第10歌 はじまりの魔法少女
第10歌 はじまりの魔法少女
「また、守れなかった!」
「ミヤちゃん……」
舞い上がる炎の中、ミヤちゃんは一人の女の子を抱えていました。まだ保育園くらいの女の子です。その女の子は腕に大事そうに二つの人形を抱いていました。
「この子の両親は事故に遭って死んでしまった。蟲が引き起こした事故によって……」
ミヤちゃんは涙を流しました。もう何度目の涙でしょうか。
私と研磨くんはミヤちゃんと一緒に蟲の討伐のために行動を共にしていました。私と研磨くんもまた、ミヤちゃんと同じように蟲の居場所を正確に分かるためです。
けれども、魔法少女がたった一人では守れないものも多かったのです。
「気にするなよ」
でも、研磨くんは何事もなかったかのようにミヤちゃんの肩を叩きます。
「気にするなですって!?研磨!あなた、自分が何を言っているのか――」
「分かってるよ。でも、願ったところで帰ってこねえもんだってある。大切なのは今だろう。ミヤ。お前は無理をしてる。そんなに追い詰めたら、体の方が先にへたっちまうだろ」
「でも、私だけが蟲を倒せるから!だから――」
「お前がへばっちまったらどうするって話だ!お前がいなくなったら、俺は、俺たちはどうすればいいって言うんだ!」
ミヤちゃんは研磨くんの声に耳を貸さずに女の子を連れて飛び去っていきました。
私はミヤちゃんに何の言葉もかけられませんでした。
「研磨くん……」
「悪いな、フキ。お前にも色々とやらせちまって」
「いえ……」
私の目には研磨くんもミヤちゃんと同じくらい無理をしているのが分かりました。
私は一度、研磨くんが誰もいない場所で一人で泣いているのを見たことがありました。声を出さずに、何かを悔いるように、ひたすらに泣いていました。
「俺が強ければ、俺が魔法少女になれば、ミヤをこんなつらい目に合わせなかったのに」
私は研磨くんとミヤちゃんは同じことを言っていると思いました。
ミヤちゃんは研磨くんを守るために戦っていて、研磨くんもまた、ミヤちゃんを守るために頑張っているのです。
「私だって、何もできない」
私はうつむいていた顔を上げます。
「けれど、それで立ち止まってはいられない。だから、研磨くん。今は私たちができることをしようよ」
「俺にできることなんて」
「大丈夫。きっとあるから」
私たちは屋敷に向かって歩き出します。
「今の私たちはミヤちゃんの支えになってあげることしかできない。だから、それを精一杯やろう!」
魔法少女にもなれない一番の役立たずである私が言うのも場違いかもしれません。けれど、私は逃げないと心に誓いました。
「ったく、女の子に励まされるとは、俺もまだまだだ」
そう言って研磨くんも歩き出しました。
蟲が現れて1週間あまり。多くの蟲に狙われた子どもたちが鷺宮の屋敷に集い、なかなかの盛況でした。
「あ!おねえちゃんたちだ!お帰り!」
「ただいま」
ただ、そろそろ限界も近いのだと私は思っていました。毎日のように出現する蟲を一人で倒すミヤちゃんは目に見えて衰弱しているようでした。きっと今も疲れて横になっているに違いありません。
「妖精はどこに行っているのでしょう」
確か10年前、つまり、今この時あたりから妖精は現れ始めたと聞いています。けれども、ミヤちゃん以外に魔法少女が現れた様子はありません。
「私は、まだ何も知らない……」
ミワちゃんの言った、強くなるという言葉もまだ意味がよく分かっていません。特訓をしたという覚えもありません。私はまだまだ無力なままで……
「うわぁあぁあぁん!」
と、突然男の子が泣き出していました。
「どうしたの!?」
「この子が僕のおもちゃを取ったんだよぉ」
見ると、気の強そうな女の子が男の子から電車のおもちゃを取っていました。
「ダメだよ。乱暴なことしちゃ」
「これがほしかった。それだけ」
そう言って女の子はそっぽを向きます。
ちょうどお昼時ということもあってお母さん方はみんな食事の用意をしていました。これほどの大人数であればみんなで手伝わなければ食事もできそうにありません。
