19話 わたし、それ初めて聞いたよ


 魔王軍に襲撃されたと思われるマロンの故郷、コモンを目指すパーティ・トランシスターズは夜通し森を進み続け、ついに森を抜けた。

 視界が開けると、向こうに街が見えた。おそらくあれがコモンだろう。


 できるだけ物陰を通りながら街に近づく。

 荷馬車を街の入り口から少し離れた所に隠して、トランシスターズは街の様子を窺った。


 そこから見たコモンの街の光景は異様なものだった。

 攻撃を受けて無残に破壊された建物と建物の間の、恐らく建物があったであろう空間には黄金に輝く歪な角柱がそびえていた。黄金の柱の周囲は、まるで最初から何も無かったかのように更地になっている。

 黄金の柱はざっと見ただけで3本、それぞれ離れた場所にそびえていた。

 そのいずれも、恐らく元々建物があったであろう場所にあり、その高さ、太さ、微妙な傾きなどには無秩序な差異があった。

 決して人の手で建造されたものではないことは明白だった。


 ウィンたちはマロンを馬車に寝かせたまま、恐る恐る黄金の柱に近づいた。

 細心の注意を払いながら柱に触ってみる。


「別になんともないですね」

「これはたまげたわ。本物の金だ」

「これで大体いくらになるんだろ…」


 黄金の柱の観察を続けていると、



 ッドォーン!!



 街の奥から何かが爆発するような音が響いた。


 急いで駆けつけると、杖を持った冒険者が魔物にトドメを刺すところだった。


 魔物を倒したその冒険者に声をかけて話を聞いた。

 やはりフィータの見立て通りだった。

 魔物の襲撃を受け、コモン周辺のギルドから緊急クエストが発注され、集まった冒険者によりコモンに押し寄せた魔物はほとんど撃退されたそうだ。

 派遣された多くの冒険者は既に引き上げ、現在は後発の冒険者が魔物の残党を片づけているという。

 話を聞いていたウィンは、後ろを振り返るとユキヒロの手を引いた。


「ユキさん。魔物の残党狩り、お願いしていいですか」


 残党ならユキヒロに戦わせても問題はないだろうとの判断だ。


「あ、はい……」


 ウィンの申し出を引き受けたユキヒロはどこか具合が悪そうだった。


「どうしたの?ユキくん」


 エルアがユキヒロの顔を覗き込むと、彼の顔は見るからに青ざめていた。

 それを見たフィータは察したように頷いた。


「あー、大量の死体を見てきもち悪くなったんでしょ」


 ユキヒロが黙って頷く。


「シャンとしてください。勇者でしょ!」


 ウィンは無慈悲にもユキヒロの背中を叩くと、そのまま街の探索に出発した。




 黄金の柱がそびえる街を周り魔物を探す。

 エルアはふと柱を見上げた。なんだかはるか上空から監視されているようで気分が悪かった。


 トランシスターズは、後発のさらに後発組だということもあって、街の通りに魔物の姿はまったく見られなかった。

 死体と瓦礫の散乱する街をぐるりと回り、この街の教会に着くころにはユキヒロの気分もだいぶ落ち着いていた。

 ユキヒロが観音開きの扉を開けると、その中にはオークとゴブリンの群れが屯していた。

 ユキヒロは腰のグラディウスに手をかけると、ジリジリと忍び寄る。。


 にらみ合って牽制しあう両者。



 ……ゴォン



 教会の扉が音をたてて閉まると、魔物らが一斉に襲い掛かって来た。




 いつかの森ではオーク相手に頭が真っ白になって身動きできなかったユキヒロだが、あれから大なり小なり魔物に剣を向けてきたおかげで、今回はオークを目の前にしても戦意が喪失することはなかった。


 グラディウスを構えて、襲い掛かってくる魔物に対峙する。

 そんなユキヒロを後ろから見守っているウィンたちは、彼の成長にやや感動しながらいつも通りのバフを彼に施した。

 魔法で身動きを封じられたゴブリンに向かって、超強化された身体能力でグラディウスを振り回し、超強化された剣術でゴブリンらを一撃で仕留める。

 残りはオークだけである。


「ユキさん。今こそブレイブスラッシュです」


 後ろからの指示にユキヒロは困惑した。


「でも、どう……って?」

「えーと、剣を自分の魔力で覆うようなイメージです。」


 もっともらしいアドバイスをしたウィンに、エルアとフィータが後ろから肩を掴んでグイッと引き寄せる。


「わたし、それ初めて聞いたよ」

「なにそのアドバイス。どこ情報?」

「いや、闇雲にやるよりは多少あらくとも道筋を示したほうがいいと思いまして」


 ユキヒロはウィンに言われたとおりにイメージした。

剣を握る手に力が入る。


 敵が剣を構えたまま動かないのを好機と捉えたオークは、棍棒を振り上げながらユキヒロに突進してきた。


 ユキヒロは目を瞑り必死にイメージした。


 自分の魔力を剣に被せるイメージ。

 自分の魔力を剣に被せるイメージ。

 自分の魔力を剣に被せるイメージ。


 すると、身体の中で何かが沸き上がる感覚がした。

 目前に迫っているオークを睨み付ける。


 いける…!


