「さあ、ここが君の新しい家だ」


 外国の言葉で男性は――いや、わたしの父となる人物はそう言った。白髪交じりの、愛想のよさそうな男だった。年の頃は60くらいで、おじいちゃんという感じかもしれない。


「シグノマイヤー家へようこそ」


「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 わたしもまた、その国の言葉でしゃべった。


 わたしは新本という国から、外の国へと移り住むことになった。わたしは孤児で、シグノマイヤーとかいう富豪がわたしの身を引き取ったのだ。


 ある、悪魔の代わりに。


「今からここは君の家なんだよ。リナリア」


 わたしの新しい名前だった。前の名前はもう捨てた。新しい親がつけた名前だった。


 ようやく、わたしは自由を手に入れた。養子になるチャンスは1年に1度あるかないかのものだった。そして、本来ならば、わたしではなく金色の髪の悪魔が選ばれるはずだったのだが――


「ありがとう。おとうさま」


 わたしは精一杯父親に媚びる。父親なんて初めてできるから、どんな風に接すればいいのか分からなかったけれど、適当に優等生を演じておけばいい。


 わたしは新しい家族に迎えられる。若い母親に、わたしにとっての祖父母にあたる人物たち。彼らはわたしを笑顔で受け入れてくれた。使用人たちもいて、とても大きな屋敷だった。


 一体何をしてお金を得ているのかは分からなかった。


 けれど、やっと手に入れた、普通の生活だった。




「少し探検してみてもいいですか?」


「いいけれど、屋敷は広いから、迷子にならないようにね。リナ」


「はーいっ」


 わたしは笑顔で言ってみせる。子どものうちは活発な方が自然だから、言ってみただけだ。けれども、屋敷について知っておくのは悪いことではない。この家の悪い点が垣間見えるかもしれない。


 幸せがあれば、不幸がある。それはとても当たり前のことなのだから。




 使用人たちが仕事をしている裏手に回ってみる。建物の北に面した、日差しの当たらない場所だった。


 そこに小さな小屋を見つけた。


(使用人の小屋……なわけはありませんわね。屋敷の方にありましたもの。なにか特別な時に使われるものなのか、それとも、物置小屋か――)


 屋敷と同じくレンガ造りの小屋だった。


 わたしはふと、ペローの青髭を思い出した。裕福そうな家庭はわたしにとってはそれほどまでに奇妙なものだったのだろう。わたしは小屋を覗く。


 小屋は物置ではなかった。湿った空気が少し気に障る。


 小屋の中には閑散とした空間が広がっているだけだった。その空間に一つ、白いベッドが置かれている。そして、そこには誰かが寝ているようだった。


 わたしはそっと小屋の中に入った。そこにあるものが何であるかによっては、今すぐこの家を出た方がいいと思ったのだ。異国でどう暮らしていけばいいのか、など考えてみたけれど、そんなことを言っている暇はないかもしれない――


 そこにあったのは青ざめた顔をした少女だった。


 異国の白い肌。あの悪魔と同じ黄金の髪。


 少しも動かない少女は人形なのではないかとわたしに思わせた。それほどまでに現実味のない美しさを彼女は持っていた。


「誰なの?」


 突然、少女の目と口が開き、わたしは驚く。生きていないものとばかり思っていたから、余計に驚いてしまった。


「えっと、わたしは――」


 この少女は何なのだろうか。シグノマイヤーの家族なのだろうか。それとも使用人の子か?


「リナリア。リナリア・シグノマイヤーよ」


 すると、少女はこう言った。


「あなたも、リナリアなのね」


 どういうことなのか。


 わたしの心臓は不自然に鼓動する。だんだんと体中に脈拍が伝わっていく。


「いいえ、あなたが、リナリア、と言うべきなのかな」


「あなたは何者なの?」


 わたしは恐る恐る少女に尋ねる。


「わたしもまた、リナリアだけど、もう、あなたがリナリアなのね。だから、わたしはリアでいいわ。そっちの方が発音しやすい」


 少女の口調は少し滑舌が悪かった。それはもとよりそうであるというよりは疲労がたまってそうなってしまったかのような印象をわたしは受けた。


「何者なの?なぜ、わたしと同じ名前――」


「そんなこと、どうでもいいの。ねえ、リナ。もしよければだけれど、わたしとともだちになってくれないかしら」


 わたしは断ろうとした。しかし、リアには秘密があるのは明白だった。それも、この家に関する重大な秘密が――


「わかったわ。おともだちになりましょう。リア」


 計算に基づく、仮初のともだちだった。


 わたしはリアの手を取り握手をする。


 その手はぞっとするほど冷たかった。




 その日の晩だった。


 大きな机には豪勢な料理が乗っている。


「おいおい、折角リナが家族になった記念であるというのに、いつもと同じ食事だとは」


 父親は少し苛立っているようだった。


 これでいつもの食事と言われて、わたしは絶句する。孤児院で貧相な食事しかとってこなかった、とは言わない。ごく普通の食事を満足に取らせてくれた。だから、わたしの感覚は庶民レベルのはずだ。


