第17歌 絶唱

第17歌 絶唱






「えっと……変態さんですか?」


「キミが言えた義理ではないと思うが」


 次の部屋に入ると白い魔女さんが頭から地面に突っ込んでいました。小さなおしりが突き出されています。


「ったく。またも我は)自壊現象オーバードーズに巻き込まれたか。全く持って忌々しい」


 白い魔女は埃を払いながら立ち上がりました。


「えっと、お久しぶりです。また会いましたね」


 この前そそぎ灘でであった魔女さんが彼女でした。


「そうだね。久しぶり、かな?我はザウエル」


 ザウエルは少し考えた後、口にします。


「なんでこんなに平和に我は挨拶をしているんだ?」


「いつものことですよ」


「いや、そんなはずはないが。全く、魔法少女というのはどうしてこんなにも呑気なのか」


「えっと……お茶でも飲みますか?昆布茶なんですけど」


「だから、なんでそんなに呑気なんだい!?天敵が目の前にいるというのに。殺し殺されあうのが魔女と魔法少女だろう?」


「あ。ポットがないですね。貸していただけます?」


「あの……ちょっとくらい話を聞いてくれないかな」


「ああ!別に私はあなたたちと戦いに来たわけじゃないので」


「急に話を戻さないでくれるかな!とても困惑しているんだが」


 ともあれ、ザウエルはどこからかポットを持ってきてくれました。私は魔法でテーブルを出します。


「あ。こたつの方がよかったですね」


「いや、いい。暑いから」


「暑いですか?」


「執筆してる季節は夏だからね。作者が拒絶反応を示すんだ」


「ああ。なるほど」




「なんで、世の中、こんなにうまくいかないのかしらね」


 ミワはまるで他人事のように宙に浮かぶ魔女を眺めた。


 魔女の背には蝶のような羽がついている。黒い翅。それはコルトの時よりも人一倍大きかった。


「残り時間を温存していたというのと、本気度の違い、かしら」


 ミワは溜息を吐く。


「そんな醜い姿になってまでやりたかったことってなんなのよ」


 きっと、コイツにも守りたかったものがあったんだとミワは思った。恐怖は自分自身を守るためのものだ。極端に死を恐れて夜も眠れない、なんて人間もいるだろう。でも、簡単に自殺してしまう人間もあるから、自分自身の命の重さなんて本当は羽より軽かったりする。なら、人が本当に恐怖するものとはなにか。それは誰かの死だ。誰かが死んでしまったら、残された人間は本当に辛い。死んだ人間は棺の中で静かに眠っているというのに。


「もしくは、失恋でもした?」


 翅を伸ばしきった魔女は獣の如き咆哮を上げる。


 その姿は泣き叫んでいるようにも、苦しんでいるようにも見えた。


 ただ一つ。決して喜んではいないということだけはよく分かる。


「はぁ。つまらないわ」


 スミス&ウェッソンはミワに向かって両手を振るう。


 攻撃を食らわせようというのだろう。


「泣き叫ぶだけでは何も変わらないの」


 ミワはここで秘密兵器を使うことにした。


「フキは、見ているだけで面白かったわよ」


 薄汚れた携帯電話のおもちゃ。そのおもちゃを前に突き出す。


「願わくば――」


 ミワは何を望む?


 魔女を打ち砕くこと?


 それとも、おにいちゃんと一緒にいること。


 きっと、あの子を傍で見ていることだ。


「願わくば――ともに歩まむことを!」


 光がミワを包み込む。


「なんですの!?」


 魔女の魔法を光ははじき返す。いずれ奇跡へとたどり着くことを約束された力――


「タイプ・ソーサラー。魔法少女ミワ、見参」


 フリル付きの白シャツに黒いスカート。そして、肩には鷺宮の紋の入ったマントを羽織った姿。未だその能力を超えたことはないと言われるはじまりの魔法少女、ミヤの力がミワの中にあった。


「うぅ――うおあぁあぁあぁあぁあぁ!」


 魔女は荒れ狂ったように攻撃を仕掛けてくる。ミワは足に魔方陣を出現させる。歩けなくなった足だけど、空中移動すれば問題ない。


「全く。問題があるとすれば、全てがマニュアルってことかしらね」


 現在の魔法少女が洗濯機だとすれば、タイプ・ソーサラーは洗濯板だ。すごく使い勝手が悪く時間はかかるし、燃費も悪い。けれど、ピンポイントで汚れを落とせる。


 魔女の方も翅を得て動きが素早くなっている。


「座標固定――弾けろ」


 ミワは魔女の動きを止めようと、変化系の魔法を魔女の翅周辺にかけようとする。けれど、魔方陣は起動までに時間がかかり、タイミングがずれた。


 けれど、魔方陣から噴き出した風は魔女を捉えて壁へと叩きつけた。


「威力は恐ろしいわけね」


 変化系は直接的な威力の強さが変化させる対象に依存する。つまり、扇風機の風をそのまま跳ね返すわけだけど、扇風機の強弱によって跳ね返す力は変わる。変化系の能力の高さはその変化率。つまり、全ての風を跳ね返すのか、半分くらいだけ跳ね返せるのかということ。変化させるエネルギーが高ければ高いほど変化率も低くなるんだけど。


