29話 だってかっこつけたいじゃん

  これは、ある男の長い1日の、始まりの物語である。




「まさか、こんなことになるなんてな」


 アニシ村のギルドにてイスに座っているエルナトが天井を仰ぎながら口を開いた。

 同じ卓にはクラトル、イクシオ、ムツラが座っている。


「これは千載一遇のチャンスだぞ」


 クラトルの言葉に「おう」と、相槌を打つムツラ。


「正直、この期を逃したらオレたちに二度とチャンスは巡ってこない気がする」


 いつになく真剣な顔で話す3人に、イクシオは軽くため息をついた。


「お前ら、こんな時に不謹慎だぞ」

「なに言ってるんだ!」


 エルナトがビシッと指を向ける。


「女の子とお近づきになれるかもしれないんだぞ!」


 横から「そーだ、そーだ」と、合の手を入れるムツラ。

 今までレイナに振り回される以外に、女っ気などとは無縁の生活を送って来た彼らにとって、女子パーティと知り合いになったことは夢にまでみたイベントだった。


「オレ、知ってるんだからな。この前、赤いあく‥‥フィータさんと2人でいい感じになってただろ!」


 ムツラが言っているのは、エルアを病院に連れ込んだ晩のことだ。


「違う。あれはお前たちの非礼を詫びるのと、彼女を励ますために‥‥」

「それが、いい感じになってるって言ってんだよーーー!」

「むっつりイクシオめ」


 クラトルは「なあ?」と、エルナトに言葉を投げるが、エルナトから同意は返ってこない。


「エルナト?」

「クラトルだって‥‥」

「?」

「クラトルだって、あの子たちの前でかっこつけてたくせに!」

「おれがいつ、そんなことをした」

「大して精霊のこと知らないくせに、ドリュアデスの解説なんかしちゃって!」


 エルナトの言葉にムツラが加勢をする。


「そうだぞ。たまたまシラの森でドリュアデスのこと聞いたばかりだっただけのくせに」


 たしかに、と頷くイクシオ。


「お前が披露した知識は、あの時の我々はみんな知っていた」

「いや、だってかっこつけたいじゃん」


 クラトルは、特に悪びれもせず真顔で返した。


「お前らなあ、レイナさんというものがありながら‥‥」

「なに言ってるんだ。レイナさんは1人しかいないんだぞ」

「殺し合うか? 今からこの場で殺し合うのか?」

「やってやるよぉ! 強いやつから好きな子を選んでいくってのはどうだ?」

「望むところだ」

「ねえ、ちょっといい?」

「「!」」


 殺気立って声を荒げていた彼らは、いつの間にかフィータが傍に立っていたことに気付かなかった。

 恐る恐る彼女を見る4人。ムツラが口を開いた。


「なんでしょう?」

「えーっと‥‥あなた」


 フィータはイクシオを指差すと、ちょいちょい、と手招きした。

 訳も分からずフィータの元に立つイクシオ。


「ちょっと、彼借りるわね」


 そう言ってフィータは、イクシオの裾をつまんでギルドから出て行った。


 選ばれなかった者たちは、ただ口をあんぐり開けて勝ち誇った顔で去って行くイクシオを凝視することしかできなかった。

 何の用事かは知る由もないが、とにかくイクシオは選ばれた。




「‥‥」

「‥‥」

「‥‥」


 しばらく、ただ手元を見つめる3人。

 やがて、ぽつりと誰かが声を発した。


「いいやつだったな」

「ああ、いいやつだった」

「なんで‥‥イクシオなんかが‥‥」

「あのー‥‥」

「「!」」


 続いてウィンがやって来た。

 彼らの卓まで駆け寄ると、3人を見回す。


 息を飲む3人。

 ウィンはその中の1人を手で示した。


「クラトルさん、ちょっとお時間いいですか?」

「はい。もちろんです」


 卓の下で拳を握りしめるクラトル。

 この世の終わりのような顔をする選ばれなかった者たち。

 クラトルは肩を張り出しながらウィンの後に着いていきギルドから姿を消した。




「‥‥」

「‥‥」


 互いに言葉が見つからないエルナトとムツラ。


