第19歌 変わらないもの

第19歌 変わらないもの






「久しぶりだね。コトちゃん」


 私はピースメイカーに、いいえ、コトちゃんに笑顔を向けます。


「あら。いつから気がついていたの?」


「ずっとね。誰かに似てるなって、過去で出会った時から思ってたの。そして、今、分かった」


 私は新しい姿になってほんの些細な力を手に入れたようでした。


 魔法を見破る力。現実と夢とを区別する力が。


「そうなの。やっぱりフキちゃんは不思議な子ね」


 コトちゃんは私にいつもの笑顔を向けます。


「まさか、鷺宮の専売特許を二つもとられちゃうなんて」


 コトちゃんは真面目な顔になりました。


「何をしに来たの?フキちゃん」


「コトちゃんを助けに」


 コトちゃんは嘲笑うかのような声で笑いだします。


「私を助けに!?手遅れである私を!?」


「はい!」


 私の言葉にコトちゃんは笑い声をピタリと止めてしまいました。


「もう、無理よ。フキちゃん。どうして、私を助けようなんて言うの?全てが壊れてしまっている、この私を」


「そんなことないよ。コトちゃん」


 だって。


「だって、コトちゃんはずっと私と一緒にいてくれたら」


「短い間だったのに?」


「うん」


 ともだちのいない私を助けてくれたのはコトちゃんだったから。


「私はコトちゃんを助けます!」


「やめて。そんなこと、言わないで」


 コトちゃんは悲しそうな声を上げました。


「どうしてそんなことを言うの?私は、あなたを魔法少女にしないためにお父さんとお母さんを殺してしまったのよ」


「それは、私のためなんでしょう?コトちゃん」


 コトちゃんは首を振ります。


「違う。違うわ。私は自分のためにあらゆるものを犠牲にしてきたのよ。だから、もう、戻れないの。あの楽しかった日々に」


「そんなこと!ないよ!」


 コトちゃんの苦しみが今の私には分かります。


「ずっと、ずっと苦しかったんでしょ。でも、もう終わりにしよ?」


「そんなこと、出来るはずがない!」


 コトちゃんは再び大空に舞います。


「多くの人々を犠牲にしてきた。多くの魔法少女を、罪もない人々を、この手で!私の手は血に塗れている。もう、幸せを掴めないくらいに!」


 コトちゃんは手を円状に大きく振ります。するとそこには無数の魔方陣が現れました。


「だから、私の前からいなくなって!フキちゃん!私は、もう、もう戻れないの!」


 魔方陣から多くの剣が姿を現します。


「だから!戻って!私の前からいなくなってよ!」


 それでも、私は前に進みました。


 魔方陣から放たれた剣は私のすぐそばに突き刺さっていきます。けれど、私に当たることはありませんでした。


「魔法少女も魔法もない、平和な日常に戻って!お願いだから」


 私は目の前に迫った剣を拳の裏で弾きました。


「フキちゃん!?」


「私も平和な日常に戻りたいよ。コトちゃん。でもね」


 私は前へ、前へ。コトちゃんのもとへと歩みを進めます。


「そこに、コトちゃんがいないと嫌なの。ソラさんも、アオちゃんも、コロネちゃんも、ミワちゃんも、そして、コルトだって!そこにいて一緒に笑ってないと嫌なの!」


 もう、我がままだなんて言いません。


 コトちゃんがどれだけ嫌がったって、私はコトちゃんを連れて帰ります。だって、それが私の夢だから。


「キワムさんだって、そこにいないといけないの!だから――」


 私は足に魔方陣を出現させます。やり方は分かります。


「一緒に帰ろう?コトちゃん」


「ダメ。それだけはできない!」


 飛び上がった私を拒絶するようにコトちゃんは魔砲の雨を降らせます。私はその魔砲を躱しながら前へと、コトちゃんのもとへと向かって行きます。


「コトちゃんのバカあぁあぁあぁあぁあぁあぁ!」


 私は拳を振り上げました。


 コトちゃんの顔をめがけて。


 コトちゃんは怖がって目を閉じます。


 そんなコトちゃんを私は拳を開いて抱きしめました。


「フキ……ちゃん?」


「もう、苦しまなくていいんだよ。コトちゃん。ずっとずっと、苦しかったよね」


 ずっとコトちゃんがしてくれていたように私はコトちゃんの頭を優しく撫でました。


