21話 どうしてこんなことに

 エルアと男がにらみ合っていると、ユキヒロの後方からエルアの聞き覚えのある軽快な足音が聞こえた。


「すいません、お待たせしました」


 ウィンが駆け足でユキヒロの元に来た。

 エルアは振り返るとウィンの全身をなめるように見回した。

 そして恐る恐るウィンに尋ねた。


「ねえ、ウィンちゃん。私のフルネーム言ってみて」

「え?いきなり何ですか?」

「いいから」

「……エルア・ゴ・ギギグガ」

「ウィンちゃあぁぁん!」


 訝しみながら答えたウィンの胸にエルアが突っ込んでいった。


「今までどこ行ってたのー!?」

「ああ、エルナトさんにゾンサントの場所を教えた後、他の冒険者にばったり会って少しアドバイスをしてきたんです」


 ここでウィンは、エルアの向こう側にさっきあちらで別れたはずの男が地面に倒れているのに気づいた。


「あれ?エルナトさん、合流してたんですか?」

「ウィンちゃん!こいつウィンちゃんに化けてたんだよ」

「え?どういうことですか?」


 わけがわからないウィンが状況を把握しようとしていると、ウィンの来た方向からさらに2人の男が現れた。先ほどウィンがアドバイスをしていた冒険者である。

 男たちは、倒れているエルナトを見ると急いで駆け寄った。


「エルナトなにしてるんだ…」

「ごめん、クラトル…ムツラ…ちょっと荷が重すぎたよ」


 クラトルの肩を借りて何とか立ち上がったエルナトは「でも」とクラトルを見上げた。


「そっちもちょっと早くないか?もう少しウィンさんを足止めしててよ」

「ムリ言うな。おれたちが女の子とロクに会話できるはずがないだろうが」


 潔い自己分析をしたクラトルは、ここで初めて自分の目の前にエルアがいることに気づいた。

 彼の動きが止まる。


 彼の、エルナトを支える力が緩まる。


 ぐしゃ、と顔面から落ちるエルナト。


「青い天使…」

「?」

「エルア、知り合いですか?」

「え…わかんない…」


 キザシハンで一度だけ、しかも会話をしたわけでもない男のことをエルアが覚えているはずがなかった。


 一歩前に出たムツラが、場を取り繕うように口を開く。


「あ、あの、ウチのメンバーが迷惑かけてすいませんでした。それでですね、虫がいいのは重々承知しているんですが、そのゾンサントをどうか我々に売ってくれませんか!?」


 ムツラはそう言って、自分と、クラトルの分の鉱石を差し出した。

 3人が採掘した鉱石は実に大量で、すべて売り払えば1週間は豪遊できるほどのものだった。

 頭を下げたムツラに、ウィンが口を開いた。


「先ほどエルナトさんにも言いましたが、これは私たちが、あることを成し遂げるために必要なものなんです」

「そこをなんとか!」

「よせムツラ」


 クラトルがムツラを手で制した。


「そんなことより確実な方法があるだろう」


 そう言ってクラトルはエルナトを起こし、ムツラと横一列に並んだ。

 両膝をついたクラトルは、両隣りの2人の頭をつかむと、意を決して自らの頭とエルナト、ムツラの頭を地面に勢いよく擦りつけた。


「そこをどうか、お願いしまァァァす!」



 土下座!!!



