第16歌 うまれたいみ
第16歌 うまれたいみ
「そろそろ目を覚ませよ。クソ魔法少女」
「え?」
私が眼を開けた途端現れたのは地面に浮かぶ大きな月とその月の影に佇む少女でした。
「あなたは魔女の――」
「先に……その態勢を直した方が……」
「うわっ」
私はなんだかおかしな格好になっていたみたいでした。きちんと居住まいを正して立ち上がります。
「バックから突かれるような体制だったな!」
「破廉恥です!」
うさぎのパペットは笑い出しました。
「キヒハハハハ」
「そのパペット、可愛いですね」
「ああん?俺が可愛いって?そんなの当たり前だろう」
意外とウザいです。このウサギ。
「だが、敵に対しておしゃべりたぁ、余裕じゃねえか」
「そうですね」
別に余裕というわけではありませんでした。
ただ、先ほどの螺旋階段が崩れる時のことが気になって、戦う気にはなれないのでした。
「ああ。そうか。さっきのが気になるのか」
けしゃけしゃとうさぎのパペットは笑います。
「とんでもねえエネルギーが放出されたみてぇだな。ありゃ、前の部屋の奴は死んでるぜ」
「そう、なんですね」
胸が張り裂けそうでした。
また、私のために誰かが犠牲になって――
「そうでもしなきゃ、あの階段からお前も抜け出せなかっただろうしな。犠牲になった奴には感謝しな」
私は力なくパペットを操っている少女を見ます。顔を白いマスクで覆っていて、よくは視えませんが、黒くて長い髪に青い瞳が印象的な子でした。
「なんだ?挑発にも乗らねえのか。なら、今のうちにぶっ殺すぜ!スミス!」
「嫌だけど……仕方ないよね……ウェッソン……」
その子は前に両手のパペットを突き出しました。
そして、直後、私を攻撃が襲って――
でも、私は無傷でした。砂埃が舞って、納まったころに前を見ると、そこには壁の残骸があります。
「一体、何が」
「はぁ。トロくささは相変わらずね」
聞き覚えのある声がします。
「ミワ、ちゃん?」
「ええ。ミワよ」
ふわり、と空から箒に乗ってミワちゃんが降りてきました。その足には包帯が巻かれたままです。
「どうしてここに?ミワちゃん、足は――」
「人の心配より自分の心配でしょ?」
ミワちゃんは真っ直ぐに魔女を見ていました。
「スミス&ウェッソン。決着をつけに来たわよ。アンタにつけられた傷のお返しにね」
「なんで……あなたがここに……それだけは決してあり得ないはずなのに……」
「まぁ、色々とあってね。悪魔と契約した、とでも言いましょうか。ほんと、気に入らない奴らなんだけど」
「ぎゃははは。面白いじゃねえか。今度は確実にぶっ殺してやるからよ」
「待って。ミワちゃん。そんな足じゃ!」
「だから、ミワの心配より自分の心配をしなさい。あのいけ好かない女のもとに行くんでしょう?ここはミワが食い止めるから、早く行きなさい」
「だから、足が――」
「箒に乗ってれば、何とかなるって言ってるの?殴られたい?」
「殴ってから言わないでよ。それと、箒の話は聞いてなかったし」
「いいから、つべこべ言わずに次の扉に進みなさい。ミワはアイツと会うつもりなんてこれっぽっちもないから、このホルスタインと遊んでおくわ」
「ミワちゃん。ミワちゃんも……」
ミワちゃんは大きなため息をつきました。
「ミワがあんなのに負ける女だと思ってるの?ミワはコロネのように負けはしない。だって、おにいちゃんと一緒に愛を育むって決めてるんだから」
私はここにとどまるべきだと思いました。
でなければ、この戦いは混沌を極めます。個性の強過ぎるキャラ同士戦えばどうなることか……
「余計な心配はしなくていいから。さっさと行きなさい」
「でも――」
「殴るわよ」
だから、殴ってから言わないでください。
私は涙ながらに次の扉へと走り出しました。
そして、魔女からの攻撃もなく次の扉に到達します。
「フキを襲わないのね」
「まあな。どっちみち、この先で息絶えるだけだろ?そんなら、ちょっとぐらい希望を見せてから突き落としてやればいい」
「最低ね」
「俺たちが武士道精神で襲わなかったんだと期待してたか」
「魔女にそんな期待をする方がバカげてる」
「ミワちゃん!」
「早く行きなさいって、言ってるでしょ?」
「無事で帰ってきてね」
「死亡フラグ……なんじゃないかな……」
でも、私はミワちゃんを信じていました。だから――
「頭でも打っておかしな性格が治るといいね!」
そう言い残して私は次の扉へと進みました。
「ったく、殺すわよ」
ミワはフキの後ろ姿を見てののしる。
「誰がおかしな性格よ。性癖の間違いでしょうが!」
「ひゃはははは。言いえてるところが傑作だな」
「あんたらだけには言われたくないんだけど」
ミワはバトンを構える。
「不自由な足でどう戦うって言うんだ?」
