18th contact いかずち

「魔法天使ともあろうものが、ネズミを逃がすとは」


「ゴキブリじゃなかったのか?」


 幹の言葉に雷は答える。


「そうだったか。まあ、生き物の名を与えるなどもったいないこと」


「お前たち――」


 セラは魔法天使たちを睨む。


「おや?死にぞこないがまだ生きている。雷の甘さに感謝することだ」


「私まで殺そうとしただろう!」


「だから、はっきりとそう言ってやっている」


 あまりにもさりげなく言われたセラは言葉が続かなくなってしまった。


「とはいえ、雷。つり逃がした魚は大きいぞ」


「倒せば問題ないだろっ!」


 そう言って雷はフキたちの飛んでいった方向へと飛んでいく。


「お前たちは何を考えている!」


「愚問だな。それはキミたちが何も考えていないだけパ――だろう。まったく、考えることさえできなくなったものは愚かとしか言いようがない」


「どこに行く!」


「偉そうな口をきくね」


 幹はセラを見る。何の感情も籠っていない、冷ややかな瞳だった。


「これだけエサをまき散らしたんだ。そろそろ出てきてもらわなければ困るんだが。一つのことにこだわるのもよくはない。率いるものは常に未来を見据えなければならないからね」


 幹は落ち着いた足取りで歩いていく。


 セラは動かない体をひたすら非難するばかりだった。




「コトちゃん、ありがとう。危なかった」


 私はコトちゃんにお礼を言います。けれどコトちゃんは浮かない顔で答えました。


「あれは私じゃないわ。第一、あの位置からフキちゃんを守るのは無理だもの」


 確かに、雷の攻撃は目と鼻の先で繰り出されました。けれど、私たちは傷一つないどころか、戦線を離脱できていました。キワムさんへの距離は遠くなりましたけれど、魔法天使と戦えば、私たちは無事ではすみません。


「じゃあ、どういうことなの……」


「そうね。シャボンディのバーソロミューって感じかしら」


「いや、年代的にどうなのかな?」


「大丈夫よ、フキちゃん。ルーキー登場なんて、2015年設定でも遥か昔のことなんだから」


 確かに、頂上決戦もかなり前のことのような気がしてきました。


「つまり、魔法天使が私たちを守ったってこと?」


「どうなのかしらね」


 コトちゃんは飛ばされてきた方を見ていました。


 すると、飛ばされてきた方角からすごい音を立てて黄色い魔砲の球がこちらに飛んできました。そして、私たちのいるところから少し遠くに着地します。ビリビリっ、という音を立てて、地面をえぐりました。


「超電磁砲ね……魔法の設定が崩壊してきたからって、なんでもやっていいわけじゃないのだけれど」


「私たち、遠距離から攻撃されていますよ!?そんなに冷静でいいんですか!?」


「大丈夫よ。それより、フキちゃん。その場から一寸でも離れちゃダメよ」


「一寸の単位が分からないよ……」


 私たちが軽口を叩いている間にも、超電磁砲は私たちの周りに着弾していきます。太平洋戦争の南東方面の映画を見ているようです。


「フキちゃん、ちょっと設定に矛盾がない?」


「そういうのが得意なミワちゃんがいないので」


 コトちゃんはミワちゃんの名前を出すと顔を少し暗くしました。


 やっぱり、コトちゃんはミワちゃんのことを知っているのです。


「じっとしていればいいから……」


 だんだんと超電磁砲は私たちの方へと近づいてきています。そしてとうとう、私たちが今立っている場所以外は全て土が掘り返されている状況でした。


「電磁砲ってのは、鉄の玉を高速で打ち返すんだから、物理系なの。すっごい大砲だから、ビームにはならないわけ。分かってる?」


「超人気ライトノベルに思い切り喧嘩を売ったな」


 宙を舞い、魔法天使雷が私たちの前に姿を現します。ふわりふわりと白い衣をなびかせて、私たちを見下ろしていました。


「あなたは何の用かしら。魔法天使。私たちになにか利用価値を見出したのかしら。それとも、仲間割れ?」


 雷は少し悲しそうな顔で私たちを見つめました。


 雷は腕を軽く振ります。何かが私のもとに飛んできて――けれど、それはただ私に何かを渡すために投げてきたもののようでした。


 私は雷の投げてきたものを受け取ります。


「コンパクト?」


 黄色いコンパクトには見覚えがありました。


「コロネちゃんのコンパクト。どうしてあなたが――」


 雷は地面に降り立ちました。


 ぽわん、という間の抜けた音と、黄色い色の煙が立ち上ります。


 煙の中から現れたのは、一本のたくあん――


「なんだかライの扱いだけひどくないザウルスか!?」


「えっと、なんでたくあんがしゃべっているんですか?」


「せめて初対面ですか、の方が傷付かないで済んだザウルス」


 私は、地面に転がるたくあんが妖精であることをようやく理解し始めした。


「確か……ソラさんの病室で会ったことのある――」


「そうザウルス。妖精のライ、ザウルス」


 何事もなく妖精であると言われても、私には訳が分かりません。妖精がコロネちゃんで、コロネちゃんが魔法天使で――


「まずは落ち着くザウルス」


「そうよ、フキちゃん。それほど驚くことでもないわ」


「いえ。驚きの連続ではないかと!」


「それが、多分、というか、読者の方々はみんな知っているのよね」


「そうなんですか!?」


 私は妖精が人間に、いえ、人間が妖精に?なることすら初めて知りました。


「これは、なかなか説明が面倒ザウルス」


「復讐も兼ねて、ゆっくりと話しましょうか」




「ライたち妖精は、サギノミヤから生み出された端末の一つザウルス。その目的は魔法少女を生み出すこと。でも、ライたちはサギノミヤの真意を知らないザウルス。それは魔女の方が知っているんじゃないザウルスか?」


