20話 ダウト
ゼクスゾルダート国のシン地区とキュー地区を隔てる巨大なジム山脈。
その一角であるアブソプ山では様々な鉱石が採掘できる。
そのため、なかなか市場に出回らない鉱石の採掘クエストや、武器などの作成に必要な鉱石を直接採りに行く冒険者がちらほら見られる。
今回、パーティ・トランシスターズが探しているゾンサントという鉱石はキザシハンでも滅多にお目にかかれない希少なものだった。
ふもとのイローという町を拠点にしたトランシスターズは本日、朝からひたすらゾンサントを探して採掘作業に没頭していた。
「ウィンちゃん見て見てー!」
タガネで岩石を割って鉱石を掘り出したエルアが、少し離れた所でハンマーを振っているウィンに声をかけた。
「なんですかー?」
「ゾンサント見つけたよー!」
エルアが掲げた鉱石はまるでペンキにつけたような濃い緑色をしていた。
ウィンは鉱石を遠目で一瞥するとすぐに手元のハンマーに目を戻した。手を動かしながらエルアに返事をする。
「違いますよー。それはマラカイト。似てるから気を付けてって言ったじゃないですか」
「えー?」
エルアは自分の手にしているマラカイトをまじまじ見ると、足元に置いてある革袋にしまった。
再びハンマーで岩石を叩き始める。
「ウィンちゃーん! 見て見てー!」
しばらく経ったころ、再びエルアが鉱石を掘り出した。拳ほどの大きさのそれを手に取ったままウィンの元に駆け寄る。
今度エルアがウィンに見せた鉱石は、透き通るような緑色のもので、所々に青色が混じっている。
エルアから鉱石を受け取ったウィンはしばらくそれを観察すると目を見張った。
「お手柄ですエルア。これぞ、私たちの探しているゾンサントです。サイズも申し分ない」
「やったー!」
ウィンは、別の場所で採掘をしているフィータ、ユキヒロと合流するべく彼らが採掘をしている地点を目指した。
思いのほか早く目当てのものを掘り当てることができたウィンは、下山した後のことを考えながら、複雑に入り組んでいる坑道を進んだ。
しばらく行くと、ユキヒロがハンマーで岩石を叩いていた。
「ユキさん。エルアが目当てのものを見つけてくれたので撤収しましょう」
「おお! エ………ぃか!」
「へっへー、そうでしょう! あ、あとねこれも見つけたんだー!」
ゾンサントの他に、目に着くものを片っ端から掘り当てていたエルアは本日の戦利品を1つ1つユキヒロに披露した。
束の間のエルアの採掘報告会が終わると、ユキヒロはウィンに声をかけた。
「そういえば、さっ……で……とこ………ったよ」
黙ってエルアを見るウィン。
「へ、へー! そうなんだー! さっきそこで冒険者さんと知り合ったんだー!」
エルアが慌てて答えると、いくつも枝分かれしている坑道から、ハンマーを手にした軽装の男性が現れた。どうやら彼もウィンたちと同じ、鉱石目当ての冒険者のようだ。
坑道ではあるが、山でのマナーとして男はウィンとエルアに軽い自己紹介をした。
そしてすぐにユキヒロの元に行き、自身の掘り出した鉱石を披露した。
それを見たウィンは口をあんぐり開け、震える手でエルアの肩を叩いた。
「どうしたのウィンちゃん?」
「ユキさんが…ユキさんが…他の方と仲良さげに話しています」
「よかったねーお友達ができたみたいで」
「それも衝撃なのですが、彼もユキさんの話していることを聞き取れているのでは…?」
「あ、いわれてみれば」
ウィンとエルアが離れた位置から窺うと、その男はユキヒロと普通に言葉のキャッチボールをしているように見える。ユキヒロの言う冗談に笑い、肩なんかも叩き合っている。
「この世界にはまだまだ私の知らないことがあるんですね」
ウィンはしみじみと呟いた。
ユキヒロと一通り話し終えたらしい男はちらりとウィンとエルアの方を見た。
そして、男はエルアが手にしている鉱石に気づいた。
目を見開き、恐る恐る指を指す。
「君の持っているのはひょっとしてゾンサント?」
「そうですよ!」
「!」
エルアが元気に答えると、男はいきなり頭を下げてきた。
「お願いします。それをボクに売ってください!」
一同は突然のことで目を丸くしたが、やがて落ち着きを取り戻したウィンが口を開けた。
「申し訳ありませんが、これは必要なものなんです。売ることはできません」
「だったら、交換はどうですか!?」
食い下がる男は、自分の掘り出した大量の鉱石を革袋から出した。