「えぇ…そんなことされても困ります…」


 あまりの気迫に、一歩退いたウィンの肩をエルアが支えた。

 ムツラが恨めしそうにウィンを見上げる。


「ぐっ、大の男が3人も土下座をしているってのに…!」

「…こうなったら仕方ない」


 クラトルはそう言うと、立ち上がってウィンを見据えた。


「どうしてもというなら、今から我々はあなたがたに決闘を挑みます。我々が勝ったらそのゾンサントを買い取らせてください。負けたら潔く引きましょう」

「ここまで粘ってる時点で全然潔くないんですが…」


 呆れ気味のウィンの横でエルアが口を開く。


「わたしたちが決闘を断ったら?」

「受けてくれるまで追い続けます」

「キモい…」

「「「!!?」」」


 良くも悪くも正直なエルアの感想が男たちのハートを粉々にした。

 しばらく腕を組んで考え込んでいたウィンは、仕方ないといった感じで息を吐き出した。


「わかりました、その決闘受けましょう」






「どうしてこんなことに」


 採掘をしていたところ突然呼び出され、坑道から外に連れ出され、アブソプ山の一角の開けた場所に連れてこられたフィータがポツリと呟いた。


 一行は坑道から出てしばらく歩き、丘のようになっている場所に来ていた。

 トランシスターズと男3人は距離を開けて向かい合っている。


 2陣の間には、クラトルが引いた大きな円が描かれている。円の直径は、大柄のクラトルが歩いて30歩くらいのものだ。

 クラトルが腕を組みながら一歩前に出た。


「形式は団体戦。それぞれのチームから先鋒、中堅、大将を決め1対1で決闘をする。勝った方はその場に残り、負けた方は次の者と交代する。先に大将を倒した方の勝ちだ」

「決闘の方法は?」


 フィータの問いに、クラトルは大きなサークルを指差した。


「決闘はこのサークルの中で行う。相手をこのサークルから出した方の勝ちだ」


 クラトルは説明を省いたが、原則として自らの得物や魔法を使うこと、相手に重傷を負わせないこと。

 この2点が冒険者同士の決闘における暗黙の了解として認知されている。


 しばしの作戦会議の後、両チームの出場者が決まった。

 最初にレクイエム側は、先鋒クラトル、中堅ムツラ、大将エルナト。

 トランシスターズ側は、先鋒ウィン、中堅フィータ、大将ユキヒロとなった。


「僕がたい………で……のかい?」


 形だけでも勇者っぽくしておこうというウィンの判断で大将を任されたユキヒロの問いにエルアが答える。


「トランシスターズの最後の砦だからね!がんばって!」


 審判はフィータが名乗り出た。サークルの際、互いの中間地点についた。


 フィータがちらりとレクイエム側を見ると、ムツラがこちらを凝視しているのに気づいた。心なしか口が引きつっている。


「あら、たしかムツラくん。久しぶりね」

「赤い悪魔…」


 恐怖に表情を歪ませたムツラにフィータはニヤリと笑った。


「あなたと戦えることを楽しみにしているわ」

「ひぃっ…」






先鋒クラトルvs先鋒ウィン。


 サークルの端から対峙する剣士と賢者。


 決闘の場のサークル内に遮蔽物は無い。小細工なし、正々堂々の一騎打ち。


 クラトルは、向こうのギャラリースペースに腰かけているエルアを見た。

 エルアは元気いっぱいにウィンを応援している。

 まるで自分が応援されているかのような気分になってクラトルの口が少し緩んだ。


 しかし、フィータの「はじめ」という掛け声が聞こえるとすぐに口を引き締めた。

 剣を構えて距離を詰める。


「はぁ!」

「……」


 ウィンは自らに身体能力上昇の魔法をかけて、クラトルの攻撃を器用に交わした。

 クラトルは何度も切りかかるが、攻撃はすべてむなしく空を切るだけである。


「ああもう!全然攻撃が当たらないじゃないか!」


 もどかしさのあまりかムツラの野次が入る。


「クラトル!しっかりしろ!それでも剣士か!」


 ムツラの声援を受け、クラトルの攻撃にいっそう力が入る。

 クラトルは剣を思い切り振りきる。


 ヒュッ、という風を切る音をわずかに出して、その攻撃も外れてしまう。

 ウィンは、クラトルが剣を振り切った後にできる隙をついて、彼の腹に右手を添えた。



 ヒュオッ!



 クラトルの腹にゼロ距離の風撃魔法が放たれる。


 サークルの外めがけて吹っ飛ばされるクラトル。


「クラトルがサークルから出てしまう!」


 ムツラの叫びに応えるようにクラトルの目がカッと見開いた。



 ズザザザザザザザザザ…ザ…ザァ…



 クラトルは、サークルから出る直前に剣を地面に突き刺して勢いを殺し、なんとかサークルの際で持ちこたえた。


 攻撃に転じようとすかさず前を向いたクラトルは、突然何かに視界を覆われた。


「な、なんだ!?」


 ウィンが、風撃魔法でクラトルを吹っ飛ばした直後に自らのローブを風に乗せて飛ばしていたのである。


「ああ!クラトルの顔にウィンさんのローブが巻き付いている!」


 状況が呑み込めずに、じたばたしているクラトルにウィンが駆け寄る。


「このままでは、またゼロ距離で風撃を食らって今度こそクラトルはサークルの外に放り出されてしまう!」


 ムツラの叫びを脇に、ウィンは先ほど同様クラトルの腹に手を添えた。




 次の瞬間。




 クラトルは為す術なくサークルの外に吹っ飛ばされた。




「勝者、ウィンー」


 フィータの右手が挙がる。


 サークルの外で仰向けになっていたクラトルは、起き上がるとおそるおそるエルアの方を見た。

 エルアは、ウィンの勝利に喜んでその場でぴょんぴょん跳ねていた。


 それを見たクラトルは満足そうな笑みを浮かべてチームの元に戻って行った。


「大丈夫かクラトル?」

「いいんだ‥‥きみが笑顔なら」

「大変だ! 打ちどころが悪かったみたいだ!」

「やかましいぞ。おれは平気だ」


 クラトルは、試合に向けてウォーミングアップをしているムツラを睨んだ。


「おまえ、さっきのやかましい野次は何なんだ」

「ああ‥‥」


 ムツラは、ウィンを信じられないような目で見た。


「恐ろしい女だ。解説フラグをものともしない‥‥」

「そんなものに頼っていたのか」


 自分の信じていた必勝法をいとも簡単にへし折られたムツラは、打開策を必死に考えながらサークルに向かった。

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