「まったく、鷺宮も舐められたものね」
その言葉を合図に、ミワたちは戦闘を始める。
変質系の魔法は他の魔法とは一線を画す。なぜなら、唯一現実に作用する魔法だからだ。魔法というよりは魔術と呼ばれるものに近いらしい。ミワは魔術の方がなじみがないので何とも言えないのだけど。
ミワは箒による加速でスミス&ウェッソンを翻弄する。一度戦って分かったことだけど、スミス&ウェッソンは動きが鈍い。まるで足に障害でもあるように足をかばっている節もあった。故に攻撃から逃げるということは容易だった。問題は見えず、そして、当たれば確実に死に至らしめる概念崩壊が脅威であることだ。
「ミワ、思うんだけど、戦闘中に長話するラノベとかってあるじゃない。ああいうの、いつそんなタイミングがあるのか不思議なのよね」
ミワの声がした時にはすでにそこにミワの声はない。
箒というのは妖精が編み出したと呼ばれているけれど、なかなかに楽な乗り物だ。加速できることはもちろん、変化系を応用することで、加速による衝撃まで相殺している。
「お前がそれを言うのかよ」
スミス&ウェッソンはミワに攻撃を加えようとするが、すでにそこにミワはいない。一瞬で懐に飛び込む自信はあった。けれど、その一瞬で攻撃を食らう可能性もある。だから、一瞬でもチャンスを作らなければならない。
変化系の本質は、物体の概念を変質させるところにある。概念っていうのは難しい言葉だけど、簡単に言うと、この世界における物体の名刺みたいなものだ。自分はこんなものですと名刺を見せて、それを誰かが見て、初めてこの世界に物体は存在できる。その名刺を別のものに書き換えるのが変質系の魔法だ。でも、名刺が二つある場合、誰もがどちらを信用したらいいのか分からないという状況になる。すると、世界は短絡的なもので、世界からその物体を消してしまおうとするという。
その頭の悪さは魔女とそっくりだとミワは思った。
ミワは魔法で自分の分身を作り出す。あまりうまくはできていないだろう。ミワは具現化系が不得意だし、一度に何体も作ると一体一体が脆くなる。
「なんだ?分身の術ってか!」
分身したミワたちは真っ直ぐスミス&ウェッソンに突進していく。
「こういうのはな。一気にぶっ倒すのが相場だろうに!」
スミス&ウェッソンは分身たちへと魔法を放つ。
その場のミワたちは全て消え去った。
「だが、それでいい」
ミワはスミス&ウェッソンの背後に来ていた。人間の視覚は光の反射を目が認識することによって行われている。なら、その光を曲げて、見え無くすればいい。
ミワはバトンを振り、スミス&ウェッソンに砲撃を浴びせる。
「光を屈折させればな、そこにゆがみが起こるのは当然なんだよ。俺がそのことに気がつかないとでも思ったか!」
スミス&ウェッソンはミワの砲撃を止めた。砲撃の概念を書き換え、停止させたのだろう。放出系の魔法を相殺するためには放出系の魔法でなければならない。
なぜなら、魔法は現実には存在しないのだから。
「そう。あなたがバカでなくて助かるわ」
何もないところからスミス&ウェッソンは攻撃を受ける。
バトンでの殴打。
殴られたスミス&ウェッソンは砂埃を立てて地面に墜落した。
「幻覚、とでも言うのか」
ミワは地に落ちたスミス&ウェッソンに向けて集中砲火を浴びせる。だが、きっとスミス&ウェッソンは砲撃を止めようとするだろう。だから、地面すれすれまで降下して、地面すれすれでスミス&ウェッソンに向けて箒を加速させる。そして、ふたたびバトンで殴ろうとしたけれど、スミス&ウェッソンは無様にも転がって攻撃をよけた。
「そうか。テメェも変質系の使い手だったということか!」
「気付くのが遅いんじゃない?」
概念崩壊の危険性があるので、敵を欺ける時にしか使えない。多分、もうこの手は使えないんじゃないかとミワは思った。
「ぶっ殺す!」
スミス&ウェッソンは地面からミワを攻撃するけど、ミワには決して当たらない。地面から攻撃するのと上空から攻撃するのは大違いだ。90°の範囲と180°の範囲。だから、ミワは決して上空へは上がらせまいとスミス&ウェッソンに魔砲を浴びせ続ける。
「ふん。わざわざ強化系で魔砲を強化するなんて。よっぽど他の系統が苦手なようだな」
「あら、あなた、意外と観察力あるじゃない」
少し驚く。
そして、ミワはやっぱりそうなのか、と納得してしまう。
この魔女とミワはどこか似ている。
「でもよォ。そんな攻撃じゃ俺に一撃食らわせることもできないぜ」
「それはおあいこじゃないかしら」
「俺の一撃は必殺。だが、お前のはそうじゃない。それだけで俺の方がメリットだと思うがな」
でも、当たらなければ意味がない。
だけど、ミワもまた、スミス&ウェッソン相手に決定打を繰り出せずにいた。
