8話 うっわまっず
日が昇った。出発の朝である。
パーティトランシスターズ再スタートとも言えるこの日の朝は、エルアの悲鳴で幕を開けた。
「リューちゃぁぁんっ!!」
「ああ、やっぱりダメだったかあ」
フィータがあくびをしながら起きてきてエルアの抱えている物を見る。
昨日まで人の形をしていたそれは、水分が抜け落ちて辛うじて人型を保ったまま手のひらサイズにしぼんだドリュアデスの種だった。
「一応栄養剤飲ませたんだけどねぇ」
「ふぐぅぅ‥‥」
「よしよし可哀そうに」
フィータはエルアを抱きしめて、朝のエルアの香りを堪能した。
少し遅れてウィンが起きてきた。
「ああ、枯れちゃいました?」
キッチンに行き紅茶を淹れる。
「じゃあ、行きがけに知り合いの教授に売りつけてしまいましょうか。ドリュアデスの種もそこそこ値が張ると聞きます」
「悪魔か」
泣き止んだエルアは枯れてしぼんだドリュアデスを握りしめた。
「リューちゃんはこのまま一緒に旅に持っていく」
そのまま自らのバッグにしまう。
「きっと天からわたしのことを見守っていてくれるはず‥‥!」
すかさず頭をなでるフィータ。
「エルアはいい子ね。ミルクティー飲む?」
「うー!」
身支度を済ませた3人は部屋を後にした。
ウィンを食堂に残し、フィータとエルアは一足先に西駅に向かう。
これから長旅ということもあって2人が背負っている荷物はなかなか大きい。
「この駅の人がね、エルアのために飛び切り良い馬車を用意してくれたらしいわよ」
「ほんとー!?」
「会ったらちゃんとお礼言っとくのよ」
駅の受付で待っているとヨルズが馬車を引いてやってくる。
エルアがいることが分かると顔を赤くして目を逸らした。
「やっほーヨルズくん。気持ちの良い朝ね」
「はい‥‥おはようございます」
エルアが前に出てきてヨルズの手を握った。
「良い馬車を用意してくれてありがとー! 行ってくるね!」
もう、まともにエルアの顔を見れないヨルズは、ただ黙って何度も大きく頷いた。
キザシハンの西ゲートから出ていくエルアとフィータを見送ると、ヨルズは駆け足で自分の仕事場に戻った。彼の1日は始まったばかりである。
ついに冒険に出発する日がきた。大きな剣を脇に立てかけて僕は緊張してウィンを待った。数分程待っているとすぐにウィンが来た。
「おはようございます お待たせしましたユキさん」
「おはよう」
モンを出た僕たちは武具屋に寄って昨日注文した防具を受け取り、そのまま西ゲートに向かった。
最初この街に入るときにくぐった東ゲートと変わらない、大きな門だ。
衛兵に会釈をしてゲートをくぐると、地平線まで見渡せるくらいの草原が広がっていた。
草が運んだ風が僕の顔を撫でる。
ここからやっと僕たちの冒険が始まるんだ。
脈打つ胸の奥で、始まりのシンバルが高らかに鳴った。
キザシハンを後にした僕たちは地平線まで広がる草原を歩いていた。
先ほどくぐったゲートが豆粒ほどの大きさに見えるくらい進んだところで前方に、大きな木の日陰に荷馬車が止まっているのに気づいた。
馬の傍らで大きな剣の刃を磨いていた人物がこちらに気づいて手を軽く振ってきた。フードを深く被っていて顔は分からない。
フードの人物に応えると、ウィンはその人物の元に向かった。
「あの方は私たちのために馬車を用意してくれたんです」
いつの間にそんな手続きを…!?
