第9歌 魔法少女の宿命

 第9歌 魔法少女の宿命






 琴音ちゃんはワームに向かってさっと手をかざしました。すると、琴音ちゃんの前に魔方陣が現れます。


「カムチャッカファイアぁあぁあぁあぁあぁ!」


「時代錯誤じゃないですか!?」


 魔方陣から炎が噴き出します。その炎は形を変え、龍となり天へと上ります。そして、思い出したかのようにワームへと顔を向けて――


「ここは私も行かないとね。平成最後のリスペクトとして」


「あのですね!ギャグパートだからって簡単に矛盾する言葉を言わせてはダメなんですよ!」


 でも、作者はきっと私の忠告など聞かないでしょう。それだから、万年底辺なんです。


 チリン、と音が鳴って、琴音ちゃんの足に魔方陣が現れます。魔方陣の中心に足を入れ込み、魔方陣はエスカレータのようにどんどんと琴音ちゃんの足へと昇っていきます。


「身体強化完了。3秒後に起動増加魔法を設定。いざ!」


 琴音ちゃんは軽くジャンプしました。けれども、すごい砂煙が舞って、一瞬後には上空へと、灼熱の龍の待つ空へと浮かんでいます。


「げほっ。げほっ。やっぱり、あれは、魔法少女……」


 琴音ちゃんが右足を延ばした瞬間、高速でワームに向けて落ちていきます。龍は琴音ちゃんに寄り添うようにワームへと向かい、そして、龍はワームを焼き払いました。


「キックする必要あったの?」


「最近はあんまりキックとかしないからね。リスペクトで」


「いやいやいや」


 もう無茶苦茶でした。


「初めての変身だったから、少し慣れておきたくて」


 琴音ちゃんをまばゆい光が包み、琴音ちゃんは元の衣装に戻りました。その手には研磨くんからプレゼントされた携帯電話が握られています。


「って、フキちゃん!?私、見られてた?こういう時、どうなるんだろ!あれかな!カエルになっちゃうのかな!」


「うん。大丈夫だと思うよ」


 かつて私も似たような心配事をしていたと思って、くすりと笑ってしまいます。


「って、そうだ!フキちゃん。あなた、あの蟲が見えたのよね。それと、私のことも。これは一大事だわ。私の家にいないと」


「い、いえ。でも、迷惑なのでは」


「ううん。いけない。あそこにいなくては蟲に食べられてしまうの。私も始めて見たけど。だから、行こう?」


 確かに、今の私にはできることはなにもないようでした。


「分かりました。お世話になります。琴音ちゃん」


「ううん。違うわ」


 琴音ちゃんは少し寂しそうな顔をしました。


「私の名前はミヤ。魔法少女ミヤだから」






 琴音は嫌な予感とともに頭痛が襲ってきた時に全てを悟った。


 自分の代でとうとう奴らが訪れたのだと。


 500年前の先祖からずっと言い伝えられてきた伝承が今現実となりつつあったのだ。


 琴音はさっきできた友人にその場にいることを忠告した後、母親を探し屋敷を走り回る。


 義理の母親。


 鷺宮家は代々とあるものへの適正のある少女を養子とする習慣があった。そのとあるものとはアレの認めた少女であることらしい。だが、琴音は今までアレについては何も知らされていなかった。ただ、自分の運命を縛るものとして密かに恨みの感情を抱いていただけだった。


「琴音」


 義理の母親が琴音を呼び止めた。


「入りなさい」


 琴音は大人しく部屋に入る。


「とうとうこの時が来ました。あなたが魔法少女になる時が。いいですか。あなたは今から己の名前を捨てなければなりません。新たな名前を持つ、戦士として、人々の平和のために尽くさねばならないのです」


「はい。分かっています。私の使命は蟲を倒すこと……」


「はき違えてはなりません。あなたの使命は――」


「あの……すいません」


「だれだ!」


 場違いな声が聞こえて母親は破裂音のような怒声を響かせる。


 琴音は顔をあげた先にともだちがいるのを見つけて、優しく声をかける。


「あら。フキちゃん。どうしたの?こんな所まで」


「その、えっと……はい。そろそろお家に帰りたいな、と思いまして。それと、このプレゼントを……」


 琴音はフキから手渡されたプレゼントを見て、涙をこぼしそうになる。


「このような時にそんなものを……」


「開けてもいいかしら。フキちゃん」


「多分……」


「ありがとう。まあ……」


 覚えていてくれるだけで琴音は嬉しかった。


「これは研磨からね」


「あなたに誕生日など……」


「それは携帯電話ですか?」


「ええ。おもちゃみたいだけど」


 魔法少女になるということは敗れることは許されないということ。どんな情報も弱みになる。よって、琴音は己の誕生日をなかったことにされていた。


 だが、唯一、幼いころから共に育ってきた幼なじみだけが琴音の誕生日を祝ってくれたのだ。


「ありがとう。フキちゃん。でも、フキちゃんはこの家から出てはダメ。外はきっと危ないもの。だから、少しだけ、待っていて」


「でも……」


「さあ、早く儀式を始めますよ?」


「儀式ってなんですか?」


「部外者には関係のないことです」


 琴音はフキに優しく声をかける。


「フキちゃん。しばらくここで待っててね」




 一目会った時から、琴音にとってのフキは特別な存在になった。どこからどうみても平凡で、特徴もない、そんな女の子。全てを特別にされて存在しないことになった自分と似て非なる存在。琴音にはフキが羨ましくてたまらなかった。


