第15歌 コロネ、死す。

第15歌 コロネ、死す。






 わたしはずっと籠の中にいた。籠の中はとても過ごしやすかった。エサは毎日十分に与えられる。室温もわたしに合わせて調整されている。


 ただ一つの不満は青く輝く空に飛び立てないことだけれど、ずっと籠の中にいると空を飛ぶことさえ忘れてしまっていた。


 人には呪いがある。それは誰かにかけられる呪いだ。そのくせ、その呪いをかけているのは自分自身なんだ。矛盾しているって?誰かから受けた影響を自分にフィードバックさせるのかさせないかは自分自身の裁量によるってだけの話。その影響に悪意があろうと、善意があろうと、そのどちらもなかろうと、わたしにとって呪いだと思えばそれは呪いとなってしまう。


 あるところに一人の少女がいました。その少女は幼いころから一つの才能を開花させていました。その力について少女はなんとも思っていませんでした。嬉しいとも、悲しいとも。その才能を望んでいたとも望んでいなかったとも。ただ、一つだけ嬉しいことがあるとすると、それは、ただ楽であるということだけでした。自分で何も決めなくても、才能を重宝した人々は勝手に少女の道を決めてくれたのだから。そのことについて少女は何も思わなかったと言えば嘘になるけれど――




 籠の中の鳥はいつしか空を飛ぶことを忘れてしまっていたのだから。




 少女にとって人々は恐怖の対象だった。


 自分の運命を、いや、自分の意思を脅かす存在として。少女には人が黒い影にしか見えなかった。そこには表情もない。否、少女は誰かの表情を見ることさえ放棄していたのだ。そんなものに興味を持ったところで、何かが変わるというわけでもない。


