24話 さあ、はじまりはじまり
アブソプ山で、目当てのゾンサントという鉱石を採掘した僕たちは、つづいてアニシという村を目指していた。どうやらそこでも手に入れる物があるらしい。
見渡す限り黄色がかった土が広がっている。
わずかに草の生える荒野を馬車が進む。
ふと、馬を引くフィータさんが先ほどから空を何度もきょろきょろ見上げているのに気づいた。ウィンもそれに気づいたらしい。
「なにか気になることでもありましたか」
「いや、ちょっとね」
フィータさんは雲にかくれた太陽を、目を細めながら見て口を開いた。
「さっきから生き物を見ていない気がして」
「そういえば‥…」
たしかにフィータさんの指摘通り、荒野に入って視界が開けてから魔物はおろか、生き物の影を一匹も見ていない。空を見渡しても鳥の姿は確認できなかった。
まあ、戦闘がないぶん楽なので魔物はいないに越したことはない。
「何事もなければいいけど」
そうフィータさんが呟いたのも束の間、
「!!?」
いきなりウィンたちは進行方向にバッと顔を向けた。
なぜかみんな腰を落として臨戦態勢になっている。
僕は隣にいるエルアに小さく尋ねた。
「ねえエルア、いったいどうしたんだい?」
「下がっててユキくん。なにか、ヤバいのがくるよ」
エルアがいつになく表情が固い。
いったいなにがくるというんだ‥‥
目を凝らしていると、前方から2人組が歩いてくるのが見えた。
1人はマントに身を包んでいる人。そのシルエットからは男か女かはわからない。
もう1人はこの場に似つかわしくない黒いスーツを着た男性。
だんだん近づいてくる。
すると、後ろを歩いていた黒いスーツの男は足を止め「おや?」と、ウィンたちをまじまじと見た。
黒い髪を綺麗にオールバックにして、すらりとした顔の、いかにも仕事のできる男という感じだ。
彼はニヤリと片頬をあげて笑った。
「これはこれは、久しいな」
男の言葉に、フィータさんは腰の剣に手を添え、
エルアはとっさに僕の前に庇うように立ち、
ウィンは臨戦態勢を取りながら一歩前に出て口を開いた。
「ここでなにをしているんです?」
黒いスーツの男をキッと睨みつける。
「魔王ディアボロ!」
魔王!?
魔王って、あの魔王!?
僕がいずれ倒さなくてはいけない相手!?
それが今ここにいる!?
これはちょっとマズくないだろうか。
だって、僕はまだブレイブスラッシュを使えない。
たしかウィンの話だと、魔王はブレイブスラッシュを使わなければ倒せないんじゃなかったか。
コモンの教会で失敗してからも、何度もブレイブスラッシュを試みたが、まだ一度も成功していない。
ディアボロに再び目を向けると、仕事のできる男の姿はどこにも無くなっていた。
いつのまにかディアボロの頭には禍々しい角が生えており、背中からは漆黒の翼が覗いていた。
なんてことだ。まさに魔王という風貌だ。
いけるのだろうか‥‥ブレイブスラッシュをぶっつけ本番で‥‥
頬を汗が流れるのが分かった。
僕は震える手で腰のグラディウスを握った。
ディアボロは僕たちを一瞥すると軽く鼻で笑った。
「いま戦う気はない」
そうなのか。よかった。
僕は胸を撫でおろした。
ウィンを見ると、彼女も心なしかホッとしているみたいだ。やはりブレイブスラッシュが未修得の状況では魔王と戦えないということだろう。
‥‥っていうか、あれ?
さっきディアボロは「久しい」って言っていなかったか。初対面じゃないのか?
思い返すと、ウィンたちもディアボロのことをどこか知っている風な感じだった。
いったいどういうことだろう‥‥
僕の考えをよそに、ディアボロはマントの人物に視線を移した。
「紹介しよう。こいつは新しい護衛団だ。すでに契約も終えてある。」
「護衛団」ってなんだ?
フィータさんが舌打ちをする音が聞こえた。
護衛団と呼ばれた人物が、ディアボロに跪く。
「ディアボロ様、ここは私が」
「うむ」
ディアボロが頷くと、護衛団は手の平を仰向けにして体の前に出した。
するとそこに銀色の球体が出現した。
そして次の瞬間。
僕たちの後ろに大きな溝が出来ていた。いや、そこだけではない。
ディアボロと僕たちを大きく囲むように、大地に巨大な溝ができている。
音もなく、振動もなかった。
前触れと呼べるものはあの銀色の球だけだ。
その幅は、とてもジャンプして渡れるようなものではなく、その深さは、底に日の光が届かないほどのものだった。
まさしく谷である。
退路を断たれた。
でも、これじゃあディアボロもどこにも行けないんじゃないだろうか。
僕がそんな素朴な疑問を浮かべていると、護衛団の彼はもう片方の手のひらを、先ほど同様に空に向けた。すると、今度はそこに黄色い玉が現れた。
そして次の瞬間、なんの前触れもなくディアボロの目の前にドラゴンが現れた。
ついさっきまでそこには何も無かった。本当に突然だった。
次から次へとわけがわからない。
物が消えたと思ったらいきなり現れる。
ひょっとして僕が知らないだけで、マジシャンという職業でもあるのか?
ウィンたちを見ると、みんな怪訝な表情をしている。おそらく彼女たちもあのカラクリはわかっていないのだろう。
いきなり出現したドラゴンは、この荒野の大地のような色をしていた。
そのドラゴンは、ディアボロを乗せるとその翼を大きく動かし、はるか大空に姿を消した。
僕たちはそれをただ黙って見ているしかなかった。
ここで変に刺激してディアボロとの戦闘になったら、僕たちは瞬殺されてしまうだろう。
空に昇っていくディアボロは、もう僕たちを見ていなかった。
恐怖している。‥‥わけがない。
どうでもいいんだろう。僕たちのことなど。
しかしそれは同時に、この場に残した護衛団の実力を信頼しているということ。
空を見上げていた護衛団のマントの人物は、ディアボロの姿が見えなくなると、 肩に乗っている黒ネコを撫でた。ネコはゴロゴロと喉を鳴らすと額にある第三の目を開いた。
その鋭い眼光は、まるで自分が獲物になってしまったかのような感覚に陥ってしまった。
マントの人物が口を開く。
「まずは自己紹介を。ボクはヘルオス。ディアボロ様直々にご指名頂いた護衛団の1人。
ボクは選ばれた。トリスでもなく、メギストスでもなく、このボクが選ばれた。
ボクには才能があったんだ。いや、あるいは無いのかもしれない。才能が無いからこそディアボロ様はこのボクを憐れんで力を恵んでくださったのかもしれない。
いずれにしてもボクはディアボロ様の剣となり盾となる。
まず手始めにキミたちを始末しよう。な、ファルル」
ヘルオスはそう言って肩のネコの頭を撫でた。
「わわわ、なんかいきなり長々としゃべり始めましたよ」
思わず一歩退いたウィンの言葉に、フィータさんは鼻で笑った。
「こういうのはね、最初と最後の1センテンスだけ聞いていればだいたい伝わるのよ。あいだにクソどうでもいいことをつらつら挟んでるだけなんだから」
なるほど。
今後はフィータさんの助言のとおりにアイツの話を聞くことにしよう。
いや、そんなことよりもさっきから気になっていることがある。
僕はヘルオスの言った「護衛団」の意味がいったい何なのか分からない。
僕が首をかしげていると、エルアが耳打ちしてきた。
「護衛団っていうのは、魔王のことを守る契約をした魔族のこと。全部で3人いて、みんな魔王から魔力を分けてもらっててすごく強いの」
なるほど。
エルアが「それにね」と続けた。
「魔王と契約をした護衛団は、魔王に自分の肉体を捧げることになるの」
「つまり、どういうことだい?」
「仮にいま魔王を倒すと、護衛団の誰かの肉体に魔王の魂が移って、すぐに魔王は復活しちゃうってこと」
なんてことだ。
つまり、先に護衛団を倒さなければ魔王を倒しても意味がないってことじゃないか。
だからさっきフィータさんは舌打ちをしていたのか。
「じゃあ、護衛団は3人まとめて倒さないと意味がないってこと?」
「んーん。護衛団の新規契約は既存の護衛団がいない時でないとできない。よって、護衛団は1人ずつ倒していってもなんら問題はない。だって!」
途中から説明口調になったエルアの手元には、いつのまにか手帳が開かれていた。
そんな大事なことが書いてあるのなら、一度くらい僕に見せてくれてもいいじゃないか‥‥。
気を取り直そう。
とにかく、目の前のコイツは倒してしまっても大丈夫。
しかし、おそらく魔王に信頼されているほどの実力を持っている。
「逃げなくて大丈夫?」
僕の問いにエルアは「だいじょーぶ!」と胸を張った。
「こう見えてもわたしたちは前に、前護衛団を全部倒してるんだから!」
ん? それって魔王に一度挑んだってこと?
