28話 そこなんです
翌日、パーティ・トランシスターズとパーティ・レクイエムは、未だ目を覚まさないエルアを病院に寝かせて、アニシ村のギルドにて卓を囲んでいた。
ウィンが一同を見渡して話し出す。
「エルアの体内にあるヘルオスの魔力についてです」
現状、魔族由来の魔力を祓える者はこの場にはいない。
「恐らく今、エルア自身が防衛本能から、無意識に浄化魔法をかけているんだと思います」
ウィンの言葉にフィータが頷く。
「でも、衰弱しているエルアの魔力じゃあロクに効果はない」
「私とフィータが交代でエルアに魔力を注いでいますが、そのほとんどがエルアの身体に入らずに霧散しちゃうんです」
魔力は一度身体から外に出ると、女神の元に還るべくすぐに天へと散ってしまう。
ここでエルナトが「あの」と、恐る恐る手を挙げた。
「よく分からないんだけど、魔力を注げば勝手に受け取れるもんじゃないの?」
首を横に振るウィン。
「受け取り手にその意思がないと魔力の譲渡はできないんです」
「たとえば、腕いっぱいの貝殻を海の中で放しても、きちんと手を差し伸べなければ受け取ることができないでしょ」
フィータのフォローにエルナトとユキヒロが、なるほどという風に頷いた。
するとクラトルが「それなんだが」と、手を挙げた。
「ひょっとしたら、集めた魔力をそのままエルアさんに供給することができるかもしれない」
「本当ですか!?」
とびつくウィンに、クラトルは思わず目を逸らしながら頷いた。
「そういうことができる精霊がいるんです」
「精霊?」
クラトルの精霊の引き出しが多いことはレクイエムのメンバーは全員知っている。
「大樹の精霊ドリュアデス」
「え‥‥」
「たしか、この村には優秀な精霊狩りがいたはずです。その方に協力を仰ぎましょう」
「ちょっと待った」
構わず話を続けるクラトルを、ウィンとフィータはムリヤリ止めた。
「それ、持ってる」
「マジですか!?」
思わず目をむくクラトル。
エルアがリューちゃんと命名した、枯れて固まったドリュアデスの種はキザシハンを出発してから一度も触れられていないものの、今もエルアの荷物の中に入っている。
ウィンが口を開く。
「枯れちゃってるんですけど大丈夫ですか?」
「多少、効力は落ちますが問題ないはずです」
「ドリュアデスを使えば、エルアに魔力を供給できるんですか?」
はい、と頷くクラトル。
「ドリュアデスは、大量の魔力を1つの器に収めることができるんです」
「どれだけ魔力を集めればヘルオスの魔力を祓えるんですか」
「正確な量は分からないが、並みの冒険者を30人くらい集めれば足りるはずです」
30人という数を聞いて眉をひそめるウィンとフィータ。
「30人なんてどこから調達するんですか」
「まあ、頑張れば集められなくもない人数ね」
クラトルは「実は」と、言いにくそうに口を開いた。
「ドリュアデスにはリスクがあって、あまり大量の魔力を集めすぎると器の方が耐え切れなくなる場合があるんです」
「するとどうなるの?」
「器が壊れて魔力が噴き出します」
「具体的には?」
「死にます」
クラトルの言葉に、ウィンとフィータは「ああ?」と、睨みつける。
「それじゃあ、弱ってるエルアにドリュアデスは使えないじゃない」
フィータの的確な指摘にクラトルは「そう!」と、人差し指を立てた。
「そこなんです」
次の言葉を待つ一同。
「そこなんですよねー‥‥」
「なんもねーのかよ!」
結局、その後もエルアの治療法は見つからず、この日は解散ということになった。
席を立ったウィンはレイナに声をかけた。
「レクイエムは今後どうしますか? あとは私たちだけでなんとかできますけど‥‥」
「なにいってるの! 協力するに決まってる。ギギグガをこのまま放っておけるわけないでしょう!」
「他のメンバーの皆さんは承知しているんですか?」
「してないけど、へーきへーき。私が言えばついてきてくれるもん」
「ずいぶんと愛されてますね」
「うん!」
ウィンの皮肉はレイナには通じなかった。
気を取り直して続ける。
「なにはともあれ、協力していただけるのはありがたいです。クラトルさんみたいに、私たちの知らないことを教えてくれるのは頼りになりますからね」
「私も、薬草のことなら知ってるよ」
「ここで張り合わないでください」
「フィータさん」
ユキヒロは、ギルドから出ようとするフィータを呼び止めた。
「なに? 勇者くん」
怒りに任せて掴みかかった件に関しては、昨夜別れ際に謝罪をして一応解決している。
ユキヒロはフィータの目を見て、できるだけ落ち着いて話した。
「僕に戦い方を教えてください」
フィータもユキヒロの目を見た。
いつもなら途中で崩壊する彼の活舌が、今はしっかりとフィータの耳に届いた。
「いきなりどうしたのかな?」
「エルアがやられたのは、僕がなにもできなかったからです。もう、あんなみずぃ‥‥な‥‥く‥‥ぃんです」
かなり奮闘したが長文には耐えられなかったようだ。
いつもなら雑に聞き返すフィータだが、今は黙ってユキヒロの言葉を最後まで待った。