「あのね、確かに何かを欲しいと思って手に入れるのは悪いことじゃないと思うの。でも、見て。あの子はとても悲しそうにしてる。あなたも泣いちゃったら悲しくなるでしょう?悲しいから泣くのかもしれないけど、泣いてたら余計に悲しくなっちゃう。だから、誰も涙を流さないように私はしてほしいです」
しばらく女の子はそっぽを向いていましたが、ちらと男の子を見ると、そっと手に電車のおもちゃを渡していました。
「ほんもののかもつしゃはもっとすげえんだからな。こんど、しゃしんでもみせてやるよ」
女の子がそういうと男の子は突然泣き止み、女の子を尊敬のまなざしで見つめます。
「うん!ぜひとも!ぜったいに!やくそくだよ!?」
「ひっついてくるな。またなかせるぞ!」
すると、男の子はまた涙目になりました。
「なくな、なくなよ。わかったから、おれにはあまりちかづくなって」
どうも仲良くできるかもしれません。
「フキはすごいよな」
子どもたちに埋め尽くされている研磨くんは辛うじて言葉を発します。
「いや、研磨くんの方がすごいことになってますけど」
「そういうことじゃなくてな……」
そんな時、お母さんたちがご飯ができたということを伝えてくれました。途端に元気な子たちはご飯を食べに行ってしまいます。
「嵐のようだな」
「そうですね」
私にもそんな時期があったのかと思うと――
「どうかしたのか?」
「いえ」
ただ、今の私は何をしているのか気になりました。10年前だと2歳です。鷺宮の屋敷がちょうどそよぎ丘とそそぎ灘の北にあることは分かっていましたので、見に行こうと思えば見に行けますけど。
「ちょうど涼宮ハルヒの時代ですもんね」
「は?」
「いえいえ」
ミワちゃんに影響されて見たアニメを思い出しました。
どうも同時存在というのはあまりよろしいものではないそうです。
「つまり私はジョンスミス~」
「変な歌うたってどこ行くんだ?音痴だし」
「一言余計って言われませんか?」
私は食堂とは別方向に歩いていっていました。
「ちょっと野暮用です」
「……そうか。迷子になるなよ」
研磨くんの鋭い視線を感じて、私は監視されている側なのだとひしひしと感じました。
「ミヤちゃん。入っていい?」
私は恐る恐る部屋の前で声をかけます。しかし、返事はありません。
「入るね」
私はゆっくりと襖を開けました。そこには布団に突っ伏しているミヤちゃんの姿がありました。
「おしりを突き出しているのはよくないと思いますが」
私の言葉にミヤちゃんはぴくっと反応します。
「~~~!目が開かない!?まさか、私は乱暴されてしまうの?フキちゃんにえろど――」
「何を言ってるんですか!」
するとミヤちゃんは仰向けになり、手を自分の目の方に持って行きます。そしてそのまま、指で瞼を広げました。
「あははは。ごめんね。瞼が引っ付いちゃってた」
ミヤちゃんはぎこちない笑みで答えます。
「泣いた後すぐに寝ちゃうと瞼がひっついちゃうの。私今まで知らなかったな」
「ミヤちゃん」
「大丈夫だから。フキちゃん。そんな顔しないで」
私は思わずミヤちゃんに抱きついていました。私のもとから消える人はいつもそんな顔をして消えて行くから――
「泣いてるの?」
「泣いてません!」
ぎりぎりで涙を抑えます。
「私はミヤちゃんが心配なの。研磨くんだってほとんど寝てないくらいに心配してるから。だから、無理はしないで。私たちにとっての大事はミヤちゃんなの」
ミヤちゃんは優しく私の頭を撫でます。
「フキちゃんは大人だね。きっと同い年の私たちの中で一番強いのはフキちゃんだよ」
「そんなことないです!」
私はいつだって無力だ。誰も、この手で守れていない。守りたいものはいつも簡単にこの手からすり抜けていってしまって――
「ううん。きっとフキちゃんは私より強いよ。誰かのことを本気で心配していて、そしてなにより、誰かを失うことの怖さを知っているみたいだから。それでもこんなに危険なことに足を踏み入れるなんて、私にはできないから」
「でも、でも――」
「ありがとう。フキちゃん」
私が励まされてしまっていてはどうしようもありません。
「ミヤちゃん。私は何もできない子だけど、でも、ミヤちゃんの悩みくらいは聞いてあげられるから。だから、何でも言って。なんでも受け入れて見せるから」
「もう十分聞いてくれていると私は思うけどな」
またミヤちゃんは優しく私の頭を撫でます。
