番外編 友達じゃない!
大都市キザシハン。あらゆる人と物で溢れているこの街は堅牢な城壁で囲まれている。
この街を出入りするためには東西南北に設置された四ヵ所のゲートを通るしかない。
時折り、空からの不法侵入を試みる者もいるが、城壁の上に等間隔に建造された望楼からの監視網を破った者は未だかつていない。
衛兵のダンはイスに腰かけ、コーヒーを啜りながら望楼の窓から空を眺めていた。幼い頃、城壁に昇れば雲に手が届くと思っていたが、世界は自分が思っているよりもだいぶ広かったらしい。
キザシハンの北を流れる雲を見ていると、空の彼方から巨大な影が向かってくるのが見えた。ダンはまだコーヒーがわずかに残っているカップをデスクに置き、通 信兵を呼び寄せて城壁の上部に出た。
柵に腕を真っすぐつき、身を乗り出してその影に目を凝らす。
空中からこの街へ不法侵入をしようとする者は後を絶たない。城壁から120ウパス圏内を飛ぶことは禁じられており、それを破ろうものならこの街の守衛が出動し直ちに侵入者を捕らえる。
空を飛んでいるのは竜だった。それも黄色い竜と青い竜の2頭。
ダンは緊張した面持ちでそれらを睨んでいたが、2頭の竜はキザシハン北ゲートから300ウパスほど離れた位置に着陸した。地に伏した2頭の竜の背から人が飛び降りるのが見えた。どうやら竜に乗って他の町から来たようだ。
ダンは後ろで直立している通信兵に所定の位置に戻るよう指示した。通信兵は小走りで望楼に戻っていく。ダンが再び北に目を向けると、2頭の竜の姿はどこにもなかった。
幻覚を見ていたのだろうか。いや、先ほど竜から飛び降りた者たちは北ゲートに向かって歩いてきている。
ダンは首をかしげながら望楼に戻って行った。
キザシハンのギルド「モン」。時間帯は昼に差し掛かるころのため、食堂では早めの昼食を取っている冒険者がちらほらいる。
そこに、たった今外から1人の少女が駆け込んできた。息を切らしながらブロンズのショートヘアを揺らした彼女は食堂をぐるりと見回した。目当ての人物がいないことが分かると、彼女は受付に向かった。
「あの、ここに冒険者のペティドラゴっていますか!?」
やや前のめりに尋ねられた受付嬢は頭を少し引いて、手元の名簿に目を走らせた。
「はい、ここ数週間ほどここの宿にご宿泊されています」
「ギギグガも一緒だと思うんですけど」
「そうですね、ギギグガさんもご一緒です」
「今どこにいるか分かる?」
受付嬢は首を横に振った。
「そう、ありがと!」
少女は手を振って出入口に駆け出した。すると、ちょうどモンに入って来た背の高い男とぶつかりそうになった。
身の丈程の槍を2本背負っているその男は「おっと」と少女を受け止めた。
「レイナさん、人混みを走っていっちゃ危ないでしょう」
レイナと呼ばれた少女は男を見上げてキッと睨みつけた。
「うるさい!さっさと次行くわよ!」
「お友達は見つかったんですか?」
「友達じゃない!」
槍を携えた男は、人混みに突っ込んでいく少女を小走りで追った。
キザシハンの武具屋「ジジュ」。ここでは店主のシンエイが冒険者の要望に合った武具を作ってくれる。
工房にはあらゆる鉱物や、魔物から採取できる貴重な材料が揃っている。
オレは少し緊張して、開きっぱなしになっている工房に足を踏み入れた。ジジュといったら、冒険者なら一度は行っておかなければいけない場所ベスト3にランクインする場所だ。
「すいませーん!」
大声を出すと、奥からガタイの良いおじさんが現れた。この人が店主のシンエイさんか。
「なにか用か」
シンエイは掛けていたゴーグルを首に下げた。
「あ、えと、初めましてオレ、ムツラっていいます。新しい剣を作ってほしいんです」
「ほう」