 初めての少女にとっての呪いはたった一冊の絵本だった。


 お姫様を王子様が救い出すという王道な絵本。


 いつか、この籠の中を王子様が助けてくれるかもしれない。


 そんな淡い希望を少女は簡単に捨てた。


 けれど、一度見た夢は呪いになる。




 一度見た夢は、呪いに、なる。




 誰もわたしを理解しなかった。


 わたしも理解しようとしなかった。


 その必要はなかったから。そう割り切ってしまっていた。


 そう割り切らないと、知らない間に籠の外に出てしまいそうで。わたしはずっと選ばない世界に身を置きたかった。


 ただ、外の世界が怖くて、卵の殻さえ破ることを忘れてしまっていたんだ。




 でも、少女は、わたしは、いつか籠の中から出なければならない時が来た。


 少女のわたしの大きさが籠の中に納まらなくなった。


 それと、もう一つ。籠がどんどんと小さくなっていっていた。




 わたしは全力を出した。


 けれど、賞を取れなかった。


 そして、どんどんと才能が追いつかなくなっていった。


 籠は、両親は、少女に聞いた。


 この先どうするのかはあなたが決めなさい、と。


 籠の中の鳥にできることはただ、歌を歌うのみ。


 歌を歌うことを鳥はなんとも思っていなかった。


 ただ、歌うことを望まれたから歌っただけだった。


 けれど、少女はその言葉を聞いて、籠の扉が開いてしまったことを悟った。


 好きにすればいい。それはとても無責任な言葉だった。籠の扉は開いているのだからもう好きにすればいい。自由にエサを取りに行けるし、涼しい木陰で休むことができる。




 わたしは、自由なんて、知らなかった。




 籠の中でもがいた。


 自由とは何か。


 これからどうすればいいのか。


 答えは出なかった。


 美しい空と出会うまでは。




 わたしは空へと飛び立つ決意をした。覚悟さえ決まれば後は簡単だった。


 空へ向かって飛んだ。


 けれども、空はずっとずっと遠くにあって、近づこうにもだんだんと遠ざかる。




 少女を守るものは何もなかった。


 籠は少女の望んだ永遠を叶える王子様の役を演じていたのだと少女は知った。


 王子に守られるはずの姫は王子がいなければ守られない。


 だから、わたしは王子になることにした。


 あの美しい空のように。


 いや、空さえ守れるような王子様に。


 憧れを自分のものとするために。




 そして、わたしはボクとなった。






「いまさらなんだけどな!サブタイトルが不吉すぎるだろ!」


 そう金色が言う。


 その金色は鋼鉄の鎧を身に纏っていた。ボクに恐れを植え付けるほどに、ずっしりとしていた。もう風では倒れまいと、その金色は言葉なくボクに言っていた。


「ボクは……この世界が大嫌いだ」


 美しい空はこの世界から消えてしまった。ボクの前から消えてしまった。


 目指すべき場所はもうなく、鳥は地に伏して死を待つのみだった。


「お姉さまを失ったこの世界なんてもういらない。全て、すべてすべてすべて、消えてしまえばいいんだ!」


 ボクは金色を消そうと音を奏でる。ただただ不快でしかない音だった。


 だが、金色は風となり、ボクの前から姿を消した。


 ボクの目の前に現れた時には、その青い瞳がボクの雲った鳥目に映った。


「バカやろうが!」


 鋼鉄がボクを射抜いた。


 ボクは端まで飛ばされた。


「バカやろうはな!ワタシだけで十分なんだ!このコロネちゃんだけで十分だ!」


 金色は追い打ちをかけるようにボクのもとへと向かってくる。


 その光を恐れるようにボクは流星から逃げた。


「どうして、どうしてボクは恐れたんだ」


 防衛本能なのだろうか。しかし、心を食われたはずの魔女にそんなものが残っているのか。


 死ぬことこそボクの望みではなかったのか。


「誰も誰も誰もボクを理解してくれない。そんな世界なんて、必要ないんだ」


 胸の傷が痛む。どんどんと苦しくなる。どうしてボクはこんなにも苦しいんだ。


「ったく……甘えん坊もいい加減にしろよ!」


 金色は地面に降り立つと苦しそうに息をしていた。やはり、はざーどれべるの限界を越えつつあるようだった。


「理解してくれる人が欲しいだと!?そんなの、ワタシだってそうだったさ!誰にも理解されずに寂しかった!けどな!自分を理解出来る奴なんてこの世に自分一人しかいないんだ!人はずっとずっと孤独に耐えて生きている!でも、お前はワタシたちといる時、そんなにも寂しかったのかよ!世界を壊したいほどに嘆いていたのかよ!」


 金色は透明な涙を流していた。


 金色が苦しんでいるのは力のせいではないとボクは理解した。


 理解――してしまった。


「やめろ!ボクに近づくな!止めてくれよ!」


 ボクは琴に手をやる。


 けれど、もう指は動かなくなっていた。動けなくなっていた。


「お前は間違っちゃいないんだ。アオ。誰だって一人は寂しい。世界を壊したくなる時だってあるさ。ワタシだってそう思ったこともある。でも、ワタシたちがいたことを、ワタシたちといた時間を忘れないでくれ。思い出してくれ」


