第7歌 過去へ……

「鷺宮……」


 ということは、つまり、ミワちゃんのご家族か親戚なのでしょうか。少し琴音ちゃんは大人びてはいますが、私と同じくらいの歳のような気がします。


「やっぱり、鷺宮については知っているのね」


 少し琴音ちゃんは寂し気な顔をしました。


「い、いえ! あまり知らないです! 少し似ている名前の人を知っていたというか……」


「そうだ! どうかな、フキちゃん。家でスイカでも食べない?大きなスイカをもらったんだけど、みんなでは食べられないから」


「い、いえ。そんな突然に……」


 さっき知り合った人からごちそうしてもらうということにも気が引けていましたが、なにより、こんな大きな門をくぐるのには気が引けてしまいます。


「別に遠慮しなくても――」


 ぐぎゅるるるるる……


「お腹は遠慮しないみたいね!」


 私は顔を赤くします。自分では分からないけれど、絶対に赤いです!


「さ、食べよう?スイカじゃお腹はふくれないかもしれないけど」


 琴音ちゃんは私の手を引いて門の中に入って行きました。


「すごい……」


 有名なお寺とかそういう感じの庭が広がっていました。なんというか、風流です。


「なんだかあれな家だけど、遠慮しないで。まあ、みんなはあれかな。あまり部外者が好きじゃないというのがあるから、嫌な顔をするかもしれないけど。フキちゃんが嫌な思いをしたらごめんね?」


「いえ!おかまいなく!」


 さりげなく相手を気遣うところとか、とても憧れました。でも、少し、なにか引っかかるようなところがあります。けれど、些細なことですし、考えてみてもはっきりとした答えは出そうにありませんでした。


「お邪魔します……」


 玄関もまた広かったです。お金持ちは横に広い家を持っていると聞きましたが、本当に広いです。部屋がいくつもあって、ちょっと前に訪れた旅館を思い出しました。


「あのですね、琴音ちゃん。ここって、その、着物を着たおかっぱの女の子が毬をついてしませんよね?」


「うん?そんなことはないけど……」


 すごく不思議な子のように見られてしまいました。


 でも、少しあの旅館と雰囲気は似ていました。


「ちょっと前に旅館でお札のいっぱい張られた部屋を見たんです」


「……冗談、よね……」


 えへへ、と琴音ちゃんは苦笑いします。


「そ、そうですね。あははは。そうですよ。うん。そうなんです。急におかっぱの女の子が消えたとか、耳元で声だけがささやいて来たとか、そんなこと、ありませんから!」


「琴音」


 廊下を歩いていると突然声をかけられたので私たちは悲鳴を上げてしまいました。


「何を驚いているの」


 後ろを振り返ると、着物を着た人が立っていました。とても美人でした。


「い、いえ……」


「その子はだれ?この地にむやみに人を立ち入らせてはいけないといったはず」


「申し訳ありません。お母さま」


 琴音ちゃんは頭を深く下げていました。あまり家族関係はよくないのでしょうか。


「早く帰らせなさい。あなたには鷺宮の使命があるの。それを忘れないで」


「はい」


 琴音ちゃんのお母さんはそう言って去っていきました。色々と通路がある廊下なので、もう琴音ちゃんのお母さんがどこに行ったのか分からなくなりました。


「ごめんなさい。琴音ちゃん」


「いいのよ、別に。それより、ここでスイカを食べない?持ってくるから!」


 ここというのは縁側でした。広くて綺麗な庭が一望できる、素晴らしい場所でした。


「じゃ、行ってくるね!」


 そう言うと琴音ちゃんは廊下を走って行きました。遠くから、「廊下は走ってはいけません」という声が聞こえます。さきほどのお母さんの声でした。


 私はきっと一歩でも歩いてしまえば迷子になること間違いなしなので、一歩も動きませんでした。この歳で迷子になるとなると、ミワちゃんやコロネちゃんにバカにされそうです。


 きっと一番バカにするのはソラさんで……


「そっか……」


 もう、ソラさんはいない。


 生きているだけでも幸せなのだとそう思わなければならないのに、でも、あんな姿を見てしまうと、いっそ……


「ダメです。そんな」


 私は気分転換に庭でも見ようと思いました。


 縁側の下は白い石が敷き詰められていて、有名なお寺みたいだと思いました。その周りには緑の木々が立っていて、庭の真ん中にはポツンと池がありました。どこからか水が流れてきているようです。そして、その池の中心に、守られるようにして祠が立っていました。


