第18歌 あったかもしれない世界
第18歌 あったかもしれない世界
「さて。そろそろ相談といこうか」
昆布茶を飲み終わったザウエルは私にそう話しかけます。
「我は魔女と魔法少女が分かりあえる日が来ると思っている。キミもそう思うだろう?フキ」
私は警戒しながらも首をゆっくりと縦に振ります。
「我らの目的は妖精の殲滅、そして、魔法少女の運命を消すことだ」
薄く、ザウエルは微笑みました。
「全ての元凶は、キミたちに辛い運命を背負わせているのは全て妖精の仕業だ。キミだってこんな残酷な運命を望みはしなかっただろう」
「でも、そんなことが――」
「キミの協力があればできるさ。魔法少女フキ」
私は――
きっとそれを望んでいる。
私はいつの間にか教室にいました。
誰もいなくなった教室に。
きっと、それは起こるはずの未来。私以外は誰もいなくなる。
「そんなの、嫌!」
私は必死で教室から出ると、廊下を走り始めました。
誰もいなくなる。
大好きだった友達も。大好きだった人も。
「そんなの、嫌だから」
だから、必死で誰かを探しました。
「フキか?何してるんだ?」
振り向くとそこは草原でした。美しい花が咲き誇る春の草原。
「早く座ったら?もうみんな待ちくたびれちゃってるわよ?」
「コロネちゃん!ソラさん!」
「どうしたんだ?夢でも見たような顔をして」
アオちゃんもいます。
「アンタがみんなでピクニックをしようって言ったんでしょ?ほんと、ダメな娘ね」
私は泣き出しました。それはもう決して手に入れられないと思っていた夢でしたから。
「な、急に泣き出さないでよ。ミワが泣かせたみたいじゃない」
「ほんと、女泣かせな女よね」
「ソラ。変なイメージを植え付けないでくれる?」
「早く食べないとお弁当が美味しくなくなるぞ!」
「って、アンタ先に食べちゃってるじゃない!ああ!ミワがおにいちゃんに作った卵焼きを!コロネ!許さないから!」
「ほら。早くしないと弁当がなくなるぞ」
そう言って私の頭にポンと大きな手が乗せられます。私は後ろを見ました。
とても大きな男の人。大好きだった人がそこには居ました。
「キワム……さん」
涙があふれて溢れてどうしようもありません。
「あら、先生。教え子を泣かして」
「罪作りな男だな!」
「勝手に泣いたのだろう。ほら。早く泣き止まないとみんな悲しむぞ」
私は涙を拭います。
だって、とっても幸せだから。みんなに悲しい顔をさせられはしません。
私はキワムさんと一緒にレジャーシートの上に座りました。
「本当に嫌な夢を見ました」
そう。きっと今までの辛いことは悪い夢だったのです。
「そうね。でも――」
ソラさんは立ち上がりました。
「ごめんね。フキ。わたしは行かなくちゃ」
「ソラ……さん?」
ソラさんが行く先は真っ暗な世界でした。
「待ってください!ソラさん!」
私はソラさんを追いかけようとします。けれども、行っても行ってもその場から進みません。私は必死にソラさんを追いかけます。
「フキ。さよならだ」
「キワムさん!?」
「ボクも行かなくちゃいけない」
「すまないな、フキ」
「そうね。ミワたちは行かないと」
「待ってください!待って!みんな!」
私を置いていかないで!一人にしないで!
「私は一人じゃ何もできないの!」
どんどんとみんなと私との距離は遠ざかっていきます。
そして――気がつけばそこは壊れてしまった町でした。
そこでは一人の女の子が泣いています。
「これは……私?」
2年前のそそぎ灘の風景がそこにはありました。
「残念ながら、現実は現実なんだ。もう、どうしようもないんだよ」
泣いている女の子が顔を開けた先にあったのは、ザウエルの顔でした。次第に姿は白い髪の魔女になっていきます。
「これ以上、悲劇を繰り返したくはないだろう?誰も悲しむ顔を見たくはない。だから、そのためには自分の命すら投げ出す。キミはそんな女の子だと我は知っている」
ザウエルは私に手を差し出してきます。
「さあ。一緒に行こう。キミはこれ以上悲しい未来を見ずに済む。妖精を全て消し去って、新しい世界を作るんだ」
私はザウエルの手を見ました。小さな手でした。私たちと変わらない、小さな小さな掌――
私はその掌に自分のもっとちっぽけな掌を重ねました。
「さあ!全てを滅ぼそう!」
「違うよ。ザウエル。それは違う」
「なに?」
私は世界を滅ぼすためにザウエルの手を取ったのではありません。
「世界は悲しいことで満ちている。だから、なくなってしまえばいいって思うことだってある。けど、世界は、悲しいことと同じくらい楽しいことだって満ちているんだから」
それをみんなは教えてくれました。
一緒に笑い、一緒に歌い、一緒に悲しみ、一緒に泣く。
それはとても素晴らしいことだから――!
