15話 ごめんね、忘れらなくて

小さい頃の思い出。村でたった1人の同年代の友達。

いつの間にか異性として意識するようになっていた。


―いつかボクが君を乗せてこの谷から飛び立ってみせるよ


10年以上も前の約束が今になっても2人を縛り続けている。

ごめんね、忘れられなくて。






 山と山に挟まれた細長い溝に神様がつい家を落っことしてしまった。

 それが、空から見たカガカ村の感想である。一本の太い道がぐねぐねと伸び、そこに家がくっつくように並んでいる。


 カガカ村に入るには、谷に架かる大きな吊り橋を渡らなければならない。

 その吊り橋の前に、2頭の竜が降り立った。

 そして竜の背から5人の男女が飛び降りる。


 谷を駆け抜ける強い風にブロンズのショートヘアをなびかせた少女は、腰の後ろに下げていた大きな本を広げた。すると、2頭の竜がその本に吸い込まれて姿を消した。

 少女は顔をきょろきょろと回して周囲に人がいないことを確認すると左手を腰に当て、右手をカガカ村に向けて指差した。


「やってきたぞカガカ村!そう我々はパーティ・レクイエム!」


 久しぶりに高らかな名乗りを決めることができて満足したレイナは、メンバーを引き連れて村に足を踏み入れた。

 先頭をずんずん歩きながら、後ろの背の高い男を振り返る。


「イクシオ、どこに行けばいいの?」


 イクシオは懐からクエストの受注書を取り出して広げた。


「取り合えずギルドに行けばいいみたいですね」

「おぉーし!みんな私について来なさい」

「レイナさん1人で突っ走るとまた迷子になりますよ」

「うっさいなイクシオ。またってなんだよ!」


 歩を止めずにイクシオに噛みつくレイナを、ムツラがケタケタ笑った。


「えー?レイナさん迷子になったんすか?」

「なってないっ!」

「どこかのエルナトみたいだな」

「ちょっと待てクラトル、ボクも迷子になんてなっていないぞ」

「あの大通りで泣きべそかいたのをもう忘れたのか」


 村を貫く太い一本道を進んでいると、やがてギルドが見えてきた。






「あらあらいらっしゃい。レクイエムさんね?」


 ギルドに入ると、女性職員がフレンドリーに話しかけてきた。


 田舎だからといって、誰にでも初めから親しげに接するものなのだろうか。

 むしろ、閉鎖的な空間だからこそ、よそ者には距離をとるのが自然なはずだ。

 おそらくこのフレンドリーさは、このおばちゃん職員特有のものだろうとイクシオは判断した。


 イクシオがクエストの受注書を見せると、女性職員は奥のテーブル席に1人で座っている若い女性を手で示した。どうやら彼女が依頼人らしい。


「わざわざ遠い所からありがとうね。キザシハンから冒険者が来るなんて初めてよ」


 中年の女性職員は、そう言いながら物珍し気にレイナたちをまじまじと見た。

 確かに普段、クエストは最寄りのギルドから発注されるものだが、今回のクエストは依頼人がパーティ・レクイエムを指名してきたため、はるばるキザシハンから飛んできたのである。

 依頼人の座るテーブルまで行き、イクシオが女性に声をかけた。

 女性は立ち上がりレイナたちに挨拶をして席に座らせた。

 カーラと名乗ったその女性はクエストの依頼内容について話し始めた。


「昔、この村には私より2つ上の男の子がいました。名をジャック・トルスと言います。ジャックは10年前にファフナーを目指して村を出ました。しかし、それから一度も村に顔を見せないどころか手紙も寄こさないのです。私、とても心配で…皆様にお願いしたいのはどうかジャックの居場所を突き止めていただきたいんです」


 カーラは涙を浮かべながら肩を小刻みに震わせた。クラトルが黙ってハンカチ差し出す。

 こういう気配りができるのはこのパーティにはクラトルしかいない。

 カーラは涙を拭うと続けた。


「実は今、私に結婚の話が出ているんです。相手は外の町の人なので、もし婚約したら私はこの村を出ないといけないんです」

「カーラさんはお誘いを受けるつもりなんですか?」


 イクシオの問いにカーラは俯いて「わかりません…」と答えた。


「ジャックが村を出る日、私たちは、彼がファフナーになって村に戻ったら一緒になろうと約束をしました。でも、それから10年も待ちました。私はまだ待たなければいけないんでしょうか…」


