14話 そうそれが!

 ミザハの街にて開催されている英雄チェルドマの感謝祭。

 その最終日、ウィン、エルア、ユキヒロが買い物を済ませている時、フィータはこの街の駅に向かっていた。

 また明日から旅に出発するので、馬車の受付を済ませようとしていたのだ。

 しかし駅は、感謝祭が今日で終わるため、これから帰るという人と、翌日帰るという人たちで長蛇の列になっていた。

 フィータは仕方なく最後尾に並び順番を待った。




 なんとか受付を終えたフィータは、特に用事もないので甘い香りに包まれた街の中、人混みを器用に抜けてギルドに戻った。

 宿の部屋に戻ると、テーブルの上に覚えのない封筒が置かれていた。確かめるとその中には手紙と、見慣れた青い髪の束が入っていた。


『青髪の小娘は預かった。無事で返して欲しくば1人で喫茶ティラまで来い。余計な真似はしないことだ。我々は常にお前を監視している。すぐにでも青髪の小娘を殺すことだってできる』


 無骨な字で書かれた本文の下にはティラまでの地図が記されていた。


「…………」


 フィータは手紙を握りつぶすとギルドを飛び出し、指定された場所に向かった。

 地図によると、ティラはミザハのやや端の方にある喫茶店だった。

 この街の住人は祭りの盛んな中央広場に集まっているため、この辺りは感謝祭期間中だというのに人はあまりいない。

 急いで向かっているとフィータの前方に青いミディアムヘアの少女が歩いているのが見えた。間違いない、エルアだ。


「エルア!」


 遠くから叫んだが聞こえないようだ。エルアはふらふらと喫茶店ティラに入って行ってしまった。


 まずい。そこは指定された喫茶店。敵が潜んでいるに違いない。


「エルア!待って!」


 フィータが慌ててティラに足を踏みいれると、いきなり足元が光り出した。意識が薄れて、同時に身体から力も抜けていく。

 フィータはその場に倒れた。下がっていく瞼の隙間から、床に描かれている魔法陣が辛うじて確認できた。


 …油断したわね。


 そこでフィータの意識は途絶えた。






 目が覚めるとどこか薄暗い場所に寝かされていた。手を後ろに回され鎖で縛られている。足も鎖で縛られていて身動きができない。


「目が覚めたようだな、フィータ・イリナビ」


 名を呼ばれた方を見ると、椅子に腰かけた体格のいい男が煙を揺蕩わせていた。

 その周りでは数人の男がせっせと荷物を運んでいる。この男の部下だろうか。

 男は手にしていたタバコを放り、タバコの火を踏み消して立ち上がった。


「まずは自己紹介だ。郵便から暗殺まで、金さえ払えば何でもする、知恵と闘争の集合体!そうそれが!我ら白コブラ闘傑団!」


 天を仰ぎ両手を広げてポージングを決めた男の胸元には白い蛇のネックレスがかかっていた。


「私は白コブラ闘傑団の首領、ジグール」


 白コブラ闘傑団。聞いたことのない集団だ。


「泥棒集団かしら?」

「少し違う。ま、言うなれば何でも屋だ。ヤバい事も請け負う…な」


 あたしは周囲に目を走らせた。やや小さい部屋。窓はない。部屋の出入口は隅にある昇り階段だけ。壁際には大きな木の箱がいくつも積まれていた。


「…ここはどこ?」

「お前をおびき寄せた喫茶店の地下倉庫だ。おっと大声をだしてもムダだぞ。この店は我々の管轄下だ、助けなど来ない。まあもっとも、今は皆感謝祭に行っていてそもそも人がいないがな」