 金色は鋼鉄の腕でボクの体を締め上げる。


 違う。これは――


「コロネ……」


「ははは。こんなブサイクな腕じゃ、アオの温もりを感じることもできない。満足に抱きしめてやることもできない」


 コロネの瞳から温かなしずくが落ちる。


 それはすぐに冷たくなってしまうけれど、ボクの肌はずっとずっと温もりが残っている。


「ごめんなさい。みんな。わたしは、わたしは取り返しのつかないことを……」


「誰だってアオを責めたりしないさ。魔女ってのはきっと誰でも持っている心の側面なんだ。それと向き合うことがお前には必要だったんだよ」


 ボクの瞳からも涙がこぼれる。ぽとり、ぽとりと控えめに。


「くそっ。クラナドの風子ちゃんのエピソードでしか泣かないと決めていたのにな。あ、ちなみにさっきアオの肩に落ちたのは鼻水だ」


「最悪だな!」


 ボクはさっとコロネから離れる。


「まったく、最後の最期でぶち壊して」


「あははは。それがコロネちゃんだからな」


 満面の笑みで言った後、コロネは苦しそうに膝をついた。


「大丈夫か?コロネ」


「ああ。無理をし過ぎたようだな」


「そうか。それはなによりだ」


 突然声が響いた。


 その瞬間。


 ボクの胸は魔弾によって射抜かれた。




「クックック。クハハハハ。感動の場面をぶち壊すというのは楽しくて楽しくてたまらないね」


「き、貴様!」


 部屋には魔女の声だけが響いていた。そいつは姿さえ見せない。いや、見せる必要などなく、この空間ではもうそいつを見つけることさえできないだろう。


 この空間を作り出しているのはそいつなのだから。


「う、うぐががががががっががが!」


「アオ!」


 胸を射抜かれたアオは苦しみだした。そして、何かに操られるように宙へと浮かんでいく。


「くそっ。くそぉおぉおぉおぉ!」


 ワタシはコルトの最期を思い出していた。


「何か、救い出す方法はないのか!」


 メシッメシッ。


 宙を舞うアオの背中から羽が飛び出す。苦痛に怯えるアオの悲鳴とともに。


 ワタシはアオから目を背けたかった。けれど、背けるわけにはいかない。


「お前を殺す。そして、世界を破滅させる」


「はぁ。また元通りか」


 頭の中が掻きむしられる。


 何とかしてアオを救いだす方法を考える。いかに天才でも答えは導き出せない。


「滅びろ!」


 アオは腕から伸びだ糸のようなものを爪弾く。腕と一体化した琴は両手にあり、それを同時に弾いた。


「くっ!」


 ワタシは鋼鉄の架け橋ブリッジで攻撃を無効化する。だが、倍以上に増えた攻撃は砲撃だけでは対処しきれず、ワタシは両腕でガードする。


「ぐぅ」


 だが、鋼鉄をすり抜けて幾つもの刃がワタシの体を刻んだ。


「滅べ!滅べ!何もかも、なくなってしまえ!」


「アオ!」


 アオの奏でる曲は苦しみに満ちていた。


『助けて。コロネ』


『苦しい。ボクはもう誰も気付つけたくないんだ』


『だから、ボクを殺してくれ』


『もうボクはもとには戻れないから』


『だから、わたしを、救い出して!』




 ワタシの頭の中には一冊の絵本が浮かんでいた。


 姫を助ける騎士の絵本だ。


 その騎士は気高く勇気があった。


 けれど、最後は怪物となった姫を殺してしまうことになる。


 騎士は泣き叫んだ。


 怪物となった姫は最後にこう言った。


『ありがとう。もう誰も傷つけずに済む』と。




「絆を心の火にくべて、ワタシは願い給う。姫を助ける王子様に、ワタシはなる!」


 ワタシは全てを捨てることにした。


 全てを代償に、ワタシは新たな姿へと生まれ変わる。


 鋼鉄の殻を破り、さなぎが蝶へと生まれ変わるように――


 消えていく。消えていく。消えていく。


 楽しかった日々も、みんなの笑顔も。そして、ワタシの心さえも。


「だが!それがどうした!」


 目の前で泣いている奴がいる。


 ワタシたちの大事な妹が!


 なら、その涙を拭ってやることくらい、してもいいじゃないか!


 ワタシの全てを燃やしきる!


「心火を燃やして、アオを取り戻す!」


 鋼鉄の鎧は弾けた。


 だが、鋼鉄の意志は砕けない。


 ワタシが諦めない限り、決して、夢は砕けることがない!


 騎士の鎧を身に纏い、右手には剣を、左手には盾を。


 姫を助ける王子になりて、ワタシは呪いの呪縛を断ち切る。


「アオ!」


 アオは再び琴を爪弾く。


 ワタシは真っ向から向かって行く。この手を必ずアオのもとに届けるために!


「アオぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉ!」


 ワタシの手は届かない。剣など握っては届かないから。だから、捨てた。盾も邪魔だった。ワタシはアオを助けるのだから。倒すわけではないのだから。


「コロ……ネ……」


 ワタシの延ばした手とアオの伸ばした手が触れる。


 その瞬間、辺りは真っ白な閃光に包まれた。




「うわっ」


 私は突然訪れた衝撃に吹き飛ばされます。


「なんだったの?」


 ばらばらと螺旋階段は崩れていき、私は真っ逆さまに落ちてしまいます。


 落ちていく私を金色の光が優しく包みました。


「コロネ……ちゃん?」


『フキ。すまないな』


「コロネちゃん?コロネちゃん!?」


『約束を守れなかった。やっぱり、ワタシは何もできないんだな』


「待って!コロネちゃん!コロネちゃん!」


 だんだんと光は小さくなっていきます。


『ワタシはもう一緒に行けはしない。けれど、ずっと一緒だ。ワタシたちはずっと、ずっと……』


「嫌だよ!コロネちゃん!コロネちゃん!」


 そして、光はとうとう消えて行ってしまいました。




「すまないな。フキ」


 だんだんと現実から夢へと引きずり込まれていく。


 アオは、ワタシの目の前で灰と化した。


 ワタシは何も守れずじまいだったのだ。


「でも、きっと彼女は満足してたザウルス」


 たくあんがワタシを見下ろしていた。


「もう、君は戦えないザウルス。そして、現実には戻って来れない」


 そうか。もうじきワタシは終わるんだな。


「ライ。これを」


 ワタシはライにコンパクトを渡す。


「コイツも一緒に連れて行ってくれ」


 ライは無言でうなずくと、ワタシからコンパクトを受け取った。


 ワタシは満足だった。何も救えなかったというのに。何もできなかったというのに。


「君はとてもよく頑張ったザウルス。だから、もう休むザウルス」


 ただ、心残りがあるとすれば、それは――




「コロネ!」


 わたしは全てを悟った。


 収録中であるというのに、その場で泣き崩れてしまった。


「コロネがいなくなったら、わたしは――」


 そんなわたしの肩を花子が抱きしめる。


「大丈夫。コロネはゆずがいてくれるだけで満足だから。だから、悲しまないであげて」


 花子の口調は別人のように変わっていた。


 でも、全てを知ったわたしは涙を流すほかにできることはなかった。




「まさか、タイプ・ソーサラーを越える存在が生まれるとはね。タイプ・スラッシャーとでも名付けようか」


「お前には心というものがないザウルスか!」


「ぱ……私たちにはもともと心なんてないだろう?だから、あのバカはそこを付け込まれたんだ。人間に恋など。人間なんて道具にしか過ぎないというのに」


 ライは白い少女を睨む。


「まだ、そんな姿でいるのかい?ライ。最強の残滓を手に入れて、君も進化できるはずだ」


 ライは無言で立ち上がる。すると、ライの体に金色の光がまとわりつく。そして――


 妖精は人の形に変化した。


「おめでとう。ライ。いいや、キミはもうライではないな」


 ライだった少女はただ、瞳が虚ろな金色の少女を見降ろしていた。


「キミは雷だ。使雷」

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