16話 アンタがジャック・トルスだったんだな

 クラトル、エルナト、ムツラがキザシハンに到着し、久しぶりに5人揃ったパーティ・レクイエムはモンの食堂でジョッキをぶつけた。


「かんぱーい!」

「それで?まずはそっちから聞こうか」


 イクシオが尋ねると、クラトルは「ああ」と頷き、懐からメモを取り出してテーブルに広げた。


「ジャックの両親は冒険者に反対していたみたいだな。最終的にジャックが反対を押しきり半ば強引に村を出たらしい。

それに怒ったジャックの父は彼と親子の縁を切り、さらに村長に怒鳴り込んで村への立ち入りも禁じてしまったらしい」

「なにそれ、こわ…」


 酒が並々注がれたジョッキを持つレイナが呟いた。クラトルは続ける。


「ジャックへの手紙は、彼の母がだいたい半年に1度といったペースでこっそり出しているらしい。最後に出したのは2ヶ月ほど前、カーラさんの結婚の話が持ち上がった時だそうだ」


 ここで、早くもジョッキを空けたムツラが割り込んだ。


「でな、1つおもしろいことがわかったぜ。このクエストはカーラさんがオレたちを指名したという話だったんだけどよ、改めて彼女に確認したらそんなことしていないってさ」


 イクシオは、半分ほど残っているジョッキを置いてクラトルを見た。


「クエストの依頼人はカーラさんなんだよな?」

「ああ」

「ふむ」

「ん?つまりどういうこと?」


 考え込んだイクシオに、空のジョッキを両手で大事そうに押さえているレイナが尋ねた。


「つまり、ギルド側の手違いでなければ裏で手回ししているヤツがいるってことですよ」

「マジで!?」


 レイナは周囲をきょろきょろ見回した。しかし、先日話を聞いた受付の若い男性職員と目が合い顔を赤くして縮こまった。


「こちらからはこんなもんだ」


 クラトルはイクシオにバトンタッチするとジョッキを大きく仰いだ。

 イクシオは、モンと郵便局での出来事を詳しく話した。


「……で、その後冒険者仲間に聞いて回ったんだが、何も分からなかった」

「ダメだったか」


 うなだれたムツラにイクシオが頷いて続ける。


「ファフナー自体が非常に希少で、現在キザシハンには1人もいない。昔1人だけいたらしいんだが、今はどこにいるのか分からない。」


 ギルドに問い合わせたところ、そのファフナーは冒険者登録をしていなかったためその後の足取りは全く分からなかった。


「逆にジャックという名の冒険者はムダに多くてな、心当たりがあるというヤツの話を詳しく聞くと別人のことだった、なんてことが何度もあった」


 これまでレイナたちはキザシハン以外でもジャックという名前の人間を何人も見てきた。当然、全員の顔もフルネームも覚えきれていない。

 ムツラはジョッキを呷るとイクシオの肩を組んだ。


「どんまいどんまい!いちいちフルネームで覚えるやつなんていねえよ」

「そ、そうか…」


 ここでイクシオは、自分の中でなにかが引っかかっているのを感じたが、すぐに周囲の喧騒に押し流されてしまった。


「報告終わり!久しぶりに集まったんだから今日は騒ぐぞー!」


 茶を注文したレイナがグラスを突き上げた。






 いつも通りの風景を眺めていた。

 クエストを受注し、信頼できる仲間と共に武器を携えた冒険者たちが張り切ってモンを後にする。

 何年も僕はそんな風景をただ眺めていた。

 そしてたまに、自分が冒険者を目指していた頃のことを思い出す。

 手元の、昨日届いたばかりの手紙に目を落とした。故郷の母からのものだ。

 内容はなんてことない村の近況報告ばかりだった。


 めずらしいな、前回の手紙から2ヶ月くらいしか経っていないのに。


 ふと視線を戻すと、いつのまにか受付に若い女性が立っていた。考え事をしていて気付かなかった。


「失礼しました。ご用件…は…」


 女性の顔を見た僕の言葉が途切れた。

 その顔に見覚えがあった。正確には、何年も会っていない幼なじみの面影をその女性に見た。


「カーラ?」


 僕が尋ねるとその女性はニヤッと笑い、その場でくるっと回った。再び正面を向くとそこに立っているのは女性ではなくなっていた。

 短髪の、若干幼さが残る軟い目つきの男。

 魔法使いエルナト。他人の容姿やその能力までコピーしてしまう実力者だ。

 しまった、この男が変身していたのか。


「アンタがジャック・トルスだったんだな」


 エルナトの後方から太い、落ち着いた感じの声がした。

 声のした方を見ると、物陰からイクシオが現れていた。

 他のメンバーも集まっているようだ。


「なんのことですか…?」

「普通、ジャックなんてありふれている名前を聞かれたらフルネームを確認するだろ? なのに俺が尋ねた時、アンタはいきなりジャック・トルスの名を出した。こんなの本人以外に考えられないだろ」