「あ、こんなところにいたー!」

「「!」」


 2人がバッと顔を上げると、レイナが卓に歩いてきていた。


「レイナさん、どうしたんですか?」

「レイナさん、どっちに用ですか?」


 思わず立ち上がって彼女に詰め寄る2人。

 レイナはのけ反りながら2人の顔を交互に見ると困ったように口を開いた。


「いや、どっちでもいいんだけど」

「どっちでもいい!?」


 エルナトとムツラは互いに睨みあった。

 残り物にはなりたくない。

 そんな、2人の強い気持ちが無言の圧となって正面からぶつかり合う。


しばらく火花を散らしていた2人だが、やがてムツラが手を差し出した。


「痛み分けだ」


 エルナトはムツラの手をとった。


「ああ」

「逆に考えるんだ。2人でもいいんだ」


 なんだかわけが分からないがとりあえずキモい。

そんな言葉を飲み込んだレイナは、2人に背を向けると歩き出した。


「なにやってんの。はやく来て」

「「はい!」」






 ウィンに連れられたクラトルは、胸の高鳴りを抑えながら彼女の後を追うように歩いていた。


 どんな話なのか。クラトルはいくつかのパターンの会話を脳内でシミュレーションしていた。

 やがて、前を歩くウィンが声を発する。


「すみません。いきなり呼んでしまって」

「大丈夫ですよ。それより、なにか用ですか?」


 時刻はまだ昼。夜の約束をするにはいささか尚早ではある。


「はい、実はドリュアデスのことについてなんですが」


 クラトルの考えをよそに、ウィンは自分がドリュアデスを使い、エルアに除霊魔法をかける旨を彼に伝えた。


「それで、一応それが可能かどうかを確認しておこうかと思いまして」

「なるほど」


 クラトルは腕を組んでしばらく考えこんだ。


 夜のお誘いではなかった。


 それどころか、想定していた中で最悪の用事だった。

 たまたま立ち寄った場所で小耳に挟んだ豆知識程度の情報を、あたかも専門家の意見のように披露したツケが早くもやってきたのだ。


 クラトルは、冷や汗が流れるのを肌で感じながら、あくまで冷静を装って答えた。


「この場ですぐに答えることはできません。確認することがありますので、明日まで待ってもらえますか?」

「わかりました。よろしくお願いします。」

「‥‥」

「‥‥?」

「‥‥用件はそれだけですか?」

「? はい」

「たとえば、今夜の予定とか」

「今夜はレイナと酌を交わすことになっています」

「そうですか」

「はい」


 クラトルは軽く会釈すると全速力でギルドに向かった。

 そう、今重きを置くべきはナイトフィーバーではなく、己の体裁である。

 大勢の前で浅知恵を披露していたことがバレれば、ウィンだけでなくレイナにも愛想を尽かされてしまうだろう。


 隠し通すしかないのだ。






 ギルドへと走っていたクラトルは、その隣の空き地にエルナトとムツラがいることに気づいた。彼らの見ている先では、ユキヒロが死にそうな目をして走っている。


「おいお前ら、こんなところでなにしてるんだ?」


 クラトルの言葉に振り返った2人は、何も言わずに手元の紙をクラトルに渡した。

 そこには記号がいくつか描かれていた。


 4本並んだ縦線、そしてその上から斜線が引かれている。それが3つ。

 さらにその隣には縦線が2本並んでいる。


「17?」


 それは普段、数を記録する際に使う記号で、1つの記号が5を表している。


 ムツラは、クラトルから紙を受け取ると、ゆっくり走るユキヒロを見ながら口を開いた。


「さっきレイナさんに呼ばれてな、アイツのランニングを見ているように言われた」

「へえ、いつまで?」

「300周」

「そんなに!?」


 思わず目を剥くクラトル。

 ムツラの持つ紙に記されている17という数字がユキヒロの周回数だということはすぐに察したが、今のユキヒロの疲労具合を見ると、300周はとても走りきれるとは思えなかった。