 もう、何年も触れられていないような古びた祠でした。けれども、そこだけ時間が止まったように、世界から隔離されたように浮かんでいます。


 魔法少女もそんなものなのだな、と何故か感じました。現実からも夢からも仲間外れにされたそんな存在。


 魔法少女の運命――


 私は思い出さないようにしていたことを思い出して息苦しくなります。


「大丈夫?」


「わっ」


 突然琴音ちゃんが私の顔を覗き込んでいました。


「びびびっ、びっくりしました!」


 腰を抜かすということはこういうことなのでしょうか。


「何か悩み事?」


「いえ。大丈夫です」


 きちんとした受け答えにはなっていないと思いました。


「はい。スイカ」


「ありがとうございます」


 私はお皿に乗った大きなスイカを受け取ろうとして、けれども、そのスイカは私のもとから逃げていってしまいました。


「何故!」


「フキちゃんが悪いんだもん!」


「え?」


 琴音ちゃんは頬を膨らませていました。


「何か悪いことをしたでしょうか?」


「うん!フキちゃん、悪い!」


 どうも私は琴音ちゃんを怒らせるようなことをしたようでした。


「ごめんな――」


 すると、琴音ちゃんは私の口に切られたスイカを押し付けてきました。


「ふぉふぉふぁふぁふぁふぉふぃ!(なにするんですか!)」


 琴音ちゃんは私の口からスイカを抜き取ります。


「敬語は禁止!」


「は、はい!」


「違うでしょう?」


 頬を膨らませている琴音ちゃんはとてもかわいくて抱きしめたくなりました。


「うん?」


「そう。うん。じゃあ、スイカを食べてよし!」


「それよりも、琴音ちゃんを抱きしめてもいいですか?」


「敬語……って、なんで?」


 何故でしょう。きっと、とてもキャラの濃い魔法少女が悪さをしたのです。


「うん。一時の気の迷いだよ」


「ならいいけど……」


 なんだか最近私のキャラがブレまくっているようです。




『いいですわ!もっとやれですわ!』




「なんだかゾッとしたんだけど」


「きっと外伝とかスピンオフから邪な何かが流れ込んできたんだと思う」


 私たちはスイカを食べ始めました。


「ずっとあの祠を見てたけど、何か感じた?」


「え?」


 確かに祠は見ていましたが、正直あまり気にしてはいませんでした。


「置物としては珍しいな……と」


「そ、そうだよね。うん。おきもの、オキモノ」


「あれって、なんなの?」


 しばらくの間、琴音ちゃんは何も言いませんでした。心配になった私が琴音ちゃんの顔を覗こうと思ったときに琴音ちゃんは言いました。


「あれはサギノミヤっていうの」


「……」


 私は何も言えませんでした。


「うちの名前と同じ。実はね、私、本当はここの家の子じゃないんだ」


 私は何かを言うべきだと思いました。ただ同情するだけの言葉は簡単に浮かびます。けれども、それでは琴音ちゃんを傷付けることになってしまうかもしれません。


「その、ごめんなさい」


「フキちゃんが謝ることじゃないよ。フキちゃんは優しいね」


「そんなことないよ」


 私は琴音ちゃんに優しい言葉を掛けてあげることができません。一歩、踏み出す勇気がいつも足りなくて――


「私が力になれることがあったら……何もできないけど、でも、頑張るから!」


 いつか、私は守られる立場から守る立場に代わりたいと思っていました。


 私が悩んでいる時、いつも相談に乗ってくれる友だちがいたから、今度は私が琴音ちゃんを助ける番です。


「ありがとう。やっぱり、フキちゃんは可愛いね。まだh――」


「まだそのネタを引っ張りますか!」


「うふふふふ。ごめん。つい、ね。フキちゃん。フキちゃんにとっては気持ちのいい話ではないと思うけど、聞いてくれていいかな?」


「もちろん!」


 琴音ちゃんはふふ、と一度笑って話し始めます。


「私の家はちょっと特殊でね。その、この鷺宮が本家で、うちは分家だったんだ。なんというか、家同士仲が良いというかね。で、この家に女の子が産まれなかったから私がこの家の養子になったの。でも、やっぱ、この家、ヘン。ずっとあのサギノミヤを守ってるんだって。500年もだよ?それに、規則も厳しいし。だから、研磨もいやになっちゃうんだね。あ、研磨っていうのはフキちゃんの大切なものを奪った男の子ね」


「言い方がとても語弊を産むんだけど」


「大丈夫。私がフキちゃんをお嫁に貰うんだから。これ、決定事項ね!」


 そうはっきりと言われるととても恥ずかしくなります。嬉しいのですけど、喜んでいる私にはそんな趣味があるのかと、いえ、冗談なのは分かっているのですが。


「あの子がこの家の本当の子どもなんだけど、いつも家の外に出てね。私も外出を制限されてたりするから。それに毎朝変な授業みたいなのも受けさせられるし。もう、うんざり」


 でも、琴音ちゃんは心底家を嫌っているという風ではありませんでした。


「早速浮気?」


「へ?」


 琴音ちゃんは驚いた顔で私を見ます。ついでに顔もどんどんと赤くなります。


「女の勘です」


「どうして分かったの?」


 私は琴音ちゃんが尋ねる前に答えました。


「次に琴音ちゃんは次にこう言う。『研磨とは別にそう言うんじゃないから!なんでもないただのともだちだから!』」


「研磨とは別にそう言うんじゃないから!なんでもないただのともだちだから!」


 琴音ちゃんはもうひと段階驚いた顔をしました。


「えすぱぁ?」


「いえいえ。それほどでもあります」


「やっぱり、フキちゃんは面白いね」


 ふと、視界の端で何かが動いた気がしました。


 琴音ちゃんの向こう側に手が伸びています。縁側の下から、スイカを狙うように……


「って、研磨!?」


 すると、腕はすっとスイカを引っ張り、どこかに消えていきます。


「床下に潜って!服が汚れても知らないよ!」


「というか、さっき家の外に出て行ったばかりなんじゃ――」


「研磨はこの家のことをなんでも知ってるから。きっと誰も知らない隠し通路でもあるんじゃないかしら」


 琴音ちゃんは怒っているのになんだか嬉しそうでした。


「やっぱり」


 琴音ちゃんは研磨くんのことが好きなようでした。


 それがちょっと羨ましいです。私の好きな人は私が辛い思いをしている時にどこかに行ってしまいました。


「バカ」


「え?もしかして、そっちに目覚めたとか?」


「なんでもないです」


 ふと、確かめた方がいいことがあることを思い出します。


「あの、今日は何月何日でしょう」


「8月24日だけど」


「何年の?」


「2005年」


 なるほど。


 私はやっぱり10年前にタイムスリップしたようです。


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