「そこそこの分野でも最終形態の魔女に対抗できるのか」


 現在の魔法少女は長期戦用に出力が調整されている節がある。そのために効率的な戦闘を行うための武器、箒とバトンが装備されている。


 けれど、タイプ・ソーサラーにはそんなものがない。つまり、けっこう根こそぎ心の力を持って行かれたりする。


「あの女。よくもこんなので戦えてたわね」


 もし今の魔法少女がバトンや箒を使わなかったらこれほどまでに能力を得られたかというと、そうではないだろう。これはかなり高いレベルにまで達しなければ扱えそうもない。魔法少女ははざーどれべるの増加により魔法による出力と心の力の量の増加、そして、回復力の増加も見られる。かなり高位にまで達すると原子力爆弾を体の中に仕込んでいるのと変わらなくなる。


 つまり、人間ではなくなる。


「でも、出力が変わったからって、防御力も上がったわけではないから」


 地面から攻撃を放ってくる魔女をを尻目にミワはより加速する。加速性能は初期動作にロスがあるものの、箒よりも早い。ブレーキもしっかりと効く。問題は認識力が追いつくかの問題だった。早いスピードで走ると一秒後に壁に激突なんてことになりかねない。


 攻撃をよけきったミワの目の前に魔女が現れる。


 こいつはミワをおびき出して、自分も密かに移動したわけか。


 さっきのミワの攻撃を模倣したに違いない。


 ブレーキはなんとか掛けられるが、方向転換まではいかない。なら――


「ぶん殴る!」


 強化系の魔方陣を腕に浮かび上がらせる。魔女に拳を突きつけるまでには魔方陣は完成した。


「せりゃあ!」


 顔面を殴られた魔女はゴロゴロと再び地面を転がっていった。


「うぅ……あぁ……」


「まだやろうっていうの?」


 魔女は口から血を吐いた。地面に赤い水たまりが広がる。


「わた……くし、は……負けるわけには、いきませんの。友達を奪っていった世界を……許していってはいけません」


「それでまだ正気を保っていられるとはね」


 それにしてもバカげた話だと思った。


「お父様やお母様だけでなく、わたくしの大事なともだちまで奪った世界をわたくしは許しません!」


「それがどういうことか、アンタ、分かってるの?」


 魔女は聞く耳を持たず、ミワに攻撃を繰り出す。


 ミワは移動して攻撃を難なくかわした。


「アンタの中に残っているはずの温かい思い出まで否定するってことなの!アンタが絶望してしまうほどに楽しかった思い出を。無くしてしまったことに嘆いて世界を滅ぼそうなんて本気で考えるほどの大切な思い出を!」


 ミワは放出系の魔法を繰り出す。そして、それを変化させる。龍の姿となった魔砲が魔女に襲いかかる。魔女はそれを停止させた。


「もう一発殴らないと、本当に我慢できない!」


 ミワは光速で魔女の懐に潜り込む。そして、腹に一発、顎に一発、肩に一発、と次々に攻撃を加えていく。


「世の中、逃げ出したいと思うこともたくさんある!立ち向かえない人だっていっぱいいる!けれど!世界を滅ぼうとする必要はないじゃない!夢を持って!必死に生きていきなさいよ!バカ!」


 最後に横蹴りを決めて、魔女は壁に激突した。もう、動くことはできまい。


「うぅ……わたくしは、本当は取り戻したかった。大切な人たちを。でも、それが無理だと分かってしまったから。だから諦めてしまったのですわ」


 ミワは慌てて変身を解く。急に体から力が抜け始めた。


「いつか、あなたたちが奇跡を起こすときを楽しみに待っていますのですわ」


 魔女はにっこりとそう笑って、直後灰になって崩れた。


「後味、悪いわね」


 だから、よかったと思う。あのバカはきっとこんな光景を見たらためらってしまうに違いない。


「恋敵と決着をつけに行くんだから、このくらいの汚れ仕事、なんてことないわね」


「ああ。実にご苦労だったよ」


「アンタか」


 ミワは魔法天使を見てその場に崩れる。あんなクソッタレどもの姿を見れば、力も抜けてしまう。


「後はぼ……私たちに任せてくれるといい」


「初めっから、そういう魂胆でしょうが」


 ミワの瞼は急速に重くなって、その後、意識は途絶えた。




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