3話 大した事ないわね

 モンを後にした3人は、市場で必要なものを購入してから教会に向かった。

 この教会は冒険者を加護する女神ダスティアを崇めており、主に旅の安全や魔物との戦いの無事に祈りを捧げるために多くの冒険者が利用している。

 そしてその地下には女神にあらゆる教えを乞うことができる『示教の間』がある。

 示教の間に続く階段を降りている間ウィンはずっとご機嫌ななめだった。


「もー、あの儀式すごく疲れるんですからね!」

「まあまあウィンちゃん。今度ワッフルおごるから」


 階段を下ると、受付にいるシスターへ利用手続きを済ませて先に進む。


 3人は示教の間に足を踏み入れた。

 そこは50m四方ほどの空間で、その床はまるで、溶かしたチョコレートにハチミツを垂らしてゆっくりかき回したような不思議な渦巻きの模様をしている。


 示教の間の突き当りには女神像が立っており、その前には甕が置いてある。

 ウィンは先ほど市場で購入したヴェラムを懐から取り出し、胸の当たりの高さの甕の中にそれを入れた。ヴェラムは、8分目あたりまで入っている水に浮かんだ。


「ウィンちゃん頑張ってー、いたた‥‥」


 示教の間の隅で手持ち無沙汰なフィータがエルアの頬をつねって遊んでいる。

 ウィンは目を閉じて、甕の左右の縁を包むように手をかざして詠唱を始めた。


「賢者ウィン・ダ・ペティドラゴの名の下に女神スター・ダスティアに訓示を乞います」


 甕の中の水が次第に発光し始める。


「別世界の『勇者』と呼ばれる存在とその詳細について、簡潔に‥‥!」


 光がだんだん強くなり、やがて甕の中が光で満たされるとやがて静かに光は消滅した。

 ウィンは甕の中からヴェラムを取り出した。それには女神からの訓示が記されていた。




6-7 勇者とは

 現界とは異なる世界―異界からやってくる者を総じて『勇者』と呼びます。

 勇者は現界で唯一魔王を倒すことができる存在です。

6-8 勇者の召喚

 異界で死を迎えた若く清い魂を輪廻転生の渦から導くことで勇者を現界に召喚することができます。

-召喚の手順-

 まず、上級魔物召喚の魔法陣を書きその中心に拳ほどのアゲットを置きます。

満月の夜に呪文を詠唱してください。この時、半径5ウパス圏内に魔物がいないことを確認しましょう。


7-4 ブレイブスラッシュ

 魔王を倒すには勇者が習得できる技「ブレイブスラッシュ」が必要です

 ブレイブスラッシュは勇者が己の自信を力に変えて剣にまとわせて放つ技です

 勇者と共に力をつけ魔王に挑みましょう


 賢者ウィン・ダ・ペティドラゴに冒険の加護を




「‥‥あの女神めんどくさいからって何かからそのまま引用して寄こしやがった」


 お告げ書きを読んだウィンは、それはそれは静かで黒い怒りを心の中でぶちまけていた。

 魔力を使い果たしているため、心の中で悪態をつくしかないのである。


「おー、詳細を簡潔にというウィンのムチャぶりに見事に応えてくれたわね」


 フィータがウィンを背負いながらヴェラムに目を通す。


「いいから早く私を宿まで運びなさい。そして跪きなさい。敬って尊んで畏れて褒め称えなさい」

「うんうん、ウィンちゃんありがとねー」


 その後、フィータの肩の上でひたすら罵詈雑言を垂れ流していたウィンは、そのまま担がれながら宿まで運ばれ、ベッドに放り投げられたのだった。






 翌日、3人は再びモンの食堂に来ていた。

 昨日のお告げ書きをテーブルに広げ、グルートを片手に作戦会議中である。


「まずはどこで勇者を召喚するか、ね」

「どこがいいかなー?」

「西部にある草原がいいですね。あそこなら見晴らしがよくて周りに魔物がいたらすぐにわかります」


 フィータが「よし」と答えた。


「アゲットはあたしが調達する。武具屋のオヤジに頼めば1つくらいくれるでしょ」

「勇者様って死んじゃった魂を無理やりこっちに引っ張ってくるんだよねー? 少しかわいそうじゃない?」

「じゃあ、魔王討伐はあたしとウィンと勇者の3人で行ってくるからエルアは留守番ね」

「ぶぅー」


 頬を膨らませたエルアに、ウィンが「でも」と口を挟んだ。


「確かに勇者様には少し酷かもしれませんね。一度死を経験してるのにこちらの事情でとても危険なことに巻き込んでしまいます」