シンエイはムツラの腰に下がっている剣に目を移した。細身で先端が鋭く尖った刃。柄の片側が、湾曲した金属板で覆われている。
「得物はレイピアか」
「はい、でも新しく作ってほしいのは大剣なんです」
「大剣?」
途中で得物を変える冒険者は少なくない。しかし、いきなりオーダーメイドで調達する冒険者は、シンエイは未だ会ったことがなかった。
「いいのか?軽さが取柄のレイピアからいきなり大剣なんてよ」
「まあ、しょうがないっす。パーティの都合ってヤツでして」
ムツラは無邪気な笑みを見せた。本人がここまで言うのなら止める理由はない。
シンエイは工房の奥に歩き出した。背中越しにムツラに手招きする。
「わざわざオレのところに来るということはただの大剣じゃないんだろう?なにがお望みかな」
「アスカロンをお願いします」
「竜殺しの剣か、良い武器だ」
ムツラに先に作業場に向かわせたシンエイは暗い廊下を進み、「鉱物」の札がかかっている部屋の扉を開けた。
部屋には武具の製作に使用するあらゆる鉱物がそれぞれ箱に入れられて並んでいる。
シンエイは「アゲット」と書かれた箱を覗いた。中に1つだけ残っていたアゲットの塊を取り出し部屋を後にする。
作業場に行くとムツラが、壁に立てかけてあった剣を眺めていた。シンエイに気づくと慌ててイスに腰を下ろした。
「一応聞くが、金はあるんだろうな」
「もちろんっす」
ムツラは布の小袋を顔の高さに持ち上げた。中からジャラジャラと金貨の転がる音が聞こえる。
「よし 承った」
「よろしくお願いします」
ムツラがふと顔を上げると、作業場から廊下に出るところに人がいるのに気づいた。
赤髪のショートヘアの女性だ。腰には長剣を下げている。女性は作業場に入って来た。
「オヤジー、アゲット取りに来たわよ」
「あ、悪いなフィータ。アゲットもう無えわ」
「え?」
シンエイはテーブルに置いてあるアゲットを顎で指した。
「これから使うことになったわ」
「ちょっと待って、話が違うわ」
「金になる方を優先する。当たり前のことだろ」
「ぐ…」
フィータと呼ばれた女性はオレが手にしている布の小袋を見て、なにかを察したようにオレを睨みつけた。そして静かに手を伸ばしてきた。
「初めまして、あたしはフィータ」
「ムツラです…」
めちゃくちゃ怖かったので一瞬だけ握手してすぐに手を引っ込めた。
「ムツラくん、得物を変えて初めての武器がオーダーメイドなんて生意気じゃない?ここはやはり武器屋で手ごろな武器を買うべきだと思うの」
「余計なお世話です。オレはパーティでの役割を果たすために武器を新調するんです」
なにかされるかもしれないので十二分に距離を取りながらフィータに言い返した。
「あたしが先に譲ってもらうという話だったのよ」
「使わないんだったら、ていう条件を忘れるな」
シンエイが横から口をはさんできた。「とにかく」とシンエイは大槌をフィータに突き出した。
「この小僧が用意している以上の代金を出さなければお前に用はない。さあ、どうする?」
モンの前を横切る大通りには様々な露店が広がっている。
オレはそれを眺めながら道を進んでいた。振り返ると連れの男がしゃがみ込んで露天商のセールストークに聞きほれている。
「エルナト! 置いていくぞ!」
「わかってるって、そんな大声出すなよ」
オレが大声を出すとエルナトは急いでこちらに来た。
いつもはぴったり人の後ろに付いてくるくせにこういう時は勝手にふらふらする。まったく困ったもんだ。
賑わっている大通りの端に細い路地への曲がり角がある。ずいぶんと懐かしい玄関だった。
オレがそこを曲がろうとしてふと後ろを見ると、エルナトが別の露店に吸い込まれていた。もういいや、あとで回収しよう。オレは構わず1人で路地に入った。