荷馬車の元に着くとフードの人物はウィンに手綱を渡した。
「ご苦労様です」
ウィンが手綱を受け取ったが、フードの人物は手を引っ込めなかった。
「‥‥なんですか?」
「料金をもらわないとね」
「はぁ?」
「2000Rね」
「‥‥覚えてなさい」
果たして2000Rというのが高額なのか僕にはまだ判断できない。
ウィンは腰にぶら下げた革袋から大きな硬貨を2枚取り出してフードの人物に渡した。
「まいど~」
フードの人物は硬貨を受け取ると僕の方を振り向いた。
「君が勇者くんだね」
「はあ‥‥」
フードの人物は僕の目の前に立った。僕より身長が高い。少し見上げるくらいだ。声を聞いた感じだと女性のようだった。
「あたしはフードを被ったファイター‥‥、人はあたしのことをフィータと呼ぶ。以後お見知りおきを」
フィータさんは僕の肩を叩いて僕たちが今来た方へ歩き出した。
「がんばりなさいな」
前を向きながら片手を振って去っていくフィータさんを、ウィンは呆れたように見送った。
「あの子のことは忘れてけっこうです」
「不思議な人だね」
「バカなだけです」
吐き捨てるように呟くとウィンは手綱を引いて歩き出した。
草原は腰ほどの高さの草が生い茂っている。
僕たちが歩いているのは、馬車などが通って草が踏みつぶされてできた道である。周りを見渡しても建物などは何も見えない。ただ所々に大きな木が生えているだけだ。
しばらく道を進むと、草の陰から魔物の群れが現れた。
狼のようだが尻尾がない。
「クールトーですね。群れで行動する魔物です」
「ウィン、下がっていて」
僕は腰に下がっているグラディウスに手をかけた。鞘から慎重に抜く。重いけど動かせないわけではない。
僕は剣を魔物の群れに向かって構えた。
すると、いきなり剣が軽くなった。
剣だけじゃない。僕の身体全体が軽く感じた。
戦闘のスイッチがこうも簡単に入るとは…!
いける!
クールトーの群れに一気に距離を詰めて剣を振りかざす。
クールトーは固まってしまったようにその場から動くことなくグラディウスに切り裂かれた。
残りも同様にグラディウスの餌食になった。
「さすが勇者様!」
後ろからウィンの歓声が聞こえる。
よっしゃ!やったったぜ!
「ウィン、怪我は無いかい?」
「はい。ユキさんありがとうございます。それでは旅を続けましょう」
内心でガッツポーズを決めた。僕の勇者の力は本物だ。
ウィンとユキヒロが去った後、フィータとエルアはクールトーの死骸を回収していた。
クールトーの脚をたたみ、エルアの氷結魔法で氷の塊にする。
2頭を氷漬けにするとフィータは大きな革袋にそれらをしまった。
「今夜の食料確保ね」
「さすがフードファイター様」
「照れるわね」
2人は草陰に隠れて馬車を追う。
しばらく進むとユキヒロたちの目の前に再びクールトーの群れが現れた。
フィータが軽く舌打ちをする。
「またクールトーか‥‥。他のやつが出てきてくれると食卓が豪勢になるんだけど」
フィータとエルアが草陰から頭を伸ばして窺うと、ウィンがユキヒロの背後から身体能力超強化の魔法をかけるのが見えた。
それを合図にしてすかさずエルアがクールトーの群れを麻痺させて動かなくさせる。
同時にフィータがグラディウスに剣術能力上昇の魔法を施した。
ウィンがユキヒロのために選んだグラディウスは、魔法による強化を前提として作られた武器で、様々な能力が付与しやすくなっているため、初心者に人気の武器である。
三重の加護を受けたユキヒロは魔物の群れを一網打尽にして、得意顔で先を進んだ。
食料の分は確保したので、もう肉を背負う必要は無い。
エルアは魔法を使って地面を深く抉った。フィータがそこにクールトーの死骸を放り込む。最後に土で埋めれば完了である。
これで、死骸に他の魔物が集まることもない。
「でもなー、こんなんでいいのかなあ」
陰から護衛しているエルアがこぼした。
どうやら、この作戦に少々不安のようである。
「ユキくんもさすがにいつかは気づくんじゃないの?」
「一度ブレイブスラッシュを会得してしまえば何も問題ないわ」
フィータは、いまいち納得できていない様子のエルアの頭をガシガシこすった。
その後も、魔物との戦闘を何度か繰り返して進むうちに、あっという間に空が暗くなり始めた。
ウィンは大きな木の生えている場所を見つけるとそこに馬車を止めた。
「今日はここで野宿をしましょう」
荷馬車から荷物を出して手際よく食事の用意をした。といっても、食卓と呼ぶにはあまりに貧相な、木箱に板を乗せただけの卓に、木皿に干し肉を乗せただけの夕食だった。
「これがきょうのゆぅ…しょ…ぁい?」
ユキヒロがおもわずウィンに尋ねた。
ウィンは、彼が何を言っているのか分からなかったが、何を尋ねられているのかは大体察しがついていた。
「駆け出し冒険者の夜食はこれでも豪勢な方なんです」
ウィンは困ったように笑いながら干し肉をかじった。
瞬間、顔をしかめる。
うっわまっず…久しぶりに食べたわこれ。
こんな味でしたっけ…よく食べていられたわね昔の私。
ウィンがユキヒロを窺うと、彼も悪戦苦闘しながら干し肉を食べている。
しかしまずいというわけではないらしい。
「こんなにか………うぐぉ……ひさし……ぃしいよ!」
初めてユキヒロが見せる爽やかな笑顔だった。
それを見たウィンは、駆け出し冒険者の頃のことを思い出した。
かつての自分も、今のユキヒロのように干し肉をおいしく食べていた。
ウィンの口元からクスッと小さな笑いがこぼれた。
「今日は疲れたでしょう。食事を済ませたらすぐに寝ましょう」
ユキヒロは食事を終えると横になり、すぐに寝息を立てた。
ウィンは彼の寝顔をおそるおそる窺った。起きる様子は全くない。
本当に疲れていたのね。
この様子だとよほどのことでない限り起きてこないだろうけど念のため‥‥
ウィンがユキヒロに睡眠魔法をかけていると、草陰からエルアとフィータが出てきた。
見るからに疲れている2人に、ウィンは笑いかけた。
「2人とも、お疲れさまでした」
「お腹‥‥」
「空いた‥‥」
満天の星の下、野営をするのは久しぶりだった。
焚火を囲んでクールトーの肉が焼ける良い匂いが3人を包む。
「というわけで、かんぱーい!」
ジョッキのぶつかる軽い音が静かな草原に響く。
「今日はなかなかうまくいったわね」
「明日もこんな感じでお願いします」
「あ、魔物を倒すときは内臓を抉り出すように攻撃するように勇者くんに言っといてよ」
「ムリです」
「肉がすぐ傷むのよー」
「あの人と必要以上に会話するのはイヤです」
「ユキくんかわいそー」
「どこがそんなに嫌いなの?」
「嫌いとかじゃなくて、拙い言葉のキャッチボールのボロが出るのが怖いんです」
「エルアを通訳に派遣するしかないわね」
「いくいくー!」
「ホント来てくださいよ‥‥」
「あ、あたしも干し肉食べてみようかしら」
「わたしも食べてみるー」
「‥‥」
「‥‥」
「どうですか?」
「まっず、なにこれまっず」
「うぇ‥‥」
「信じられますか? 昔これ食べて冒険してたんですよ」
「うっそだー」
「今は絶対できないわね」
「ねー」
「ですよねー」
「あ、あんた朝の2000R返しなさいよ」
「フードファイターはキザシハンに帰っていきましたー」
「ミザハに着いたらワッフル奢ってね!」
「あの町に行ったらワッフルは食べないとね」
「私の私金なんですけど!」
真っ暗闇の草原に仄かに灯された明かりは日付の変わる頃に消えたのだった。
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