「最初にフキちゃんに私の話をした時あったでしょう?その時、もうフキちゃんは私のおともだちになってくれないと思ったの」
「どうして?」
「みんな、私のことを腫れものを扱うようにしてたから。だから、フキちゃんも私のことを知ったら同じようにするんだろうなって。言った時、とても後悔した。でも、フキちゃんは私のことを受け入れてくれたから。だから、きっと私は魔法少女になることを受け入れられたんだと思う」
「そんな――!」
それでは私がミヤちゃんを魔法少女にしてしまったのでしょうか。
「違うの。私はこういう運命だったんだって、今は分かるから。ただ、誰かを守りたいって、そう思えるようになったのはフキちゃんのおかげ。私はフキちゃんの笑顔をずっと見ていたかったから。それができる魔法少女になれて後悔も何もないの」
「ミヤちゃん……」
そんな時に、私のお腹は大きな音を立てました。
「あら。可愛いらしいわ。フキちゃんを食べちゃうわね」
「やめてよ。って、なんで私の頭に口を近づけてるの?」
「え?だって、フキちゃんってば可愛くて食べるのがもったいないから」
「矛盾してるけど!」
「あれよ。お前を食っちまうぞ!うしお!ってやつよ」
「え?」
「食べちゃいたいくらい大事ってこと。うん」
なんだか本気で食べられてしまいそうでした。
「ところで、もうご飯なんでしょう?食べに行ったら?」
「でも、ミヤちゃんは?」
「私はちょっと疲れちゃった。でも、お腹が空いてフキちゃんを食べちゃいそうだから、もしよかったら何か食べられるものを持って来てくれるかしら」
「うん!」
私は急いで食堂に向かいました。
「あの……どうしたんですか?」
食堂は騒然としていました。
「フキか。それが、一人、急に倒れてな」
研磨くんの顔は恐ろしいほどに必死でした。
「美羽子!しっかりして!」
「立花さん。落ち着きなさい」
研磨くんのお母さんが倒れた女の子の傍で様子を見ます。
「どうも熱があるようです。この狭い空間ではストレスもかかるでしょうし、まだ2歳で高熱を出すというのはひどく心配です」
「どうすんだよ。かあちん」
「研磨。私のことはお母さまと呼びなさいと言いましよね」
「それよりも、百合子。早く、病院に連れて行かないと」
だから、母親を名前で呼ぶものではありません、と研磨くんのお母さんは悪態を吐いた後、静かに悩んでいました。
「何を悩んでいるんだよ」
「外は蟲の出現の可能性があります」
「でも、今日はすでに倒しただろ」
「日に日に蟲の出現する感覚が狭まっているのを忘れましたか!」
最初は3日に一度でしたが日に日に感覚は狭まって、最近は毎日蟲が出現するようになっていました。
「悩んでいる時じゃねえだろ!何か薬とか――」
「幼子に市販の薬ではいけません!ただの風邪ではない可能性があります!」
「じゃあ、なおさらどうしろと!」
美羽子ちゃんのお母さんはただおろおろとしているばかりで気の毒でした。
「なんとか、美羽子を!もう、琴音のように子どもを手放すのは嫌なんです!」
「え?」
どうしてここで琴音ちゃんの名前が出てくるのでしょうか。
「琴音はこの人の子どもなんだ。琴音は養子っていうのは知ってるだろう?」
その言葉に私はハッとします。
そして、場の雰囲気が一度に悪くなってしまったのを感じてしまいました。
ほとんどの人が鷺宮家の関係者であることと、長い間屋敷に閉じ込められていることが原因なのは明らかでした。
「そうだ。ミヤを護衛につければ――」
「それはなりません」
「ダメです。それは!」
私と研磨くんのお母さんは同時に言いました。
「なんでだよ。フキまで」
「蟲はこの屋敷を中心に出現しています。恐らくはサギノミヤを狙っているのでしょう。ここから病院へはそそぎ灘が近いです。しかし、そそぎ灘にミヤが行ってしまうと、この屋敷の近くに出た蟲に対処できません」
「でも!美羽子はどうなってしまうんですか!」
「ミヤちゃんは今非常に疲れています。少し休ませてあげたいと私は思います」
自分で食堂まで行けないほどに疲れているのを見ると、護衛に行けなど私は絶対に言えませんでした。
「じゃあ、どうしろって言うんだ!」
美羽子ちゃんは苦しそうに息をしていました。非常に危険な状態であるのは分かります。
