22話 32です

 中堅ムツラvs先鋒ウィン。


 フィータは、サークルに立ったムツラが手にしている武器を見ると声をかけた。


「あなた、例の大剣はどうしたの?」


 キザシハンの武具屋「ジジュ」で、フィータが譲り受けるはずだったアゲット鉱石を素材に大剣を注文したムツラだったが、いま彼が手にしているのは大剣ではなく、レイピアだった。

 ムツラはフィータに不敵な笑みを見せた。


「あれは、今はまだ使う時ではないんですよ」

「へえ、まだ使う時でない大剣を作るためにあたしをTriミッド山脈まで行かせたのね…」


 燃え盛る感情とは裏腹に、凍てつくようなフィータの言葉をうけて、ムツラの表情はみるみるうちに引きつっていった。

 しかしムツラは己の恐怖に立ち向かい、せいいっぱいポーカーフェイスを維持した。


「そうです。今は、ね」

「はあ?」

「は、早く決闘を始めましょう…!」

「けっ」


 フィータは言葉を吐き捨て、始めの掛け声を挙げた。


 気を取り直し、距離を詰めてレイピアを繰り出すムツラ。

 先ほどのクラトルの剣とは違い、相手を突く素早い動き

 ウィンが寸分の差で攻撃を避けても、両刃で身体を狙うことができる。


 スピードに定評のあるレイピアは風使いのウィンにはやや相手が悪かった。

 ウィンは先ほど同様ゼロ距離からの風撃を狙おうとしたが、それはムツラも承知している。そのため思うように攻め込めずにいた。

 接近戦は不利だと判断したウィンはムツラと距離を取った。


「逃げてちゃ勝てませんよ」

「逃げてません。戦略的撤退です」


 やや食い気味に反論したウィンは、距離を詰めようとしてくるムツラに強烈な向かい風を起こして進路を妨害した。


 ウィンが腕を前に伸ばし、両の手のひらを外側に広げると、四方から吹きすさぶ風がムツラを襲った。

 ムツラは、あらぬ方向から衝撃がくるため体勢を維持するのに気を使わなければならなくなった。

 それでも彼は不敵な笑みを崩すことはなかった。


「ははっ、そんな小手先の攻撃でオレに勝てると思ってるんですか!?」

「もちろん」


 息を切らすことなく冷静に魔法を放ち続けるウィンにムツラは声をかけた。


「オレが勝てるのは何%くらいなんですか」

「ゼロですね。私の勝つ確率は100%です」

「ちょっと驕りが見えますね」

「そうですか?」


 ウィンは会話をしながら、ムツラが風への対処で注意が逸れた瞬間を狙って、クラトル戦でしたようにローブを風に乗せて飛ばした。


「その手はくらいません、よっと」


 ムツラは飛んでくるローブをレイピアで叩き落した。

 勢いを無くし、地面に落ちるローブ。

 しかし、ローブを払った向こうにウィンの姿はなかった。


「どこにっ!?」

「おそい」


 ウィンの瞬間移動の魔法は、着地点が視認できて、遮蔽物が無い場合には魔法陣を張らずに即座に発動することができる。


 瞬間移動の魔法でムツラの背後を取ったウィンは、ムツラが目を泳がせた瞬間、彼の脇腹に手を添えて風撃魔法を放った。


 真横に吹っ飛ぶムツラ。

そのまま彼は勢いよくサークルの外まで放り出された。



「勝者、ウィンー」


 ウィンに軍配を挙げるフィータ。


 ムツラは脇腹を抑えながら陣営に戻った。

 エルナトが焦った様子でムツラに詰め寄る。


「なにしてんだよ!1人くらい倒してくれよ!」

「おかしいな…『この後の戦いで大剣を披露しますよフラグ』と『勝率フラグ』の二段構えで臨んだんだけどな」

「だからそのおかしな思想をやめろ」


 首をかしげているムツラの頭をクラトルがはたいた。

エルナトはそれどころではない。


「もうムリじゃん!ボクだけで3人も倒せるわけないじゃん」


 先ほどエルアに叩きのめされたばかりなうえ、目の前で賢者という、本来戦闘要員ではない職種に仲間が手も足も出ない様を見せつけられたエルナトの顔からはすでに血の気が引いていた。

 そもそもエルナトを大将にした理由は、彼の体力が回復する時間を確保するためだった。


 レクイエム陣営には早くも絶望のオーラが漂っていた。




 大将エルナトvs先鋒ウィン。


 フィータの掛け声と共にエルナトの姿が光の粒子に包まれた。やがて光が晴れると、そこにはウィンが立っていた。


「!」


 その場の全員が対戦者同士を何度も見比べる。

 顔、背丈、服装に至るまで完全に同じだった。もし彼女らが取っ組み合いをしたら、本物を言い当てるのは不可能だろう。

 レクイエム側の偽ウィンが自らの周囲に結界を展開した。それを見たトランシスターズ側のウィンは目を丸くする。


「へえ、私の魔法までコピーできるんですね」

「これでもう風で攻撃することはできないですよ」


 偽ウィンの声は本物そのものだが、口調はエルナトのままだった。


 ウィンはエルナトの結界に風撃魔法を放った。

 しかし、四方からの攻撃に結界はびくともしない。


 エルナトは手を伸ばすと、ウィンに向かって風撃魔法を返した。

 同じく結界で防ぐウィン。


 ギャラリーから見るととても地味でシュールな絵面である。

 同じ容姿の少女が、身動きすることなく同じポーズをとって向かい合っている。


「これじゃあ、勝負がつかないじゃないですか。もっと他の人に変身できないんですか?」


 ウィンが呆れたように尋ねた。


 彼女の質問ももっともだが、エルナトのコピー能力にはいくつかのルールがあった。


 ①変身できるのは一度でも触れたことのある者のみ。

 ②変身した者の能力は原則全て使えるのだが、その精度はエルナト本人のイメージに大きく左右される。


 現在、エルナトが最も強いとイメージしているのは、自らのパーティの仲間を2人も圧倒したウィンだった。


 ウィンは「しょうがないですね」と呟き、足元の石ころを拾った。


「あまり手荒いのは好きじゃありませんが」


 そういってウィンは自分の胸の高さで石ころを放した。

石は地面におちることなく宙に浮かび続ける。


 ウィンは、エルナトの方向に風撃魔法を放ち、同時に反対方向にも全く同じ威力の風撃魔法を放っていた。それを石に乗せたのである。

 ウィンは、石に乗せている風撃魔法にさらに重ねて風撃魔法を発動した。同時に反対方向にも1つ。

 何をしているのか分からないといった顔をしているエルナトに、ウィンは声をかけた。


「あなた、私の魔法を使えるのなら、私が同時にいくつの風を起こせるか分かりますか?」


 実践すれば分かるが、この場ではエルナトに知る由もなかった。

 過去にエルナトが出会った魔法使いでは24発というのが最も多い発動数だった。


 返事をしないエルナトに、ウィンは自慢げに笑った。


「32です」


 威力、方向を完璧にコントロールした風を同時に30以上も起こせる者はキザシハンでも数えるほどしかいない。

 また当然、魔法の精度を落とせば同時に起こす風は増やすことができる。


 ウィンは16発の風撃をエルナトの方へ、もう16発を自らの方へ起こした。


 コォーと、空気が擦れ合う鋭い音がサークル内に響き渡る。

 とてつもない空気の流れに、エルナトからはウィンの姿が歪んで見えた。

 そしてウィンは、自分を覆う結界を解除すると同時に、自分の方へ放っている風を止ませた。


 16発分の風撃魔法をまとった石が、破裂音を弾かせながらエルナトの結界目掛けて飛んで行く。そして、



―――パリンッ



 ガラスの割れるような音を立てて結界に穴が開く。

 すると、見る間に結界にヒビが入り、まるで薄いガラス細工のように割れて壊れてしまった。

 見たこともない速さの石を自分に向かって発射されたエルナトは、恐怖のあまり変身が解かれ、その場に固まって動けなくなっていた。

 ウィンはエルナトの目の前に瞬間移動すると、ダメ押しの一発をエルナトの腹に食らわせてサークルの外に放り出した。


「勝者、ウィンー」


 フィータの手がトランシスターズ側に挙がった。






「これで諦めてくれましたか」

「………はい」


 本来、サポート役である賢者に手も足も出なかったパーティ・レクイエムの3人はまだ、どこか諦めきれていないようだった。


「どうしてそこまでゾンサントにこだわるんですか?」


 ウィンはため息交じりに尋ねた。また因縁をつけられても迷惑だと判断したのだ。

 しばらくの沈黙の後、ムツラが口を開いた。


「実は、同じパーティのメンバーが今日誕生日なんです。それで、ゾンサントをプレゼントしようという話になったんですが、3日3晩掘れども掘れども見つからなくて、そんな時、エルアさんが見つけたという話をエルナトから聞いたんです」

「あんな石っころを誕生日に欲しがる人なんているんですか」

「その人、自分の顔かなり気にしてるから…」


 たしか事前に調べた情報では、ゾンサントから発せられる魔力は美容にいいという。

 どうやらプレゼントする相手は女性のようである。


「…仕方ないですね」


 ウィンはしばらく考え込んだあと、手元の革袋からあるものを取り出した。


「これでよかったら持って行ってください」


 ウィンがムツラに差し出したのは、フィータが掘り出していた小さなゾンサント鉱石だった。

 それは、エルアが見つけたものよりもかなり小ぶりだった。


「いいんですか!?」

「もちろんお代はいただきますよ」

「ありがとうございます…!」


 深々と頭を下げたレクイエムは、代金を払うとゾンサントを持って意気揚々と山を降りて行った。






「よかったの?」


 見るからに嬉しそうな男たちの背中を見送ったフィータがウィンに尋ねた。

 ウィンは困ったような笑みを見せた。


「さっきムツラさんが言っていたメンバーというのが、どうも昔の友達に被ってしまって」


 ごめんなさい、と肩をすくませたウィンを、フィータが手で制した。


「まあまあ、どのみちあれだけ小さいと勇者くんの魔力に全然反応しないだろうから」


 今日が誕生日。顔にコンプレックスを抱いている。


 ウィンの脳裏には、部屋に閉じこもるブロンズのショートヘアの少女が浮かんでいた。

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