「さっきのエルアは偽物ね、やってくれるじゃない…」


 口を動かしながら、こっそり筋力上昇の魔法を使って手足の鎖を引きちぎろうとしたがまるで歯が立たなかった。どうやらただの鎖ではないようだ。


「私の部下は皆優秀でね、彼は対象者に触れるだけで変身することができるんだ」


 得意げに話していたジグールは突然声のトーンを落とした。


「しかし、あれは矯正したほうがいい」

「なにが?」

「いや、なんでもない」

「ところで、あの髪の毛も偽物?」


 手紙と一緒に入っていた青い毛髪。偽物にしては精巧なものだった。


「いや、あれは本物だ」

「え?」

「これまでお前はあの小娘の髪の毛を至る所で売りつけていたのだろう?我々はただそれをかき集めただけだ」

「うわあ…」


 一応、普段自分がしている事は決して褒められるような事でないとの自覚はあったが、目の前の男共の為した所業についてはさすがのあたしもドン引きせざるを得なかった。


「ふふふ…本物の毛髪とあっては疑うこともできなかったようだなぁ。おぉーっとぉ、その鎖を引きちぎろうとしてもムダだぞ。それはデーモンズチェーンといってなぁ、あのオークの馬鹿力でも引きちぎることのできない代物なのだよ」


 デーモンズチェーン…たしか魔族を拘束するために用いられるとか。

これは力技ではムリね。


「本物のエルアはどこにいるの?」

「我々が用意した置手紙を信じてこの街の広場に行っているよ」


 なるほど。人混みの多いところなら私を探してずっとその場に留まってくれるというわけね。


「あの子は捕まえないの?私よりよっぽど簡単そうじゃない?」

「クライアントはお前をご指名だ。それにあの小娘はなかなかの魔法使いだそうじゃないか。魔法での戦闘はできれば避けたいのでな」


 最初から狙いはあたしだったわけね…


「よくあたしたちがミザハに来ることがわかったわね」

「お前たちがキザシハンで用意していた物資の量、向かった方角から割り出しただけだ。こんなものなんてことない」

「あら、意外と優秀なのね」

「こう見えてもプロなのでな」

「あたしはこの後どうなるのかしら」

「クライアントの情報を漏らすわけにはいかん。まあ、少なくともロクなことにはならんとだけ言っておこう」

「…でしょうね」


 大方、趣味の悪い金持ちの慰み者になるか、剣闘士の真似事でもさせられるのかしらね。


 遠くから花火の上がる音が聞こえた。

 確か、祭りの最後には花火を打ち上げるとチラシに書いてあったっけ。ああ、祭りももう終わりなのね。

 エルアどうしてるかしら。あたしがいなくて寂しがってないかしら。


「感謝祭も終わりのようだな。祭りの片づけがあらかた終わり、人気のなくなった朝方に出発する。それまではゆっくりしていてくれたまえ」


 ジグールは天井を見上げるとそう言って立ち上がり、大きな箱に入っている物資を確認し始めた。

 あたしは自分とジグールの距離を目で測った。


 ダメね、少し遠い。


 身動きが取れないなりに自分が思い描くセクシーだと思われるポーズを取ってジグールを上目遣いで見つめる。


「ねえ、あなたたち。こんないい女を一晩放っておくというの?」

「その手にはのらん、せいぜい鎖に縛られていろ」


 ジグールはこちらを見ることなく作業を続けた。


 チッ。ちったぁ反応しろよ。傷つくだろうが。

 あたしの魔法はあまり遠くには届かない。

 ダメならしょうがない、強行手段だ。


「こんな鎖であたしを拘束できるとでも?」

「できているじゃないか」


 得意げにフンッと鼻で笑った。


「あんたら、パラディンというものを勘違いしているようね」


 あたしの背後に出現した「それ」が部屋を赤く照らす。


「魔法を駆使して剣で戦う戦士のことをパラディンと呼ぶのよ!」


 背中で縛られている手から放たれた炎撃魔法が天井を炙り始めた。


「な、なにぃぃーーー!?」


 狼狽えるジグールに畳みかける。


「さあ、どうする!?このまま上の店が降ってくるのを待つ?」

「そ、そんなことをすればお前も無事ではすむまい!」

「はっ、お生憎。結界を張ってしまえばそれくらいの衝撃には耐えられるわ。でも、あなたたちはどうかしら?デーモンズチェーンなんて魔具に頼っているような連中の実力なんて高が知れているけれどね!」


