13話 あれは矯正したほうがいいよ
森の屋敷で激戦を繰り広げたパーティ・トランシスターズは、アザレアが教えた道を行き、ついにミザハに到着した。
キザシハンほどではないがこの街もそこそこ大きい。馬車をこの街の駅に返した後、街に入るとメインストリートは人混みで溢れていた。
「やっと着きましたね…」
「ここまで長かった…」
重荷を下ろすように言葉を吐き出したウィンの肩をフィータが労うように叩いた。
「今日はこのままギルドに直行します」
先頭を歩いていたウィンが後ろを振り返ると、ユキヒロが俯いて歩いているのが目に入った。
ユキヒロは先日、屋敷を出てからどこか元気が無い。
目の前で人が死んだことに多少なりともショックを受けているようだった。
「もうー、ユキくん元気出して!あとでワッフル食べよ!」
「ああ…はい」
「あの老人とアザレアさんのことはあまり気に病まないほうがいいです。魔物を召喚した程度の魔力に身体が耐えられないほど弱っていたんですから、どのみち長くはなかったでしょう」
ウィンがフォローを入れるが、ユキヒロの気持ちの整理がつくにはもう少し時間が必要だった。
気を取り直して進もうとしたウィンは、街の至る所に同じチラシが貼られているのに気づいた。
それに目を向けると、どうやら現在ミザハではこの街の英雄チェルドマの感謝祭を3日かけて開催しているらしい。本日は2日目のようだ。
道の端には屋台が軒を連ねており、屋台ごとに小差はあるものの長蛇の列ができている。
街は甘い香りに包まれていた。
「チェルドマって知ってますか?」
「ウィンちゃん知らないのー?昔の有名なパティシエだよ」
「パティシエ?」
「色んなスイーツを発明して、世界中に広めたんだよー」
「ああ、そういえば聞いたことある。菓子の神といわれている男だとか」
配布用のチラシを見ているウィンとエルアの後ろから、フィータが首をのばして覗き込んできた。
「まあ、あたしたちには関係ないことね。明日また準備をして、明後日にはこの街を発つのだから」
「えー!?せっかくの感謝祭なんだよ!?」
エルアがウィンからチラシを奪い取ってフィータに押し付ける。
「ほら、これ見て!感謝祭では、名立たるパティシエ達がこの街に集まって腕を振るっているって!ちょっと食べていこうよー!」
エルアはこれ以上ないというくらいのキラキラした笑顔をフィータに向けた。
「フィーちゃんも食べたいよねー!?」
フィータは内心、スイーツ云々はウルトラどうでもよかったが、エルアの笑顔だけは絶やしてはいけないという使命に駆られていた。
フィータは無表情のまま頭をわずかに横に傾けた。
「ねー」
「ほらー!」
「いや、ぜったいそんなこと思ってないでしょう」
フィータはエルアからチラシを受け取った。それには街の地図と、出店している店、それぞれの店のおすすめのスイーツが記載されていた。
チラシを軽く流していたフィータの目が、大きく枠取られた店のところで止まった。
「あたし、シャート本店のワッフルは食べてみたいかも」
「どれどれ!?」
チラシを覗き込んでくるエルアにフィータはチラシの一番大きい見出しを指差した。
「シャートって、本店のある町が遠くて一度も食べたことないのよ」
シャートとは有名なワッフルの名店で各地に支店がありフィータたちもよく食べているのだが、この感謝祭では本店が出張してきているらしい。
フィータがエルアの勢いに負けたと思ったウィンは、やれやれといった感じで口を開いた。
「じゃあ明日、旅の支度を終えたら午後に少し回ってみますか。ユキさんもそれで構いませんか?」
「あ、はい」
「やったー!」
時刻はもう既に日が傾きかけている頃合いで、早めに切り上げている屋台もちらほらあった。
ウィンたちは大通りを埋め尽くす人混みをかき分けながらギルドを目指した。
この時フィータだけが、この街に来てから何者かに不穏な視線を向けられているのに気づいていた。
気取られないように周囲に目を走らせたが、人が多すぎて視線の主を特定することはできなかった。
翌日、エルアは朝から大はしゃぎだった。
「はやくはやくー!はやく行かないとシャートのワッフル無くなっちゃうよー!」
「明日からの旅の支度が先です」
ミザハの町の感謝祭は最終日ということもあって大いに盛り上がっていた。町の外からも多くの人がミザハに足を運びスイーツを堪能していた。
