7th contact さいせん

 わたしたちはそれぞれ一人ずつ相手にすることになっていた。わたしは極力戦わず、もし倒しそこなったらそいつを始末するのがわたしの役目だ。


「そうね。わたしが殺さずにいられるのかも分からないというのに」


 本当にバカだと鼻で笑う。誰もわたしの本心を分かっていないのだ。荒れ狂う獣の如き本心を。


「そうかな。彼女たちは君のことを信頼してるんだと思うよ」


「その信頼が気持ち悪いって言ってるんだよ」


 わたしは唾を吐く。地面に白い痰がへばりついた。


「で?何の真似だ?アンタ」


 わたしは双剣の切っ先を一人の男に向けて言う。朝日に照らされて双剣が怪しく光る。


「なにって。君に立ちふさがっているのさ」


「あっはっはっはっは!」


 わたしは思わず大声で叫んでしまった。何故って?あまりにも滑稽だからに決まっている。


「なあ、お前バカだろ。魔法少女相手に生身の男が敵うわけねえ」


 だが、そう自分で言って自分の行ったことに違和感を抱く。


「お前……おっさんなのに何故わたしたちが見えている」


「さあ。特殊な体質なんじゃないかな?」


 男は肩をすくめた。


「なるほど。似たような例は聞いてるぞ。男でも見えるらしいが、中でも成人してまでも見える奴がいるとか、な。まあ、どうでもいいことで見えなくなるもんだから、どうでもいいことで見え続けるのもありか」


 わたしは男の姿をまじまじと見る。道着に身を包んでいるが、覇気は感じない。つまり、戦う気はないということだ。


「戦う気がねえんなら、さっさと逃げな」


 だが、男はにこやかな笑みを浮かべるだけだった。


 似たような笑みをわたしは知っているので、より一層忌々しくなる。


 そして、その笑みがわたしではなく、よりによってあいつに向けられていたものなのがもっと腹の立つ原因だった。


「テメェが何者なのかは分からねえが、主役は少女だろう?こういうとき、謎のマスク男はさっさと退場するもんだ」


 にたり、と自然に口の端が吊り上がる。


「だから、わたしが引導を渡してやんよ!」




 孤児院の中でもそいつのことは誰でも知っていた。


 目に付く金色の髪。異国の人間の目。しかし、そいつは日本人であるらしかった。東洋人から生まれた異国人。そいつは影で悪魔と呼ばれていた。


「そうだよな。悪魔」


 天才的な頭脳を持った存在。誰もが憧れる存在。しかし、その存在は今、病室のベッドで夢を見ている。その夢はそいつにとっての現実。だが、わたしたちにとっては夢でしかない。


「なによ、あんたは」


 ベッドの傍らで一人の少女がわたしのことを睨んでいた。


「お前が超誇大妄想物ギガロマニアか」


 名はなんと言っただろうか。確か、こいつの妹と同じ名であったはずだ。


「その名前で呼ばないでくれる?わたしはゆず。コロネのともだち」


「ともだち、なのですか?」


 ふふふ、とわたしは笑みをこぼす。


想像上のともだちイマジナリーフレンドのことを世間一般ではおともだち、とは言いませんのよ?」


 わたしは思い出す。孤児院で悪魔はいつも一人でしゃべっていた。あたかもそこに誰かがいるように。そのせいで悪魔は孤児院でも嫌われていた。そして、そのせいでわたしは――


「……読んで……何とも……言うのは……しょぼく……!」


「いや、作者、小説家じゃないでしょ」


 汚らわしかった。幸せそうに見える二人が、ひどく醜かった。


 それはわたしが欲しかったもの。そして、悪魔が代償と引き換えに手に入れたもの。


「魔法によって生きながらえているお前が一猪口前に人間気取りか」


 超誇大妄想癖、ギガロマニアクス。人知を超えた想像力によって人さえも現実に作り出してしまうかもしれない存在、と言われた理論上だけの存在。しかし、魔法というこの世界にとっての異物が理論上だけの存在を生み出した。


超誇大妄想癖ギガロマニアクスで生み出された存在がこれほど平凡なものだとはな」


 わたしは悪魔の戦闘データを見ていた。人一人を作り出すほどのものであるのではざーどれべるは初めから7に達していた。しかし、戦闘面でおいては明らかにおかしな結果が出ていた。具現化系、変化系、特殊系の値が極めて低かった。並みの魔法少女以下の数値だった。計測を行った妖精はこの現象をこう結論付けた。


