23話 ちょっと遅いんだよ‥‥ばか

 パーティ・レクイエムの男3人が、ウィンに決闘という名の蹂躙をされている頃。


 イローに至る道を、護送クエスト中の一頭の荷馬車が歩いていた。

 その荷馬車の中のレイナは、向かいに座っている依頼人の女性に「そういえば」と声をかけた。


「この辺りは魔王軍が攻めてきているらしいよ」

「え、そうなんですか?」


 依頼人の女性は、故郷から持ってきた身の回りの物をすべて押し込んだバッグを大事そうに抱えながらレイナの顔を見た。


「とんでもないところに嫁いじゃったね」

「はは、気を付けます」


 カガカ村からイローに嫁ぐ彼女は困ったように笑った。


「魔王っていったい何者なんですか?」


 尋ねられたレイナは、かつてイクシオから聞いた話を必死に思い出した。


「えーと、たしか魔王ディアボロ。魔を統べる存在。闇そのもの…だったかな」

「なんだかすごそうですね‥‥、その魔王ってどこから来たんでしょうか」

「この世界の裏側、『闇』からやって来るらしい」

「たしか、前回は100年くらい前に来たんでしたっけ」

「そうそう、よく知ってるじゃない」


 ディアボロは100年前にもこの世界に来ている。

 ここで女性は「あれ?」と首をかしげた。


「100年前に来たのなら、どうしてこの世界は魔王に支配されていないのでしょう」

「かんたんなことよ、100年前誰かが魔王を倒したの」

「ディアボロ‥‥さんは2代目魔王ということですか」

「えーと‥‥たしか、魔王に『死』というものは存在しないの。こっちの世界で倒されても少し時間が経つと『闇』の中で復活する…だったかな」

「へえー‥‥、さすが魔王って感じですね」


 レイナが「やめなさい」とツッコミを入れると、女性はころころ笑った。

 しかしすぐに心配そうな顔をした。


「今回も誰かがやっつけてくれるといいですけど…」

「実はね、私の友達がこのまえ魔王城に攻め込んだらしいんだ」

「へえ、レイナさんの友達ってすごく強いんですね」

「うん!」


 心配そうな女性を励ますことを口実に、ただ自分の友達を自慢したレイナは、ふと先日キザシハンでエルアに会ったことを思い出した。

 魔王城に行ったはずのパーティ・トランシスターズがキザシハンに戻ってきていたということは、つまり魔王の討伐は失敗したということ。


 ‥‥。


 レイナはこのことは黙っておくことにした。


 レイナは窓から顔を出すと、馬に乗っているイクシオに声をかけた。


「まだ着かないのー?」

「もうすぐです」


 レイナは顔を引っ込め大人しく座った。


「もうすぐ着くって」

「楽しみです。たしか、他のメンバーのみなさんはすでにイローにいるんですよね」

「そ、久しぶりに集まって騒ぐんだ!」


 なんたって、今日は私の誕生日なんだから!


 レイナは高鳴る胸を落ち着かせるように窓の外の景色に目を向けた。






 同刻。

 山のふもとの小さな町。

 つい半日前まではいつもと同じように、町の住民が森で狩った獣を道で捌き、肉を売っていた。

 しかし、突如現れた1人の来訪者によってその日常は終わった。


 マントを羽織って、肩に真っ黒なネコを乗せ、町に足を踏み入れた男、いや、実のところその者が男なのか女なのか分からない。

 少なくとも、その中性的な出で立ちからその来訪者を一目で男もしくは女だと断定した者はいなかった。

 この場は便宜上「彼」と呼ぶことにする。


 町に足を踏み入れた彼は静かな足取りでギルドに行った。

 こぢんまりとした1階建てのギルド。

 彼はおもむろに手のひらを差し出した。すると、彼の手のひらに銀色に輝く液体が出現した。

 それはしゃぼん玉のように揺らめきながらも決して割れることはなく、球形を維持しながら彼の手のひらに滞空し続けた。


 その銀色の球体がほんのりと白く発光した。

 すると、彼の目の前にあったギルドが音を立てずに跡形も無く消滅した。

 更地になったそこには、ギルドの中にいた人々が、状況を理解できずに軽いパニックになっていた。


 一連の動作があまりに自然に行われたためこれに気づいた者はおらず、空き地を目にした通行人はここに今まで何が建っていたのか思い出せず、そこにいる人たちがどうして騒いでいるのか分からなかった。


 しかし次の瞬間、通行人は思い出すことになる。ここに何があったのか。

 そして理解する。自分たちが死の淵に立っているということを。


 ギルドを消滅させた彼は、空いている方の手も差し出した。すると今度は黄色い歪な玉が現れた。

 それは銀の球体より一回り小さく、完全な球ではなく、まるで人の手で丸めたようなやや歪なボールだった。


 黄色い玉が光を発すると、彼の周りに何体もの魔物が出現した。

 何も無いところからいきなり何体もの魔物が現れたことで、夢か何かを見ているのではないかと思っていた町の住人だが、1体の魔物がすぐ近くを歩いていた住人に牙を向け、その身体を半分にすると、すぐに町はパニックに陥った。



 手当たり次第に人を襲う魔物。

 彼は黄色い玉と銀の球体をしまうと、阿鼻叫喚が支配するその光景をぼんやりと眺めていた。

 彼の肩に乗っているネコが眠そうにあくびをすると、彼はネコの頭を撫でた。

 血しぶきが飛び散り、血だまりが広がるその空間で、彼の周りだけは昼下がりの公園のようなのどかさで過ぎていった。



 やがて、町に生きた人間がいなくなったことを確認すると、彼は再び黄色い玉を出現させた。

 玉が発光すると、先ほどまでギルドのあった更地に黄金の柱が出現した。

 彼は肩の荷を降ろすように息を吐き出すと、魔物をその場に放ったまま町を後にした。






 彼が町を出て見晴らしのいい草原を歩いていると、前方からスーツに身を包んだ男が歩いてきた。

 両者の間が3歩ほどの距離になった時、彼は歩を止めて男の前に跪いた。


「いかがでしたか、ディアボロ様」


 男は、周囲に人がいないことを確認すると変身を解いた。

 先ほどまでの人の姿は影も形もなく、その頭には禍々しい角を生やし、背中から覗く漆黒の翼は周囲の日の光を吸い取っているように見えた。



 魔王ディアボロ。魔を統べる存在。闇そのもの。



 ディアボロは満足そうな顔を浮かべると「うむ」とわずかに顎を引いた。


「なかなか充実した時だった」

「それはなによりです」

「次はアニシ村だ」


 ディアボロがそう言うと、彼は「は」と頷き、黄色い玉と銀の球を取り出した。


 彼の周囲の地面が深くえぐれて消滅すると、彼の目の前に大きなドラゴンが出現した。

 彼はディアボロをドラゴンに乗せると、アニシ村に向かって飛び立った。






 その夜、イローのギルドにて、イクシオはやや気まずさを感じながらもそれを表に出すことなく剣の手入れをしていた。

 テーブルをはさんで向かいに座っているレイナは召喚書をめくりながら手元のメモに新しい魔物のアイディアを書き込んでいる。先ほどからその足は落ち着きなく地面を何度も叩いていた。


 2人は護送クエストを終えてから、先にイローに来ているはずの他の3人と合流するはずだった。

 昼過ぎから半日ほど待ったが、3人は姿を現さなかった。


 レイナの口から軽いため息がもれる。

 護送中の荷馬車の中で、イローでみんなと合流したら名産の紅茶を一緒に飲もうなどと、依頼人の女性と会話を弾ませながらかたふりしていたが、結局アフタヌーンティーは女性とレイナ、イクシオの3人で飲んだ。


 お茶会は楽しくなかったわけではない。

 しかし、クラトルたちに久しぶりに会えると思っていたので、待ち合わせに現れないことがまるで裏切られたように感じてしまい、お茶会の時からずっと気持ちが落ち着かずにソワソワしていた。

 しかし、それも日が落ちる頃にはイライラに変わっていたのだった。


 ふと時計を見上げるとあと少しで日付が変わるところだった。


「あ、あの、レイナさん」


 イクシオが気まずそうに声をかけた。

 レイナがじろりと目を向けると、イクシオは足元に置いてあった紙袋から小さな花束を取り、レイナに差し出した。


「今さらですが、誕生日おめでとうございます」

「‥‥ありがとう」


 レイナは花束を受け取った。

 おそらく、本当はパーティ全員で盛大に渡すつもりだったが、想定外なことにクラトルたちが来ないので、せめて誕生日当日のうちに自分だけ先に渡してしまおうという魂胆だろう。

 考えていることがなんとなく分かるのがシャクだが、何も渡されないよりは断然こちらのほうが嬉しいのでこの選択は正しかったといえる。


 イクシオから渡された花は、自分の髪のような色をした花だった。

 わずかに甘い香りがする。



 日付が変わった。



 レイナは大したことのないアイディアを書き連ねたメモを召喚書に挟むと、部屋に戻ろうと立ち上がった。

 すると、


 ギルドの扉がバタンと勢いよく開いた。

 目を向けると、砂と汗でぐちゃぐちゃになっている汚らしい3人の男が荷物をたくさん抱えて立っていた。ずっと走ってきたのか息が荒い。


「レイナさん!」


 男たちはドタバタとレイナの元に駆け寄ると横に並び一斉に片膝をついた。

 真ん中のエルナトがレイナに、綺麗な青い宝石のペンダントを掲げた。

 そして一斉に口を開く。


「「「誕生日おめでとうございます!」」」


 レイナは黙って時計を指差した。

 時計を一斉に見る男たち。

 日付が変わっていることに気づいていなかったらしい彼らの顔からみるみる血の気が引いていった。


 レイナは、ムツラたちが現れたらどんなに口汚く罵ってやろうかさまざまな罵詈雑言を考えていた。

 しかし、いざ汗臭い男たちが息を切らしながら泣きそうな顔をして、しかしそれでもせいいっぱいかっこつけて紳士のように跪いているのを目の当たりにすると、つい口元がほころんでしまった。


「ちょっと遅いんだよ‥‥ばか」

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