ウィンはエルアにせっつかれながらも買い出しを着々とこなしていった。後ろにはユキヒロが、買ったものを担いでなんとか付いてきている。
フィータは別行動で馬車の予約をしに行っている。
荷物持ちがいたおかげか買い出しは滞りなく進み、昼頃には完了した。
最後の買い物を終えたウィンたちが通りを歩いていると、前方から黒いシャツを着た男が手を振ってこちらに駆けてくるのが見えた。
「あのー!すいません!」
昨晩、フィータから忠告を受けていた一同に緊張が走る。
「なにか、ご用ですか?」
ウィンが一歩前に出て笑顔で応対する。
「はい、その子にちょっと用事が…」
男はエルアを指差した。
「わたし?」
男はウィンを押しのけてエルアにおもむろに手を伸ばした。
すると、男とエルアの間にユキヒロが割り込んだ。
進路を妨害されて困惑している目の前の男を睨みつける。
ユキヒロは、人知れずこっそり生きていた同郷の老人の生き方を哀れに思っていた。
そしてなぜ彼がそんな生き方をしなければならなかったのか、この世界に対して強い怒りを覚えていた。
そんな行き場の無い感情が、エルアに近寄る不審者が現れたことで弾けた。
「あの、通れないんですけど」
「おらァ!!」
「はぐぁっ!?」
いきなりユキヒロが男の顔面にパンチを食らわせた。まさか初対面の人間に挨拶もなく殴られるとは思っていなかった男は為す術もなくその場に倒れた。
ウィンが慌ててユキヒロに駆け寄る。
「もぉー!どうしてすぐにおらァしちゃうんですか!?」
「え、だってフィータさんがエルアに近づく者は全て殲滅しろって言ってたから…」
「あんなの!真に受けなくていいんですよ!」
ユキヒロの言葉をエルアに翻訳してもらったウィンは、呆れながらユキヒロをその場から遠ざけた。
エルアは倒れている男に手を伸ばした。
「大丈夫ですか?」
「ええ、まあはい」
エルアに手を引かれて起き上がった男は、引きずられていくユキヒロを、まるで分別の効かない獣を見るかのような目で見てからエルアに小袋を差し出した。
「これ、さっき落としましたよ」
「あれ!?」
エルアは慌てて腰を確認した。いつも下げている小袋が1つ足りない。
「ホントだ!ありがとうございます!」
男から小袋を受け取り中を確認する。なにも無くなっていないようだ。
胸を撫でおろしたエルアは男の頬に目を向けた。ユキヒロに殴られた箇所には既に赤い痣ができていた。
「あの、大丈夫ですか…?うちのメンバーが迷惑かけちゃってごめんなさい!」
「ああこれくらいならどうってことないから」
男は爽やかな笑みを見せたあと「でも」と真顔になった。
「あれは矯正したほうがいいよ」
「すみません…」
2度もおらァを目の前で止めることができなかったエルアは身を縮こまらせて頭を下げた。
男と別れたエルアは、離れた所でユキヒロに説教をしているウィンの元に行った。
「あの人、わたしの落とし物を届けてくれたみたいだよ」
「そうだったんですか」
エルアの報告を聞いたウィンは静かにユキヒロに冷たい視線を移した。首を垂れているユキヒロの肩が小さく跳ねる。
彼は悪い人ではなかった。ユキヒロは自分の判断の甘さを思い知らされた。
きっとハルヒトの件も、ウィンたちが言うように時間が経てば割り切れるようになるのかもしれない、とユキヒロは若干気持ちに整理がついた。
「まあまあ、これでフィーちゃんの言ってたことも解決したし、めでたしだよね!」
ウィンとエルアは、昨晩フィータが言っていた視線の主とは、落とし物を返すタイミングを計っていた男のことだった、と結論付けた。
ウィンは、目の前で正座をしているユキヒロを見て「いいでしょう」と小さくため息をついた。
「私とユキさんはこの後もう1つ買うものがあるので、ちょっと寄ってから帰ります。エルアはフィータと合流して先に街を回っててください」
「いいのー!?」
目を輝かせたエルアは急いでギルドに戻って行った。
ウィンと2人きりになったユキヒロは恐る恐る口を開いた。
「ウィン…あとは何を買うんだい?」
「これから私のローブを新調します。ユキさんにはお仕置きとして、それに付き合ってもらいます」
ユキヒロはウィンの着ている服を見た。