 僕は先日のことを思い出した。

 たしかに、パーティ・レクイエムが来たから探しているのはジャック・トルスなんだと勝手に思い込んでいた。いや、実際に僕を探していたんだけども。


「裏で手回ししてパーティ・レクイエムを指名させたのもアンタだろ?そんなことできるのはギルドの職員くらいだからな。いったい何のつもりだ?」


 イクシオが身を詰めてきた。

 僕は自分の表情が引きつっているのを感じながら何とか声を絞り出した。


「で、でも、ジャック・トルスの知り合いかもしれないじゃないですか…」


 もう、この話し方から白状しているようなものだが、イクシオはそれには言及せず、僕の持っている手紙を顎で指した。


「それ、アンタのおふくろさんに頼んで出してもらったんだよ。郵便局で張り込んでいたら、アンタが受け取りに来たのがばっちり見えたぞ」


 そういうことだったのか。新しい手紙が来るのが早いと思ったんだよなあ。

 しくったな…こうなったら正直に伝えるしかないか。


 僕はしばらく、母からの手紙に目を落として頭を整理すると前を向いた。


「カーラに、僕のことを忘れて結婚の話を受けてほしいんです」

「なに?」


 イクシオは怪訝な顔をした。他のメンバーも同様である。


「手紙でそういえばいいじゃん」


 ムツラが割って入って来た。ごもっともな意見である。

 うーむ、パーティ・レクイエムが僕の内心を汲んで全てやってくれるかと願っていたが、さすがに虫が良すぎたな。


「僕は両親の反対を押し切り、カガカ村からキザシハンに来てファフナーを目指しました。

運よくモンで知り合ったファフナーに弟子入りすることができたんですが、現実は非情でした。いつまでたってもドラゴンに変身することができず、魔物も満足に倒せない。

師に見限られた僕は冒険者を諦めてギルドの職員になりました。

カーラに結婚の話が持ち上がっていることと、彼女がギルドに僕の調査を依頼したことは母からの手紙で知っていました」

「いや、キザシハンでファフナーの弟子になれた時点で全然非情じゃないぞ」


 真面目なトーンで返したクラトルの頭を、レイナとエルナトが勢いよくはたいた。


 まあ、正論である。特に探してもいないのに希少なファフナーに会えたところで僕の運は底を突いていたのかもしれない。


「別にファフナーになっていなくてもいいじゃん。彼女はまだアンタを待ってる」


 訴えかけるようなムツラの言葉に僕は力なく首を横に振った。

 カーラに真実を伝えようか何度悩んだか分からない。恐らくカーラは夢を諦めたみじめな僕を受け入れてくれるだろう。

 しかしその度に僕の中のちっぽけなプライドが僕を踏みとどまらせる。


「僕はアイツにとって、かっこいいジャックでありたいんです…」


 絞り出すように僕の口から漏れた言葉。これが僕の本音だった。


「それに、故郷を捨てた男と一緒になったら、彼女にも同じ境遇を強いることになる」


 夢を追い続ける幼なじみの思い出を村に残して、女としての幸せを手に入れられるのであれば、それが一番いいに決まっているんだ。

 イクシオはしばらく黙ってから、深いため息をついて僕に指を差した。


「指名料は付けてもらうからな」


 僕はハッとしてイクシオの顔を見た。ムスッとした仏頂面をしているが目が泳いでいる。どうやら素直ではない性格のようだ。

 僕はカウンターに隠れてしまうくらいに深く頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 イクシオは「わかったわかった」と僕に顔を上げさせ、「で」と続けた。


「なぜ俺たちを指名したんだ?」


 僕はイクシオの目を真っすぐ見据えた。


「約束を果たすためです」

「約束?」


 きっと彼女は忘れているだろう。それでも僕はこの約束を果たしたい。

 そのためにカガカ村で発注していたこのクエストを取り寄せたのだから。


 僕はイクシオの後ろに立っている2人に頭を下げた。

 他人の全てをコピーする魔法使いと、竜を操る召喚士。

 約束を果たすためには彼らがどうしても必要なのだ。


「エルナトさん、レイナさん。どうかよろしくお願いします」


 いきなり頭を下げられたエルナトとレイナは困惑して目を合わせた。


「なんで…」

「私たち…?」

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