「すみません。ご主人様が今日お嬢様がいらっしゃることをおっしゃっていなかったもので」


「おや、そうだったか」


「そうですわよ。あなた。きっとわたくしたちを驚かそうとしておしゃらなかったのよ。ごめんなさいね、リナ。でも、わたくしはあなたが家族になることを心から喜んでいますわ」


「俺だってそうだぞ」


 父親は拗ねるように言った。


 わたしたちはずっと家族であるかのような、そんな暖かい食事をとった。


「ご主人様。あれへの食事はどうしますか?」


 使用人が父親に尋ねる。


「そんなつまらないことを聞くな。あれはもう必要ない。故に、食事をやる必要もない」


 使用人と父親は小さな声で話していた。しかし、わたしには聞こえていた。


 それが何を意味するのかは――わかっていた。




「あの人たちがどんな人なのか、今に分かるよ。昔はあんなんじゃなかったはずなのに」


 リアはそうとだけ言っていた。




「ところで、妖精の調子はどうなのかね」


「今月もしっかりと振り込まれております」


「そうか。それであればよいな」


 リアには食事が運ばれなくなった。わたしは秘密裏にリアに食事を与えていた。けれど、日々、弱っていくばかりだった。


 リアの言っていた言葉の意味がわたしには分かった。


 わたしは、リアの代わりのリナリア。本当のリナリアの代わりなのだ。


 シグノマイヤー家の人間は金のことしか考えていなかった。そして、金を運んでくるのは妖精と呼ばれる存在。


「昔は、もっと貧しくて。でも、みんなで幸せに暮らしていたわ。でも、妖精が現れてからというもの、パパとママは人が変わってしまった」


 シグノマイヤー家の人間は働かなかった。故に、妖精の言いなりであり、常に妖精の機嫌をうかがっていた。


 リアは用済みになった。わたしが跡取りになったからだ。わたしがリナリアとなったからだ。だから、死んでもいい存在になった。


 わたしは知っている。わたしたちのいた孤児院は妖精が魔法少女を育成するために作られたものだということを。そして、その孤児院から新たなリナリアを仕立て上げるように言ったのは妖精であることを。


「あの頃は楽しかった……本当の家族だった……」


 わたしがリアと一緒にいた時間は一か月足らずだった。


 リアが熱で苦しみ、息絶えてしまう瞬間も、屋敷から誰一人出てきて様子を見に来ることはなかった。


 リアの亡骸は使用人によって運び出された。


 屋敷の裏手の森へ。


 ただ、穴を掘られて、その中に衣服もろとも放り込まれただけだった。


 当然、シグノマイヤー家の墓地ではない。




「許さない!わたしは、リアの幸せを奪ったあなたたちを絶対に――!」


 わたしはそのために魔法少女になった。


 双剣で魔法天使を切り刻む。しかし、魔法天使はわたしの攻撃を魔砲で吹き飛ばそうとする。


「自分たちで作ったシステムを忘れてるんじゃないだろうな!」


 戦姫には干渉を無効化するシステムがある。故に、魔法天使を唯一倒しうる存在――


 魔砲はわたしの体を全てのみ込んでいく。


「忘れてはいないザウルスよ。だから、今すぐ抵抗をやめるザウルス」


 わたしは魔砲に飲み込まれたはずだった。でも、魔砲に飲み込まれていない。わたしであるから、飲み込まれていない。


「特に、キミのシステムは戦鬼を使う度に大幅にはざーどれべるを上げてしまうザウルス。それに、例え1秒だけ時を止められても、雷には勝てないザウルス」


「うるさい!」


 たった1秒しか時を止められなくとも、何度も時を止めさえすれば――


 時を止め、一瞬で雷の目の前に現れる。


 そして、雷の体を貫こうとした時、唐突に、変身が解除された。


「はざーどれべるが危険域に達した時、強制的に変身を解除するようにリンカーを調整したザウルス。自壊を起こさないように――」


 わたしは力を失い、地面に落ちていく。


 ふと、思ってしまう。わたしはこんなことがしたかったのか、と。


 初めてのともだちの顔と、最近できたともだちの顔が走馬灯のように過ぎ去っていき――


「ま、復讐なんて食えへんもんはそこらへんに捨てとき」


 目の前にいるはずのない人物がわたしの体を受け止めていた――

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