「たしかに、エルアがあんなことになったのはあなたのせい。でも、あたしのせいでもある」
フィータは、自分が聞き取れたことについてだけ答えることにした。
「ヘルオスが二度目のホムンクルスを出したとき、あたしはアイツの意図に気づくべきだった。でも、目の前で剣を消されて動揺しててそれどころじゃなかった」
フィータは、今はなにも下がっていない腰に手を添えた。
「あれはパーティ・トランシスターズの敗北なの」
フィータは「ついて来なさい」と、歩き出した。慌てて後を追うユキヒロ。
「エルアの治療はウィンたちに任せる。あたしたちはあの野郎をぶっ倒すために動くわ」
わかった? と歩をとめずに振り返るフィータ。
はい! と力強く返事をするユキヒロ。
フィータはユキヒロを、ギルドの隣の空き地に連れて行った。
「これからしばらくは集中特訓期間よ」
「よろしくお願いします」
ところで、とユキヒロはフィータを見た。
「ここでなにを?」
ユキヒロもフィータも、何も持っていない。
フィータは、腕を組み仁王立ちをして口を開いた。
「ランニングよ」
「え?」
空き地に向かって指を指す。
「300周してきなさい」
ウィンはギルドでレイナと別れたあと、エルアの眠る病院に来ていた。
エルアの様子を見るついでに、彼女の荷物からドリュアデスを回収するためだ。
病室に入った。
窓際にベッドが置いてあり、その傍にイスが2つ。
それ以外は何もない、質素で狭い個室だ。
エルアが女の子だということで医者が気を利かせて個室にしてくれたのだ。
ベッドの傍に置かれている彼女の荷物を探り、奥底に押しやられていたリューちゃんを手に取る。
手のひらにギリギリ収まらないくらいの大きさのそれは、前回見た時は人の形をしていたように感じたが、改めて見るとおよそ人の形には見えなかった。ただの木塊である。
ドリュアデスの種を回収したウィンは、未だ目を覚まさない青髪の魔法使いを静かに見下ろす。
時折り苦しそうに顔を歪ませているのがかえって、エルアが死んでいるわけではないという実感をウィンに与えていた。
ギルドに戻ろうとしたウィンは、その隣の空き地にフィータがいることに気づいた。
さらに空き地の中に目を向けると、エルアの何百倍も苦しそうな顔をしているユキヒロが、空き地の外周をよたよたと歩いているのが見えた。
「なにしてるんですか?」
ポケットに両手を突っ込んで、つま先立ちを何度も繰り返しているフィータに声をかける。
「見ればわかるでしょ。ランニングよ」
「ランできてませんが」
「まだ97周なんだけどねぇ」
「ユキさんにしてはなかなか頑張ってるほうじゃないですか?」
フィータは「そう?」と、大きくあくびをしながら答えた。
「特訓ですか?」
「そ」
「仲直りはしたんじゃないんですか?」
ウィンはフィータの横に並んだ。背後の柵に寄っかかる。
フィータはすぐに察した。
どうやらウィンは、自分が腹いせにユキヒロに体罰を与えているのだと勘違いしている、と。
フィータは「ちがうちがう」と、笑って答えた。
「特訓してくれ。って彼が言ってきたの」
「マジですか」
「マジですよ」
「アレ、本物ですか? 実はホムンクルスなんじゃないですか?」
「そうかも」
ユキヒロがウィンとフィータの前を通り過ぎた。ウィンが来ていることには気づいていないようだった。
がんばってくださーい。と柄にもなく声援を送るウィン。
98。と冷酷にカウントするフィータ。
「フィータ」
ウィンは隣のフィータの顔を見た。
「なに?」
「私がエルアを治します」
フィータはウィンの顔を見た。
「どうやって?」
「私の回復魔法で」
「バカいわないで。できなかったじゃない」
「それは、まだ除霊魔法の練度が足りなかったから。魔力をつぎ込めばできます」
「どうやって?」
「これを使って」
そう言ってウィンはドリュアデスを見せつけた。
「あなたが使ってどうするの」
「ドリュアデスは大量の魔力をひとつの器に収めることが出来る。私がドリュアデスから大量の魔力を受け取って、エルアを治します」
「なに言ってるかわかってるの? 衰弱しているとはいえ、あのエルアが祓えないものなのよ? 除霊素人のあなたじゃ、50人分の魔力でも足りないぐらいでしょ」
「でも、これしか方法がありません」
エルアの体力は徐々に落ちている。
人が少ないアニシ村で上級の魔法使いを探す時間はもはや残されていなかった。
「エルアが助かってもあなたが死んだら意味ないの」
「誰に言ってるの?」
半分冗談ぽく。しかし、半分怒り気味にウィンは言った。
ウィンの顔を見ていたフィータは、やがて大きくため息をついた。
「危なくなったら問答無用でやめさせるからね」
「任せてください。私こう見えて、まだ死んだことないんです」
黙って拳を合わせる2人。
その横を、ユキヒロが白目をむきながら通り過ぎた。
「99」
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