2話 再確認タイム

 ユキヒロとウィンとの出会いから時間は遡る。


 魔王城からテレポーテーションの魔法で脱出した3人は、着地点として設定していた大都市キザシハンの東ゲート入り口に飛ばされたのだった。


 キザシハンのギルド「モン」では多くの冒険者が足を運び、クエストを受注したりパーティのメンバーを募集したりしている。


 そんな中、モンの飲食エリアにて赤、青、緑の髪の少女3人がこの世の終わりのような顔をしながらグルートを飲んでいた。

 3人ともしばらく無言だったが、フィータが「今ごろ‥‥」と口を開いた。


「どこかのパーティが魔王を倒してたりしてるかもね」


 そう言いながらフィータはイスの背もたれに首をのせてそのまま後方に視線を向けた。

 その先には一際大きなクエスト発注のチラシが壁に貼られている。

 そこには魔王討伐の旨が記されており、それには一生遊んで暮らしていけるくらいの成功報酬が設定されている。


「負けたね」

「負けてません。倒せなかっただけです」


 フィータの独り言に、隣に座っていたウィンが食い気味に反論した。横目でじろりとフィータをにらむ。


「あれは撤退です。立派な戦略です」

「ウィンなにも仕事してないじゃない。仕事しなさいよ」

「私がサポートするまでもなく負けたんでしょう」

「やっぱり負けたんじゃない」

「ぐ‥‥」


 言葉に詰まったウィンは誤魔化すようにグルートをガバッと飲んだ。


「でも、なんでフィーちゃんの攻撃効かなかったんだろーね」


 ここでエルアが初めて会話に参加した。


「フィーちゃん強いのに」

「まあそんなこともあるさ」

「うーん‥‥」


 腕をくんで頭を大きく左右に振り始めるエルア。気持ち悪くなったのか3往復ほどしたところで止まった。


「‥‥ウィンちゃん、あれ見せて」

「あれ?」

「女神様から頂いたお告げ書き」

「ああ‥‥はい」


 ウィンは懐から封筒ほどの大きさをした皮紙を取り出してテーブルに置いた。

 この皮紙は、魔物の皮を文字が書き込めるように加工したもので、ヴェラムと呼ばれている。

 フィータが「あたし、それ初めて見る」と覗き込んだ。


「どこで間違っちゃったのかなあ」


 お告げ書きとは、女神からの御言葉が綴られたヴェラムのこと。

 3人が見ているお告げ書きには、ウィンが女神に尋ねた魔王を倒す方法が書かれていた。




 魔に抗するものは真円の夜

 輪廻の輪から来るでしょう。

 さあ行きましょう。異界の君よ。

 その剣は信頼と勇気の証。

 仲間を導き、闇を祓い光を切り拓いて。




「もーー、わかりづらすぎるんですよーー」


 ウィンは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


「女神様これちょっとポエムにはまってたでしょーー」

「女神は気まぐれだからね」

「まあまあウィンちゃんステイステイ」


 グルートを一気に飲み干しておかわりを注文するウィンを、エルアとフィータの2人がかりでなだめる。

 するとエルアは両手をテーブルについて勢いよく立ち上がった。


「よしならばしかたあるまい、ここで再確認ターイム!」

「再確認タイム‥‥?」


 怪訝そうに見上げてくる2人を気に留めることなくエルアは続けた。


「まず1行目『真円の夜』フィーちゃんをパーティに迎えた日ってちゃんと満月だったよね!?」

「たぶん‥‥暦を何度も数え直しましたし‥‥」


 答えるウィンはやや自信なさげである。


「はいじゃあ次『さあ行きましょう。異界の君よ。』フィーちゃんあなたは本当にこの国の外の人ですか?」

「んー」

「次『その剣は信頼と勇気の証。』ウィンちゃんはフィーちゃんのことちゃんと信頼してますかー?」

「当たり前じゃないですか。そういうあなたはどうなんですか」

「信頼してるよーしまくってるよー」


 つまり、3人はこのお告げ書きから、


 ①剣士職の者を外国から呼ぶ

 ②満月の夜にパーティに加入する

 ③信頼関係を築く


 この手順を踏めば魔王を倒せると解釈したのである。


 フィータは傍らに立てかけてある自らの剣に視線を移した。


「あたしの攻撃に魔王は傷ひとつ付いていなかった。あれは魔法の練度云々の問題じゃない気がする」


 フィータの言葉にウィンも頷いた。


「やっぱり、まだ読み取れていないことがあるんですよ。例えばこの『輪廻の輪から来るでしょう』というのは? リンネノワという地域出身の人じゃないとダメなんじゃないですか?」

「そんな場所聞いたことない」

「ならばこの『光を切り拓いて』は?フィータはなにか光る魔法使えないんですか?」

「炎を剣にまとわせる技ならあるけど」


 それでは何かが違うことは、言葉にしなくても全員が察していた。

 再び流れる静寂。

 数分後、再びフィータが口を開く。


「あたしこの『異界の君』っての気になってんだけど」

「どうしてですか?」

「『異国』なら特に何も思わないけど、『異界』って違う世界のことでしょ」

「んー‥‥、魔界に住んでいる魔族ということでしょうか?」

「それもしっくりこない」

「じゃあ、なんなんでしょう」

「どっか行ったときに聞いた話なんだけど、こことは違う別の世界の人がこっちの世界に来ることがあるんだって」

「なにその話!?」


 フィータの話にエルアが目をキラキラさせて食いついた。彼女はこういった不思議な話に目がない。


「で、そういう人のことを『勇者』って言うらしい。さらにその中の一部の人は神にも匹敵する力を持っていて、それを使えば魔王討伐も夢じゃないって言われてるの」

「それが本当ならとっくにどこかのパーティがそういう人を加入させて魔王を倒してますよ」

「勇者はそのほとんどが男で、たとえ凄い力を持っていたとしても、周りに女の子を侍らすだけで魔王討伐を目指そうとする者はいないんだって」

「うわー、やらしー」

「それは好都合ですね。先に魔王を倒されたら報酬がもらえなくなっちゃいますから」


 莫大な報酬を狙って、腕に自信のあるパーティがこぞって魔王討伐に向かっているが、未だに討伐したという報告はされていない。


「で、この『異界』ってのが別世界のことだったとしたら、この勇者ってのを探さなきゃダメなんじゃない?」

「えーでもなー、男の人がパーティに加わるのはちょっとなー」

「なに言ってるんですか。報酬がもらえなくてもいいんですか」


 パーティに異性が入るのを渋ったエルアにウィンがビシッと指をさした。

 エルアはしぶしぶ頷いてジョッキを呷る。

 すると、フィータが隣に座っているウィンに顔を近づけた。


「じゃあ、さっそく探しに行かなきゃ」


 ウィンと目をジッと合わせる。


「え? どこに?」

「教会に」


 フィータが言っていることを理解したウィンは、目を泳がせながらなんとか回避をしようをした。


「え‥‥あー‥‥じ、実は探せばキザシハンのどこかにいるんじゃないですか‥‥? ほら、ひょっとしたらモンにいるかも!」

「いるわけないじゃない。今まで会ったこともないのよ」


 できるならアレはやりたくない、と心の中で叫ぶウィンだったが、恐らくそれが最善の策であるだろうということは理解していた。

 ウィンは必死に代替案を探したが、目の前のパラディンの無言の圧にあっけなく潰れた。


 しばしの静寂の後、ウィンが観念したように立ち上がった。


「‥‥教会に行きたいと思いまーす」

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