先日ナイフをくらったというウィンの服は、その端々がきれいに切れていて、脇腹にくらった箇所は穴が開き素肌が見えている。さらに、応急処置のためとはいえローブの端をフィータに破かれているし、首元の染みからは未だにシチューの匂いが抜けていなかった。
「他にもちょいちょい欲しいものがあるのでユキさんにはその都度荷物を持ってもらいます」
ウィンの口調から、彼女がもうあまり怒っていないことを感じ取ったユキヒロは安堵した。
「仕方ないなあ」
不本意ながら、突発的に身体を動かしたことで心の奥で淀んでいた気持ちに整理がついたユキヒロは、念のため今日のうちはウィンの機嫌を取っておくのが得策だと判断した。
「ウィン…まだ…かい?」
買ったものを足元に置いて荷物番をしているユキヒロは、店内のウィンに弱々しく尋ねた。
「もうちょっとです」
先ほどからローブを両手に持って見比べているウィンは、この店に来てから何度も口にしたセリフをユキヒロに投げた。
エルアと別れた後、すぐにローブを買いに行くのかと思いきや、ウィンは次々と目に映る店を延々と転々として、そしてようやく防具屋に来たのだった。
しかし、防具屋に着いてからもウィンは店内のローブを端から全て物色し、丹念に吟味し始めたのだ。
2択に絞られるまでにユキヒロの精神と肉体は限界に迫っていた。
ユキヒロは、先ほど犯した罪の重さを突き付けられたような気がした。
「よし、決めました!」
ウィンは右手に持ったローブを挙げた。
ユキヒロは、ローブが10着に絞られたあたりから、それらのいったいどこが違うのかまるで分からなかった。
しかし、この無限地獄から解放されるのであればもう何でもよかった。
「よかった…さあ、帰ろう」
ユキヒロは、新調したローブに着替えてご機嫌なウィンに力なく声をかけた。
ウィンは色々ポーズを決めながら着心地を確認しつつユキヒロを見た。
「あ、最後にもう1つ買わなければならないものがあります」
「え…」
ユキヒロの中のなにかが音をたてて粉々に割れた。
スキップをしながら人混みの中を軽やかに駆けていくウィンが向かったのは酒屋だった。
店内には木箱に収まったビンが上品に並んでいる。
「お酒を買うのかい?」
「この街に寄ったのは、実はここでお酒を買うためだったんです」
足が棒になっているユキヒロは店の前で荷物番をすることにした。
店内に入ったウィンは腰に下げた小袋からメモを取り出した。それは、ユキヒロの持っている買い出しリストとはまた別のメモだった。
ウィンの目が、店内に並んでいる酒とメモを何度も往復する。やがて、ウィンは一本の酒を手に取った。
「これですね」
会計を済ませるとウィンは酒を大事に持ちユキヒロの元まで戻った。
「お待たせしました」
「何を買ったんだい?」
「今買ったのはシレーニというお酒です」
森に棲むシレーニという精霊は、自らの生成する酒を甕に貯めこむ習性がある。その精霊の名がそのまま酒の名前になっている。
「シレーニ酒は、この地域ではミザハでしか手に入らないんですよ」
「今夜飲むのかい?」
「これは、まあ、とある人への土産物です」
ウィンの返答はやや歯切れが悪かった。
そして、誤魔化すように「さて」と手をたたいた。
「ギルドに戻りましょうか」
「!」
もう少し考えて行動するようにしよう。
帰路につきながらユキヒロはそう自分に言い聞かせた。
その夜、ユキヒロを別室に寝かせて、ウィンとエルアは卓に置かれたメモを睨んでいた。
「フィータはどこいったんですか」
「なんかね、夜の散歩に行ってくるって」
「もー、しょうがないですねー」
本来なら3人で話し合いをしたかったが出発を前日に控えている以上、フィータを除いて進めるしかない。
ウィンはペンを取りシレーニ酒の文字の横にチェックをつけた。そして、そのすぐ下に書かれているものを見る。
「あとはマンドレイクの生き血…ですか」
「この、ゾンサント?っていうのも取らないといけないんだよね?」
「マンドレイクはアニシ村、ゾンサントはアブソプ山。先が長いですね」
「しかたないよ、決めちゃったものはね!」
「そうですね…」
笑い合う2人が見ていたメモには大きく「勇者を帰す方法」と題打たれていた。
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