「私がずっと一緒にいるから。だから、もう泣かないで。コトちゃん。私はやっとコトちゃんと同じ位置に立てたから。これからはずっと二人で並んで歩いて行けるから」


「フキちゃん……」


 コトちゃんは私の胸に顔をうずめます。


「いい匂いね。フキちゃん」


 じゅるり、という涎を吸い込む音は聞かなかったことにします。


「ありがとう。優しいフキちゃん。でも、私は……」


「誰だって、間違うことはあるよ。私だって、お砂糖と塩を間違えちゃうときはあるもん」


 くすり、とコトちゃんは私の胸で笑います。


「可愛いわ。フキちゃん」


「失敗しちゃっても、次は失敗しないようにすればいいから」


「でも……現実はそんなに甘くないわ」


「大丈夫!」


 私はコトちゃんをぎゅっと抱きしめます。


「そうだとしても、私はコトちゃんを守るの。現実から守ってみせるから。そのために、私は強くなったの」


「でも私は、フキちゃんの大切な友達を傷付けてしまった!取り返しのつかないことを……」


「でも、コトちゃんは忘れてないでしょう?そうやって、悪いことだって分かっているんでしょう?それだけで十分だよ」


 一番罪深いのは私なのでしょう。


 でも、現実は受け入れるためにあるのだから――


「本当に取り返しのつかないことをしたことを分かっているのか?お前たちは」


「え?」


 突如として、声が響きます。


 ザウエルの声ではありません。


 部屋にはザウエルの代わりに一人の少女が立っていました。長い髪をポニーテールにした、見知らぬ魔法少女――


「誰?」


 その言葉は無数の足音に消されてしまいました。


 部屋には多くの魔法少女が入ってきました。


「どうしてあなたたちは入ってこられるの?まさか、ザウエルが――」


「あんな魔女と一緒にしないでいただけるかい?」


 多くの魔法少女がその子に道を開けました。


 純白の衣装を纏った髪の黒い女の子。


「こんな結界、ぱ……私にとっては造作もないんだよ」


 ふん、とその女の子は鼻で笑います。


「あなたは――魔法天使?」


「まさか、私のことを知っているとはね。あの役立たず、何もかも話してから死にやがったのか」


 私はその汚い言葉に顔をしかめます。


「さあ、魔法少女フキ。その女から離れるんだ。そいつは魔女。魔法少女の敵だろう?」


「魔法天使とは一体――」


「フキちゃん。離れて!」


 コトちゃんは私を突き飛ばしました。


 その直後、コトちゃんに向けて魔法少女たちが魔砲を浴びせました。


 無数の魔砲はコトちゃんの姿を消してしまいます。


「コトちゃあぁあぁああぁああぁぁあぁん!」


 私は勢いよく地面に叩きつけられます。


「コトちゃん!コトちゃあぁあぁあぁん!!!!」


「大丈夫よ。フキちゃん」


 魔砲が引いた場所にコトちゃんは浮かんでいました。無事のようで私は胸をなでおろします。


「やっぱり、魔法少女では力不足か」


 もう一人、白い衣装を身に纏った女の子が現れます。


「魔法天使――」


「やあ。ら……ワタシは雷。魔法天使雷だ」


 その姿は、コロネちゃんそのものでした。


「コロネちゃん!生きてたの?」


「違うよ。魔法少女フキ」


 もう一人の魔法天使が言います。


「そいつはコロネじゃない。コロネはもう死んだ。そいつはコロネの力を手に入れた、それ以上の存在なんだ」


「どういうことなんですか!」


 もう一人の魔法天使は何も言わずにステッキをコトちゃんに向けます。


「汚物は消毒だよ」


 ステッキから魔砲が放たれました。コトちゃんは再び魔砲で対抗しようとします。


 けれど、コトちゃんの放った魔砲は魔法天使の魔砲にかき消されてしまいました。


「そんな――」


「元魔法少女如きの力が魔法少女を遥かに超えた存在である魔法天使に勝てるわけがないだろう!」


 コトちゃんは魔砲に飲み込まれてしまいました。


 そして、ボロボロになったコトちゃんは力なく地面に落ちていきます。


「コトちゃん!?」


 コトちゃんは抵抗することなく、地面に激突しました。ピクリとも動きません。