確かに露店に並ぶ商品は目を引くものばかりだ。しかし1本、2本細い路地に入ると露天商の扱う品物はガラリと変わる。
魔物に殺された冒険者が落とした大剣や盾などの遺品。ドギツい色の花が入っている鉢植え、恐らく土の中には禁じられている薬品が埋まっているだろう。小瓶に閉じ込められた精霊。カゴに入れられた小型の魔物、目に入るもの全てが懐かしかった。
さらに進むと、イスに座って本を読んでいる男がいた。壁に剣を立てかけている。
男の足元には若い男が倒れていた。よく見ると下半身はヤギのそれだった。蹄の生えた足に枷をつけて身動きできなくしている。
「よお、ゲヌバ」
オレが片手を上げて男の名を呼ぶと、男はこちらをみて立ち上がった。
「クラトルか。戻ってきていたんだな」
「ついさっきな」
ゲヌバとは昔、剣士を目指していた頃共に修行した仲だった。冒険者になってからしばらくはゲヌバの精霊狩りを手伝っていた。
「今日の商品は?」
「パックだ。妙にすばしっこくて捕まえるのが大変だったよ」
「へーこれ、上半身と下半身の境どうなってんの」
「触るな。商品だぞ」
「うへえ…」
友はしばらく見ない間に商人として立派になっていた。
ここでオレはふと、昨日寄った森のことを思い出した。
「そういえば、ここに来る前にドリュアデスの群生地があったぞ」
「マジでか!?どこ?」
「ここから北にある、シラの森ってところだ」
「ほー、今度行ってみるわ」
オレが旧友と話をしていると、後ろからなにやら良い匂いがしてきた。振り返ると青いロングヘアの少女が露店の商品を眺めていた。
そしてあろうことかゲヌバに挨拶をしてきた。
「こんにちはーゲヌバさん!」
「こんにちはエルアちゃん。今日も見て行ってな!」
「はーい!」
エルアと呼ばれた天使のような少女はゲヌバの捕らえたパックを興味津々といった様子で見ていた。
「ちょっとだけ触ってもいい?」
「もちろん!」
この野郎…オレはだらしなく鼻の下を伸ばしている友を睨んだ。しかしオレは友を責めることはできない。
恐らくオレはこの少女になにかお願いをされたら、それを断ることはできないだろう。
「また来るねー!」
エルアと呼ばれた女神のような少女は満足したらしく、手を振って元気に去って行った。オレは彼女が角を曲がったのを確認してからゲヌバに掴みかかった。
「この野郎!あの子はなんなんだ!?」
「エルアちゃんだ。この街の癒しだ」
「なん…だと…」
どうやら、彼女は捕らえた精霊を見によく来るそうだ。羨ましいことこの上ない。
キザシハンにいればまたあの子に会うことができるのだろうか。オレは割と真面目に今後の活動拠点をこの街に移そうか悩んだ。
するとゲヌバが声を潜めて話しかけてきた。
「これは噂なんだが、あのエルアちゃんの髪の毛を売り歩くバイヤーがいるらしいんだ」
「それは確かか?」
「ああ 通称、赤いLUST」
赤いLUST…必ず見つけ出してやる。
オレは旧友と数年ぶりの誓いを立てて別れた。
大通りに戻ると迷子になっていたエルナトが涙目で抱き着いてきた。いつもなら可愛いヤツと思うところだが、あの女神を見た後だと、野郎からのハグなどただただ吐き気を催す代物だった。
夜、エルアが食堂で1人でグルートを飲んでいると、後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、ブロンズのショートヘアの少女が立っていた。その後ろには背の高い男が立っている。
少女は言葉に迷うように口をぱくぱくさせてから声を発した。
「ひ、久しぶりねギギグガ」
ギギグガ。エルアをファミリーネームで呼ぶの人は限られている。
エルアに魔法を教えた師か、同郷の人間。