超誇大妄想物ギガロマニア精製及び維持における欠損の可能性アリ』と。


「つまりは――」


 わたしは超誇大妄想物を見下して言ってのける。


「お前が悪魔を殺したようなものだ」


 だが、超誇大妄想物はわたしに、あろうことかこのわたしに攻撃的な視線を向ける。


「コロネは悪魔じゃない!」


 その瞬間、わたしは超誇大妄想物を殴っていた。


 そんなバカげた言葉を投げかけられるのは二度目だったからだ。





「さあ、過去語りは終わりましたわ。お覚悟はよろしくて?」


「君のキャラが今一読めないんだけど、まあ、いいよ。こっちはとっくに準備ができている」


 どう準備ができているというのか。


 構えさえしておらず、そして、戦う前だというのに殺気すら漲っていない。


「こどもだからってバカにするな。わたしはお前を殺す。お前を殺すことなんて少しもためらいはしない」


 すると、男は薄い目をさらに細めて笑った。


「うん。分かってる。君はかつての僕に似ている。勝つためには目的を選ばなかった僕にね」


 そんな言葉が癇に障る。


「なあ、ちょっといいかな」


「そうやって時間稼ぎか。大人のすることって――いつも残酷だよなぁ!」


 わたしは男に向かって切りかかった。


「刀ってのはね。力や技で切るんじゃない。心で切るんだよ」


 男はわたしの右の一撃を左に避けて躱す。わたしは避けた男に対し左手の剣を横に薙いで連撃に映る。


 男は地面に突き刺さった右手の剣を足で踏みつける。そして、襲いかかる左の剣をわたしの腕のあたりを掴んで止めることで攻撃を防ぎきった。


「小癪な!」


 わたしは力いっぱい男を振り払う。強化系にて強化された身体能力は大人の筋力を遥かに超える。


 男はわたしに飛ばされた力を使い、宙を舞う。


 わたしは双剣を短くしナイフとして使う。そのナイフを宙を舞う男に投げつける。


「ああ、ごめんね。そういうのは8年前に経験済みだから」


 男は体をくるりと器用に回し、二本のナイフを避けきった。


 宙から地面に降りったった男にわたしは蹴りを加える。強化系の瞬発力で強化された一撃だった。当たれば岩をも軽く砕く。


 男は地面を転がって蹴りを避けた。蹴りの突き刺さった地面は爆ぜ、大きな砂煙を立てる。


「君が欲しかったのはこれだろう?」


 砂煙で視界の悪い中、わたしめがけて光が飛んでくる。わたしはそれを受け取る。


「ちっ。敵に情けを送るとはどういうことだ?」


 頬を掠めたわたしのナイフを掴む。これで二本ともそろった。


 頬から生温かいものが流れ落ちていく。唇の端まで辿り着いたそれをわたしは舌で掠め取った。


「別に。人のものをとる趣味はないからね。しかし、凄い蹴りだね。これは」


 砂煙は治まり始め、男の姿が分かりつつあった。わたしは双剣を長剣にまで拡張する。そして、砂煙を切り裂くように男の影を切り裂いた。


「ほら、よくラノベで剣の軌道は直線だから避けやすいみたいなこと言ってるじゃん?でも、あれって本当の剣戟ってやつを避けたことないよね!」


「斬られてからそういうセリフを吐け」


 変化系でかまいたちを作り出し男を切り裂こうとした。しかし、男は視界が悪い中わたしの攻撃を読み、一重で斬撃を躱したのだ。


「なぜ、わたしの攻撃が分かってしまう」


 先ほどの紙一重の回避も、わざと紙一重で躱したように見えた。攻撃を引きつけておくためである。


「君、武道みたいなのやってたでしょ。そのせいで型が固定されてるから、攻撃が単調になりやすいんだよ。それと、我を失っているようだからね」


「どこだ――」


 視界から男の姿が消える。しかし、声は近くから聞こえている――


「後ろか!それとも上か!」


 わたしは背後を振り返り、そして、上空にも目を向ける。しかし、男の姿はどこにもない。


「後ろは剣士相手には危険がつきものだし、上空は狙い撃ちされるから絶対にとってはいけないね」


 わたしの背後に微かな気配を感じる。


「故に正面から。冷静な判断を失って足元がおろそかになっているんだよ」


 急いで振り返ったわたしの鳩尾に肘が突き刺さる。装備にて守られている腹に重い一撃が加わる。


 わたしは吹き飛ばされ、地面を転がった。


「新本の武道は力を点と考える。つまり、体には力の集まる点があるって考え方だ。そして、相手の点を感じてそれを崩せば簡単に隙をつけるし、自分の点をコントロールできれば力を入れずとも力のある攻撃ができる」


「なぎなたの師範のくせに、物知りだな」


 小学生の女子に対する攻撃としてはそこそこに重い一撃だった。まだ、軸がぶれている。装備がなければ一瞬で内臓を潰されていたかもしれない。


「まあ、鷺宮に伝わるウルトラ拳法の使い手でもあるからね。研磨……いや、キワムくんは僕の弟弟子になる。うん。キワムくんは真面目だから、月影先生が本気になっちゃってね。あの頃の訓練が一番きつかったなぁ」


