第11歌 そして、はじまりの魔女
第11歌 そして、はじまりの魔女
ミヤは己の移動する力を変化させて宙を翔ける。
ミヤは戦いながらも常に魔法について研究をしてきた。そこで分かったのは魔法には系統のようなものが存在することだった。
(何かを強くする力、変化させる力、生み出す力、その物の存在を揺るがす力、純粋な力を噴き出す力、そして、世界を切り取る力……)
ミヤはそれを書き記し、屋敷に置いてきた。後の魔法少女に伝えるために。
「私で終わってしまうかもしれない。けれど、このまま誰も何も知らず傷付いていくのは決して許されないことなのだから」
正義を語る自分をミヤは嘲笑う。己のことしか考えず飛び出して行ったというのに。けれども不思議と後悔はしなかった。
「人間なんて自分勝手な生き物だから。だから、夢を持てるんだ」
後、数秒でワームと研磨のもとへと到達する。
ミヤは研磨の無事を心から祈った。
「くっ」
研磨は美羽子たちを必死で逃がした。その場には禍々しい存在である蟲と、そして、炎を上げている車しかない。
「ここで引くわけにはいかんよなあ!」
研磨は拳を握りしめ、蟲を睨む。
口にさえ触れられなければ時間くらいは稼げる。
だが、その考えは甘かったことを研磨はすぐさま知らされてしまった。
「はあっ」
蟲の口を避けた瞬間、蟲の巨体が研磨を吹き飛ばす。
「ははっ。ここまで、かな」
研磨は自分の存在についていつも疑問に思っていた。母親から常に鷺宮の使命について聞かされていたものの、自分は魔法少女に選ばれなかった。だから、生きていても仕方がないと、本気でそう思っていた。
けれども、一人の少女と出会い、その考えを自分の奥底にしまいこんだ。
その少女は辺りの様子に常に怯えているようだった。研磨はその少女を心から哀れに思った。その時、初めて研磨は自分の生きる意味を見つけたのだった。
少女を命がけで守ること。それが己の使命であると胸に深く刻み込んで生きてきた。
「なのに、俺と来たら、指一本動かねえ」
結局自分は無力だったのだ。守りたいものを何一つ守れない。奇跡一つ起こせはしない。そんな自分を呪えば呪うほど、体は動かなくなっていく。
「強く、なりたかった……」
蟲は研磨に狙いを定めていた。研磨が動けないことを悟り、最後の最期まで自分を呪いながら死ぬといい、と蟲は言っているように思えた。
「なんだってんだよ。お前らはよ」
研磨は蟲の持つ禍々しさを感じていた。それは恨みや悪意などという言葉で表せるものではなかった。ただ、純粋にそして濃い、感情の塊だった。そのくせ、幾つもの感情が混ざり合い淀んでいる。この世に存在してはいけないものであると認識しながら、研磨はその存在を完全には否定しきれないでもいた。
(人間もお前らと同じだからな)
自分勝手な存在でありながら、自分勝手でないことを他人に押し付ける。研磨も琴音もその被害者であった。
「でも、俺たちとお前らは違う」
研磨たちは自分自身でその在り方を選べる。だが、目の前に迫る蟲はそれさえ放棄したような、呪いの形であった。
「さあ、思う存分味わえや」
カサリ。
その音に蟲が反応する。蟲は音のする方に首を傾けた。
(なんだ?俺よりも美味しいエサが転がっているとでも――)
聞こえてきた泣き声に研磨は目をかっぴらく。
迷子にでもなったのか、一人の少女が研磨の近くで泣いていたのだ。
「なんで、こんな時に!」
「なんでこんな時に!」
私は研磨くんと同時に叫びました。
私の目には今の研磨くんの状況が飛び込んできます。
そして、研磨くんの傍で泣いている子どもを私はよく知っていました。
「やめて……そんな……」
私は溢れてくる涙を抑えきれませんでした。
「ドリーム・コンパクト!反応して!お願いだから!」
でも、コンパクトは答えてくれません。
「私のために犠牲にならないで……」
研磨くんの傍に居るのはまだ2歳の私でした。
「やめて!キワムさん!」
「なんでこんな時に!」
ミヤの目の前には両手を広げて、泣いている女の子を守っている研磨の姿があった。
「やめて!」
ミヤは魔方陣を作り出し、魔砲を放つ。けれども、その時にはすでに遅く、研磨の心の花を蟲は貪ってしまっていた。
グチュリ。グチャグチャ。
人の心を蝕む軽い音が響き渡る。
ミヤは両手で顔を覆った。
「いぃやあぁああぁあぁああぁああぁああぁああぁ!」
ぽとり。
研磨はその場に倒れた。最後まで少女を守るようにしながら。
「あ、あぁ」
ミヤはおぼつかない足取りで研磨のもとに向かう。研磨の目は死んでいた。心を食いつくされたときの、虚ろな目だった。
「なんで、どうして!どうしてなの!」
ミヤは世界を呪うしかなかった。彼女と世界とを唯一結んでいた楔が、今、目の前でデク人形と化している。
ミヤの耳には声が聞こえた。
その声がミヤに全ての真実を伝えた。