「研磨。あなたも鷺宮の男なら、覚悟はできていますね」
その言葉に研磨くんは静かにうなずきました。
「今すぐ車を手配します。涼子ちゃん。研磨を護衛につけて、車で病院まで急いでくれますか?」
百合子さんは美羽子ちゃんのお母さんに親し気に言いました。
「けれど、蟲に襲われては――」
「俺が守るから。盾になってでも守る。それが鷺宮の使命だよ」
「そんな!」
研磨くんは私の言葉を手で制しました。
「大丈夫だ。フキ。俺には夢がある。琴音が泣かなくて済む世界を俺は欲しい。だから、そのために俺は頑張るって決めたんだ」
その言葉に私は何も言えませんでした。
研磨くんの姿が一瞬、キワムさんの姿に重なったからです。
「だから、お前にも笑っていてほしい!な?そんな顔してくれるなよ」
研磨くんは笑顔で私に言いました。
私はミヤちゃんに研磨くんのことについて知らせました。
「カンマが!じゃなくて、研磨が!」
ミヤちゃんは跳ね起きますが、すぐにしなびてしまいます。
「起きちゃダメだよ!」
私は無理矢理ミヤちゃんを寝かせます。
けれども、どうしてこんなにミヤちゃんはぐったりとしているのでしょうか。私が変身したときはそれほど疲れはしなかったというのに……
「そうね。研磨がそんなことを。なんだか大人になったというか、男になったというか……」
すると、またミヤちゃんは跳ね起きます。
「漢になっちゃったら、おホモ立ちになっちゃうかも!」
「要らない心配ですよ!」
私はミヤちゃんの頭を軽く叩きます。するとミヤちゃんは安心したようにまた寝転びました。
「ねえ、フキちゃん。ちょっとだけ相談、いいかな」
「ええ。私にできることなら」
私は少し改まってミヤちゃんの声に耳を傾けます。
「その、ね。Kちゃんって子がいるの。私のおともだちのおともだちの親戚の後輩」
「は、はい。そうですね。Kちゃんですね」
「う、うん。その子にはね、とっても大好きな子がいるの。いつも一緒にいてくれた男の子。いつもKちゃんを困らせていたけれど、いつもKちゃんのことを大事に思ってくれる子なの」
「はい」
「でもね、Kちゃんはその男の子がKちゃんのことを好きなのかどうか、とても悩んでいるの」
「大丈夫。その子はKちゃんのことが好きだよ」
「はっきり言うのね。でも、ちょっとだけ安心したかな」
誰のことを言っているのかはとてもよく分かりました。だって、ミヤちゃんにはおともだちは二人しかいません。
「でも、Kちゃんはこの先長くないの。それがよく分かっている。で、つい最近、Kちゃんと男の子に共通のおともだちができたの」
「そうですね」
私は少し嬉しくなります。
「だから、Kちゃんは身を引こうと思っているの。だって、Kちゃんは先が長くないし、男の子とそのおともだちは仲がよさそうだから」
「……」
「ねえ、どうかな、フキちゃん。男の子とそのおともだちは、二人で仲睦まじく――」
「ごめん、琴音ちゃん。私を怒らせたいの?」
なんだかちょっと前に似たようなことを考えていた自分にも私は腹を立てていました。
「研磨くんは琴音ちゃんが大好きなの!そんなの、見ても分かるよ!私が入り込む余地もないくらいに!研磨くんは例え琴音ちゃんがいなくなっても、琴音ちゃんのことを忘れたりしない。何があっても、どんなことがあっても!だから、そんなことを言わないで!私が守りたいものは、琴音ちゃんと研磨くんのイチャラブしてるところなの!だから、だから!」
一つの恋が始まって、それが終わる時ほど、女の子にとって苦しいことはないのです。
「私の夢を叶えてよ。琴音ちゃん。私はあなたに生きて欲しい。そのためなら、魔法少女なんてやらなくてもいい!逃げてもいい!辛いのなら、もうやめたいのなら!」
「フキちゃんも私と同じなんだね」
琴音ちゃんにそう言われた瞬間、なにか心の中で壊れたような音がしました。
琴音ちゃんはもうすでに覚悟を決めている。そんな風に感じたからでしょう。
「ありがとう。フキちゃん。最後に私の名前を言ってくれて」
ミヤちゃんの声が聞こえた時には、もうその姿はどこにもありませんでした。
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