4話 これはいかんですよ
「さて…」
大都市キザシハンの東側には広大な森が広がっており、ゲートから出て木々に挟まれた一本道をひたすら下るとサナイという小さな漁村に着く。
この森には危険な魔物が生息していないため、毎朝サナイとキザシハンを結ぶ一本道は漁で獲れた魚をカゴいっぱいに背負った商人がほとんど丸腰で歩いている。
しかし、今は真昼間のため人通りは無い。
「始めましょう」
勇者を召喚した翌日、3人は勇者の実力を知るために一芝居打つことにした。
まず、勇者を道の真ん中に設置し、睡眠魔法を解除する。
坂道を上がった先に待機していたエルアが悲鳴を上げ、勇者が駆け寄ってきたところで茂みに潜んでいるウィンが召喚魔法で魔物を呼び出す。
魔物に襲われそうなエルアを前に、勇者がどう対処するのか観察するのである。
「わたし演技下手だからなー、うまくいくかなー?」
「フィータよりはマシでしょう」
「勇者はどのへんに置けばいい?」
フィータは例によって肩に男を担いでいる。
空いた手には棍棒を持ちカラカラ地面に引きずっている。
「フィーちゃんなんでそんな物持ってるの?」
「念のため‥‥ね」
「どんな状況になったら使うんですか‥‥」
「だから、念のためよ」
ウィンとフィータはエルアと十分に距離を取ってから男を地面に下ろした。
男には街で購入した簡素な服を着せている。
「OKです、エルアー! やりますよー!」
「うぃー」
道の向こうから手を上げて応えたエルアを確認してから、ウィンとフィータは茂みに身を潜めた。
ウィンは茂みから勇者に向かって手をかざして魔法を解除した。
眠っていた男が起き上がった。周囲を何度も見まわしている。かなり動揺しているようだ。
男はしばらく考えこんだ後、坂道を下り始めた。
「え!? 下るの!?」
「ウィン静かに! 聞こえる!」
とっさにフィータに口を塞がれたウィンは声を潜めて叫んだ。
「山で遭難したら普通山頂を目指すでしょう! 何考えてるんですかあの人は!」
「あ、待って」
ウィンは男に先回りしようと茂みに隠れた体勢で走り出した。瞬間、男がこちらに身構える。
男に気づかれたかと思い、固まってしまったウィンの肩に、フィータが追いつき手を優しく置いた。
「落ち着いてウィン。焦ってもなにもうまくいかない」
「はい‥‥すいません」
「こうなったらエルアの代わりにあなたが行くしかない」
「なんでこの期に及んで私なんですか!?」
「あたしに演技ができるとでも?」
ウィンはフィータを睨んだが、確かに演技力でいえばフィータより自分の方が幾分かマシだろうということはなんとなく察していた。
「‥‥わかりましたよ!」
ウィンは深呼吸をしてから茂みから飛び出した。
男の方を伺うとまだ茂みを警戒しているようだった。
地面にへたり込んで準備完了である。ウィンは大きく息を吸い込んだ。
「きゃあーーーーーっ!!」
ウィンが叫ぶと男はすぐにこっちに駆け寄ってきた。どさくさに紛れて肩を触られた。
「大丈夫…?」
ウィンは、初めて勇者の起きている顔を見た。
特に整ってもいなければ崩れてもいない、至って平凡な顔という感想だった。
勇者はウィンのことを心配していると同時に、彼女を見て戸惑っているようでもあった。
それに気づいたウィンは、この作戦がバレてしまったのではないかと考え、つい身体が固まってしまった。
男とウィンが互いを凝視して固まっている時、茂みで待機しているフィータの元にエルアが合流した。
「ウィンちゃんどんな感じ?」
「さすがにパニクってるかな」
「最初から段取り外れちゃったからね」
「ウィン、次の段取り覚えてるのかしら」
次は召喚魔法で魔物を呼び出すのだが、担当のウィンはいまだフリーズ中である。
このままウィンが動かなければ何も進まない。フィータはエルアの肩に腕を回した。
「エルア、召喚魔法いける?」
「下級なら」
「お願い」
