7話 まったく…かわいい子

 エルアとドリュアデスを部屋に置いてきたフィータと私は食堂に来た。

 ガランとした食堂を見回すと隅の席にユキヒロがちょこんと座っている。


「ほれ、がんばってきなさいな」

「他人事だと思って‥‥」


 私はフィータに背中を押されて渋々ユキヒロの向かいの席に着いた。

 ユキヒロのほっとしたような顔ももう見慣れてしまった。


「ウィン、ぐあぃ……っかた……ぁい?」


 ふむふむ、なるほどわからん。


「お待たせしちゃってすみません。ちょっと昨日夜更かしをしてしまって」


 私は急いで遅めの朝食を取った。

 とりあえず先ほどの報告をしなければ。でも何て言えばいいんだろう。ユキさんはたぶんあのドリュアデスを奴隷だと思ってる。まあ、私も最初は分からなかったんですけど。


 目の前に座っているユキヒロをチラッと窺う。

 朝っぱらから人助けしちゃったぜぇいとでも言いたげな誇らしげな顔。

 真実を突き付けてやりたいけど色々説明するのが面倒なので適当にごまかしてしまおう。


「先ほどの女の子はエルアに任せました。きっと元いた場所に帰してくれると思います」


 ‥‥きっと今ごろ部屋でじゃれてるだろう。


「ところで、あのエルァ………んだい?」

「あの青髪の子はエルア。凄腕の魔法使いです。まあ、ちょっとした知り合いなんです」


 きっとエルアも余計なことはしゃべっていないだろう。

 ユキヒロとの細い細い綱渡りのような会話をしているうちに朝食を食べ終えた。


「ユキさん、明日からさっそく魔王の元に向かいたいと思います」


 先ほど部屋で相談した結果、明日にはキザシハンを発つことにした。

 そのため今日はその準備をしなければならない。

 フィータも今ごろ買い出しで市場を奔走している頃だろう。


「それでは行きましょうか」


 私はユキさんが何か言いだす前に食器を持って立ち上がった。


「ユキさんの装備を揃えます」


 彼は私の後にピッタリ付いてくる。食器の返却口からモンの玄関まで律儀に付いてくる様は正に忠犬そのものだった。






 一方その頃、フィータはメモを片手に着々と買い物を済ませていた。


 カタツムリのように大きく膨らんだ袋を背負って軽快に街を駆け回る。その中には水と食料、大量のグルート、ベート油の蝋燭、馬にやる餌、ユキヒロの分の外套が入っている。


 次で最後ね


 フィータはキザシハンの西駅に向かった。

 駅では、遠くの街に移動する利用客に馬車を貸し出している。それはキザシハンの東西南北のゲートそれぞれに設置されており、事前に馬車の予約をすることができる。


「馬車を借りたいの。ヨルズ君いる?」


 フィータが受付の職員に尋ねると、職員は彼女をその場に待たせ厩に入って行った。

 数分後、職員に連れられて青年がやってきた。フィータより歳が一つ若い彼はフィータの「お得意様」だった。


「やっほーヨルズ君。久しぶりね」

「フィータさん‥‥厩へどうぞ」


 やや緊張した面持ちの青年はフィータを厩に招き入れた。厩に他の人はいない。


「馬車を一頭お願い。明日出発するわ」

「それは‥‥大丈夫ですけど‥‥」


 ヨルズは先ほどから落ち着きが見られない。

 そわそわしている青年を見てフィータは目を細くして静かに笑った。

 ヨルズが意を決したようにフィータを見た。


「フィータさん、例のあれは‥‥?」

「慌てないで、ちゃんとあるわ」


 フィータは懐から四つ折りにされたヴェラムを取り出した。

 ヨルズはそれを受け取ると慎重に開いた。中には青く輝く長い毛が挟んであった。


「エルアの髪の毛、今朝ベッドから取ったばかりのものよ」

「おお‥‥!」


 エルアはその、子供らしい顔立ちと子供らしからぬスタイルに、誰にでも元気に接する人当たりの良さからとても人気がある。