「若くして死んだ魂なんでしょ? 生き延びることができていいんじゃないの? それに清い身なのならエルアが夜の相手してあげたら満足するでしょ」

「えー!? わたしやらないよ!? 夜館に行かせればいいんだよ」

「冗談よ」


 ウィンが「よし」とグルートが半分ほど残ってるジョッキを突き出した。


「そういうことで次の満月の夜に作戦決行です!」

「おー!」

「おー」


 ガラスのぶつかる甲高い音が響いた。






 満月の夜、3人はキザシハン西部に広がる草原に来ていた。

 お告げ書きに従い、周囲には魔物が入ってこないように結界を張った。

 しかし、結界を張る前に既にいた魔物を排除しなければならないのでエルアとフィータは先ほどから結界の中を奔走している。

 やがて、息を切らしたエルアが、結界の中心で魔法陣を書いているウィンに声をかけた。


「ウィンちゃーん! こっちはあらかた終わったよー」

「はーい! こっちももう終わりまーす」


 魔法陣を書き終えたウィンは、フィータが用意したアゲットをその中心に置いた。


「これでよし」


 エルアとフィータが、ウィンの元に合流する。


「さて、やってみますか」

「おおーー!」


 エルアがフィータの手をとって元気よく上にあげた。

 魔法陣から少し距離を取ってからウィンは詠唱を始める。

 するとアゲットにヒビが入り、やがて細かく砕け散った。

 その瞬間、魔法陣から光の柱が伸びて雲を突き抜ける。

 しばらく光り続けた柱は少しづつ発光を弱め、やがて消えてしまった。柱の発生した場所を見ると、そこには全裸の人が倒れていた。

 若い男性。年齢はおそらくウィンたちと同じくらい。


 あっけにとられていた3人だったが、フィータが初めに冷静になった。


「これが勇者」


 まだ目を覚まさない男を頭からなめまわすように見る。


「これが勇者‥‥」


 フッと鼻で笑う。


「大した事ないわね」

「え、なにがですか?」


 返事をしたウィンと、その隣のエルアはいまいち目のやり場に困っている様子だった。


「なにって‥‥ナニがよ」

「え? あー‥‥」


 ウィンがわざとらしく大きく咳払いをした。


「とにかく、これからどうしましょうか」

「どうするって、魔王を倒しに行かなくちゃ!」


 ごまかすように大げさに両手を広げたエルアが返事をした。

 フィータは冷静な目でエルアを見た。


「この人に倒せんの?」

「うーん‥‥」


 少しの間考え込んだエルアが「そうだ!」と、手をたたく。


「この人が本当に勇者なのかテストをします!」

「テストですか?」

「勇者さまには森で魔物に襲われるウィンちゃんを助けてもらいます。これで勇者さまの強さと優しさを同時に知ることができます!」

「なるほど、悪くないわね」


 フィータは顎に手を当ててフム‥‥と考えた後、倒れている男を肩に抱えて歩き出した。


「まあ今日は遅いし、もう帰って寝よう」

「待ってください! 作戦には概ね賛成ですが、魔物に襲われる役はエルアがすべきです」

「えー!? なんで!?」

「だって見るからにか弱い乙女ってナリをしてるじゃないですか!」

「そんなことないと思うけど‥‥」


 ウィンとエルアの間にフィータが割って入った。


「まあまあ、それは帰ってからポーカーで決めましょう」

「それはいいアイディアです」

「受けて立つ!」


 ウィンとエルアはさっそくキザシハンに向かって歩き出した。

 フィータは、前を歩くウィンのローブを後ろから掴んだ。カエルの潰れたような声を出してウィンは立ち止まる。


「なにするんですか!?」

「ローブ貸して」

「なぜ?」

「追いはぎに間違われたくない」


 フィータは担いでる男を顎で指す。


「えぇー‥‥、私のローブですかー」

「あなたのローブが一番大きいの」

「えぇー‥‥」


 ウィンは渋々ローブを外し男にかけた。


「‥‥後で洗わなきゃ」


 その後3人は宿に帰り、ポーカーでエルアを瞬殺した後、男を誰のベッドの近くに置くかで一悶着した後、廊下に放置するという折衷案に落ち着き床に就いたのだった。

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