 上の階がドタバタと騒がしくなった。どうやら上の階にも炎が達したようだ。

 炎は周りの物資にも移り、部屋は火で満たされた。

 通路にはとっくに火の手が回り、上の階に昇る手段はもはや無い。

 あたしはいまだチンケな消火活動をしている男共に向かって吠えた。


「ボケッとすんな!さっさとこっち来てこの鎖を外せやっ!」

「ぐっ… 外せ」


 ジグールは渋々部下に指示を出した。指示を今か今かと待っていた部下はすぐにあたしの拘束を解いた。

 手足が自由になった。しかし次の瞬間、もろくなった天井がその重みに耐えきれずに崩壊した。


 花火を全て打ち終えてしばしの間静寂に包まれていたミザハの街に、地面を揺らす轟音が鳴り響いた。

 喫茶店ティラの床には大きな穴が開き、底には瓦礫が散乱していた。そこに一部分だけ円状に瓦礫の及んでいない部分があり、そこには1人のパラディンと、すっかり戦意を喪失した首領とその団員共がいたのだった。






「これに懲りたらもうあたしたちに構わないことね」


 あたしはへたり込んでいる男共に吐き捨てて壁をよじ登った。崩壊の衝撃で炎はすっかり消えたようだ。

 街の中心から集まってきた野次馬をかき分けながらギルドに向かっていると、なんだか懐かしいような声に名前を呼ばれた。


「フィーちゃん!」


 野次馬の中にいたエルアが抱きついてきた。


「あらエルア、どうしたの?」

「フィーちゃん先に広場に行ってるって書いてたのに全然見つからないからどっか行っちゃったのかと思った…」


 泣きべそをかいているエルアの頭をそっと撫でる。

 心の安らぐあまい香り。間違いない、本物のエルアだ。


「そんなわけないでしょう。心配かけちゃったわね」


 エルアは黙って青い頭をあたしの胸に擦り付けてきた。


「帰ろっか」


 穴の開いた喫茶店に街は騒然となっていたが、あたしたちの周りだけは時が穏やかに過ぎているようだった。






 ギルドに着くと、ウィンと勇者くんが食事をとっていた。

 魚を頬張っているウィンが手を振ってくる。


「あ、フィータ。どこ行ってたんですかー、心配したんですよ」

「…あんたはもっと行動に移しなさいよ」


 ウィンの向かいでは勇者くんがぐったりしている。


「フィータさん…どこに行ってたんですか?」

「え?なんだって?」

「あ、あー!そーいえばフィーちゃんはどこ行ってたのかなー!?」

「んーと…ちょっと迷子になってたわ」

「もーおっちょこちょいですねー」

「うるさいグルート寄こせ」


 とりあえず腹が空いたのであたしもエルアと一緒に食事を注文した。

 運ばれてきた海鮮料理を食べながら、あたしは向かいの席に座るエルアに尋ねた。


「エルアはシャートのワッフル食べられた?」


 あたしの問いにエルアは俯いたまま答えなかった。


「エルア?」

「だって、フィーちゃんと一緒にワッフル食べたかったのにフィーちゃん全然見つからないから…」

「………ごめんね」






 人々が寝静まり、穴の開いた喫茶店に集まった野次馬もすっかりはけた頃、1人のパラディンがとある民家のドアを蹴破って入ってきた。


「やっほー、起きてる?」


 けたたましく家に上がったフィータは、とっさにテーブルを倒して身を隠しているジグールとその部下たちに手を振った。


「…なんの用だ」


 テーブルが倒れた衝撃で舞い上がった地図がひらひらと床に落ちた。どうやら作戦会議中だったらしい。


「いやあ、なにしてるのかなーって思ってね」

「そんな恋人みたいな理由で来るんじゃない」

「こっちも願い下げだわ」


 フィータは倒れているイスを起こしドカッと腰を下ろした。


「あたしを連れ去ることができなくてあなたたちがどんな罰を受けるのか気になっちゃってね」

「ハンッ、別に何もされん。報酬は受け取れず、ただ我々の信頼が落ちるだけだ」