 ちっ、とコトちゃんは舌打ちをします。どうも、コトちゃんはライのことを嫌っているようでした。


「サギノミヤはワームに対する防衛措置として、唯一対抗できる魔法少女を大量に作り出そうとしたんでしょうね。私だって、サギノミヤのことは分からない。あれは、そういうのを超越した――有り体に言えば、神のようなものだから」


 なんだかスケールの大きな話のようです。


「ライたちは、はじめ、何の感情も持たない機械のような存在だったザウルス。けれど――多くの少女たちと関わっていくにつれて、徐々に感情を手に入れ始めた妖精が現れたザウルス」


「それがライなんですね」


「そうザウルス」


 やっぱりたくあんにしか見えないライはうんうん、と頷いていました。


「それに付け込んだのがそこの魔女ザウルスが――計画を吹き込んだのはあの魔女ザウルスね」


「そうね。あの雑魚魔女は魔法少女の運命とかを恨んでいるというよりも、妖精に対して恨みを持っていただけだものね」


「ちなみに、どうして人間に?というか、なんでコロネちゃんになっているんですか?」


 ライは一度うつむいた後、私の方を向いて言いました。


「妖精は人間のデータを取り込んで人間の姿になることができるだけザウルス。自身でデータ構築ができたりするザウルスけど、普通の人間に化けるので精いっぱいザウルス。だから――」


 ライの体から黄色い煙が噴き出します。煙の中から現れたのはツインテールを解いたコロネちゃんそっくりの人物でした。


「魔法天使になるためにははざーどれべる5を超えた魔法少女のデータを得る必要があるザウルス。そのデータを得るには、体の外部にデータを放出しなければならないザウルス。つまり、自壊ザウルス」


「とことん、下衆ね。魔法少女を食い物にして、アンタたちは力を得るわけね」


「仕方なかったザウルス!」


 ライは、いえ、雷は声を荒げて言いました。


「コロネの力を得なければ、ロストの復活を阻止できないザウルス!もうコロネは――」


「そういうの、いいから」


 コトちゃんは冷ややかに言いました。


「それより、何の用で来たのかしら?謝りたいのなら、土下座しながらその首を渡しなさい」


「謝って済むのなら、それだけあいがたいか。でも、それじゃダメザウルスし――」


「どうせ妖精なんだから、自分のことしか考えられないんでしょう?さっさと、言いなさい」


 雷は眉をしかめながら言いました。


「幹は――パフィーはやりすぎザウルス。処刑だなんて。それに、ロストを使って何かを企んでいるみたいザウルス。だから――」


「それがアンタたちの本能じゃないの?本能に従っているだけじゃないの?」


「パフィーもまた、心を持っているザウルス!でなければ、あれほど――残酷なことを喜んでやろうとしないザウルス」


「雷……」


「ダメよ、フキちゃん。妖精なんかに心を許しては」


 コトちゃんは厳しい口調で言いました。


「ライの想いは、ロストの復活を阻止することザウルス。妖精はそのために生まれてきたザウルス。それはキミたちも一緒のはずザウルス。世界の終わりを阻止したいと思っているはず――」


「どうでもいいわ。今、私がしたいのはあのバカを助けることだもの。フキちゃんもそうよね」


「はい。私はキワムさんを助けます」


 私は雷の青い瞳を見つめます。


「だから、キワムさんを助けるのを手伝ってくれませんか?」


 雷は目を逸らして答えます。


「それは無理ザウルス。ライはパフィーを裏切れないザウルス」


「もういいわ!」


 コトちゃんは突然叫びだしました。


「どうしてアンタたちは、いつも自分のことばかりなのかしら!どうして、誰かのことを考えられないの?人間じゃないから妖精だから?感情を持っているなんて言いながら、アンタたちが持っているのは感情じゃないわ!感情まがいの自己欺瞞よ!」


「コトちゃん……」


「フキちゃん。行きましょう?休戦協定って程度で文句はないはずよ。それに――アンタの相手は私たちじゃないもの」


 コトちゃんが退いた先に一人の女の子が立っていました。


 少し茶色がかった髪の長い女の子――


「やっぱり、そうでしたのね――」


 その言葉を聞いた瞬間、私の頬を風が吹きつけました。


「魔法天使。あなたが妖精――」


 両手に握られた双剣を女の子は構えます。その顔には狂気に満ちた笑顔が張り付いていました。


「やっと復讐できますわ。ともだちリナリアの無念を晴らすときが、やっと!」

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