エルアは初め、目の前の少女が誰だか分からなかったが、やがて目を見張った。
「レイナちゃんだー!」
ぴょんと立ち上がりレイナの手を握る。レイナの肩がビクンと跳ねた。
「どうしてキザシハンにいるのー!?」
「この街にちょっと用事があってね。…元気そうでよかったわ」
「レイナちゃんもね!また可愛くなったねー!」
エルアの言葉に悪意がないのはレイナが一番よく理解している。
レイナは一番聞きたかったことを尋ねた。
「あ、あの、ペティドラゴは…?」
ウィンのことをファミリーネームで呼ぶのも彼女の師と、同郷の者だけである。
「西の草原に月を見に行ってるよ。もーいい加減、エルアって呼んでよー!」
「べ、別にいいでしょっ…」
それよりも、とレイナは窓の外を見た。
「なんで月?満月なら明日でしょ?」
「うーんちょっとね、ウィンちゃん変なところで心配性なんだよね」
エルアはレイナの手を再び握った。
「じゃあさ、明日ウィンちゃんと一緒にワッフル食べに行こうよ!」
ウィンちゃんと一緒に、の部分がとても魅力的だがレイナは首を横に振った。
「ごめんなさい、緊急クエストが入っちゃったの。2~3日したら戻るからその時行きましょ」
「わかったー!」
レイナはモンを後にして西の草原に急いだ。
ゲートをくぐり、月明かりに照らされている草原を見渡す。しかし、人影を見つけることはできなかった。
「レイナさん、そろそろ…」
ずっと後ろに付いてきていたイクシオが声をかけた。緊急で入った人探しのクエストはキザシハンから離れた場所にある村の住民によるものだった。
夜のうちに出発しないと待ち合わせの時刻に間に合わない。
「わかってるわよ…」
レイナはため息をつきながらキザシハンに戻った。そのまま北ゲートに向かう。ゲートに着くと、そこには3人の男が待っていた。
「レイナさん、待ちくたびれたよ」
そう言ってムツラは地面に落書きしていたレイピアを腰に下げた。
「レイナさん、逢引きですか」
「違えよバカ。殴るぞ」
レイナは、ポーカーフェイスを気取っているクラトルの肩をポカッと押してゲートをくぐった。
「レイナさんレイナさん、これあげる!」
エルナトはずっと手に持っていたものをレイナに渡した。
「なにこれ」
「今日、露店で見つけたんだ」
エルナトが渡したのは犬の顔のシルエットのネックレスだった。
レイナは、ダサいという感想を飲み込んで笑顔でそれを受け取り雑物入れにしまった。恐らく二度と手にすることはないだろう。
「さて」
北ゲートから十分離れたところでレイナは腰の後ろに下げていた大きな本を開いた。
「行きましょうか」
月の観測を終えたウィンはモンに到着した。食堂は野郎どもの宴が最高潮に盛り上がっているところだった。
ざっと見渡したがエルアとフィータの姿はない。すでに宿に戻ったようだ。
部屋に入ると、やはりエルアは先に戻っていた。ベッドに丸まり寝息を立てている。
しかし、フィータの姿がどこにもなかった。
テーブルを見ると、くしゃくしゃになったクエストの受注書が置かれていた。受注者はフィータ、内容は「Triミッド山脈でのアゲット岩盤の除去」どうやら武具屋での交渉はうまくいかなかったらしい。
まったく、しかたないですね。まあ、フィータなら朝には戻ってくるでしょう。
ウィンは窓から夜空を見上げた。丸い月が浮いている。よく見ると右側がわずかに欠けている。
明日、私たちの冒険がまた1つ前進する。勇者という存在を、果たして我々が制御できるのか分からないが、進むしかない。
ウィンは女神様からのお告げ書きをクエストの受注書に重ねて、ベッドに入った。
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