「あら、それは悪いことをしたわね」

「まさかそれを確認しに来たわけではあるまい?」

「ええ、そうね」


 フィータは組んでいた足を組み替えた。


「聞いたところによると、あなたたちって金を払えば何でもやってくれるんだってね」

「最初に言っただろうが!」

「あなたたちに仕事を依頼したいわ」

「…なんだと?」


 ジグールの目が険しくなる。


「もうこの際、どうやってお前がこの拠点を見つけたかは聞かん。なんのつもりだ?」

「別に。あんたらがプロだと思ったから頼むだけよ」


 嘘を言っているわけではないと判断したジグールはフンッと鼻で笑い、テーブルを元の位置に戻してイスに座った。


「俺たちへの報酬は高いぞ?」


 フィータはニヤリと笑って懐から出したものをテーブルに置いた。


「これはどうかしら」

「こ、これは…!?」


 フィータが取り出したのは先日リリーとの戦闘の最中、エルア自らがバッサリ切った髪の毛だった。それはジグールたちが集めたものよりも長く、多く、艶やかだった。


「つい数日前に切ったばかりのものよ。エルアの髪の毛を集めたあなたたちなら、これがどれほど価値のあるものなのか分かるんじゃない?」


 ジグールたちは、エルアの毛髪を用意していた時のことを思い返した。たかが髪の毛一本なのに、こちらが銀貨を提示しても首を縦に振った者はいなかった。


「…で、依頼内容ってのは…?」

「ええ…」


 フィータはジグールに仕事の内容を告げた。

 それを聞いたジグールは、はっはっはと高笑いをした。


「いいぜ!引き受けた」

「今日の昼までよ」

「おう」

「あまり時間がないけど…ホントに大丈夫?」

「俺たちを誰だと思ってる?」


 ジグールは立ち上がって天を仰ぎ両手を広げた。


「郵便から暗殺まで、金さえ払えば何でもする。知恵と闘争の集合体!そうそれが!我ら白コブラ闘傑団!」


 首領が声高に叫ぶと、背後の部下が扇形に両手を伸ばした。これが完全バージョンなのだろうか。

 不意にフィータから「ふふっ」と、笑いがこぼれた。


「頼もしいわね」






 翌日、ミザハを出発する日がやって来た。

 ミザハの街は感謝祭の片づけで、祭りが終わったというのに相変わらず朝から騒がしい。

 朝は道がとても混雑することが予想できたためパーティの出発は昼ごろということになっていた。

 昨日、夜遅くまで起きていたウィンとエルアはあくびをしながらユキヒロと共にギルドの食堂に向かっていた。


「やれやれ、感謝祭が終わっても騒がしいな」

「これから片づけをしなくちゃいけないからねー」

「エルア、シャートのワッフル食べられなくて残念でしたね」

「まあ、ワッフルはいつでも食べられるから」


 3人は食堂に着いた。すると先に来ていたフィータが食堂の席から手を振った。


「遅かったわね」


 フィータの座るテーブルには有名どころのワッフルやケーキ、クレープなど様々なスイーツが置かれていた。


「えー!?これどうしたのー!?」


 エルアが目を輝かせながら席に着く。


「んー…拾った」

「もう、落ちてる食べ物拾ってきちゃダメでしょう」

「んなわけないでしょ」

「ねーねー!これ食べていいのー!?」

「ええ、みんなで食べましょう」

「やったー!」


 ウィンとユキヒロも席に着いた。


「こんなにたくさん。本当にどうしたんですか?」

「プロのおっさんたちが用意してくれたのよ」


 フィータは手元にあった小包をエルアに渡した。


「これ、シャートのワッフル」

「ほんとー!?」

「一緒に食べましょ」

「うー!」


 街の中の甘い匂いが次第にかき消されていく中、フィータとエルアの感謝祭はもう少しだけ続いたのだった。

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