26話 ただ、ムカつくのであなたは死ね
「あなただったんですね。コモンを襲ったのは」
ウィンがヘルオスを睨みつけた。
ヘルオスは表情を変えずに答える。
「コモン? それはなんだい?」
「とぼけんな、街1つ壊しておいて忘れるわけないでしょう」
ヘルオスが作った黄金の壁と、いつになく語気が荒いウィンの言葉でやっと気づいた。
そうか、コモンの街にそびえていた黄金の柱。
あれはヘルオスが作ったものだったんだ。おそらく、そこにあった建物を素材にして。
大量の魔物―エルアのいうところのホムンクルスを出現させて、街の住民を、マロンの飼い主を殺させたんだ。
無意識に、剣を握っている手に力が入った。
ヘルオスはしばらく考え込んでから「ああ」と思い出したように、なおも睨み続けているウィンに向かって口を開いた。
「ずいぶん前に壊した街だね。知り合いでもいたかい? もしそうなら悪かった。ちょっとこちらの都合でね。でも、代わりに立派な黄金の柱を残してあげただろう? あれは本物の金だよ」
「‥‥だまれ」
「金こそが錬金術の到達点だ。そう、あれは錬金術のシンボルなんだよ。できればあの柱は街の復興のシンボルとして使っていただきたいけれど、無理そうなら削り取って資金にしても構わない」
「‥‥だまれ」
「ああ、別に触ったら吸収されるとか、ホムンクルスが出現するとか、そんな下世話な罠は仕掛けていないから安心してくれていいよ。紛れもない純金を錬成したからね。」
ガゴッ!!
ウィンが、石に風撃魔法を乗せてヘルオスに放った。
ヘルオスが出した黄金の壁に粉々になる石。
黄金の壁はびくともしない。
ヘルオスは黄金の壁を分解した。
「別に、知り合いなんていませんでしたよ」
ウィンの身体はゆらゆらと揺れていたが、その目は真っすぐとヘルオスを捉えていた。
「ただ、ムカつくのであなたは死ね」
これほどまでに迫力のあるウィンは初めてだった。
「あなたを守る魔物はもういません。残るはあなただけです」
ウィンの言葉を聞いたヘルオスは、笑いながら口を開く。
「それはどうかな?」
「あぁ?」
ウィンが聞き返すと、ヘルオスは肩のファルルの顔を撫でた。
ファルルの額の目は依然僕たちを見ていた。
「ボクもあまりヒマではないんでね、そろそろやろうと思うんだ。
やるべきことはやらなければならないだろう?
同じさ。すべて。
日が昇ったら、沈まなければならない。
始めた物語は、終わらせなければならない。
生まれてきた人間は、死ななければならない。
そう、キミたちは、死ななければならない。」
ヘルオスが言い終えるとさっきと同様、ホムンクルスが出現した。
しかし、今度はウィン、フィータさん、エルアそれぞれを囲むように現れた。
3人は完全に分断された。
しかし、なぜか僕の周りには魔物は現れなかった。
「まだこんなに力を残していたの!?」
「くそっ! ユキさん! そこから離れてください! 1人では危険です!」
3人とも、いきなり目の前に現れた大量のホムンクルスに苦戦しているようだった。
ここは僕がヘルオスを倒すしかない。
ヘルオスの方を向くと、彼の右腕には黄金の剣が握られていた。
おそらく錬金術で作ったものだろう。
上等だ。
グラディウスを構えてヘルオスと対峙する。
僕は足を踏み出した。
ヘルオスにどんどん近づいていく。
ヘルオスはすぐそこだ。
剣で切りかかる。
「くらえっ!」
この時、僕は忘れていた。彼が錬金術師だったということを。
ヘルオスに向かって振り下ろされたグラディウスは、生命の水によって分解されてしまった。
体勢が崩れて派手に転ぶ。
握りだけになったグラディウスがカラカラと地面を滑る。
ヘルオスがジリジリと近づいてくる。
あ、これはヤバいかも‥‥。
腰に力が入らずに、尻もちをついた状態でせいいっぱい後ずさりをした。
やめて‥‥。殺さないで‥‥。もう、死にたくない‥‥。
「さて、最終セクションだ」
ヘルオスが黄金の剣を振り上げた。
ギュッと目を瞑ろうとした瞬間、前からなにかに押されて僕は後ろに吹っ飛んだ。
なにが起きたんだ!? 服がびしょびしょに濡れている。
「ユキくん! 立ち上がって!」
エルアの声がした。
振り向くと、エルアを囲むホムンクルスはあと数体だけになっていた。
ウィンとフィータさんは、未だホムンクルスの群れに覆われて姿が見えない。
エルアが水撃魔法で僕を吹っ飛ばしてくれたんだ。
エルア‥‥助けて。早くきて。
「とんだ邪魔が入っちゃったな」
ヘルオスの声がした。彼はユラユラと立ったままエルアを見ていた。
エルアを襲うホムンクルスがあと一体になったとき、ヘルオスの周囲に何かが現れた。
ホムンクルスではない。
黄金の銃身に弓が装着されている。
クロスボウ。
無数のクロスボウが、矢をつがえ、弦を限界まで引いた状態で現れた。
「さて、これでおしまい」
ヘルオスが呟くと、無数のクロスボウから矢が射出され、一斉にこちらに飛んできた。
僕は今度こそ目を瞑った。
いやだ! 死にたくない!