(けれど……)


 琴音はおもちゃの携帯電話を抱きしめる。


「私にも大切な人がいるから」


 だから、もう寂しくないのだと。


 琴音はゆっくりと池を渡って、古びた祠へと向かっていった。


 そこには500年前からとある存在が祀られてあった。


(サギノミヤ……)


 サギノミヤという存在について鷺宮の人々はあまり多くを知らない。


 かつて、大いなる力で争いを止めたことがあるということと、来るべき時に少女に力を与えるということだった。その力を与えられた存在が魔法少女。


「さあ。本格的に蟲が現れたみたいよ。早く力を与えなさいよ」


 瞬間、琴音はまばゆい光に包まれた。


「ここは――」


 ただ明るいだけの空間だった。音も臭いも、何もしない。視界も明るいだけで何も見えて来はしなかった。


『とうとう来てしまったんだね』


 ただ、『声』とだけ言うべきものが琴音の耳に響く。そこには音はない。抑揚も響もない。伝えるだけの何かが琴音に伝わるだけのことだった。


「あんたがサギノミヤね」


『その名前を500年後も呼んでくれるとは。あの子は本当に約束を守ってくれたらしい』


「早く済ませてくれないかしら。私は何を――」


『キミは、何を望む?』


「え?」


 突然の問いに琴音は虚を突かれる。


『キミはその力で一体何を望むというんだい?』


 その問いに答えようとして、琴音は己の中の望みが何一つないことに気がついた。自分が空っぽの容器であることに。自分の意志で望みを叶えようとしてこなかったことに。


 故に、琴音にはその問いを答えることはできなかった。


(違う……)


 琴音は胸の携帯電話を抱きしめる。


(私にも欲しいものがある。例え世界を敵に回してでも、守りたいものが!)


『そう。それでいいんだ』


 姿を現さないものはそう言った。琴音はそれが頷いているのだと分かった。


『ボクは君に力を与える。いつか奇跡へと至る可能性を持つもの、魔法を。願わくば、奇跡へと至らんことを。そして、ボクたちの決断に答えを見つけてくれることを』


 琴音の胸の携帯電話は辺りの光を吸収し始めた。


 そして、気がついたときには、古びた祠の前に立っていたのだった。


 琴音は腕の携帯電話を右手に持ち、天に掲げる。


「願わくば奇跡に至らんことを!」


 その言葉とともに、琴音は光に包まれ、光が静まった時、そこには白いフリルのついたシャツを着た少女が立っていた。






「琴音!」


 私は襖を開けて部屋に飛び込んできた研磨くんに驚きます。


「って、なんでお前まで」


「いやあ、なりゆきと言いますか」


 この部屋にはさきほどワームから逃げてきた女の子二人もいました。


「こいつらは、確か、月影家の――」


「灯と夜空です」


 琴音ちゃんのお母さんが言いました。


「分家が狙われる可能性が高いとは思っていましたが、まさか、これほどピンポイントとは。あながちただの獣とは思えませんね。蟲というやつは」


「琴音、大丈夫だったっか?」


「研磨!」


 お母さんの声が響きます。


「あなたも鷺宮の正式な跡取りであれば分かっているでしょう!」


「ああ」


 研磨くんは少しうなだれました。


「お前の名前は――」


「ミヤ。魔法少女、ミヤ」


 それから研磨くんは二度と琴音ちゃんの名前を呼ぶことはありませんでした。


「それぞれの分家、月影家、波野家、立花家には鷺宮家へと避難するように言いました。分家の中には連絡を絶っているものもいるようですが、致し方ありません」


「はあ。結構な大家族のようですね。ひっ」


 お母さんに睨まれて私は小さく叫び声をあげます。


「ミヤ。この娘のようにワームに襲われる可能性のある者を屋敷で保護します」


「でも、この屋敷も危ないのでは」


 するとお母さんは溜息を吐きました。


「この屋敷には結界が張られています。不浄なものが入れないような代物です」


 なんだかすごく怖いお母さんでした。


「それと、わたしはあなたのお母さんではありませんので!義理でもありませんから!そういうのはまだ早いのです!」


 やはり、こういう流れなのだな、と私は妙に納得してしまいました。


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