25話 ちがう! ホムンクルスっていうの!

 大量の魔物をひたすら切り続けていたが、ここでふと、違和感を覚える。


 魔物の密度が一向に減らない。

 確実に魔物を倒しているはずなのに。


 まさか‥‥


「補充してますね」


 ウィンが代弁をしてくれた。

 僕だけでなく、パーティの全員が気づいていたらしい。


 そうだ。

 いくら魔物を倒しても、新たな魔物が出現し続けている。

 こちらの体力を消耗させるのが狙いか?


「どうやっているのかはともかく、意外とセコい戦術をとるのね」


 フィータさんが吐き捨てるように言った。


「ここは大本を叩くのがセオリーでしょうね」


 ウィンの言葉を待つことなく、フィータさんがヘルオスの方へ駆け出した。


 まっすぐ距離を詰め、進路をふさいでいる魔物を剣で切り裂き、炎で焼いた。

 魔物の大群を穿っていくと、ヘルオスの姿が見えた。初めの位置から移動していない。


 あと少しのところまで近づいたところで、フィータさんは手近な魔物を掴んだ。


「オラァ!!」


 それをヘルオスに向かって投げつけた。


 当然、そのような雑な攻撃は当たらない。

 ヘルオスは軽く身体をねじってそれらを避けた。



 しかしヘルオスが視線を戻す頃には、彼の目の前にフィータさんの姿は無かった。

 思わず目を泳がせるヘルオス。


 フィータさんは、投げた死体の陰に隠れて移動し、ヘルオスの真横に潜んでいた。


 ヘルオスの視線が向こうを向いた瞬間、飛び出し、奇襲をしかける。


「!」


 ヘルオスが気づいた。


 しかしもう攻撃は止まらない。


 剣が切り上げられる。




 ―――。




 フィータさんの剣は風を切り、空を切っただけだった。


 そして、僕たちの視線はフィータさんの剣に釘付けになった。



 刃が無い。



 フィータさんが握っている剣は、柄の先が消えていた。

 折られたわけでも、溶けたわけでもない。

 消えていた。


 離れた場所から見ていたが、攻撃されたヘルオスが何かを仕掛けた様子はなかった。

 なにが起きたんだ!?


 フィータさんはたまらず後退した。

 握りだけになった剣を信じられないような目で見る。


「な、なにをしたの!?」

「ボクは最弱の魔族。これくらいしかできることがない」


 ヘルオスは無表情のまま、やれやれと言った感じで返事をした。

 ウィンがフィータさんに「気をつけてください」と、言葉を投げる。


「最強と最弱を自称する輩ほどうさんくさいものはありません」


 得体の知れない攻撃には注意しろ、といった忠告はウィンがフィータさんに言葉をかけた時点で伝わっている。

 それくらいはこれまでの冒険で僕も分かるようになっている。


 フィータさんはウィンの言葉に応えるように、刃の消えた剣をこちらにひらひらと振り上げてきた。


「あと、唐突に自分の話を始める輩もね」


 フィータさんとウィンがフッと笑い合う。



 ヘルオス自身は特に攻撃に参加する素振りを見せないので、剣を失ったフィータさんはヘルオスの様子を窺いつつ、魔物の群れを炎撃魔法だけで対処し始めた。



 エルアはさっきからなにか考えているみたいでなにもしゃべらない。

 魔法攻撃で魔物を撃退する傍ら、ヘルオスの周りを浮いている黄色の玉と銀色の球をじーっと見ている。

 そして、フィータさんの剣の刃が消えたことでなにかを確信したようだが、いまいち表情が優れない。


「エルア?」


 魔物を倒しつつ、エルアと背中合わせに合流した僕は、考え事をしているエルアに声をかけた。

 エルアは「ユキくん」と、難しい顔をして振り返るとすぐに前を向いて魔法での攻撃を続行する。

 しばらくするとエルアの方から口を開いた。


「ユキくん、突拍子もないこと言っていいかな」

「なんだい?」

「いや、あの、全然本気にしなくていいからね! 絵本の中のようなことなんだけど」


 僕が今いるこの世界が十分絵本の中のようなので、エルアの言うことがとても気になる。


「ヘルオスのことなんだろ? アイツを倒すアイディアならどんどん言ってくれ」


 エルアは少しためらう様子を見せたが、意を決したように口を開いた。


「ユキくん、錬金術って知ってる?」


 錬金術。

 たしか、物質と物質を合わせて別の物質に変える技だったかな?

 エルアにこのことを伝えると、彼女は「正確にはね」と説明を始めた。


 この世界の物質は、第一質量の「アルク」と火の「サラム」、水の「ニンフ」で構成されており、サラムとニンフの割合を調整することができれば、あらゆる物を自在に生み出すことができる。

 これが錬金術の考え方。

 そして、物質をアルク、サラム、ニンフに分解することができる「生命の水」と、それらを自在に組み合わせられる「賢者の石」が錬金術には必須なのだ。


「でもね、その賢者の石も生命の水もしょせんは空想のもので、錬金術なんて本当は無いの」


 そう説明するエルアは少し残念そうだった。

 どうやらこっちの世界でも錬金術は空想のもののようだ。


 そうか。こっちの世界にも無いのか。錬金術は。

 ドラゴンだの魔法使いだのに慣れていたから、錬金術あたりも普通にあるのかと思っていた。


「でもなんで今その話を?」

「あのヘルオスって人は錬金術師なのかも‥‥って思いマシテ」

「え!?」


 いま本当は無いって言ったばかりじゃん!