「がはっ」
身を縮こまらせていると、矢が飛んでくる代わりに、むせたような声が聞こえた。
おそるおそる目を開けると、僕の前に誰かが立ちふさがっていた。
見覚えのある小さな背中。肩まで伸びている青い髪。
「エルア‥‥?」
僕がおそるおそる声をかけると、エルアの背中がゆっくりとこちらに倒れた。
あわてて彼女を受け止める。
どろり
彼女を受け止めた手が赤く染められる。いや、彼女自身が赤く染められている。
一瞬、炎モードに変身したのかと思った。そんなモード見たことも聞いたこともないけれど。
エルアの身体に刺さる無数の黄金の矢がとてもキレイだった。
「あ‥‥あ‥‥エルア‥‥」
震えながら投げかけた言葉は、返ってこなかった。
心臓の鼓動を確認する度胸はなかった。
血が顔につくし、彼女の胸を触ってしまうことになるし、応急処置の仕方も分からないし‥‥‥‥もし、心臓が止まっていたら、その現実に耐えられそうにない。
僕は‥‥僕はなんにも‥‥
「キミがなんにもできないおかげでうまくいったよ」
ヘルオスがゆっくりと近づいてきて、エルアを抱える僕を見下ろした。
「ありがとう」
なんのことを言われているのか分からなかった。
そんなことよりも、僕はただどうすれば助かるのかひたすら考えていた。
次の瞬間、青白い光の槍がヘルオスと僕の間を飛んで行った。
ふと顔を向けると、ホムンクルスを全て片付けたフィータさんが息を切らしながら無表情でこちらに歩いてきていた。
「あ、あの、フィータさん‥‥」
フィータさんはエルアをちらりと見ると、僕に視線を向けることなくヘルオスを見た。
ここでウィンも合流してきた。片足を引きづっている。息が荒い。あれだけ長い時間つき合って新調したローブがボロボロになっている。
「なんてことだ。全員集合してしまった。大ピンチじゃないか」
ヘルオスは淡々と言い、新たに出現させた黄金の剣を左手に持った。
左の剣を肩に担ぎ、右の剣を僕たちに向ける。
「さあ、第2章のはじまりだ」
ムリだ。敵わない。
エルアが倒れ、ウィンとフィータさんの体力はかなり消耗している。
フィータさんは早々に剣を失って魔法のみで戦い、ウィンはそもそも戦闘要員ではない。2人の魔力も底をついているだろう。
また、死ぬのか。
「いきなさい! デクドラゴン!」
突然、僕たちの目の前に空から何かが降って来た。
ヘルオスはたまらず後退した。
僕たちを守るように現れたのは、ドラゴンだった。
見上げるほど大きなドラゴン。
続いて、僕たちの前に5人の男女が降って来た。
そのうち3人には見覚えがあった。
「あ、へっぽこ3人組」
「その呼び方はやめて」
フィータさんが指をさした先には、先日ゾンサントを巡って決闘をした、クラトル、ムツラ、エルナトの3人がいた。
そして、知らない長身の男性と、ブロンズのショートヘアの少女。
彼女は一歩前に出ると、ヘルオスに向かって叫んだ。
「我が名はレイナ! パーティ・レクイエムの名の下に、お前を倒す!」
ヘルオスはやれやれといった感じで黄金の剣をしまった。
「いきなり物騒だねえ。ボクのこと知っているのかい?」
レイナと名乗った少女はフンッと鼻で笑うと、腕を組んだ。
「もちろん知らないわ」
「え」
「しかし、ペティとその仲間を傷つけるヤツはみんな私の敵よ」
ペティって誰だ。
レイナが叫ぶと、彼女の傍にいる巨大なドラゴンが猛々しく吠えた。
この場を圧倒するような力強い声だった。
ヘルオスは「別に構わないが」と、前置きして巨大なドラゴンを指した。
「その見掛け倒しの張りぼてドラゴンで戦いを挑むのはやめたほうがいい。
おっと、それは竜なのかな。今はボクが気持ちよく話しているときなんだから余計な訂正はしないでくれよ。するべきじゃない。
正しさなんてクソくらえさ。なんでもかんでも正せばこの世が良くなるとでも思っているのか。それ以上ドラゴンだの竜だの言ってみろ。お前を殺してやる。
死にたいのなら話は別だがな」
「で、木偶かどうかなんて、やってみないと分からないでしょ!」
レイナはやや動揺している様子だった。
ヘルオスは首を回して、自分の周りを周回している賢者の石を見た。
ファルルの額の目は閉じていた。
「いいだろう。その大いなる虚勢に免じてこの場は退散してやる」
ヘルオスは、そこらに散乱しているホムンクルスの残骸を分解し、デクドラゴンを模倣したホムンクルスを作り上げた。
デクホムンクルスはヘルオスを乗せると、不格好に翼をはためかせながら空の彼方に消えて行った。
レイナがヘルオスと話をしている間に、ウィンは、自らのローブにエルアを寝かせ、必死に回復魔法をかけ続けていた。
エルアの胸がわずかに上下している。なんとか息はあるようだ。
僕は未だにエルアから流れ出る血の感覚が頭から離れずに、しばらく呆然としていた。
するといきなり誰かに胸ぐらをつかまれた。
すごい力で持ち上げられる。
フィータさんだ。
「ッてめえがっ!」
「ひいっ」
怖かった。
僕はこれからどんなひどいことをされるのだろうと、ただ恐怖に顔を歪めることしかできなかった。
「フィータ!」
ウィンの鋭い声に、フィータさんはハッとして僕をつかんでいる手を離した。
ごめんなさい、と小さく呟いて背を向ける。
わずかに草が生えているだけの荒野を、乾いた風が通り過ぎた。
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