第12歌 はじまりの始まり

 第12歌 はじまりの始まり






「長い旅はどうだったかしら」


 私はミワちゃんの病室に戻ってきていました。


「あなたがどうするのか。今あなたは岐路に立たされている。このまま――」


「もう、答えは一つしかありません」


 私はスカートのポケットに腕を突っ込み、コンパクトを握りしめます。


「私はずっと迷っていました。自分の戦う理由が見つからず、ただ、目の前の誰かを守れればいいとだけ考えていました」


「それが悪いことじゃないわ」


「でも、それだけではダメなんだと私は知りました。今、はっきりと言えます」


 私は一度大きく息を吸いました。


「誰かを救いたいという気持ちは変わらない。私はもう悲しいのは嫌だから。だから、魔女も救ってみせる。魔女になってしまった親友を救いたいから。守りたいから」


 手の中のコンパクトは冷たいままでした。それでも、ずっと手放さなければ温まるはずだから。私が諦めなければ、いつかは――


「はあ。本当にいい子ちゃんね。フキは。失恋が女を強くするってのは本当なのね」


 ミワちゃんはいつものように溜息を吐きました。


「あの恥さらしはミワをあの場所には連れて行かない。だから、そこへはアンタとコロネで行かなければならない」


「ミワちゃん。あなたは――」


「言わなくてもいいの。世の中には黙っておいた方がいいこともあるってこと。ミワはもうあなたたちの力にはなれないと思うの。流れ的に脱退ってヤツ?でも、応援してるから。あ、おにいちゃんは絶対に渡さないからね!」


「はいはい」


 私は病室を後にしようとします。


「ねえ、ミワちゃん。あなたはピースメイカーの正体を知っているの?」


「さあ、ね。知ってても知っていなくとも、わたしはミワ。それで十分よ」


 それと、と私は言葉を続けます。


「とても寒いんですけど、服は戻ってこないんですか?」


「10年前ってまだぶるせら全盛期だったと思うのよね」


「……ミワちゃんのバカ」


 私は肌着で病室を出て行きました。


「行くんだな」


 病室の外にはコロネちゃんが待っていました。コロネちゃんは私に上着を当ててくれます。


「ありがとう。コロネちゃん。コロネちゃんはいいの?」


「いいに決まってるだろ!?コロネちゃんはコロネちゃんなんだから!」


「そうだね」


 この世に何を想い、何を感じているのか。


 私には私以外の人の考えなど分かりません。


「ねえ、コロネちゃん。いつか、誰もが笑って暮らせる世界ができるといいね」


「そんな世界はない、と言ってしまいたいが、フキが望むなら実現するさ!ワタシだって見てみたいからな」


 病院の窓からは灰色の空が見えました。


「いつか青空の下でみんなと一緒にもう一度仲良く遊びたいね」


「できるさ。出来ないことなどこの世にはないのだから」


 私たちは静かな病院の廊下を歩き始めました。




「ここが、鷺宮の屋敷……」


 そこは10年前の名残もなく、門も崩れかけていました。


「まあ、誰も住んじゃいないだろうな!」


 コロネちゃんの声に、門が大きな音を立てて崩れます。


「コロネちゃんって超音波を出せるんだね。知らなかった」


「ワタシはデビルマンなのか!?天才だから、歌はうまいぞ。多分」


 確かに、コロネちゃんであればなんでもできてしまいそうでした。


「ワタシは自分が一番不幸だと思っていたが、世の中、奥が深いな!誕生日さえ消されてしまった少女もいれば、辛い過去を追体験させられた少女もいる。ワタシもまだまだだ!」


 あははは、と私は苦笑いします。


「この中には魔女が4人いる。ワタシが3人を相手にするから、フキはボスをぶっ倒せ!」


「無茶はしないでよ……」


「なに。大丈夫だ。なにせ、コロネちゃんは天才中の天才!超天才だからな」


 コロネちゃんは大手を振って屋敷の中に入って行きました。私も続いて中に入ります。


 手入れされていない屋敷の庭は荒れ放題でした。池の水は枯れてしまっています。そのかつて池だった場所の中心には大きな穴が空いていました。どこまでも続く、闇のような穴が物理法則を無視して垂直に立っています。


「笑顔でまた会おうな。フキ」


「はい!コロネちゃん!」


 私とコロネちゃんは互いの手を握りあいます。


「超変身!」


「ドリーム・コンパクト! ドリームスタート!」


 私たちは魔法少女に変身しました。


「ところで、コロネちゃん、いつもの変身の掛け声は?」


「作者が省略し過ぎてな!覚えていないんだな、これが!」


 私たちは大穴へと足を踏み入れました。




 その場所について一番に特徴的だったのが、大きな月でした。


 赤黒い、不気味な月。その月のおかげで私たちは視界を確保できています。


「太陽の光は誰のもとにも平等に届く。そんなきれいごとを信じていた昨日はとうに過ぎ去ってしまった」


「!?」


 私は声の主を見て絶句します。


「アオ……ちゃん」


 アオちゃんは黒い衣に身を包み、私たちを上空から見下ろしていました。


「ボクの名はグロック。それだけで事足りるだろう?」


 ぱらり、とアオちゃんは琴を鳴らします。


 なんだか寂し気な音色でした。


「アオちゃん」


 私はどうして、という言葉を飲み込みます。それは自分が傷付きたくなかったからという理由でした。それに、きっと、一番傷付いたのはアオちゃんなのだから。


「キミたちの目の前に扉が見えるだろう?あれが次へと続いている扉だ。その先には新たな魔女が控えている。まあ、ボクはキミたちをここから先へと通すつもりはないのだが、ね」


 私は体を縮ませます。


 アオちゃん、いえ、グロックから放たれる禍々しい何かを私は視ることができたからでした。


 グロックの体からは黒い靄のような気が溢れ出していました。それはあの時のピースメイカーと同じ、世界を呪う意思そのもの――


「いきなり約束を破って済まないが、フキ!先に行け!」


「で、でも――」


「お前ではアイツには勝てないだろう?」


「コロネちゃん……」


「もう、命がけなんだよ。だから、先に行け」


 私は溢れだす気持ちを必死に抑えて先へと進むことに決めました。


「そうはさせないと言ったのに」


 私が重心を前に傾け、一歩先に進もうとした時でした。


 グロックはその細い指で琴を爪弾きます。


 私はためらわず扉へと走って行きました。


 グロックの放つ音は風の刃となり、私の方へと向かってきました。


「クイックガード!」


 コロネちゃんの声が響き、刃の当たる甲高い音が響きます。


「美しくない音だ」


「ふん。美しさとはロマンなのだよ!」


 コロネちゃんの腕には大きな鋼鉄の腕が取り付けられていました。


 ちょっと格好いいです。


 その腕でグロックの刃を受け止めたようでした。


「さあ、行け!フキ!ワタシもすぐに追いつくからな!」


 私は扉のもとへと進み、次の場所へと歩を進めました。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る