 そして彼女から採取できる産物は、マニアの間では精霊並みのレアアイテムとして取引されている。エルアはもちろん、ウィンもこのことは知らない。


「荷馬車の代金の6割で取引よ」

「よろこんで!」


 ヨルズはヴェラムを慎重にたたみ周囲を十分に警戒して懐にしまった。


「フィータさん、次はいつ来ますか!?」

「さあ‥‥わからん」

「そうですか‥‥。いつでも来てください!」


 まったく…かわいい子。


 破格の値段で荷馬車を予約したフィータは駅を後にした。財布の残額を確認する。

 「副業」のおかげで当初の予定よりだいぶ多く残っている。


 パーティ全体の財布はウィンが管理している。個人で自由に使える分は事前に割り当てられているがフィータの財布は何故かすぐに空っぽになってしまう。

 フィータは財布をしまうと大きな袋を背負って再び市場に向かった。






 モンを出発した僕とウィンは武器屋に来ていた。


 低い天井のフロアに剣、斧、槍、盾などの武器が所せましと並んでいる。


「私はユキさんの防具を選んでくるので、しばらくここで武器を見ていてください」


 そう言ってウィンが階段を上っていった。

 言われた通り武器を端から順番に見て回る。僕が知らないだけなのか、こっちの世界独特のものなのかわからないが剣にも色々な種類のものがあるみたいだ。

 切りつけるもの、刺すもの、刃が長いもの、短いもの、刃が細いもの、太いもの、象牙のように湾曲しているもの。

 こちらの世界の文字が読めないため名前がわからないが見ているだけでも全く飽きない。

 その中で最も目を引いたのが七色に輝く剣である。見る角度によって刃が放つ色が変わる。見ていると引き込まれる不思議な魅力のある剣だった。


「ユキさん、ちょっと来てくださーい」


 ウィンが上の階層から顔を覗かせて呼んできた。急いで上の階層に上がる。


「いったい何の用だい?」

「ユキさん用の防具が決まったので採寸をします」


 ウィンに付いて行くと濃紺の皮のジャケットとジーンズがあった。


「え‥‥これかい?」

「これです」

「これで魔物の攻撃を受けても大丈夫なのかい?」

「これはレザーメイルといって、魔物のなめし革を魔力コーティングして作られた鎧なんです。軽いですが防御力もそこそこ高いですよ」

「もっと‥‥こう‥‥鎧みたいなやつじゃないの?」

「これがユキさんに似合うと思って‥‥」


 似合うと言われたらしかたない。よろこんで着よう。

 店主に採寸をお願いする。

 仕上がるのは明日だということなので今日はもうここでの用事は終わった。


 一階に降りた時に例の七色の剣をウィンに見せた。


「ああ、ファーヴニルですね。ジファルベという竜が生み出す宝石から作るんです」

「そんな竜がいるのかい?」

「以前に一度だけ遠くを飛んでいるのを見ましたがそれはそれは綺麗でした」


 そんなに綺麗なら僕もいつか見てみたいな。


「さて、今日はとりあえず終わりです。帰りましょうか」

「武器とか無くて大丈夫かな‥‥」


 丸腰で魔物と戦うのはさすがに無理がありそうだ。


「‥‥ああ、武器ですか」


 ウィンは並んでいる剣の中から幅広の長剣を手に取った。


「これなんてどうですか? 勇者様にぴったりだと思います」


 たしかに、オーソドックスな剣という感じがする。


「はいっ、これにします!」


 ついに自分の武器を手に入れた。これで僕も冒険者の仲間入りというわけだ。

 剣を腰から下げてみると、片側に身体が傾く。姿勢を整えて歩くだけでだいぶ力を使う。

 これはトレーニングの必要ありだな。

 僕たちはモンへの帰路に着いた。




 石畳の道を夕日が照らしている。すれ違う人たちもこれから家に帰るのだろうか。