「あなたは私と同じ。きっととても辛いことを経験したんだと思う。でも、ううん。だからこそ、一緒に歩んでいけるんじゃないかな」
「やめろ!」
ザウエルは私の手を振り払いました。
「分かったような口を聞くな!お前に、お前なんかに我のことなどわかってたまるか!」
「分かります。ううん。きっと分かってみせます!」
「どうしてだ!どうしてお前は世界を否定しない。魔法少女の運命を否定しないんだ!魔法少女になってみんなと出会えたからなんてバカな戯言を言うのではあるまい」
「私たちはたった12年しか生きていないのに苦しいことをたくさん経験しました。きっと、この先、もっともっとつらいことがたくさんあるんだと思う。だから、魔法少女の運命だって否定しちゃいけないんです。だって、苦しいことがたくさんある分、かけがえのない楽しい思い出もたくさんあるということを私は知っていますから」
「詭弁だ!戯言だ!お前はそうやって我を見下すんだ!アイツのように!あの妖精のように!」
私はもう一度手を伸ばしザウエルの手を握ります。今度は決して離さないように。
「女の子にとって、恋が終わる時ほど悲しい時はないもんね」
「やめろ!うるさい!だまれ!」
ザウエルはまた私の手を振りほどきました。
「お前なんか要らない。代わりはどこにだっているんだ!だから、お前を殺す!」
景色はもとの部屋に戻っていました。不気味な赤い月が輝いています。
「この結界は我が作り出した世界。だから、何もかも意のままだ!」
地面から生えてきた腕が私を捉えようとします。
私はコンパクトを取り出します。
「今なら、なれる気がする。誰かを守ることのできる、そんな自分に――」
コンパクトは新たな光を放ち始まました。
「なんだ、それは!」
「私はなりたい!どんなことがあっても必ず誰かを助けられる、そんな存在に!」
天まで届く光が私を包み込みました。
衣装を包み込んでいたリボンが解けます。そして、現れたのは白い衣装。その衣装から伸びた新たなリボンがスカートを包み込みました。スカートは光を発し、それが弾けた時に現れたのは黒いスカート。私は手を前に伸ばします。すると、その手には新たな光が誕生します。その光を頭の上にちょこんと載せました。頭の上の光は弾けそこから可愛いらしい小さな帽子が出て来ました。
「タイプ・ソーサラー、魔法少女フキ。はじめました!」
私を包んでいた光は地面から生えた腕を吹き飛ばしていました。
「あはははは!なんだ、なんだ!大層なエフェクトで驚くべき進化を遂げるかと思えば、はざーどれべるはたったの3.2。普通の魔法少女と変わらないじゃないか!」
ですが、途端にザウエルの顔色は変わります。
「そうだ……何故気がつかなかった……何故キミは、今まで魔法少女になれていたんだ。はざーどれべるが3未満のキミが……」
「行きましょう!ザウエル!一緒に楽しい思い出を作ろう!」
「話を聞かないやつだな!」
ザウエルは迷いを振り払ったように顔を卑しく歪めます。
「キミみたいな面倒なヤツは必要ないんだ。だから、消えてしまえばいい」
地面から、幾つもの土塊が起き上がってきました。その土塊は人の形をとって、手には槍を持っています。
「あの、私、先のとがったものが嫌いなので、勘弁していただけると嬉しいんですけど」
「するわけないだろ!」
私は逃げようとしますが、足が動きませんでした。そっと、足の方を覗くと、そこには私の足を掴む骸骨の姿が――
「ホラーです。というか、どこ見てるんですか!この骸骨は!」
「穿いてないのか?」
「穿いていると思いますよ。……多分……」
ともかく、変身してすぐに最大のピンチを迎えました。
最強フォームってもっと無双するものではなかったのでしょうか。
「さあ。串刺しにされて息絶えるがいい!」
ザウエルの言葉に骸骨たちは一斉に私に向かって突進してきます。絶体絶命だと思ったその時でした。
「やめなさい。ザウエル」
その言葉に骸骨たちは動きを止めます。
「フキちゃんをいじめていいのは私だけなの」
途端、骸骨たちはただの土塊に戻ってしまいました。
「そして、フキちゃんのパンツを見ていいのも私だけ」
その声の主はふんわりと私たちのもとに降りてきます。
「お久しぶり。私の可愛いフキちゃん」
「久しぶりだね。琴音ちゃん。ううん。コトちゃん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます