14th contact さいごまで
流石の私でも、回復に朝までかかった。
私の対戦相手は恐らく他の二人に比べたら相性のいい部類のはずだが――
「共倒れにならなかっただけマシなんでしょうね」
エボルワームのことを放っておいてキワムを助けに行くということに不安を感じないわけでもない。けれど、実際のところ、私はエボルワームから生み出される破壊の化身、ロストを見たことがない。それが生まれ出でたら世界が終わると言われるのだから、誰も見たことがないのは間違ったことではない。
「問題なのは、それをあの雑魚が言っていたということね」
ザウエルについては初めから信用していたわけではなかった。
というか、どうも考え方の違いやありかたの違いで分かりあえそうもなかった。
「アイツは自分以外は全てどうでもいいと思っている」
それは魔女にとっての正しい在り方なのだろう。けれど、私たちには微かでありながら人間であった頃の名残があった。故に、完全に魔女になりきれないところがあった。
「例え、人間を辞めた存在であっても、人を傷付けることへのためらいを無くしてしまっては、いけないわ」
朝霧の立ち込める中を私は飛んでいた。姿を隠せるものがあるのだから、わざわざ分かりやすい上空を飛ぶ必要もない――のだが――
ブウン、という音とともに私めがけて魔砲が放たれる。それも一つどころではなく、いくつもの魔砲がまき散らされていた。
「あっちもこっちのことを漠然としかわかってないみたいだけど――美しくないわ」
まるで蠅をミサイルで焼き払うものだと私は思う。戦法的には合っているし、魔砲は現実世界のものを損壊させたりはしない。けれど、間違って別の魔法少女に魔砲があたることは十分に考えられる。
「2週間の間、少しも変わっていないのね」
戦姫という魔法少女は現れた。けれど、個の能力を最大限まで引き上げたところで、どれほどの事態に対処できるというのだろうか。そして、戦姫の末路もまた見えている。魔法少女一人で魔女のはざーどれべるを越えようとするなど、その先に自壊しか残らないようなことをしているのだ。
「システム的にそこそこ上手く運用しているようだけれど」
魔砲のみならず、変化系も飛び交っているようだった。変質系も飛んでいるかもしれない。
「ますます、正気を疑うわね」
変化系もそうであるが、変質系は現実にも作用する魔法である。故に、人体に大きな影響を及ぼしかねない。
「ほんと、教導官が必要そうね」
私は魔法少女たちの居るであろう場所のあたりに魔方陣を敷く。その魔方陣からは鎖が飛び出し、魔法少女たちを締め上げた。少女たちの悲鳴とともに攻撃は止む。どうやら全ての魔法少女が束縛されてしまったようだった。
「結構適当に縛り上げたのだけれど」
魔法が飛んでくる場所から大体がどの位置にいるのかは予測できていたものの、詳しくは分からなかったので、なるべく広範囲に束縛するようにした。
「まあ、なんというか、かんというか」
これほどあっさり決着がつくのも面白くないな、と思った。
飛行していた私はその場で停止する。そして、静かに地面へと降り立った。
「あら。魔女さん。どうしたの?そのまま飛んでいけばよかったのに」
戦姫は邪悪な笑みを浮かべる。
よくもそんな軽口が叩けると私は思った。おぞましいほどの殺気をぶつけておきながら、何の警戒もせずに進んでいけるわけがない。
どう見ても、敵だとは思うけれど、私は会話を試みる。
「ねえ、あなた。あなたはどうして戦うのかしら」
「そうやって互いの妥協点を探そうというのでしょう?そういうのには飽きましたわ」
戦姫はにこやかな笑みを浮かべるが、言葉は拒絶を表し、笑みの奥の殺気は衰えるどころかさらに膨れ上がっていた。
これほどまでの憎悪を私は受けているのだろうか。そのいわれはない、とは言えない。しかし――この憎悪の向け方は――
「世界そのものを憎んでいるということかしら」
魔女の在り方にそっくりだった。あの雑魚魔女も似たような妄執を身に纏っていた覚えがある。
「ある意味そうなのでしょう。だからといってあなたには手を抜きませんわ」
戦姫は手の内で双剣を転がしていた。瞳には冷酷な光が灯る。そして、表情は、狩りが楽しくてたまらないというような獣の表情へと変貌している。
「あなたの名前を教えてくれるかしら」
もう、コイツは戻れない位置にいると私は確信した。私の目の前にいるのは人の形をした化け物だ。
「わたくしはリナ。あの憎きシグノマイヤー家の跡取りですわ」
「そう。私はピースメイカー。魔女ピースメイカー」
私は魔女。魔女として、この化け物を止めて見せる。
「あなたがわたくしを楽しませてくれることを期待しておりますわ」
近距離戦闘の相手に対しては距離をとって攻撃を食らわせるのがセオリーなのだろう。
進んでくるリナを具現化系で作り出した壁の物理防御で妨害しつつ、私は後ろに移動し間合いを開けようとする。
だが、リナの速さは相当なものだった。早々に壁を作り出しておかなければ、あっという間に間合いを詰められてしまう。一瞬の油断で全てが覆されてしまうほどの危うさがあった。
物理的妨害を行いつつも、魔砲による攻撃の手も緩めない。壁で移動範囲を絞った後に魔砲で滅多打ちにする。変幻自在な流水のごときリナの速さに手こずりながらも、2度は直撃を食らわせた。だが――