 前を歩いているウィンの緑色の髪が歩を進める度に揺れる。

 彼女が半分だけ振り向いて横目で僕を見た。


「ユキさん。おそらく明日からの旅路は長く、つらく、険しいものになると思います」


 彼女が再び前を向く。


「でも、これだけは忘れないでください。私はユキさんに最後まで付いて行き何があっても必ずお守りします。だから…」


 ウィンが身体ごと振り向いた。歯を見せて大きく笑う。


「明日から、よろしくお願いしますね!」

「はい!」


 その後、モンに戻った僕たちは軽い食事を済ませ、明日の出発に備え早めの床に就いた。








「はい、というわけで‥‥かんぱーい!」


 日が沈み闇が街を覆った頃、食堂は外から帰ってきた冒険者で溢れかえっていた。

 肉と酒と肉と酒が卓上に次々と運ばれる。屈強な野郎どもがテーブルを踏み台にしてジョッキを割れる勢いでぶつける。

 今この空間は喧騒と混沌に支配されていた。


 そんな食堂の一角で三色の少女たちもまた慎ましく宴を開いていた。

 グルートの注がれたジョッキのぶつかる軽い音、テーブルの上には肉と野菜と果物が置かれている。

 思い思いの食べ物を口に運びながら明日からの旅に備えて最終確認である。


「メモの物は全て買えましたか?」

「おけおけ。勇者くんの外套は ”大” サイズでよかったよね?」

「いいんじゃないですか? 大きけりゃ入りますよ」

「2人ともお疲れー!」

「あっエルアどうしたんですか、そのブレスレット」

「へっへー、いいでしょう。フィーちゃんがくれたの!」

「あんたまた要らないもの買ってきて‥‥」

「安かったから」

「あと、リューちゃんのごはんも買ってきてくれたんだよー!」

「リューちゃん?」

「ドリュアデスのリューちゃん! 今は部屋で寝てる」

「浅い! ネーミングが浅い!」

「かわいい名前つけたわね」

「うー!」

「あんたの倹約術ぜひ教えてほしいところですね」

「ウィンにはできなそうだから秘密」

「わたしはー!?」

「‥‥あたしが倹約できなくなるから秘密」


 グルートが無くなったのでもう一杯。


「ユキヒロくんの装備はあったの?」

「レザーメイルにしました」

「軽さ重視ね」

「武器はー!?」

「グラディウスにしました」

「性能重視ね」

「グラディウス重くない? ユキヒロくん持てるかな?」

「武器屋からモンまで持って帰れたんだから大丈夫でしょう」


 というか、とウィンは目を細める。


「ユキヒロくんというのはひょっとしてユキさんのことですか?」

「会話の流れ的にそうでしょ!」

「なぜ彼の名前を?」

「今朝食堂でお話ししたから」

「あの人の話していることわかったんですか!?」

「え? まあ‥‥」

「エルアの耳が良いのか、ウィンの耳が悪いのか‥‥」

「ウィンちゃん、わたしたちと普通にお話しできてるからわたしの耳が良いんだね!」

「えぇ‥‥。もうエルアが子守りしてくださいよ‥‥。最初はそういう手筈だったでしょ‥‥」

「いやいやそれはダメ。勇者くんがムラムラしちゃったら危ないでしょう」

「私にはムラムラしないと!?」

「襲われていないということはそういうことね」

「殴りますよ」


 腹がそこそこ膨れてきたのでとどめにワッフル。


「明日からはとりあえずミザハを目指します」

「野営が3日かあ‥‥」

「気が滅入るわね」

「ユキさんに戦闘させながら進むのでかなりスローテンポなんですよね」

「しゃーない」


 作戦会議が終わったところで三色の宴は幕を閉じた。

 彼女たちが食堂を去った後も野郎どもの宴は深夜まで続いたのだった。

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