第6歌 新たなる旅路

 私たちがたどり着いたときには全てが終わっていました――




「ミワちゃん……」


「やめてよね、そういうの。ミワが死んじゃったみたいじゃない」


 ミワちゃんは病室のベッドに寝ていました。細くて綺麗だった足には今や包帯がぐるぐると巻かれています。


「はあ。一人くらいは道連れにできると思ったんだけどな」


 その言葉に私は頭に血が上りました。


「ふざけないで!」


「もう、唾が飛んでる」


 私の頬に生温かい感触が滴ります。


「なんで、みんな、そんな危険なことをするの?魔女が二人もいるっていうのに、一人で戦うなんて無茶だよ!おかしいよ!そんなの!」


 私はこみ上げてくる嗚咽を必死で押し込めます。


「もう、嫌なの!誰かが私のために傷付くのは!どうして私なんかのために――」


「甘ったれてんじゃないわよ!」


 ミワちゃんの怒声に私は身をすくめます。


「別にアンタのためにやったわけじゃない。そんなの、ミワが勝手にやったのよ。それを自分のために誰かが犠牲になっただなんて――バカ?それともアホ?頭悪いの? いい?ミワはアンタじゃなくて、アンタの造る未来のために頑張っただけなの。もともとこの戦いはずっと、10年間、いいや、もっともっと昔から誰かが犠牲になってきた戦いなの。強くなりなさい。フキ!」


「そんなの……自分勝手だよ」


「そうやって逃げるのね。逃げたかったら逃げれば?その方がアンタにお似合いよ!」


 私はミワちゃんを睨みます。


「な、なによ」


「私はもう逃げない。そう決めたから。だから、現実を受け入れます!」


 私は思いっきり自分の頬を叩きました。これで、もう悪い夢はお終いです。


「どうしてみんな私をそこまで評価するのかは分からない。けど、そんなこと関係ないんだと思う。少なくとも、私自身には関係ない。私は、もう悲しいことは嫌だから。悲しいことを無くすために戦うと決めたから」


「ほんと、アンタがミワにどうこう言える資格ないわね」


「どうして?」


「だって、アンタの夢の中に、自分の姿は映ってないでしょう?」


 そう言われて私はぎくりとします。


「フキ。アンタはいとも簡単に自分を捨てる気でいる。でもね、わたしたちはそんなことをさせたくないの。お兄様も、わたしも、コロネも、そして、アオやソラだってね」


「でも――」


「そう。そんなアンタだからほっとけなくて、そして、守りたいと思うのかしら」


 ミワちゃんは肩をすくめて溜息を吐きます。


「守られるのが嫌なら、誰かが犠牲になるのが嫌なら、誰かを守れるほどに強くありなさい!その瞳から零れる涙を拭って、前を向きなさい!」


 私は服の袖で涙を拭います。


「どう?フキ。あなたは誰かを守れるほどに強くなりたい?」


「なりたいです!」


 自分でも驚くほどに力強い声でした。


「よろしい。それなら、大丈夫かしら」


 どうも独り言のようなニュアンスでした。


「コロネは元気?」


「今日はちょっと休んでるって」


 扉の向こうから聞こえる声も少し不調なようでした。


「そう。あの恥さらしがわたしを殺しにかかったということは時は満ちたという合図なんでしょうね。よろしい。うん。よろしいわ」


「何を言ってるの?」


 目の前のミワちゃんが私には別人のように思えてなりませんでした。


「もうすぐ魔女と決着をつけなければならない。でも、そこにはミワはいけない。フキとコロネだけでいかなければならない。あの面汚しはわたしのことを拒んで門を閉めてしまうから」


「さっきから何を言ってるの?」


「だーかーらー、アンタには強くなってもらわないといけないの!」


 ふと頭の中に修業シーンが流れます。クルミを指で割れるようにならないといけないのでしょうか?体中にお猪口を載せて水がこぼれないように姿勢を保つとか、もしくは重い亀の甲羅を背負うのでしょうか。


「なんだか、いろいろと偏りがあるけど、魔法少女ものに特訓なんて似合わないしね。まあ、わたしに特訓をさせるとしたら、滝を垂直に上ってもらったり、呼吸を小さくするマスクをはめてもらったり……って、話を脱線させないで」