「日が暮れても終わらないだろう」


 クラトルが呆れ気味に言う。

 時刻は、太陽が西に傾き始めた頃である。


「ボクもそう思いまーす」


 エルナトが投げやりに手を挙げた。

 ムツラは、筆を上唇と鼻の間に挟んで「オレもだ」と、エルナトに同意した。


「日暮れまでに走りきらない限り毎日続ける、だそうだ」


 スパルタだな。と、言葉を漏らすクラトル。

 メモを下部まで見ると、おそらくユキヒロが次にこなすべきトレーニングが書かれていた。しかし、クラトルにはそのどれも彼にできるとは到底思えなかった。


「でも、なんでレイナさんが彼のトレーニングを?」

「さあ?」


 クラトルの疑問はエルナトとムツラにも分からなかった。


「そういうお前はどうだったんだ?」


 ジロリと睨んでくるエルナトとムツラ。


「なにが?」

「ウィンさんだよ。さっきご指名いただいただろ?」

「そうだった!」


 クラトルは、なぜ自分が息を切らしてギルドに戻って来たのかを思い出した。

 レイナに会って竜を召喚してもらうためだ。


「お前ら、レイナさんはどこだ!?」

「レイナさん?」

「さあ、ボクたちに用だけ言ってどっかに行っちゃったぞ」


 首を傾げている2人を置いて、クラトルはギルドに入った。

 ロビーにも、部屋にもいない。


 万事休す。


 誰もいない部屋で膝をつくクラトル。

 彼は、ドリュアデスについて遠方の友に教えを乞うつもりだったが、足となる竜が無い以上どうしようもなかった。

 先ほど、勢いで一日という期限を設けてしまった。

 いくら空路を行くといっても、日の出ているうちに向かわないと到底間に合わない距離である。



 途方に暮れて、窓からユキヒロが走っている姿を見ていると、向こうの空を見覚えのある黄色い竜が飛び去って行くのが見えた。


「カース!」


 クラトルはギルドを飛び出した。






 黄色い竜が飛び立った地点に赴くと、向こうからレイナが歩いてきた。


「レイナさん!」

「クラトル、なんか用?」

「竜を貸してください」

「え?」


 クラトルの言葉を聞いたレイナはやや不機嫌そうだった。


「悪いけど、カースもイクシオも今いないぞ」

「やっぱり、さっき飛んで行ったのはカースだったんですね」


 レイナは俯いて「うん」と、頷いた。


「あの赤髪の女がいきなりやってきてイクシオとカースを貸せって‥‥ペティのパーティじゃなかったらあんなやつの頼みなんかきかなかった!」


 俯きながら恨み節を垂れ流すレイナの目はもはや何も見ていない。


「赤髪‥‥って、フィータさんのことですか?」


 レイナは「そうだよ!」と、乱暴に答えると腰に下がっている召喚書を手に取った。


「スピルでいいな?」

「はい」


 レイナが召喚書を開くと、ページが光り、そこから青い竜が飛び出した。

 カースより一回り小さい。


「どこに行くか知らないけど、ケガさせたら承知しないから」

「だ、大丈夫ですよ」


 クラトルは青い竜―スピルの顔を撫でようと恐る恐る手を伸ばした。

 スピルは鼻息を荒くしてクラトルの手を払いのけた。

 レイナが鼻で笑う。


「嫌われてやんの」

「こいつは誰にだってそうでしょう!」


 クラトルは、手に魔力を集中させると、スピルにかざした。

その手がほのかに光る。

 すると、その場で暴れていたスピルが突然大人しくなった。


 クラトルは、竜を従えることのできる魔法「ドラゴンテイマー」を発動したのである。

 ドラゴンテイマーで従えることのできる竜の大きさは、術者の練度による。

クラトルの場合は、先日レイナがヘルオス戦を締めさせたデクドラゴンが限度である。


 すっかり従順になったスピルに乗るクラトル。


「それじゃ、いっちょ行ってきます」

「はいはい、行ってらっしゃい」


 クラトルが空から手を振ると、レイナは払いのけるように手を振って返した。


 タイムリミットは一日。

 それまでにクラトルは、今やはるか遠くになってしまった大都市キザシハンに行き、精霊狩りを生業にしている友にドリュアデスについてあれこれ聞き、そしてまたアニシ村まではるばる戻ってこなければならない。

 すべては己の体裁のために。


「行くぞ! スピル!」


 雄叫びと共に青い竜は空の彼方に消えていった。




これは、ある男の長い1日の、始まりの物語である。

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