「あ、だから、あの、本気にしなくていいからね!?」

「つまり、大量の魔物を出現させたのも、フィータの剣が消えたのも、その錬金術ってやつのせいってことですか?」


 いつのまにか合流して、話を聞いていたらしいウィンが会話に参加してきた。フィータさんも傍にいる。

 エルアはこくりと頷き、ヘルオスの傍を浮いている銀色の球体を指した。


「たぶんあれは生命の水。物質を分解して消しちゃうの」


 次に黄色の玉を指す。


「そしてあれが賢者の石。分解したアルク、サラム、ニンフを組み合わせて新たに物質を作り出す」


 なるほど。僕の知っている錬金術と変わらない。

 といっても、そんなに詳しいわけではないんだけど。


 フィータさんが「じゃあ」と口を開いた。


「さっきからうじゃうじゃと湧き続けている魔物どもはアイツの人形ってことね」

「ちがう! ホムンクルスっていうの!」


 エルアが頬を膨らませて訂正した。


「ここで重要なのは、生命の水で分解するのは『物質』だということ」

「つまり、魔法での攻撃ならヤツに有効ってことね」

「たぶん」


 その言葉とは裏腹に、エルアが力強く頷いた。

 ウィンがエルアの肩を叩く。


「エルアのサブカル好きがこんなところで役に立つなんて」

「すごいでしょー!」


 しかし、攻略の見当がついたはいいものの、いったいどうすればいいのだろう。

 魔物の群れは依然、増え続けている。さっきのフィータさんのように魔物の群れに突っ込んでいくという手もあるが、おそらくエルアの身のこなしでは、襲い掛かる大量の魔物に対処しきれない。


 僕は頭を抱えたが、エルアを見ると、彼女にはなにか考えがあるようだ。


「ウィンちゃん。あの群れをどかせてくれる?」


 エルアに視線を向けられたウィンは、どうやら彼女の考えを察したらしく、フッと笑って頷いた。


「分かりました!」


 ウィンは両手を真っすぐ前に伸ばした。

 なにをする気なんだ?


「スリーカウントでいきますよ!」

「うん!」


 エルアは両手を身体の前で合わせ、ボールを両手で挟んで持つようなポーズをした。


「ワン!」


 エルアの両手のあいだに光の球が現れる。


「ツー!」


 光の球はどんどん大きさとその光度を増していく。


「スリー!」

「んんっ!」


 ウィンの風撃魔法によって魔物の群れが左右に押し分けられ、そこに一本の道が開いた。その奥にはヘルオスがいる。

 エルアは、合わせていた両手をヘルオスの方に押し向けた。

 小さな太陽のように輝く光の球は、道の脇にいる魔物の身体を消し飛ばしながらまっすぐヘルオスの方へ飛んで行った。




 ドガァーーーン!!




 光の球が炸裂した。

 2人の見事な連携攻撃に、ヘルオスのいた場所が爆炎に包まれる。


 場を占拠していた魔物の群れはいつの間にか姿を消していた。

 ヘルオスが錬金術で分解したのか、それとも術者が死んだことで魔物も消滅したか。






「まったく、危ないじゃないか」


 爆炎が晴れると、そこには金色に輝く壁がそびえていた。

 その黄金は、どこかで見たような気がした。

 壁はそうとう厚いらしく、その中心はクレーターのようにくぼんでいた。

 どうやらそこにエルアの魔法弾が当たったらしい。


 すると、金色の壁が音もなく姿を消し、その向こうからヘルオスの姿が現れた。


「まったく、待ちくたびれたものだよ。

 こっちは待たされていたもんだから竜とドラゴンについて考えていたんだ。

 竜とドラゴンってなにが違うんだろうね。翼で空を掴み、炎を吐きながら天を闊歩していればどっちでもいいと思わないかい?

 しかし、界隈には竜とドラゴンを明確に区別している者がいる。まったく鬱陶しいことだよ。こちらが気持ちよくドラゴンの話をしているのにいきなり口を挟んできて、いやいや君の言っているのは竜だろう。ドラゴンじゃない。ってな感じにね。

 違うだろう。肝心なのはそこじゃないだろう。ボクが気持ちよく話しているんだからそれを邪魔するのはやっちゃいけないだろう。

 片方が気持ちよく話を終えたら、次はもう片方が気持ちよく話をする。それこそがコミュニケーションだとは思わないかい?

 しかしそう考えると、あの時は彼の番だったのかもしれない。彼はドラゴンと竜の違いをボクに披露することで気持ちよくなっていたのかもしれない。

 でもボクは全然楽しくなかった。ただ彼の話が終わるのを待っていた。待たされるというのはキライだ。無益な時間を他人の都合で過ごしていると思うと吐き気がする。な、ファルル。

 キミたちも待たされるのはキライだろう?」

「長い」


 うんざりした顔で短く返答をしたウィンの横で、エルアはフィータさんの裾を引っ張った。


「ねえフィーちゃん、あの人はなにを言っているの?」

「愚痴よ」


 ヘルオスは悪びれる様子を見せず、腕をだらんと下げた状態で「でも」と笑った。


「待たされたおかげでキミたちの弱点を見つけたよ」


 ヘルオスと目が合った気がした。

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