「コトちゃん!コトちゃん!」


 私は走ってコトちゃんのもとに駆け寄ります。


「さあ、フキ。そいつをぼ……私たちに引き渡すんだ」


 そうすれば君の身の安全は保障する。


 そう魔法天使は言いました。


「フキ……ちゃん?」


「コトちゃん!しっかりして!」


 私はコトちゃんを抱きかかえます。


「ダメよ……フキちゃん。私の傍に寄っちゃ。あいつらはレベルが違う。魔法少女や魔女では決して歯が立たないの。あれには……」


「無理にしゃべらないで!コトちゃん!」


「私のことなんか放っておいて、魔法天使に味方しないと……あいつらは人間のことなんか、道具程度にしか思っていないの。だから、フキちゃんも大変なことに……だから……」


 私を捨てて魔法天使に味方しないさい。


「そんなこと!できるわけないじゃない!」


 私はそっとコトちゃんを地面に寝かせます。


 そして、コトちゃんを守るように手を大きく広げて魔法天使と多くの魔法少女に立ちはだかります。


「なんだい?フキ。それは、降参の合図かな」


「なにがおかしいんですか!」


 笑っている魔法天使に私は言います。けれど、魔法天使は笑うことをやめません。


「滑稽な三文芝居だな。そう思うだろう?雷」


「幹。ら……雷は――」


「もういい。お前はエボルワームの回収だ。大切な資料として保存しろよ?無傷で手に入れろ」


 雷は何か言いたげでしたが、すぐさま魔法少女たちから離れ、どこかに行ってしまいます。


「さて。フキ。私たちに歯向かったことは許してあげよう。早く、その魔法少女を渡すんだ。さもないと、君ごと葬り去ることになる」


 魔法天使は私にステッキを向けます。


「君はタイプ・ソーサラーに至った貴重な存在だ。ぼ……私たちのために無傷で手に入れたい。悪いようにはしないさ。だから、命が惜しければ、早くこっちに来なさい」


「嫌です!」


 私ははっきりと言いました。


「私はコトちゃんを守ると決めたんです!だから、命に代えてでも、私は――コトちゃんを守る!」


「じゃあ、死ね」


 ステッキから極大の魔砲が放出されます。


 私は終わりを悟り、目をつぶってしまいました。


 けれど――


「目を開けろ!フキ!」


 その言葉に私は目を開けました。


「キワム、さん?」


 キワムさんが私たちの盾となり、魔砲をしのいでいました。その身に全てを受け止めて。


「キワムさん!止めてください!死んじゃう!キワムさんが死んじゃう……」


「俺は死なない!」


 魔砲が放出されきった後、キワムさんはその場で膝をつきます。


「なんだ?デク人形か。魔女と同じ姿になってやりたかったのは人身御供か。ほんと、そういうの、古いよ。一体いつの青春ドラマだい?」


「ミヤ!フキを連れて逃げろ!」


 コトちゃんは起き上がって私の手を引こうとします。


「でも、キワムさんが――」


「早く連れていけ!琴音!」


 だんだんと景色が変わっていきます。闇の中に私は飲み込まれて行きました。


 私は悟りました。


 これが、キワムさんの最期だと。


「キワムさん!私は!あなたのことが――」


「すまないな、フキ。お前の気持ちには答えられそうもない」


 まだ、何も言っていないのに――


 私は簡単にフラれてしまいました!


「キワムさんのバカ!」


 私は闇の中に飲み込まれ、キワムさんの姿を見失ってしまいました。




「まあ、いいさ。魔法少女や魔女の一人や二人。すぐに見つけ出して殺すことができる。だが――」


 魔法天使は指を鳴らす。


 それだけで俺の変身は解けてしまった。


「君と契約したのは私だったことを忘れていないかい?キワム。イレギュラーは妖精の許可なしに魔法を使うことはできない。つまり、契約破棄すれば、君はもう魔法を使うことはできないのさ」


 力を無くしても、俺は立ちあがる。


 守りたいものがあるのだから、と。


「そうだな。この場で見せしめとして君にひどい仕打ちをしてあげよう。


 そして、俺は魔砲の光に飲み込まれた――






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