「やっちゃって大丈夫?」
「こっちからアクション起こせばウィンは対応してくれるはず」
「うー‥‥わかった」
エルアはフィータの持っていた棍棒で魔法陣を書いた。
続いて胸の前でボールを両手ではさむようなポーズをとる。
すると魔法陣が淡く光り、その中心から魔物が飛び出した。
「いっておいで」
エルアが召喚したベートはウィンと男の前に現れた。
魔物と、男とウィンが目を合わせる。
「ベート!? どうしてこんなところに!?」
「ベート?」
目の前にいきなり魔物が現れて、つい素で驚いてしまったウィンは、慌てて頭を落ち着かせた。
この後のエルアの段取りを思い出す。
「この魔物の名前です。この森にはいないはずなのに‥‥」
本来、エルアが言うはずだったセリフを必死に思い出した。
すると、ウィンの前に男が立ちふさがった。
お、いいとこあるじゃない。
「下がっていて…」
「助けて下さるんですか!?」
「当然でしゅっ……っから」
いいとこあると感心したウィンだが、この男が先ほどからぼそぼそした話し方しかしないため、彼の言っていることはあまり聞き取れていなかった。
男は足元に落ちていた棍棒を拾って構えていた。それはウィンに見覚えのあるものだった。
それは確かに、作戦の始まる前にフィータが手にしていた棍棒である。
ウィンが、フィータが待機しているであろう茂みに視線を向けると、フィータが茂みから腕だけ出してピースサインを出していた。
フィータのナイスフォローに内心でピースサインを返したウィンが男に視線を戻すと、ちょうど男がベートに左腕を切り裂かれたところだった。
彼の腕から血が噴き出し、彼の身体から力が抜けていくのが傍目でも分かる。
マジですか!? ベート相手に死にそうじゃないですか!?
ああもうしょうがない!
ウィンは男に身体能力超強化の魔法と超治癒魔法を施した。
対象がやや離れてるので効果は十分ではないが、目の前の雑魚を倒すには余りある能力向上だった。
ウィンの魔法により傷が治り、身体が強化された男はベートを瞬殺した。
とりあえず安堵したウィンだったが、すぐに今後の方針を大幅に見直さなければならないことに頭を悩ませた。
これはいかんですよ‥‥。
勇者というからどれほどの力かと思いきやその辺の子供と変わらない戦力じゃないですか‥‥。
ウィンはたまらずフィータに視線を送って助けを乞うが、茂みから返ってきたのは投げやりなサムズアップだった。
本来の段取りだとこの後キザシハンに行き、モンで話を聞くはずだったが、今いる地点だとサナイまでの方が近い。
魔法で癒してはいるがこの男の左腕の傷は完全には治っていない。
何はともあれウィンは、自分たちが彼を巻き込んでしまったのは事実のため、現状では彼の傷を治すことが最優先事項だと考えていた。
ウィンが考え込んでいると、男がウィンの元まで来て手を差し伸べた。
「もう、どぅー…ずぅ……っしょ…」
ウィンには何を言っているのか全く分からない。
ただ、言語が違うわけではなく単にこの男の活舌が壊滅的なだけということは察していた。
ウィンは自らに差し伸べられた男の手を見た。
第一印象が最悪なこの男の手と、常識的なマナーとを天秤にかけたウィンは、己の価値観を呪いながらも彼の手を取って立ち上がった。
「ありがとうございました。なんとお礼をしていいのか。私はウィンと申します。あなたのお名前を伺ってよろしいですか?」
「ユキィ……っす…」
名前はユキなんとかさん。
「‥‥じゃあ、ユキさんですね! とにかく、あなたの傷の手当てをしなければならないので近くの町まで行きましょう」
既に出鼻をバキバキに折られてしまっているが、こんなことで挫けるわけにはいかない。
ユキさんに聞きたいことが山ほどあるのだから。
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