結界系は結界の中では使うことができない。攻撃手段としてはある意味有効であろうとも。となると、放出系と強化系くらいしか決定打は出せそうにない。
「遠距離と近距離。でも、どちらもデメリットはある訳ね」
それに、フキ一人では他の魔女に太刀打ちできないのも事実だった。
「人として最悪の方法をとるしかない、か」
ミワの考えた方法。それは魔女を確実に葬り去る方法。つまり――
「魔弾を撃たせて自滅させる」
魔女にはタイムリミットがあるけれどあと数分で到達するようなものじゃない。なら、それができるような方法を考えるだけだった。
魔弾を撃たせればいい。
ミワはさらにスピードを上げながら、魔砲を魔女に浴びせていく。
「無駄だって言ってるだろうが!」
「どうかしらね」
少なくともその場に足止めはできている。だから、ミワは岩を作り出し、自分の手に載せる。身体能力を強化してそれをスミス&ウェッソンに投げつける。
「はん!同じことだろうが!」
スミス&ウェッソンは魔砲と同じように岩を止めようとする。その一刹那。
「今だ!」
ミワは岩を爆発させる。岩を作り出すときに変化系の魔法を忍び込ませておいたのだ。
「うっ」
数多の石のつぶてがスミス&ウェッソンを襲う。その気の緩んだ一瞬。動きを止めていた魔砲が一斉にスミス&ウェッソンを襲った。気が緩んだことで魔法が解けたのだろう。
「ふん。魔弾を使わせるまでもなかったか」
でも、油断はしない。
最初のバトンでの一撃で相手がちょっとやそっとで怒り狂う相手ではないと確信していた。あのふざけたウサギは頭に来るけど、本体はかなり冷静であるようだった。だから、追い打ちをかける。
「アンタみたいな出来損ない、本気を出すまでもなかったわ。ほんと、失敗作よね」
とにかくひどい言葉をかけ続けるほかにない。
魔女には呪いがある。夢が呪いになった時の残骸が魔女だ。だから、夢が呪いになったその時の出来事に触れることができれば、相手は必ず激怒する。
「とろくさくて、何もできない。そんなんじゃ何一つ守りたいものを守れないわよ」
それはミワも同じだ。
「そうやってマスクで自分を隠して、パペットに話を代弁させて。弱虫。あんたなんて初めから生きている意味なんてなかったの」
それはミワも同じ。
自分を偽って、誰にも分からないようにして。でも、ミワにとって生きる意味なんてそんなのないにも等しい。なぜなら、ミワはおにいちゃんと出会うことを目標にしてきた。でも、それはきっと一応の目標にしか過ぎない。夢とかそういうのを全て捨てて、おにいちゃんへの恋慕という形で自分は生きている価値があるのだと、そう納得させるための口実でしかなかった。
だから、ミワは魔女に似ている。
「痛い……怖い……嫌……なの……もう……自分を否定されるのが……誰かを失うのが……怖くて怖くて、たまらない」
スミス&ウェッソンはふらりと立ち上がる。
もう、パペットに気持ちを代弁させていない。
「逃げただけじゃない」
ミワは呆れてしまった。
「そんなの!生きることから逃げただけじゃないの!」
自分の言葉が自分の胸に響く。
ミワもまた、生きることを諦めていたのかもしれない。いいや、その意味に気付かなかっただけだ。
「アンタ以上に怖がりで、何もできない女の子がいた。本気でトロくさくて、いつも人の顔を窺っているようなそんな女の子が。でも、そいつは絶対に逃げはしなかった。自分の夢を決して手放したりはしなかったのよ!」
どうしてここでアイツの顔が出てくるのだろう。人一倍泣き虫で人一倍笑って、人一倍感情豊かで、でも、つまらないことで悩んだりして。そして、アイツの夢は――
「本当にバカげてるわよね。夢なんてのは自分のためにあるものなのに、誰かの笑顔が自分の夢だなんて。そんなの、壊れてるわ」
でも、いいや。だからこそ、ミワはそいつのことが大好きだったのかもしれない。
ミワに生きる意味を教えてくれたあの子のことが。
「わたくしは怖い。全てが怖い。こんな怖い世界を、わたくしを受け入れない世界を滅ぼしてしまいたい。わたくしは――わたくしは!」
魔女の手に銃が握られていた。
ミワはそれを見て、必死で加速した。
あの子に魔弾を撃たせてはならない。
それをさせてしまったら、ミワは否定することになる。
あの子の夢も、笑顔さえも――
「やめろォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォ!!!!!」
ミワは魔女の手の中の銃に触れた。後はそれを手から奪い取るだけだ。
だというのに。
彼女が引き金を引く方が早かった。
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