「はぁっ!!」




 ユキヒロの叫びが教会に空しくこだまするのを見て、なにかを悟った3人はウィンの「やっぱりダメか…」という呟きを合図にユキヒロにバフをかけた。


 いつも通りに跳び、いつも通りに剣を振り上げ、いつも通りに突き刺した。

 教会全体を揺らして床に倒れたオークを最後に、コモンの街に潜んでいた魔物は全て始末された。

 ウィンたちは、倒れたオークの胸の上に立って満足げな顔をしているユキヒロに駆け寄った。


「ユキさん。お疲れ様でした」

「ウィン!ブレイ………ッス………かい?」

「ブレイブスラッシュはもう少し練習が必要みたいですね」






 僕はしばらく荷馬車で待機させられていたが、魔物をすべて追い払えたということで、ウィンに抱きかかえられて外の光景を目の当たりにした。

 それは信じられないものだった。

 道のそこら中で仲間が血の中に寝転がっている。

 僕はウィンの腕から抜け出し、自分の家に走り出した。

 漂う腐臭に、こみ上げる吐き気を抑えながら家に辿り着く。

 家に入ると、お父さんとお母さんが手を繋ぎながら眠っていた。

 良かった。どこも食われていないようだ。

 しかし兄弟の姿が見当たらなかった。

 強烈な匂いに気絶しそうになるのを我慢しながら兄弟の匂いを追うと、道の端で一緒になって眠っていた。こちらも特に食われた形跡はない。


 とにかく、皆を家に運ぼう。


 兄弟を1人ずつ家に運んでいると、ウィンが僕を見つけて駆けつけてきた。


「マロン君危ないですよ!一応、まだ魔物がいるかもしれないんです」

「そんなことより、僕の兄弟たちを運ぶの手伝ってよ!」


 僕は道に眠っている兄弟を指した。

 ウィンは兄弟を見るとしばらく目を瞑り、兄弟たちをまとめて抱きかかえた。


「この子たちをあなたの家に運べばいいんですね?」


 僕はウィンを家まで案内した。

 ウィンのおかげでお父さんとお母さん、そして兄弟全員が家に揃った。


「ウィン、ほんとにありがとう!後は皆が起きるのを待つからもう平気だよ!」


 ウィンは、最初こそなんとか僕をこの家から連れ出そうとしたが、僕が何度も嫌がると諦めたようだった。




 それからしばらく時が過ぎたが家族はいつになっても目を覚まさない。

 あれからウィンはちょくちょく顔を出して果物や木の実をたくさん置いて行ってくれる。

 家族の分まで食べ物を採らなければならない身としてはとても助かる。






 その後、ギルドからはコモンの清掃クエストが設けられた。

 トランシスターズはこれを受注し、数日間、コモン内に散乱している死体や瓦礫の処理に奔走した。

 街の所々にそびえている黄金の柱は、現段階ではどう処理すべきなのか判断がつかず、また、観察した限りでは周辺に悪影響を及ぼすこともなかったためしばらく放置することになった。


 やがて、コモンの清掃作業が完了し、ギルドから清掃クエストの報酬を受け取ったトランシスターズはこの街を出発することにした。


 出発の朝、マロンを後任の者に引き継いだウィンは、マロンに別れの挨拶をしに行った。




 マロンの家の前に立ったウィンはたまらず鼻を手で塞いだ。玄関に立つだけで死体から発せられる腐臭が漂ってくる。

 コモン内の死体や瓦礫はあらかた片づいたが、この家だけはマロンが他人の介入を拒絶し続けているため全く手が付けられていない。

 慣れた足取りで散乱した家具を避けながら奥に進むと、相変わらず彼は家族の亡骸の前に鎮座していた。


「マロン君!」


 声をかけられたマロンは、地に伏していた頭を上げて振り返った。

 ウィンは彼の頭を優しく撫で、彼の首に下がっているネームプレートを指でなぞった。


「ごめんなさい、ずっとあなたを見守っていたいけど私たちにもやらなきゃいけないことがあるんです。それが終わったらまた来ます。それまであなたは自分の家族を見守ってあげてくださいね」

「わんっ」


 ウィンに頭を撫でられた忠犬マロンは、尻尾をめいっぱい振って元気に吠えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る