「いや、ミワちゃんが勝手に脱線したんじゃ……」


「とにかく!フキ。あなたは全てを知らなければならない。10年前、一体なにが起こったのかを。始まりの魔法少女と、そして、始まりの魔女の話を」


 ミワちゃんは腕を伸ばして私の頭にそっと触れます。


「あっちについたらあなたは一人で戦わないといけない。でも、決して目を逸らしてはダメ。わたしがいなくても戦っていかなくちゃダメだから」


 だんだんと頭がぼーっとしてきました。




 それと、お兄様とお姉ちゃんによろしく。




 そう聞こえた時には私の意識は闇の底に沈んでいました。






 目を覚ますとそこは雪国だった、ということはありませんでした。


「って、暑っ!」


 辺りにはセミが鳴いています。それだけで私は暑く感じます。それに、私は冬の服装なので――


「うぅう……ミワちゃんの意地悪!」


 私はその場で服を脱ぎ棄てていました。


 とてつもなく恥ずかしいです。


「なんでストリップショウを繰り広げないといけないんですか!」


 上はシャツ一枚、下はスカートという微妙な恰好です。タイツは当然脱ぎ捨てました。


「靴下もですか」


 長い靴下も脱いで裸足で靴を履きます。


「なんだか気持ち悪いです」


 一息ついて私は辺りを見渡します。目の前にはすごく大きな門がありました。木でできた門です。そこにはどこかで見たような紋章が書かれていました。門の周りは田舎、といった感じでしょうか。


「ここ、どこでしょうか」


 夢、にしては暑いと感じるのはおかしいですし。とにかく、どこか見知った場所がないかと門を過ぎて塀に沿って歩き出しました。


「そういえば……」


 ふと、ミワちゃんは魔法少女になっていないのにこんなことをできるんだな、と疑問に思います。これは魔法じゃないのでしょうか。では、今まで見ていたのが本当は夢?


「それは違う」


 それは逃げる行為だと私は思いました。例え悪夢であっても、私は逃げてはいけません。


 と、そんな時でした。


「きゃっ」


 突然何かが上から降ってきて、私は声を上げました。つい、尻もちをついて目を閉じてしまいます。けれども、何事もないようなので、ゆっくりと目を開けました。


 すると、目の前には私と同じくらいの年の男の子がいて、私のことをじっと見ています。


 正確には私の顔の少し下あたり。


 尻もちをついた後のスカートは……


「何見てるんですか!」


 私は男の子に怒鳴ります。そして、急いでスカートの中身を閉じます。


「いくら熱いからってさ、パンツを穿かないってのはどうかと思うぜ」


 一瞬頭が真っ白になりました。


 手に持っているタイツを見ます。そのタイツの中には生温かいピンク色の何かが入っていて――


「~~!」


 もう、声にもなりませんでした。


「もう、お嫁にいけない」


「でも、まだはe――」


 私は近くにあった石を男の子に投げます。


「デリカシーというものがないんですか!!」


 なんなんですか!いきなり、このエロガキは、何を言いだしているんですか!


 男の子は私の投げた石を簡単に避けます。


「こら!研磨!」


「おお!やべぇやべぇ。逃げねえと。いいもん拝ましてくれてありがとな」


「死ね!」


 私はまたも近くの石を投げますが、男の子はひょいとかわしました。


 男の子は一目散に逃げていきます。


「大丈夫?研磨が変なことをしなかった?」


「もうお嫁に行けません」


 私は声をかけてくれた人を見ました。


 黒く長い髪が風に揺れます。その髪の中に見える顔はとてもきれいでした。


 誰かにとても似ているように私は感じました。


「アイツ、こんな可愛い子に何を――!」


「いやあ、それほどでもないですよ」


「ちょっと変わった子ね」


 そう言われてちょっと落ち込みます。綺麗な子に変なこと言われてしまいました。それに薄々気がついていました。でも、周りがもっと変な子なので、あまり気にならなくて……


「えっと、ごめん。その、悪気はなかったっていうか……そう。可愛い!可愛いよ!」


「ありがとうございます!」


 こんなきれいな人に可愛いと言われるとなんだかてれてしまいまふ。


「あなた、ここではあまり見ない子ね。おじいちゃんかおばあちゃんの家に遊びに来てるの?」


「いえ、私にも何が何だか――」


 でも、これ以上変な子だとは思われたくありませんし。


「私はフキって言います!蕗谷メブキ!そよぎ丘の小学校に通う12才、小学六年生です!」


「そう……小学六年生でまだはe――」


 私は無言で石を投げます。


 綺麗な人はさっと石をキャッチしてしまいました。


「いや、ごめん。つい、弄りたくなる顔だったから。あんなところとか、こんなところを」


「なんなんですか!ここの人は!変態ばかりなんですか!」


「あの、パンツ穿いてから言った方がいいよ。うん。だって、フキちゃん、一番の変態さんだから」


 すごくショックですけど、正論でした!


「なんなら、穿かせてあげましょうか?」


「自分で穿けますから!」


 人前でパンツを穿くのは恥ずかしいですけど、風に揺られでもしたら大変です。


「うふふ。フキちゃん、エロかわね。むしろ、エロ皮?」


「やめてください!」


 あはは、と綺麗な人は笑います。


「あの、あなたのお名前は――」


「そうだったわね」


 その時、ふわりと風が吹いて、女の子の髪が揺れます。




「私の名前は琴音。鷺宮琴音」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る