「鷺宮、か」


 500年もの間、ずっとやくそくを忘れなかったのだから大した一族だ。うちのアホどもとは格が違う。


「でも、シグノマイヤーより来ているからには、シグノマイヤーの名に懸けて、お前を殺す」


「殺す、なんて言葉を女の子が使っちゃダメだよ。せっかくの可愛い顔が台無しだ」


 わたしは双剣を通常の長さに戻す。


 そして、加速し、男を切る。だが、またもかわされる。


 いくら訓練していてもいまのわたしの速さに普通の人間がついて行けるはずがない。魔法を得ていても速さを見極めるのは難しい。つまり、何もかも攻撃が読まれているということだ。


 縦の攻撃を防がれ、もう一方の双剣を横に薙ぐ。だが、その時にはすでに男はわたしの双剣の届かない範囲まで間合いをとっている。その間合いをすぐさま縮め、今度は突きを繰り出す。音速すら超える突きを男は躱した。そして、わたしの胴に蹴りを加える。


 今度はそれほど衝撃がない代わりに、簡単に宙に浮いてしまった。そして、サッカーボールのように遠くに飛ばされる。


「装備のせいで死ぬほど重いはずだがな」


「女の子なら、もうちょっと体重に気をつけないと。でも、今の年頃なら食べても太らないよね」


 残念ながら、それは男だけだ。例え成長期の小学生や中学生でも、気を抜けばあっという間に1㎏や2㎏は――


「って、おかしなことを考えさせるな!」


 本当にこいつら一味はわたしたちを狂わせる。


「なあ、あんた。一つ聞いてもいいか?」


「それで聞いていいのは戦闘と関係ないことだけだよ?」


 うるさい。黙れ。


「どうして本気を出さない。わたしは何度もおまえに隙を見せているはずだ。どうして決定打を撃ってこない」


 戦闘は追い打ちが基本だ。RPGゲームのように交互に攻撃なんてあるはずがなく、格ゲーの必殺技に続く必殺技の多段ヒットで攻撃を与える隙さえ与えないのが常識だ。


「まあ、答えてあげるけど。理由は3つ。まず、そんな厚い装甲に何度も攻撃を与えていたらこっちの体がもたないというのが一つ。次に、弱い攻撃を何度も撃ってもダメージは入らないから渾身の一撃を打つほかにないということ。そして、次は戦い方がめちゃくちゃな君を相手にしても何も面白くないから、かな。今の君はRPGのモンスターを相手にしているように攻撃が単調だ。魔法攻撃を撃ってくる系じゃなくてとにかく物理系ね。そして、最後だけど」


「もう3つだろ」


「君が僕の娘の姿に重なってね。それと、僕の息子がね、今年8歳なんだ。まだ早いとは思うけど、君みたいなきれいな女の子が彼女になってくれたら、僕も安心かな」


「ふざけるなよ?」


 わたしが一撃でも加えれば男は死ぬ。武器さえ持たない男は簡単に死んでしまう。なのに、わたしは一撃も加えることができていない。


「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな」


 あいつらのようにわたしをバカにするのか。あんなクソ親どものように――


「殺す!お前だけは――」


 瞬間、わたしの目の前に拳が迫っているのが見えた。そして、そのまま、わたしの顔を拳が貫いた。


 わたしは勢いよく吹き飛ばされ、近くの木に思いっきりぶつかる。その反動で肺の空気が全て吐き出された。ぶつかった木の幹はメシメシと音を立てて倒れる。


「女の子を殴るのは嫌いなんだけど、ごめんね。今の君は人間であることを捨てている。その力、代償があるんだろう?それなのに、体の構造さえ無視した攻撃をして。殺意を捨てなさい。でないと、君は死ぬ」


「知ったような口を聞くんじゃねえよ」


 鼻からぽたぽたと鼻血が落ちる。無様だ。どうしてわたしがこんな無様な姿をさらさなければならない。


「戦う気で戦ってはいけない」


「うっせぇ!」


 斜に構えやがって。偉そうにしやがって。


「才能ってのはそんなに偉いのかよ!天才ってのは偉そうにしてりゃいいのかよ!」


 そうやって才能のない奴をバカにする。


 それが許せないからわたしは鬼に魂を売った。


「てめぇごときが悪魔の代わりになるとは思えねえが――ここで終わらせてやる。何もかも」


 わたしは最後のリミッターを外した。


目覚めろエヴォルケン。戦鬼!」


 肩の拡張パーツが少し展開する。パーツの裂け目から不気味な光が漏れ出る。


「命を懸けたお遊びってのを楽しもうぜ!」

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