だから魔王と面識がある感じだったのだろうか?
いや、細かいことはいまは放っておこう。
ようするに目の前のコイツはウィンたちの敵じゃないってことなんだ!
ヘルオスが手の平から出現させた銀色の球と黄色い玉は、彼が手を下げてもその場に浮遊し続け、まるで太陽と月のようにヘルオスの周囲をゆっくりと旋回していた。
「さて、ディアボロ様に危害を加えようとしたものはそっこく処分しなくてはならない。
高貴な王に仇なす下劣な徒党のように。あるいはプライドを支配する雄ライオンに、無謀に挑む若いノラ雄のように。処分しなくてはならない。
それが護衛団の役目だからね。」
ヘルオスが言い終えると突然、僕たちの目の前に大量の魔物が現れた。
魔物の群れに遮られてヘルオスの姿が完全に見えなくなる。
「わ、びっくりした」
「ああ、これはめんどくさいパターンですね」
先ほどのドラゴン同様、なにもない空間にいきなり出現した。
地面から這い出してきたわけではない。
まるで、その場で魔物を生み出しているような、そんな感じだった。
「さあ、はじまりはじまり」
ヘルオスの声が響き渡った。
ヘルオスと僕たちの間を埋め尽くさん限りに出現した魔物は、意思を共有しているかのように一斉にわらわらと向かってきた。
「きたよ!」
「よし、こちらも始めましょう」
ウィンたちが臨戦態勢に入る。
こうなったら仕方ない。
いっちょやってやりますか。
僕はグラディウスを鞘から抜いた。
いつものとおり、全身に力がみなぎって来た。
「いくぞ!」
僕が叫ぶと、ウィンたちは一斉に散らばり近くの魔物を片っ端から倒しにかかった。
目にもとまらぬ速さで魔物に剣で切りかかり、片や炎撃魔法で魔物を灰にするフィータさん。
魔物の間を器用にくぐり抜け、次々と魔物を風撃で吹き飛ばして底の見えない谷に放り込むウィン。
身体の大きなオークまでも簡単に吹き飛ばしているところを見ると、どうやらレクイエムとの試合ではそうとう手加減していたようだ。
この盤面で最も活躍しているのはエルアで、彼女は大きな魔法弾を何発も放ち、 文字通り、魔物を跡形も無く消し飛ばしている。
多対一の戦闘では、広範囲に攻撃ができる魔法使いが有利のようだ。
僕はみんなに負けじと、グラディウスを振り回し、フィータさん程とはいかないが近くの魔物を何体も切り倒していった。
魔物を切り倒しながらヘルオスのいる方向に気を配ったが、ヘルオスは一向に姿を見せなかった。
戦いに参加しないのならば都合がいい。こちらは目の前の魔物に集中していればいいのだから。
戦闘に慣れてきたとはいえ、これほど多くの魔物を相手にしたのは初めてだった。
剣を操る力は後から後からみなぎってくるため体力切れの心配はないが、少しの油断で不意打ちをされそうで不安だ。
魔物をひたすら切り続け、ようやく終わりが見え始めたとき、いきなりグラディウスの攻撃が敵に全然当たらなくなった。
今までは、敵を目で定めるだけでグラディウスの攻撃がその敵の急所に当たっていた。
しかし今は、魔物に攻撃は当たるのだが、グラディウスの刃がうまく魔物の身体に切り込んでいかない。
いったいなにが起きたんだ‥‥!?
僕の変化に気づいたらしいウィンが、フィータさんの肩を強く叩いた。
「フィータ! バフ!」
「くそっ」
フィータさんは大きく舌打ちをすると、僕の元まで跳んできて僕の背中を押した。
「ほら、しっかりして勇者くん!」
「!? はい!」
フィータさんが去ったあと、僕の攻撃はまた魔物に当たるようになった。
さっきのはなんだったんだろう‥‥。
調子を取り戻した僕は引き続き魔物を切った。
切って切って切り裂いた。
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