「逃げてばかりでは何もできませんわよ?」
無傷であるリナは剣撃を飛ばしてくる。私は避けつつ、リナの周囲を壁で塞いだ。
「このくらいの壁――」
簡単に切ることができるだろう。だが――
「させない!」
リナの上空に計5つの魔方陣を展開する。その上に強化系の魔方陣を敷いた。そして――
「発射!」
掛け声とともに魔方陣から発せられた魔砲がリナを襲う。どれほど防御しようと少しくらいは効いたはずだった。
「どこ見てるんだ?」
私は背後を振り向く。それとともに剣を具現化する。剣を振るいつつ振り返ると剣に双剣がぶつかった。
「どうして――」
壁を切って逃げ出すとしても、すぐに背後へと現れ攻撃を加えるなんてできるはずがない。
「舌噛むぜ」
ぬらり、と獣の顔が私の目を覗く。そして、数多もの衝撃が私に襲いかかってくる。
「くっ」
身体能力を強化しようとたどり着けなかった。剣を振るい、研ぎ澄まされた腕の運びの前ではどれほど強固に作り上げた剣でも真っ二つになってしまった。
大地を揺るがすほどの硬い衝撃が体中に響く。一瞬何が起こったのか理解できず、すぐに自分が上空から地面に叩き落とされてしまったのだと気がつく。
砂埃が舞う中、私は急いでその場から離れた。
「ちっ。タフな野郎だ」
直後、私の倒れていた場所からリナの声が響く。荒々しくて耳を塞ぎたくなるような口調だった。
体中から痛みと眩暈が襲いかかる。体中から襲ってくるめまいなど初めてだった。フラフラになりながら魔方陣を地面に敷いていく。
砂埃が不自然に吹き飛ばされていく。
「ああん?諦めちまったのか?それとも、捨て身の攻撃か?」
私は距離をとりつつも地面に降り立ちリナを待っていた。
「そうね。きっと魔弾を使ってしまえばあなたくらい相打ちで倒せたでしょう」
ただ、ブーストである魔弾は魔女の残り時間と力に強さが比例する。だから、戦闘力が2倍も3倍も膨れ上がるということはなかったかもしれない。でも、相打ちはできただろう。
「でも、私はここで負けるわけにはいかないの。消えるわけには。フキちゃんの望んだ平和な日常を叶えるまでは!」
リナは私の言葉に鼻で笑って答える。
「んなもん、実現できるわけがねえだろ。今でさえ、争い合ってるんだ。ま、お前はここで死ぬわけだから、関係ねえよな」
リナは構える。姿勢を低くして瞬発力で前へと進む構えだった。
私とリナとは恐らく3秒後にはぶつかり合うだろう。
リナが風を切って前へと走り出す。
残り3秒。
2秒。
「今だ!」
あと一秒を残して私は展開していた全魔方陣を起動する。具現化し強化された鎖は一瞬で目の前に現れたリナの体を縛り上げようとする。
「ちっ」
リナは双剣で鎖を切り裂こうとするが、数が多く、それも失敗に終わる。
「うぉお!うあぁあぁあぁ!」
馬鹿力でも使って鎖を引き裂こうとしているようだったけど、体中に巻きついた鎖の前になす術はない。
「諦めなさい。リナ。あなたは負けよ」
「何故だ!」
吼えるようにリナは言った。
「お前を殺せるはずだった!なのに、どうして失敗した!いや、どうしてわたしの戦鬼が分かった!」
「戦鬼というのが何なのかは分からないけれど、薫が殺されたという時点でなにかしらがあることはわかってたから。あのロリコンはなかなか手ごわかったでしょう?奥の手を使わない限り倒せなかったんじゃないかしら。その奥の手も、並みのものではない限り、通用しないもの。あんなチートがどうして存在できるのかも不明だけど、時々いるのよね。そういう規格外が」
もうリナにはなす術がないだろう、と私は安堵の溜息を吐く。少なくとも瞬時に鎖を抜け出すのは困難だ。体中をミノムシみたいに鎖が覆っているのだから。
「私はちょっと本気で考えてみたの。あれを本気で殺すにはどうすればいいのかって。でも、答えは出なかったわ。だって、それは普通にあり得ないことだったし、自分が狂ってしまっているとも思った。でも、戦ってみて、私が正しかったんだと驚いたわ」
「わたしをどうするんだ。殺すなら早く殺せ」
本当に短気だな、と私は呆れる。
「確かにあなたの能力は脅威だけれど、殺しはしないわ。殺すのなんて趣味じゃないもの。誰かが傷付くのなんてもうたくさんよ」
「魔女のくせに」
「ほんと、魔女のくせに、よね」
それに、私が誰かを殺してしまえば、一番傷付くのがあの子なものだから。
「あなたのやりたいことはこんなことではないでしょう?復讐なんてつまらないことを推奨するわけでもないけれど、でも、一度断ち切ってしまわなければどうしようもないんじゃない?」
「お前は一体どこまで――」
詳しくなんて少しも分からない。けれど、彼女が魔女とそっくりであるのなら、その呪いから解放されるには自分の中の未練を断ち切らなければならない。
「先輩からのアドバイスよ。あなたは一人じゃない。そのことに気がついたとき、自分がどれほど愚かなことをしていたのかと恥じることになる」
体は重かった。けれど、私の相手はこんなのではない。そして、キワムを助けるのは、私の役割じゃない。
最後まで付き合えそうにないと思いながらも最期になるその時まで頑張ろうと私は思った。
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