実に豊富な種類で、とても1日で掘り出した量とは思えない。
「この鉱石全部あげますから!」
ウィンは静かに首を横に振った。
男はその場に崩れ落ち、しばらく地面を眺めた後「せめてそれが採れた場所が知りたい」と絞り出すように言った。
ウィンは仕方なくその男を、先ほどエルアがゾンサントを掘り当てた場所まで案内しに行った。
エルアとユキヒロがしばらく待っていると、ウィンが戻って来た。
「ちゃんと案内してあげたー?」
「完璧ですよ」
「ウィン、こ……ンサ………うんだい?」
ユキヒロはウィンに、ゾンサントの用途を尋ねた。
ウィンは一瞬困ったような表情を見せると、エルアに声をかけた。
「エルア、このゾンサントは何に使うんでしたっけね」
「何に使うって…」
エルアはユキヒロをチラッと見ると言葉を濁した。
そしてすぐに取り繕うように笑った。
「…何に使うんだっけ? 忘れっちゃったー!」
「エルアが忘れてるんですから、私も分かりません。ごめんねユキヒロさん」
「ああ、はい」
ウィンは、坑道の地図を取り出すとそれを広げた。
「じゃあ、いちど外に出ましょうか。ゾンサントは私が持ちます」
「え?…わかった」
ウィンはエルアに手を差し出した。
エルアは革袋の中に手を伸ばしてしばらくゴソゴソ探してから、濃緑の鉱石を取り出してウィンに渡した。
ウィンはそれを受け取ると坑道の出口に向かって歩き出した。
彼女について行こうとするユキヒロを、エルアは手で制してその場に留まった。
「ウィーンちゃん!」
ユキヒロを自身の後ろに手引きしたエルアは、ウィンに満面の笑みで声をかけた。
「なんですか?」
「ダウト」
ドシュッ
前方に手を伸ばしていたエルアは、ウィンが振り返ると同時に手から水撃魔法を放った。
放たれた水は、ウィンをさらうと宙でシャボン玉のように球形に浮かび、その中で彼女を荒々しく揉んだ。
しばらくウィンを嬲り続けたエルアは、彼女を水から解放し地面に叩きつけた。
容赦ない水の威力に為されるがまま、呼吸もままならなかったウィンは、しばらく立ち上がれずに激しくせき込んだ。
なんとか落ち着いたウィンは、倒れ込んだままエルアを睨みつける。
なにするんだ…と、鋭く見上げてくるウィンの目はエルアの知っているそれではなかった。
「しつもん! その1」
地面から見上げてくるウィンに向かって、エルアは人差し指を立てた。
「ウィンちゃん、さっきユキくんがウィンちゃんに聞いたこと覚えてる?」
エルアの問いに、ウィンはばかばかしいとでも言いたげな顔で答えた。
「だから、ゾンサントを何に使うかって」
「どうして分かったの?」
「え?」
質問の意味が分からない様子のウィンにエルアは続けた。
「ウィンちゃん、いつもユキくんの言うこと分かってないのに、どうして今は分かったの?」
「そ、それは、ほら、ユキくんがゾンサントを見ながらしゃべるから何となく雰囲気で…」
「ふーん…」
エルアは、しどろもどろになったウィンを品定めするように目を細めて見た。
続けて、突き出していた手の中指を立てた。
「しつもん、その2」
エルアはそう言うと、ウィンの持っている鉱石を指差した。
「ウィンちゃんが持っているそれはなんですか?」
「ゾンサントに決まっているでしょう…」
「ダウト」
エルアは残念そうに短く呟くと再びウィンに水撃魔法を放った。
勢いよく後方に吹っ飛ばされ地面を転がるウィン。
濃緑の鉱石は彼女の手からこぼれてエルアの元に渡った。
「これはマラカイト。わたしの大好きなウィンちゃんなら遠目からでもすぐに見抜けたのになー」
エルアはそう言いながらマラカイトを拾い上げ、革袋に戻した。
明らかに不審なウィンの言動に加え、エルアの放つ水撃魔法を自らの魔法で防がなかったこともエルアの疑惑に拍車をかけていた。
倒れているウィンに近づいたエルアは、彼女を冷ややかに見下ろした。
「ねえ、あなた誰?」
エルアが冷たく尋ねると、ウィンの姿がまるで泡が水に流れるように崩れた。
泡の向こうから現れたのは、さっきユキヒロが紹介した、短髪で目つきの軟い男だった。
「お見事です」
「ねえ、ウィンちゃんはどこ?」
あくまでも冷静さを崩さないエルアの問いに、男はただ不敵な笑みを見せるだけだった。
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