 カーラの、必死に縋るような目にレイナたちは正しい回答を持ち合わせていなかった。


 ジャックの行方を捜索することを約束して、一旦レイナたちはカーラを帰すことにした。

 ギルドから出て行く彼女を笑顔で手を振って見送っていたレイナは、カーラの姿が見えなくなると手を翻し、指を立ててカーラの去った方を睨みつけた。


「いいよな…リアルが充実してるヤツは悩みも贅沢でよ」


 今はもう誰もいないギルドの玄関を睨みつけるレイナの目にはもはや何も見えていない。


「なにが幼なじみだ、なにが婚約だ…!十分恵まれてるくせにそれでも幸福を貪るか」


 心の奥からドス黒いオーラを撒き散らすレイナに、隣に座っていたムツラが思わず立ち上がってなだめようとする。


「ちょ、ちょっとレイナさんストーップ!ほらほら落ち着いてー…ピクシーのこと思い浮かべてー…ほらぁ可愛い!」

「私だって…私だって将来を約束した幼なじみが欲しい!!」

「落ち着いてレイナさん!そんなのオレだって欲しい!」


 レイナは溜まっていた鬱憤をすべて吐き出すと大人しくなった。

 仕切り直しの地酒を注文し、エルナトが口を開いた。


「なあイクシオ。さっきカーラさんが言っていた、ファフナーってなに?」

「ファフナーってのは、魔力を使って自身をドラゴンの姿に変化させるやつらのことだ」

「へぇー」


 運ばれてきた地酒をテーブルに置きながら今度はクラトルが口を開く。


「ファフナーになっていたら、すぐ分かりそうだけどな」

「たしかに」


 ファフナーは、自身の姿を自在に変えることのできる魔族発祥の能力である。

 そのため、ファフナーを目指す冒険者はあまり多くない。レイナたちも数えるほどしか会ったことがなかった。


「まあ、一応冒険者仲間に聞いてみるよ。俺はレイナさんともう一度キザシハンに戻って情報収集する。お前たちはこの村でジャックのことを詳しく聞いてくれ」

「おいおいイクシオ、抜け駆けかよ」


 クラトルの言葉をイクシオは「うるさい」とぶった切る。


「俺がカースを操縦するのが一番早い移動手段なんだよ」






 イクシオと共に再び村の玄関口に移動したレイナは、腰に下げていた召喚書を開いた。

 召喚書はレイナの顔よりも大きく、片手で掴むのが困難なほど分厚い。

 レイナが念じるとページが自らめくられ始め、やがて黄色い竜が描かれているページで止まった。

 レイナがページに魔力をこめると、絵の竜が動き出しやがて本から飛び出した。


「カース!」


 イクシオが愛竜の名を叫ぶとカースは彼の目の前に降り立ち、自らの顔をイクシオに擦りつけた。


「おぉ、よしよし。また頼むぞ」


 イクシオはカースの頭を撫でると、その背に飛び乗った。

 そして、手を伸ばしレイナを引き上げる。


「南下してくれ」


 イクシオの指示を受けたカースは大きな翼をはためかせてキザシハンに飛び立った。






 半日かけてキザシハンに到着した2人は始めにモンに向かった。


「冒険者を目指していたのならギルドで登録をしているはずです」

「よし」


 もし冒険者登録をしていれば、クエストの報告書からある程度の行動を予測できるはずである。

 モンに着いた2人は受付に向かい、暇そうにしている若い男性職員に声をかけた。


「尋ねたいことがある。この街にジャックという名の冒険者はいるだろうか」

「少々お待ちください」


 男性職員はカウンターの下から分厚い帳簿を取り出し目を走らせた。

 数分後、バフンと埃っぽい風をたてて帳簿を閉じた職員はイクシオに声をかけた。


「冒険者ジャック・トルス。10年前にこのギルドで冒険者登録を完了しています」

「よっしゃ、ビンゴ!」


 脇をしめて拳を握りしめたレイナに、男性職員は「しかし」と顔を上げた。


「数年前にここで冒険者を脱退しています」

「え?」

「じゃあ、彼が今なにをしているかは…」

「はい、わかりません」


 レイナとイクシオは肩を落とした。クエストの受注状況を足掛かりにするつもりだったが、脱退しているとなるとキザシハンにいるのかも怪しくなってくる。


「わかった。手間かけさせたな」


 イクシオが受付を去ろうとすると、レイナは思い出したようにカウンターに身を乗り出した。


「あと!ペティドラゴはまだモンにいますか!?」


 ウィン・ダ・ペティドラゴ。知る人ぞ知るウィンのフルネームである。

 男性職員は手元の宿泊名簿に目を通した。


「はい。ここ数週間ほど併設している宿にご宿泊されています」

「よかった…」

「レイナさん」


 胸を撫でおろしたレイナに、イクシオがいさめるように声をかける。

 レイナは頬を膨らませてイクシオを見上げた。


「わかってるって。今はクエスト中、でしょ」






 モンを出たレイナとイクシオは郵便局に向かった。

 カーラの話によると、ジャックの母がたまに手紙をキザシハンに送っているというのだ。ジャックが手紙を受け取っているならば、局員が顔を覚えているかもしれない。


 イクシオが郵便局の扉を押して中に入った。レイナも後に続く。

 イクシオは、受付の若い女性事務員にクエストの受注書を提示して事情を説明した。


「申し訳ないが、ジャックという男宛ての手紙があるか調べてくれませんか」

「ジャック様のファミリーネームはご存知ですか」

「これは失礼しました。ジャック・トルスだ」

「ジャック・トルス様ですね。少々お待ちください」


 事務員は受付を離れ、手紙の保管庫に姿を消した。

 数分後、何も持たずに戻って来た事務員は、壁際の棚から帳簿を取り出してページをめくり始めた。

 しばらくすると顔を上げた。


「ジャック様宛ての手紙は全てご本人様が受け取りに来られています」


 記録によると手紙の到着から3日以内には必ず受け取っているらしい。


 これは期待できるか…?


「その、ジャックの顔は分かるか?」


 イクシオの問いに、若い女性事務員は残念そうに首を横に振った。


「ここの利用者はとても多いので…」


 一応、他の事務員にも尋ねたがジャックの顔を知る者はいなかった。

 イクシオたちは事務員に礼をしてから郵便局を後にした。


「でも、この街にいることはわかったんだよね?」

「そうですね。それじゃあ、聞き込みに行きますか」

「うわ、めんど…」


 それから夜まで聞き込みを続けたが有力な手掛かりはなにも見つからなかった。


 さらに、カガカ村残留組からの報告によると、村人がとても少ないため3人で手分けして、1日で村民全てに話を聞くことができたが、確信に迫る情報は無かったという。


 とりあえず、残留組はカガカ村から撤収させてキザシハンで全員集合しようということになった。

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