「そう、なのね。全てはアイツが悪い。そう。私たちをずっとずっと縛っておきながら、これからずっと縛り続けるアイツが!」
ミヤは両手を広げる。その顔には狂気の他に残ってはいない。
「さあ、蟲よ!我が同胞よ!私の心を蝕んで世界の敵へと変えなさい!」
蟲はちぎれた半身を使って、ミヤの胸に食いつく。
ミヤの心はそれを拒むように閃光を放ち続けた。
「魔法少女が憎い!課された運命が憎い!この世の全てが憎くて憎くてたまらない!」
ミヤの服はどんどんと漆黒に染め上げられた。彼女の身から溢れ出した憎しみに答えるように、黒よりも黒く、混沌よりも漆黒に。
力尽きた蟲はその場で灰になった。蟲の食いついていた胸には大きな傷口が残った。
「さあ。はじまりの魔女として、全てを終わらせてあげるわ」
ミヤはもうミヤではなかった。
「私は新たな平和を作ってみせるの。だから、私の名前は平和の創造者、ピースメイカー」
ピースメイカーは全てを終わらせるため、全ての始まった場所へと向かい、空を切った。
「そんな」
庭へとたどり着いた私の前には魔女となったミヤちゃんがいました。
「あなたは――」
「あら、フキちゃん。相変わらずの可愛さで困ってしまうわ」
私は一歩もその場から動けなくなりました。今の彼女は、一歩動いただけで私を殺してしまうほどの殺気を身に纏っていました。
「10年後も、10年前も、変わらずいてね。私の大切なおともだち」
「あなたはやっぱり――」
「それ以上は言わないで。でないと、あなたをここで殺してしまうから」
私が今見ているのは何なのでしょうか。
ピースメイカーは私のことを知っています。10年後の私のことを。
「そこから動いても何も変わらない。それだけ足掻いても過去は変えられないのよ。フキちゃん。これはただ、歴史の再現に過ぎない。そこにあなたがいようといまいと関係ないの。私ははじまりの魔女として、役割を果たすだけ。どれだけ悔しい事実があろうともね」
ピースメイカーは巨大な魔方陣を出現させます。サギノミヤの祠を中心として。
「そう、私は未熟だった。サギノミヤをただの残骸だと思っていた。力なきものだと、そう錯覚していたのね」
途端、サギノミヤを中心としていた魔方陣が魔砲を放ちました。上空へと向けられた魔砲はそのままサギノミヤを包み込み、そして、消失させました。
「いいえ。残念ながら」
ピースメイカーは上空を仰いでいました。その先にはまだ魔砲が伸びていて、その先端に光るものがあります。
「この後、サギノミヤは宇宙空間近くまで飛ばされるの。宇宙ステーションができるあたりまでね。まだ、この時代にはなかったのかしら。あったかもしれない。けれども、それは関係のないことなの。その場にとどまることを決めた魔女には。子どものまま汚れを受け入れ世界を否定した魔女には」
宇宙へと向かうサギノミヤから幾つもの光が地上に降り注ぎました。
「あれは私のばら撒いてしまった元凶の一つ。妖精たち。妖精はサギノミヤの末端にしか過ぎない。けれども、そいつらが悪魔を世界中にばらまいた。妖精たちは魔法少女を増やしていった」
ピースメイカーはただサギノミヤを見つめているだけでした。
「私はこれから10年間待つことになる。妖精たちが個性を手に入れて、私たちを倒しに来る時を。単なるロボットから心を手に入れた存在になると簡単にサギノミヤへとたどり着く方法が分かると思ったけど、どうも失敗みたい。心があれば心を折ればいいから簡単でしょう?私みたいに」
「どうして」
「分かっているでしょうフキちゃん。あなたは全てを知った。だから、分かっている。じゃあ、これからどうするのでしょうね、あなたは。それも、私には関係がない。だって、もうじき全てが終わってしまうもの。それでも、あなたは私と戦うの?」
「それは……」
「私は最悪の方法を取る。それしかこの残酷な運命をこの世から消し去る方法がないから。あなたはそれを見ているだけでいいの。そうすれば苦しむこともなく、全てを終えられるから」
ピースメイカーは研磨くんからもらった携帯電話を池の中に投げ入れました。
「私はエボルワームから全てを終わらせる存在、ロストを生み出す。それでこの物語はお終いだわ。めでたし、めでたし」
ピースメイカーは私に背を向けて去ろうとしました。
「もし、私を止めるのなら、この場所で待ってるわ。特等席を用意してあげる。私の大好きなフキちゃん」
研磨は目を覚ます。
研磨はもう人間とは言えない存在であった。もし形容すべき言葉があるとしたら、それは『デク人形』と呼ぶべきものだった。
研磨は名をも食われた。
だが、ミヤの攻撃により、全てを食われたわけではなかった。
研磨に残されたのは『研』という一文字と、少年の最期の願い、『魔法少女になりたい』という願いだけが残された。
そして、
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